記憶を引き出す可能性を押し上げているものはフレッシュネス(新鮮さ)とコンシステンシー(一貫性)だ。
◾️重要な広告メッセージに錨を下ろす
広告の重要な役割の1つが、購買環境下でブランドのメンタルアベイラビリティが発揮される可能性を拡大させる意識構造を購買客の心の中に構築することだ(Ehrenberg et al,2002)。購買環境下でメンタルアベイラビリティ(セイリアンスともいう)が発揮されるためには、購買客がその環境下でブランドを買うときのきっかけとなる潜在記憶と広告メッセージがリンクしていなければならない。これらの記憶とのリンクを刷新することで、ブランドのメンタルアベイラビリティが強化されていく。
これらのきっかけは《カテゴリーエントリーポイント》(CEP)と呼ばれている(Romaniuk,2016a)。たとえば、1人の女性ケイティがただの購買客から洗濯洗剤の購買客ケイティというホットゾーンにシフトするとき、その思考はカテゴリーエントリーポイントの影響を受ける。私はコーヒーを飲むのでコーヒーカテゴリーの購買客だが、午後1時の私はコーヒーカテゴリーのホットゾーンにはいない。カフェインで目が覚めてしまうからだ。しかし午前1時では状況が異なる。私は毎日この時間、ただのジェニーからコーヒーを買うジェニーへとシフトする(コーヒーを飲まない私は話し相手としては最悪のジェニーにシフトする)。
午前11時のホットゾーンへ入るときの私の心の状態には、そのときの状況に応じていくつかのパターンがある。自宅で働いているときは、スエットパンツ姿で気楽に行ける近場のコーヒーショップがありがたい。職場に向かっているときは、通勤途中で時間をかけずにコーヒーを買えるところを探す。十分な睡眠が取れなかったときは、濃いコーヒーが、飲めるところはないかと考える。状況に応じてこのようなパターンがあり、それぞれの状況でメンタルアベイラビリティを獲得するブランドが異なっている(Desai & Hoyer, 2000,Holden, 1993)。
CEPは無数の情報を発信する。受容された情報は〈きっかけ情報〉として該当する記憶領域に送られる。〈きつかけ情報〉が受容されたブランドはメンタルアベイラビリティを強化する機会を得る。そしてこれらのCEPを基にしてそのブランドが獲得すべき価値のある意識構造が構築される。CEPはブランドそのものとリンクしているが、ブランド の周辺情報とはリンクしていない。この差は単なる言葉の表面的な意味の違いによるもの と思えるかもしれないが、ブランドの戦略と研究に重要な意味を持つ。
まず、戦略面の意味を考えてみよう。ブランドのCEPが多いほど、ブランド記憶の引き出しが増えていく。これは、従来のブランド戦略のように1つの属性(あるいは1つのCEP2)を持つことを目的にするよりも、CEPネットワークを拡大充実させることを目的にするブランド戦略のほうが効果的であることを意味する。たとえば、航空会社であれば、自社がビジネス出張に便利であること、家族旅行に便利であること、マイレージの獲得にお得であること、格安旅行客にお得であることなどを知ってもらいたいと思うはずだ。航空会社が1つのCEPだけ(例えばビジネス出張)に着目していては、たとえビジネス出張のニーズの高まりがあったとしても、成功することはない(Calder,2016)。その理由の1つとして、ビジネスで出張する人は、家族旅行に行くこともあれば、私のようにアフリカにバックパッキングに行くこともあるかもしれないからだ。
多くのCEPにリンクすべきであることのエビデンスが、大小さまざまなブランドのCEPネットワークを比較した調査から明らかになった。この調査では、市場シェアの大きいブランドと小さいブランドの間では、購買客が各ブランドに持つCEPの数の差が大きいことが明らかになった(Romaniuk,2016a)。各属性の関連を分析し、これを選択されたブランドの総ネットワークサイズと比較したところ「3」、総ネットワークサイズは購買者の将来の行動とより強い関連を持つことがわかった。(Romaniuk,2003;Romaniuk&Sharp,2003a,b)
次に、研究面での意味合いについて考えてみよう。前述したような関連性が存在しているということから、CEPを発見するためには、ブランドそのものに目を向けるよりも、カテゴリー購買客を含めたユーザーのブランドにまつわる体験を調査する必要があることが示唆される。従って、CEP調査の質問内容は、購買客やユーザーがブランド体験をしたのは、いつ、どこで、誰と一緒だったか、そのときどう感じたか、それはブランド体験の前か、最中か、後か、なぜブランドを体験することになったのか、などに集中している(Romaniuk,2016a)。特定のブランドについて尋ねるのは、カテゴリー購買客が特定のブランド体験を検索して過去の記憶にうまくアクセスするのにそれが役立つ場合とした。表4-1に、2016年7月に米国のシャンパンカテゴリーの購買客を対象に実施された調査で発見されたCEPをまとめた。この表から、CEPには、お祝い、個人的楽しみ、天気の良い午後の楽しみ、といったニーズまでさまざまなシーンに対応する幅広い可能性があることが示唆される。しかし、購買客がこれらのCEPに遭遇する可能性はすべて均等ではない。次の段階の調査を行って、どのCEPに遭遇する可能性が高いかを理解し、そこでの売り上げを伸ばすための施策を増強する必要がある。どのCEPもブランドタッチポイントになれる可能性を秘めている。
『ブランディングの科学新市場開拓篇』の第8章でフィジカルアベイラビリティの3つの構成要素、プレゼンス(存在感があるか)、プロミネンス(目立っているか)、レレバンス(自分にとって重要か)について考察した(Nenycz-Thiel,Romaniuk&Sharp,2016)。独自のブランド資産はプロミネンスに貢献し、その結果、ブランドが購買環境の中で目につきやすくなる。
◾️パッケージ資産タイプ別の効果比較
・知名度
キャラクター、クロージャー、ブランドロゴ、パッケージデザイン、パッケージ形状、イメージ画像、ワード、文字のフォント、パッケージカラー
・独自性
キャラクター、ブランドロゴ、クロージャー、ワード、イメージ画像、文字のフォント、パッケージデザイン、パッケージ形状、パッケージカラー
◾️カラー資産を守る
ブランドカラーとして希望する色と実際に採用される色の間には、明らかに乖離が存在する。カラー資産はブランドとして所有したい資産だが、エビデンスによれば、マーケターはカラー資産の開発が上手ではないことは明らかだ。もしあなたのブランドがカラー資産を所有していたら、そのうち社内から、あるいは広告代理店から、そろそろ消費者がブランドカラーに飽きてきているので変えどきだという声が上がるかもしれない。そのときは何があってもそのカラー 資産を守らなければならない。
そのような声が上がるということはありがたいことだ。しかし色を変えてはならない。その色はあなたのブランドが所有できる価値の高いブランド資産の1つであり、守らなけ ればならない。第18章では、ブランドのアイデンティティを刷新または更新すべきだとい う声や圧力への対処法について解説する。
エルフゲンらの研究によると、セレブリティがブランドの想起に効果を発揮するのは、ブランドとセレブリティの間のリンクが強いときだけだった。つまり、バンパイヤ効果は、セレブリティとブランドのリンクが弱いときに生じると考えられる。逆にリンクが強ければ、セレブリティが認識されるとブランドも認識または想起される可能性が高くなる。私たちはこの現象を私たちの調査でも確認することができた。その調査では、カテゴリー購買客がセレブリティの名前を知っているときは、ブランドとセレブリティの間のリンクは4.5倍強かった。
◾️強い独自のブランド資産を構築するための4つ戒め
その1:賢明な選択
・そのブランド資産は、他の資産には真似のできないものをもたらすことができるか?
・そのブランド資産を構築した後も、既存の資産を守るための十分なリソースは残るか?
その2:正しい優先順位づけ
その3:質の高いエグゼキューション
その4:変化のための変化を避ける