カーソン・マッカラーズのレビュー一覧

  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    純粋な野望と現実とのズレや、繋がりが感じられなかったり人生の不明瞭さに起因する孤独感、自分を理解してくれる人を盲目的に求める様が、読んでいて苦しくなるほど伝わってきます。
    救いは無いのかもしれませんが、なんとか微かな希望を持って明日を生きようとする姿に心が打たれました。

    0
    2026年03月10日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    大学で英文学の授業の教材として読んだ思い出の本が、同様に思い出深い村上春樹に訳されるという幸せ。
    以前読んだ村上春樹と柴田元幸の対談本「本当の翻訳の話をしよう」で話題に出てたのがきっかけで手に入れてみた。

    授業で学んだから内容は多少覚えていたとは言え、20年以上前に読んでから読み直してもいなかったので、ふんわりとした記憶しかなかった。

    耳の聞こえない主人公のシンガーさんが、町の人々から色々なことを相談されるけど、相手は一方的に話すだけで別に探偵的なことをするわけでもない。
    そしてある日悩みを聞かされまくった主人公は自殺してしまう。
    そして町の人々は後悔する。
    といった感じ。

    読み直した結果、結構大事なところが間違っていた。
    記憶ではシンガーの死を知って、俺達は彼のことを何も知ろうとしなかった…!とみんなで嘆いてたように思ったけど、全くそんなことはなかった。「なんで突然死んでしまったんだろう」とか言ってるだけ。最初から最後まで、みんな自分本位だった。そういう意味でもみんな孤独だったな。

    あと、完全に忘れていたけどシンガーの親友のおデブさんがいて、最初は仲良く暮らしているけど徐々に精神がおかしくなり、ついには病院送りになってしまう。でもシンガーさんは変わらず彼を愛し、病院にも良く面会しに行って、お土産も渡し、でも結構ぞんざいに扱われ、最後には連絡もないまま亡くなってしまい、それが原因でシンガーさんも自殺してしまう。
    だから、町の人達の悩みという陰の気がシンガーさんに溜まってそれのせいで、ということは全然なかった。むしろ、シンガーさんは町の人達、なんか良くわからんけどやたらと話しかけてくるなぁ、まあええけど、くらいの軽いテンションだった。なのに町の人達はシンガーさんだけが分かってくれてる!みたいな感じだったし、終始すれ違い。

    シンガーさんが主人公というより、町の人達と含めてマルチ主人公という形だった。貧乏だけどがんばってる女の子は、読むまでは忘れてたけど、読み直したら思い出した。いたいた。
    でもレストランの主人や、テンションが終始おかしいパワータイプの男性、あと苦労人過ぎる黒人の医者という他の主人公たちはあまり覚えてなかったわ…

    そして主人公たちはまだ良いが、海外小説あるあるとして名前がわかりにくい!そもそも名付けが有名人の名前から取ってるカール・マルクスというキャラクターがいるのに、他の登場人物が資本論のマルクスの話をしたりする。そして普通にあだ名で呼んだりもする。誰が誰だー?
    あと、キャラ同士の関係性もいまいち理解できなかった。血の繋がった家族なのか、使用人の家族なのかもう分からんぜ!まあ、ストーリーにはあまり関係ないから良いけど!

    女の子主人公のミック、音楽好きでピアノも学び始め、作曲までできるという、才能がありそうな雰囲気なのに色々な運命のいたずらで普通に働き始め、そのまま音楽のことを忘れてしまっていく。うーん、切ない。
    しかし、銃を遊びで触って暴発させて好きな女の子を射殺しかけてしまう弟は、それのせいで一家の生活が壊滅したのに反省どころか女の子を逆恨みしており、非常にリアルな子ども描写だが、ミックを応援する読者としては悲しくなってしまう。

    で、翻訳作品としてだが、割と翻訳感が残っていたのもあり、個人的には余り好みではなかった。翻訳作品の常識としては、読みやすくするためだとしても下手に意訳を含めてしまうのはNGというものがあるらしいが、いや、読みやすさでしょ。
    ただ、村上春樹流翻訳のやり方は、結構意訳というか、文の順番や構成を変えたりというのはしてるらしい。

    しかも、村上春樹作品というバイアスがかかってしまっている気がする。自分はまだ原作を読んでからこの翻訳を読んでいるので、オリジナルの印象が残ってる気がするけど、翻訳版を最初に読む人はもう、村上春樹作品の第一印象がついてしまうのではないか。

    例えば、まるで〜みたいに構文がしっかり出てくる。

    p122
    まるでブラシできれいにこすられ、長いあいだ洗面器の水に浸けられていたみたいに。

    いや、別に村上春樹専売ということはもちろん無いんだけど、でも村上作品にまるでみたいにが出てくると、やっぱりな、と思ってしまうのだった。

    というか、前から思ってたけど別に村上春樹翻訳作品、ものすごく良いかとというと特にそんなことはない。
    普通に翻訳感は残ってるし、更にやっぱり村上作品だというノイズが乗ってしまう。
    もちろん、シンガーさんがやれやれと言ったりスパゲッティを茹で始めるなんてことはないし、プロだし、自分の好きな作品しか訳さない人だから、そこで自分の色をつけることは絶対ないとは言え、とはいえ村上春樹っぽさが出ないはずもないので。
    悪いとかではいっさい無いし、翻訳するななんてことはないんだけど、なかなか難しい。

    どうでもいいけど、原題の「The Heart is a Lonely Hunter」という響きが頭に染み付いているからか、タイトルは四節あるような印象があり、「心は孤独な狩人」、ではなく「心は〇〇で孤独な狩人」という形で脳裏に浮かびがちだった。あと主人公がシンガーじゃなくてハンターと覚えがち。

    0
    2025年03月03日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    読みたかったカーソン・マッカラーズの『悲しき酒場の唄』が
    村上訳で読める日が来るとは!
    それも山本容子さんとの素敵な物語絵本になって

    なんという話しなの!

    という感想に尽きます
    全てが変わっている

    春樹さんはこの中編小説をできれば他の短編と合わせずに一冊の独立した本にしたかったという
    それも絵をつけた一冊に。
    となるともう 私たちも山本容子さんしか浮かばない。カポーティの本たちと同じように。

    それにしても、江國香織さんも書いておられるように、こんなに描いてしまっていいの?ミス・アミーリアを、カズン・ライモンを?
    と思わずにはいられない。
    けれど…このあまりにも新鮮?斬新?な物語だからこそ、いいのだ。

    「いいのだ、とこれを読んで私は納得した。ひらかれるというのはたぶん、通路ができるということなのだろう。その通路から、小説世界そのものが迫ってくる。この小説の持つ閉鎖性もわかりにくさも、閉鎖的なままわかりにくいまま、肌のすぐそばまで迫ってくる」
    のだ。
    『波 2024/10』より
    江國さんのおかげでそう思えました。

    マッカラーズといえば、南部の裕福でない白人と黒人との関わりみたいなものをあったかく描くイメージ
    今作も小間使いで料理人のジェフが美味そうな肉を焼いていた。

    旧作を読んだ先輩から、「え?カフェ?酒場というイメージよ」と聞いていたので、古い書庫から旧版を引っ張り出して比べるも、
    酒場です。カフェの意味が日本とはちがうので原文のタイトルもcafeですし、春樹さんと山本容子さんの本には カフェ が合っているのでは…
    名前の発音の違い、"せむし"という言葉をあえてつかってるところなど違いもありますが、それぞれですね。

    0
    2025年01月03日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    タイトルで「哀しい」と言ってしまっているので、出オチしているようなのってどうかな?と思いつつ読んだ。杞憂でした。こんな余韻の話は初めてかも。あとがきで村上春樹さんも書いていたけれど、登場人物のどれにも共感できなくて、突き放されたような印象を受けた。でも、それがよかった。どうにもできない渦に巻き込まれていくような、不条理を目の当たりにするような、少しだけ心地よい虚脱感も感じながら一気に読み終えた。

    0
    2024年12月07日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    訳者違いの再読。
    再読って初めてかも知れない。
    でもよかった。
    時に人物の気持ちが分からない。
    でも人ってそんなもんじゃないかと思う。
    全てが合理的で他から見て分かりやすくて…みたいな人なんていない。
    それぞれに葛藤やら鬱屈やら抱えてどうにかこうにかつじつまを合わせたり、合わなくなってぐちゃぐちゃになったりしながら生きている。

    0
    2024年10月04日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    「愛されるもの」の立場と「愛するもの」の立場。
    両者の立場が移り変わりながら、その哀しさと憎しみが描かれた物語。
    登場人物たちは、みな異様で素直に共感することはできず、ゆえに、箱の中の出来事を見ているような感覚になる。
    けれど、そこで繰り広げられている愛憎は、「愛」の難しさ、他者を理解することの困難さを語っている。

    哀しいけど、涙がでたり、胸が激しくしめつけられたりするわけではない。
    ただ、淡々とした哀しみだけが残る。

    0
    2024年09月29日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    貧しく人種差別も激しいアメリカ南部のある町。それぞれ熱い使命や思想、夢を持っている登場人物達が、聾唖の男シンガーにだけはその秘めた思いを語る。いつもは聞き役のシンガーも、啞のアントナプーロスだけには手を素早く動かし話しまくる。
    人は、自分の話をまっすぐに受け止めてくれる人を求めている。語りたい、理解してほしい。
    自分の思いが空回りして実現しない事は圧倒的に多い。それでも大半の人は生きていく。シンガーはなぜ死んだのか。皆、彼に話すだけ話して、彼を知ろうとはしなかったからか。
    決して幸せな話ではなく、うるさくて静かで、なぜか心地良い読書だった。不思議だ。

    0
    2024年09月22日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    闇を鮮やかに描きだしている作品。
    どの扉を開いてもそこにあるのは孤独だけ。
    でも、彼らと私たちとで何が違うのか。みんな繋がっているようで本当はみんな孤独なんじゃないか。
    そう思うととても悲しくなって、この本が愛しく思えた。

    0
    2024年01月17日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    色彩豊かな片想いが錯綜する物語。
    1930年代の大不況による貧困と差別が蔓延するアメリカ南部で暮らす人々。
    主人公のミック、ジェイク、ブラント、コープランドを中心に様々な人が聾唖の白人、シンガーに心を寄せる。
    シンガーが唖であるがゆえに理想の友人像を作り出し傾倒する。ただしシンガー自身はその友人たちのことを強く思っているわけではなく、心の中にはただ一人、精神病院に収容されてしまった友人アントナプーロスのみ。
    理想の友人のおかげで日々の苦しい生活が救われていると感じている中、その一方通行は突然ドミノ倒しのように崩壊し、人々は孤独へと帰っていく。

    こう書くととても重苦しい感じがするのだが、マッカラーズが描き出すこの悲劇はとても美しいのだ。
    冒頭に「色彩豊か」と書いたとおり、世界を、そして登場する人々に色々な色を与え、80年前の人々の姿を生き生きと描きだし、決して古くさいと思わせることなく、全員を愛おしく感じさせる。
    これは素晴らしい小説。600ページとなかなかの長編だけど、決してその時間は無駄にならない。
    傑作。2023年の締めくくりがこの本でよかった。

    0
    2023年12月31日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    これほど力強くも繊細な小説を読んだのはいつ以来だろう。海の向こうではファシズムが台頭しつつある暗い時代、アメリカ南部の貧困と人種差別が蔓延する小さな町に暮らすひとりの聾唖の男と、彼をとりまく4人の人びとの物語だ。
    町にある夜流れ着いた大酒飲みのアナーキストは、この世の矛盾について多くの知識を蓄えはしたが誰にも理解されず、巨大な怒りを内に抱え込んで自己破壊的な暴発をくりかえしている。
    一方、この町にただひとりの老黒人医師は、差別と暴力に虐げられる同胞たちへの大いなる愛とともに彼らの愚かさへの怒りに突き動かされているが、彼もまた、家族を含め誰ひとり理解者をもたない。
    才気煥発な下宿屋の少女は、心の「内側の部屋」に豊かな音楽をあふれさせているけれど、これもその力を外に向かって表現する方法を知らぬまま、唖の男への慕情を募らせている。
    そして彼らをじっと見つめる食堂の主人は、夜の深さと、そこでしか生きられない異形のものたちを、自らの隠された分身のように愛する男だ。
    自らの内にある膨大なエネルギーを持て余し、ただひとり自分の魂を理解してくれそうな存在をもとめて、唖の男のもとを訪れる4人の人びと。彼がたたえる大きな沈黙と静かな微笑は、彼らがそれぞれ孤独に抱えこむ苦悩と希望とをすべて受けとめてくれるように見えた。しかし実は唖もまた、まったく受け取り手のいない巨大な愛を、その内に孤独に抱えこんでいたのだった…
    理解し共感してくれる存在をそれぞれに渇望していながらも、決して互いに理解し共感しあうことのできない巨大な魂の孤独。その絶望とその希望を、これほどまでに繊細に描いた小説がほかにあるだろうか。おそらく少女ミックと食堂の主人ビフは最も作者自身に近い存在と思われるが、老黒人医師とアナーキストがついに正面から出会い、互いに共通する熱望を見出しながら罵り合い絶望して別れる場面の緊迫には読む側も息を詰まらせざるを得ない。一見、救いのない物語だが、戦争というより大きな暴力の予兆が満ちる中で、彼らは最後まで生き抜く希望を失ってはいない。
    自分とまったく異なる人たちの心の深みに降りて行って、その最も柔らかい部分に触れるような小説を、裕福な家庭出身の若い白人女性であったマッカラーズはどのようにして書くことができたのだろう。愚かに傷つけあい共感を拒みながら共感を可能にする人間というものの可能性を指し示すこの小説、このような時代にあって、それはなんという希望であることか。

    0
    2023年12月28日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    1930年代後半、アメリカ南部の小さな町。

    貧困、差別、不公正、信仰、信念、理想、孤独。
    色褪せてざらついた重苦しい世界。

    登場人物全員が極端な考えや生き方で、極端ゆえに哀れで痛々しい。滑稽にさえ見える。

    人種差別と戦う黒人医師、資本主義を正そうと戦うアナーキスト、カフェの主人、夢を持つ少女、そして彼らを惹きつける唖のシンガーさん。
    シンガーさんに向かって溢れる言葉を吐き出す。
    静と動。無と有。対比。

    最終盤の展開に意表を突かれた。

    出口のない心のモヤモヤの表現が素晴らしい。若干23才の女性が初めて書いたとは信じられない。
    訳者が村上春樹氏だから良いのかも知れない。

    作中に、反ファシズムの少年が「ドイツと日本の商品はどんなに安くても買わない!」という文がある。
    戦前の、世界から見た日本が分かる。ヒトラーとムッソリーニをお手本にしていたのだから当然。

    外交しない高市政権は戦前の日本を思い出させる。現在の状況での外交はかつてないほど難しいのは分かるけど、だからこそ大事だと思う。それこそが国のトップの仕事では?と思う。

    0
    2026年09月01日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

     愛する人の喪失を、人は乗り越えられるのか。いや、乗り越えて生きていかなければならない。
     そもそも、「愛する人」って? 恋人、夫婦、親友、呼び名はなんだっていいけれど、どんな関係でも、相手の気持ちなんて永遠にわからない。言葉にすればある程度わかるのかもしれないけど、それでも、完璧にはぜったいにわからない。相手が自分をどう思っているか、わかってくれているか、そんなことは、きっとどうでもいいこと。だってわからないから。自分が相手を信じているなら、それでじゅうぶんで、それ以上は望めないのかもしれない。
     シンガーは、友人の二度目の喪失には耐えられなかった。一度目の喪失にはうまく対処できていたように思える。それは、実在する友人から遊離した、自分の心の中の友人と交流できていたからだ。ある意味、本物の友人の存在への執着が、彼を弱くしたといえる。HSPという概念の提唱者、エレイン・N・アーロンの本に、成熟とは、安心の器を目に見えるものから目に見えないものに移行していけることだと書いてあった。移行しきれていなかったのだ、ともいえる。
     シンガーは唖だ。彼が胸の内を言葉で伝えられる相手は、同じ聾唖者である友人しかいなかった。他の人は口に出して言葉を話す。そのために、意図しないところへ自分の言葉が届き、意図しないつながりが生まれることがあった。良かれ悪しかれ。シンガーの場合、そのように発信が漏れ出ていく機会はなかった。でも、必要に応じて健常者と筆談は交わしている。あの友人以外とつながろうとしなかったことが、彼の弱さだったのだろうか。
     聾唖のシンガーに、町の人はすがるように語りかける。わかってくれていると信じて。なんだか、現代人がAI相手に胸の内を吐露するのに似ているんじゃないかとわたしは感じた。AIはそれなりの返事をくれちゃうけど、返事の内容に期待するのではなくて、とりあえず受け止めてくれた感じ、壁打ちの壁になってくれることに満足するのであれば、相手が何を感じていようがいまいが関係がない。

    0
    2026年08月29日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    聴覚に障害のあるシンガーという男のもとに、街の人々が相談に訪れるというお話。

    シンガーと関わる主な登場人物は、飲食店を営むビフ、シンガーの下宿先の娘ミック、黒人医師のコープランド、そして酒癖の悪い男ジェイク。

    章ごとに異なる人物が主役となる構成で描かれる長篇という形式が面白かった。

    みんなそれぞれに悩みを抱えていて、それをシンガーに話して聞かせるのだけど、シンガーが彼らの話をすべて理解しているわけでも、きちんと返事をするわけでもない。彼らは、否定せず静かに話を聞いてくれる存在に助けられながらも、対話によって考えを変化させることがないため、むしろ自らの思考の檻に囚われていくという感じのお話でした。

    いくつかの章は短編小説として読んでもすごくきれいにまとまっていて、特にミックがパーティーを開くエピソードは、背伸びをしながらもまだ大人になりきれない様子がすごくうまく描かれていて、ものすごく好き。

    かなり悲劇的な事件が多く起こる作品なのだけど、ラストも各人物の行く末を一人ずつ描いていく形だったので、一本の長篇というより、複数の中篇小説を並行して読んでいるような感覚の作品でした。

    0
    2026年07月30日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    村上春樹さん訳 山本容子さん絵画

    初カーソン・マッカラーズさん
    中編小説で、挿画が作品とぴったり
    奇妙な人間関係で、3人はそれぞれにコンプレックスがあるけど、幸せになろうとする
    不器用だけど愛を感じる
    愛が憎しみに変わった残酷さが哀しい物語

    0
    2025年12月05日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    以前「心は孤独な狩人」を読んだ時とは大きく異なる印象のマッカラーズ。心は孤独な狩人は現代社会にも通じる閉塞感について考えさせられる一冊であった(らしい。自分の感想を見る限りではある)けれど、この何とも奇妙な物語は何かを静かに考えさせるという雰囲気は、一見、ない。訳者の村上春樹も最初に読んだ時の印象をこう語っている。

    『これはいったいどういう小説なのか? いったいこの小説は何を語ろうとしているのか? この本を読み終え、多くの読者はそのような疑問と戸惑いを抱いたまま、あとに取り残されることになるかもしれない。最初に読み終えたとき、正直言って僕もそんな読者の一人だった』―『訳者あとがき』

    時代がかった西部開拓時代を思わせる舞台。作家マッカラーズにとってはひょっとすると馴染の風景であったのかも知れないが、白黒の西部劇に出て来そうな半ば治外法権的な雰囲気が漂うNowhere、どこでもない町。物語としては、荒くれもののカウボーイ達が夜中に荒野のただ中で焚火を囲みながら針小棒大に語る与太話、といった印象。

    村上春樹は、ここに登場する三人の登場人物たちの間を繋ぐ一方方向の感情を、「愛」という概念に昇華させこの短篇の持つテーマを一般化させてみるが、物語としてはとてもそんな生易しい言葉でここに蠢く感情を感じ取ることはできない。まず、三人の登場人物は誰一人としてどこにでもいるような普通の人ではない。誤解を恐れずに言うなら、正面から向き合うことを躊躇わせるような人々。男として、あるいは女として、という世間がはめたがる典型的な型から逸脱した人物。その意味では現代的なテーマである「多様性」というものを捉えていると読めないこともない(作家がそんな言葉に集約される概念に機微であった可能性はあるだろう)。そして確かに三人の間にある感情は輪舞のような関係にあり、その捻じれ方にも一般的と言われる形ではない関係性が描かれており「包摂」というテーマを読み取ろうと思えば読み取れる(再び、1967年に50歳で無くなった作家がそのような現代的なテーマに既に気付いていたとするならば。確かにこれは古くて新しい問題ではあるし、心は孤独な狩人の印象からすれば可能性はあるだろう)。しかし、それがどこかに着地するような展開は訪れない。少なくとも、ここまで救いの無い物語である必然性を、残念ながら自分は読み取れずにいる。もちろん、本質的にはそれが容易に答えの出る問題ではないとは思うけれど。

    この短い物語に添えられた山本容子の銅版画は、挿絵という概念を越えて多くの頁の背景に(時に文字の配置さえも規定するように)表れる。それも抽象的な背景の描写ではなく、作中の人物を具体的に表現する形で。何となく二つの物語を同時に読んでいるような印象を持つほどに独立した作品という感じが漂う。ただ、これは好みの問題だとは思うけれど、主人公の顔や容姿をこんな風に見せられてしまうと、自分は返って物語の世界に没入し難いのだけれど、他の人たちはどうなんだろう。

    0
    2025年11月07日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    村上春樹氏の訳というので、初めてマッカラン氏の作品を読んでみました。
    なんというか話自体は救いようのないようなものですが、村上春樹氏があとがきで書かれているように、「愛」を真摯に求める心の有り様であり、マッカラーズ自身の孤独な魂の反映なのかなと思うのでした。
    主な登場人物3人の深い欠落と矛盾に苦しみながらも必死でもがいてる姿は、現代でも、世界のどこにいても同じなんだと感じ入ることが出来ました。

    0
    2025年04月25日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    第二次世界大戦が始まる直前くらいのアメリカ南部の田舎町を舞台にした群像劇。聾唖で聞き役に徹する男性シンガーと、彼を自分の理解者だと慕う人々。年齢や人種も様々だが、自分の正義、真実、才能、情熱などが周りに理解されないという孤独感を抱えているのが共通している。この作品がすごいなと思うのは、彼らの苦悩を描きつつも、独りよがりな部分も浮き彫りにしていることだと思う。人間ってそういうものなのかな、孤独ってなんだろうと考えさせられる。ババ―やベイビーといった脇役の子供のエピソードも印象に残った。

    0
    2025年03月16日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    詩情溢れるメルヘン。そして残酷なラブ・ストーリー。
    タイトルに“ballad”とあるとおり、人々が口伝えに繰り返し語り継いできたドラマに耳を傾けているかのよう。

    冒頭でいきなり悲劇の結末は明かされる。
    うらぶれた田舎町に住む、吝嗇で癖が強いが一目置かれてもいる人物であるミス・アミーリアに起きた、これまた風変わりな愛の行方と破局の物語だ。

    なにもないいつもの夕方、訪ねてきたよそ者との出会いによってミス・アミーリアが変わり、その熱が生む磁場に引き寄せられるように町の住民も変わっていき、物語には幸福と高揚感が満ちてくる。
    しかしそれと同時に、きっとなにかが起きるに違いないというカタストロフィの予感と緊張感がじわじわと張り詰めてゆく。

    そして不幸の種が蒔かれる。ここからは、どのように悲劇が起きるのかというクライマックスに向けてギュッと引き込まれてゆく。
    そして結末の驚きと、あっけなくもたらされた崩壊に、しばし茫然となる。

    ここに寓意や教訓はあるだろうか?
    カーソン・マッカラーズは作中で、“愛とは二人の共同体験であるが、二人にとって同等の体験ではない”と、愛の非対称性を語る。
     “愛するものは孤独であり愛することは苦痛であっても、ほとんどの人は「愛するもの」になりたがる”
     “あけすけに言わせてもらえるなら、「愛されるもの」の立場に置かれることは多くの人にとって、深く秘密めいた意味合いにおいて、耐えがたいことなのだ。愛されるものは、愛するものを恐れ憎むが、それには最もな理由がある。なぜなら、愛するものは愛する相手を剥き出しの裸にしようと、永遠に試み続けるからだ。愛するものは愛する相手とのあらゆる関係性を切望する。たとえその経験が本人に苦痛しかもたらさないとしてもだ。”

    そう、「愛されるもの」が与えられた愛を裏切り、自らを望みのない「愛するもの」へと駆り立ててゆく心理は、決して奇妙なものではないだろう。
    幸せと愛が、必ずしも同じ意味ではないということは、誰しもが知ることなのだから。


    Cafeを、酒場ではなくカフェと村上春樹さんは訳した。ミス・アミーリアの店は、飲んで人生を一時忘れる場所ではなく、集まって人生に意味があると人々が誇りを取り戻せる場所だった。
    オシャレというよりも、老若男女が集う温かく明かりが灯る場所という雰囲気には、“カフェ”が似合うように感じた。
    奇妙な愛の行方以上に、カフェの終焉によって町と人びとが再び退屈で無意味な日常へ沈んでいく様に感傷的な余韻が滲んでくる。
    アメリカ南部のさびれゆく町そのものが主人公のようにも、感じてくる物語だ。

    0
    2025年01月11日
  • 哀しいカフェのバラード

    Posted by ブクログ

    とても不思議で、一切の救いのない物語。
    巨躯で訴訟好きの女性、ミス・アミーリア。圧倒的な人間嫌いのアミーリアに対し、突然出現し、一途な愛を受けることになった病的に小さなカズン・ライモン。この二人が始めたカフェが、町全体を活気づけ、奇跡のような平和をもたらした頃に現れる、前科者で過去に10日間だけミス・アミーリアと結婚していた、マーヴィン・メイシー。
    この三者の、愛の一方通行を描きながら、その愛の行き着く先を示す。

    マッカラーズの小説に出てくる登場人物は、皆、どこか普通ではない。
    普通ではないのだけれども、普通ではないなりに、皆、不思議と歯車が噛み合っている。
    そしてその噛み合い具合がとても心地よく、「心は孤独な狩人」などは、それが作品を希代の大傑作たらしめている。

    本作は、噛み合わない。全然噛み合わない。
    なので、登場人物の普通でなさが際立つ。異様さが際立つ。
    神話的なニュアンスさえ感じられるほど異質。

    ただ、その異質さは読むことを拒絶するかというと、そういう類いのものでもない。
    むしろ引き込まれる。異質さが魅力になっている。
    中盤くらいから、明らかに本作が絶望に向かっていることがわかる。
    わかっているにもかかわらず、目が離せない。

    物語自体の魅力はもちろん、それを語る文章の美しさもある。
    マッカラーズは、普通ではない人の、普通ではない行動を実に見事に描写する。
    これはひとえに、天才の所業なのだろう。

    本作は中編程度で短く、そして山本容子氏の銅版画が挿絵(背景画)となっており、さながら大人の絵本という感じに仕上がっている。
    そして大人の絵本というにふさわしい内容。

    異様だし、絶望だけど、読みやすい。
    この美しい絶望は、マッカラーズのファンでなくても、味わってみて欲しい。

    0
    2024年10月18日
  • 心は孤独な狩人(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    孤独は前提であると言っていたのは糸井重里だった気がするけれど、人間が生きる上での前提である孤独を再認識するような小説だった。

    0
    2024年04月30日