舟橋正真のレビュー一覧
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ネタバレ三笠宮崇仁(1915-2016)は、大正天皇嫡出4人兄弟の末っ子で、長兄に昭和天皇、次兄に秩父宮、三兄に高松宮を持った。
成績優秀のうちに士官学校を卒業後、「日本の戦争は善き『聖戦』」と信じ、陸軍参謀として1942年の南京に赴任した。しかし、大陸での日本兵による蛮行を伝え聞いて衝撃を受け、「聖戦」の正当性に疑念を持つようになった三笠宮は、戦争終結を目指して蒋介石との和平工作に奔走した。結局、和平は頓挫して44年に日本へ帰国することになるが、南京を出る前に陸軍将校たちへ「日中戦争の不道義性」を説く講話を行い、聴衆を呆然とさせた。帰国後は未遂に終わった東条英機暗殺計画に何らかの形で関与したと見られるほか、他の皇族と共に政治観を表明して昭和天皇を苛立たせた。
敗戦後の皇族像は「学究か社会福祉活動」であるとし、自身は前者を選んで東大文学部西洋史学科で学んだ。同窓には人類学者の中根千枝がおり、公務で授業に出れない三笠宮に自身のノートを貸していたという。その後は原始キリスト教・マルキシズムに関心を持ちつつ、歴史学に邁進して日本オリエント学会を創設した。
GHQ統治下で保守反動的な「逆コース」が進む中では、歴史学的見地から万世一系の皇室像を痛烈に批判し、2月11日の建国記念日化に反対して右翼が三笠宮邸に押しかける事態になった。
平和主義的見地から政治へ意見する姿勢は「無責任、奔放」だとして長兄の昭和天皇に批判されたが、象徴天皇を補完する新たな皇室像を模索していた。
1946年の皇室典範改正にあたっては私案を提出し、将来的な女性天皇の許可だけでなく、皇族の人権を重視する立場から婚姻の自由・生前退位の自由を論じた。
兄である昭和天皇・秩父宮・高松宮の死を見送り、三人の愛息にも先立たれる中、2016年に100歳で亡くなるまで皇室の最年長者であった。三笠宮と生涯を共にした百合子妃も2024年に没し、現在の三笠宮家は崇仁の孫で麻生太郎の姪である彬子女王が当主となっている。
本書は三笠宮家の未公開資料を初めて使用し、百合子妃へのインタビューによるオーラル・ヒストリー資料も用いた最新の三笠宮崇仁人物史である。戦前・戦後昭和・平成と変わりゆく時代を、陸軍将校・皇族・学者という様々な立場で経験した三笠宮の生涯を追うことで、天皇制が辿った近現代史を浮き彫りにしている。2026年の皇室典範改正を考えるにあたっても示唆に富む一冊。
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初代宮内庁長官・田島道治が残した「昭和天皇拝謁記」について、その翻刻などにあたった研究者たちが、原本からの引用も盛り込みながら、そのエッセンスをわかりやすく解説。
引用されている「昭和天皇拝謁記」での昭和天皇と田島長官のやりとりから、人間としての昭和天皇の実像がありありと伝わってきて、「昭和天皇拝謁記」は本当に近現代史の第一級の史料だと感じた。本書の各論考は、「昭和天皇拝謁記」の読みどころを的確に紹介してくれていると思う。
昭和天皇には、これまでシンパシーと敬意を持ってきたが、本書で戦争責任への認識や戦後も変わらぬ君主意識など、ちょっとこれまでのイメージが覆され残念に思う部分もあったのだが、それでも総体的にはやはり変わらずシンパシーと敬意はもち続けたいなと思わせられた。
また、「昭和天皇拝謁記」を残した田島道治氏は、昭和天皇に諫言も厭わず終始一貫して真摯に向き合っていて、「仕える者」の鑑だと感じた。
あと、当時皇太子だった上皇陛下についても触れられているが、現在はむしろリベラルな考えの持ち主とみられえている上皇が、訪欧前の東宮時代には保守的な考えを持っていると昭和天皇には認識されていたというのが意外で、その後どういう経緯で今の上皇となっていったのだろうかということが気になった。 -
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戦後初代宮内庁長官を務めた田島道治が昭和天皇や側近たちとの対話を綴った「昭和天皇拝謁記」が発見され、第1級の資料として2019年8月、NHKのスクープ報道と「NHKスペシャル 昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録“拝謁記”~」で紹介され、大きな反共を呼んだ。田島道治の残した膨大な記録は、後に本書の著社達である古川隆久らが、2021年から2年にかけて全7巻をまとめ上げ、全公開した。本書は、「昭和拝謁記のダイジェスト版」であり、著者らが新発見を多面的・複眼で考察し、まとめ上げた第1級の昭和天皇を証言する記録でもある。
アジア・太平洋戦争は、歴史修正主義者などが解釈する「軍部の独断専行」であり、昭和天皇に戦争責任はなかったなどの考え方が根強く残る。しかし、本書を読めば、世界情勢から国内情勢を背景に、軍備増強と戦争へと突き進んだ昭和天皇自身の判断や決断がすっぽり抜け落ちて、「軍部の下克上」が原因であると自身の戦争責任を放棄するかのような発言を繰り返している。また、一方で、国民が自信の考え方を持たずに他人の言動に同調してしまう付和雷同によるものだとも繰り返し回顧し、国民の責任に転嫁している。しかし、大正デモクラシーによる民主化と関東大震災直後に皇太子時代の昭和天皇を襲った虎ノ門事件を契機に治安維持法が作られ、目的遂行罪なども加わり、国民の思想信条や言論弾圧を行った大日本帝国の総覧者である昭和天皇の責任は重い。昭和天皇の歴史を振り返り、リーダーとしてどのようにあるべきかを見つめ直す良書となった。 -
購入済み
めっちゃ詳しいです
伊藤先生がオススメしてたので購入しましたが、めちゃくちゃ詳しくて絵も綺麗なので楽しく読めます!!無駄なページが無いのでインプット量はかなり多いと思います。