近内悠太のレビュー一覧
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受け取ったことに気づいた時に初めて贈与が生まれる。贈与のスタートは気づきであり、気づくためには想像する必要がある。想像力は学びから得られるため、贈与を受け取るためには学ぶ必要がある。学ぶ意味に対する答えを知れた気がした。
贈与は交換ではない。お互いの誕生日に同じような金額を送りあうのは、やっぱり交換であって、プレゼントではないのだと思った。相手のために考えたことにこそ価値があると私は思う。だからプレゼントはそのものよりもストーリーの方がうれしい。けどあんまりみんなには共感してもらえない。
どんなことでも微力なだけで、無力ではない。きっと誰かに受け取られている。葬送のフリーレンの作者はこの本を読 -
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ネタバレ「贈与」とは
僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動
贈与とは、モノを「モノではないもの」へと変換させる創造的行為に他ならない
だから僕らは、他者から贈与されることでしか、本当に大切なものを手にすることができない
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こちらの好意や善意は、必ずしも相手に受け入れられるとは限らない。だから、プレゼントを受け取ってくれたり、こちらの祝福を受け入れてくれたりしたとき、僕らは嬉しくなる。
昔付き合ってた人の誕生日にプレゼントをあげたら、受け取ってもらえたものの別れようと言われたことを思い出した。だからこそ受け取ってもらえるだけで嬉しいんだよな。 -
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哲学は正直苦手だけど、この本は説明が丁寧で分かりやすかった。
贈与とは、お金で買えないもの、およびその移動
見返りは求めない、見返りを求めるときそれは「交換」になる。
特に印象的だったのが、贈与のはじまりは「あげる相手がいること」という考え方。
「贈与の受取人は、その存在自体が差出人に生命力を与える」という。
そうだよな、あげたいと思える相手がいることって幸せだよな、ってしみじみ思った。
以下メモ
・贈与の原理
贈与の始まりは「受け取り」。受け取ることなく開始できない。
(受け取らずに始めるものは、自己犠牲)
贈与の差出人には相手に「届いてくれるといいな」という節度が要求される。
贈与の -
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最近、お祝いで物を贈ったり、両親に贈り物をしたり、大人になって「贈与」を行う機会が増えた。
喜んでくれる相手を考えて渡すことの楽しさを最近になって感じるようになった。逆にプレゼントをもらう、たとえどんなものでも嬉しい気持ちになって、お返しなにを渡そうと考える。
贈与は受け取った側が「健全な負債感」という負い目を感じて、お返しをしないといけない気持ちになる。それによって贈与のサイクルはまわる。
物を送る差出人は宛先から生命力をうけとる。物を渡したい、プレゼントしたいその気持ちが幸福であるということである。
大人になって、親から受け取ったものは当たり前じゃなかったことに気づく。また最近はコテン -
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「賦」という言葉が、贈与の原初的なかたちとして提示されているのが面白い。これは「贈る」という行為の前にある、世界から与えられているものへの気づき、あるいはそれを受け取ることそのものを指す。
「賦」はもともと「ふ」と読み、古代中国では「賦税」や「賦詩」などに使われた。「賦詩」は、自然や出来事に触れて、そこから湧き上がる感情や意味を言葉にする行為。つまり「賦」とは、世界から与えられたものに応答すること、そしてそれを言葉や行為に変換する創造的な応答でもある。
「賦」は「贈与の始まり」ではなく、「すでに贈与されているものへの気づき」として位置づけられる。
これは倫理的転回で述べられるrespon -
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非常に良い本でした。希望のある本です。
贈与とはなにか。それは差出人と受取人との関係性の中に生まれる。しかし、それだけではない。
資本主義や民主主義、貨幣経済、今ある衣食住や教育、現在進行形の常識があるからこそ、贈与は逸脱して現れる。
ぼくらが思う創造は、天才的なアイデアからの発想だと思いがちだが、そうではない。常識を常識と捉え、しかしそれでは矛盾するその一点を付く。つまり、知識の上にある。
だから、この今をしかと生きる。そして観る。ぼくらは与えられていることを想像し感じる。さすれば、差出人に気づいた受取人となり、また差出人になれる。
そうしてまた、見返りを求めない贈与ができる。
こうして世界 -
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なるほど素晴らしい愛を受け取るには経験や知性が必要!
与える側の問題が大きいと思っていたが、それだけではなかった。
話が噛み合わない人に会って自分の価値観がわからなくなった時に、勧められて読んだ本。
贈与の概念は何となく頭にあったが、言語化されて私の中で実態になった。
エゴでもなんでもない、気づかれた時点で呪いになる脆くて不思議な愛の形。
生物として説明しづらい行動なのに、どこか本能めいているのも興味深い。使命とも言えるのかな。
とてつもない規模のコミュニティで生きるヒトにもたらされた哲学と真理。深いよ。
愛に気づく力、思いをはせる力を育みたい。