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Posted by ブクログ
ぼくが生きてる、ふたつの世界
五十嵐大
幻冬舎文庫
ぼくは好きと嫌いとの間で揺れ動き、ときには母のことをひどく傷つけてきた。
存在を否定するような言葉をぶつけては、彼女のことを哀しませてきた。
そのたびに母は、「お母さんの耳が聴こえなくて、ごめんね」と謝る。
瞬間、罪悪感が芽生える。どうしてそんなひどいことを言ってしまったのだろう。母を傷つけたいわけではないのに、うまく距離が取れない。胸が潰されそうになりながら、常に母と向き合ってきた。
ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」を改題したもの
Posted by ブクログ
Netflixで観た映画の原作だったので気になって読んでみた。俺の興味領域にあるコーダの話だったので、当事者の言葉を読んでみたかった。ものすごく胸を打たれる母子のシーンが二箇所あって、泣かされた。
五十嵐氏の体験はコーダ当事者からしか語ることのできない非常に貴重なもので、そこに普通の親子関係にもある親への複雑な愛憎が混ざっていて、これを開示するには相当な勇気が必要だっただろうと評価する。
ただ、俺の興味の中心はどちらかというと手話と音声言語の言語としての違いにあるので、その点については物足りなさを感じた。聾者の友人を助けるつもりで振る舞ったことが、逆に彼らから「できること」を奪ってしまっていたと気づく場面は、読んでいて強く印象に残った。
全体として五十嵐氏の語りは個人的体験に強く依拠していて、筆力という意味では特に際立つものは感じなかった。けれど、個人的体験を超えた先に何を書いていくのか、そこには期待したい。
Posted by ブクログ
昨年映画を観て、今回本屋さんで見かけたので
手に取りました。
コーダは、揺れるもの。
聴こえる世界と、聴こえない世界を行き来して。
どっちも「日常」なのに、ろう者の家族を手伝えば「えらいね」と言われたり、「あそこは障がい者のいる家だから」と揶揄されたり。
そんな日常を行き来していた、五十嵐さんの物語。
決して綺麗事ではない。日常を称賛されたい訳ではなくって。
なんて言うんだろう、うまく言葉には出来ないんだけど、世界を少しだけ広げて欲しかった、そんな願いがあったのかな。
コーダにも支援が必要、そんな言葉にハッとした。
ぎゅーって、なりながらも、知りたかった世界。
読めてよかったな、と思いました。
Posted by ブクログ
旧題、ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと。
こちらの本を元に製作された映画がとても素晴らしく、原作があると知り、手に取った。
CODA:Children of Deff Adluts…「聴こえない親の元で育った、聴こえる子どもたち」。
映画やドラマで、昨年くらいからよく目にするようになった言葉だ。
主人公-CODAである筆者・五十嵐大さんの苦悩と葛藤は、件の映画でも十分に伝わってくるけれど、こちらではより詳細に背景や感情が綴られている。
もっと深いコミュニケーションが出来るよう、小学校で手話クラブを作ったこと。
進路相談や高校受験の孤独な闘い。母が補聴器を買った時の会話…
親と共通言語で会話が出来ないことが、子供にどんな影響を与えるのか。
聴覚障害を持つ友人からの「私たちから出来ることを奪わないで」。
筆者同様、頭をがつんとやられたような気がした。
自分が相手を守ろう、助けようと思うが故に、障害を持つ一個人の自由を奪ってはいないか。
そして、「世間からかわいそうな子と同情される苦しみ」。
人は境遇の辛苦よりも、他人からの不躾な視線に最も傷つけられるということが、
この本を読んでいるとよく分かる。
五十嵐さんはあとがきで、
「マイノリティとマジョリティの分断は『知らないこと』によって生まれる」
と言及されている。だからこそ、知ってほしいと。
正にこの本で、CODAの五十嵐さんの人生を垣間見ることで、考えるきっかけをいただいたと思う。大人だけでなく、子供たちにも読んでもらいたい本だ。
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小説・文芸
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