ティム・インゴルドのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
家庭医です。今年読んだ書籍の中で最も刺激的な本の1つです。これまでに素朴に抱いていた教育という概念のイメージが、ガラッとかわりました。1ページ1ページの内容が濃密で、なかなか読み終わりませんでした。
知識の一方的な伝達である訓練とは違い、教育は相互性があり、そして相互の変化が伴う。それはある種の不安定さの上でおこるが、交感(コレスポンド)するなかで変化が生まれ、そして成長と発見に繋がる。かりそめの安定につながる理解(understanding)ではなく、終わりのないプロセスとして共有していく(undercommoning)。
ティム・インゴルドのいうように教育を捉えるのであれば、医療は多分に「教育」的側面を含んでいると言える。ただこういう風に書くと、一般的な教育のイメージだと「患者教育」みたいに捉えられてしまい、誤解されてしまいそう。
それでも、ティム・インゴルドに倣って「教育としての医療」というのをおしだすこともできなくはないと思う。まだ上手く説明できないけれど、ティム・インゴルドの「教育」は解釈的医療の実践と通底していると言えるだろうし、sharing power and responsibilityを本質とする「患者中心の医療」とも共鳴するように思う。教育とは果たして、生きること、生を送ることそのものだった。
書籍全体を通じて存在論的な問いに満ち溢れていて、ハイデガーやメルロ=ポンティといった存在論的現象学とも繋がる部分が多々あるように感じました。おそらく今後、私はこの本の内容を様々な場面で引用する気がします。
教育に携わっているかどうかとか関係なく、対人援助職の方すべてにオススメです。
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Posted by ブクログ
こういうガチ賢い系の本初めて読んだけど 理解できることとできないとこがあってすごく楽しかった。自分には良い難易度だった。
人類学とはっていう題名だけど「学問とは何か」についても新たな視点を得られた。科学をみんな信じてるけど、実験室でデータを集めて良い感じに解釈してるのをそれって真実として信じきってしまっていいのか、みたいな。(やばい語彙力無い)
筆者は元理系だけど、そういう科学で正しいと言われてることは全て正しいとも限らないという脆弱性を感じて、より真髄の当たり前から疑う人類学というものに入り込んでいったそう。人類学は哲学とも社会学とも似てるけど違って、(どう違うかの詳細はしっくりきたけどちょっと忘れた、読み直そ。)人々に教わる。何か重要なデータを得ようという関わり方ではなく、フィールドワーク先の人達を先生だと思って、人間が生きる上で大切なことを全て学びとる。そのフィールドワークで必ずしも実用的な結果や、人類の新たな発見が得れるとも限らない。けど、それでも良い。人類学は思いやりの学問だ。この激動の時代、人類がこの先どうなるべきかを考える上で大切な学問だ。なんか他の学問と全然目的とかが違う、ゆるい?ぼんやりだなと思った
こんな理解で合ってるかなー?!人類学とは何か知れると思って読む人が多いと思うけど、一言でパッと表せないのが人類学だなーってことがわかった。人類学の本初めて読んだけど、この本を読んだあと、なんだかワクワクするぼんやりした輪郭が見えてきた。もっと人類学の本読みたい。
自分は生まれた時から出来るだけ自分と違う種類の人間と関わって、人を観察しまくって、その人が何を大事に生きてるのか、自分との違い、その違いはどこから来るのか、つまり生きていく上でどの要素が必要でどの要素が必要ないのか、悪とは、善とは、人それぞれ違うのだな、真理はどれなんだ、そもそもあるのか、ないのか、自分はどの価値観のスタイルで生きていこう、どう生きるべき?と常に問うてきた。ある意味、既に文化人類学者かも。私が、できるだけ偏らないように無造作に様々なコミュニティに飛び込んでいたのは、フィールドワークということかな。遠くの村の自分が持っている価値観とできるだけ違うものを持っている人達と会い、相違点、共通点を探して普遍的なものを見つける。という営み。好き。文化人類学者になろっかな。♪
めちゃ拡大解釈してるかもしないし 理解できないところも多々あったからまたぜっっったい読み直したい! -
Posted by ブクログ
150ページほどの短い文章ながら、読めば思索が深まる体験を得られる、そんな素晴らしい本に出会いました。
本書は、ティム・インゴルドの研究領域である「人類学」を改めて問うてみた内容となっています。
インゴルドの本は、アート・芸術・建築関係から邦訳された経緯がありますが、本書はそれらとはまた違った学問について語られています。
では、人類学とはなんなのか?そして、インゴルドのいう人類学とはどんなものなのか?
第一のポイントは、他者を真剣に受け取ること、です。そのことが本書の第一章で語られています。今までの人類学は、他者を研究の対象とすることでした。フィールドワークにおいてもそれはあり、観察する側と観察される側という線引きで、いわゆる先住民を「対象」にしてきたそうです。
でも、インゴルド人類学のポイントは、他者を対象化して観察するのではなく、他者とともに研究するそうです。このやり方を「参与観察」と呼ぶとインゴルドは語っています。
これは、例えば医療の現場などにおいても言えることだと私は思います。治療する側と治療される側というふうに、病気をもった人を「対象」にすることと近いと思ったからです。でも、そこに本当のケアはあるのでしょうか。
それはともかく、最初に私が書いたように、思索が深まる体験としては、「知識と知恵」の考察や、「知るとある」の考察や「類似と差異」の考察が、本書を読むことによってダイレクトにインゴルドの思索を流し込めるので面白い体験でした。
また、近代西洋人は空想上の生きものであった、という内容の指摘はスリリングかつドキドキしながら読み進めました。こちらも非常に面白い考察でした。
インゴルドの学究人生を辿る半自伝的な内容でもある書で、人類学の史歴や学会界隈の激震と分派などまで綴られています。
読み終えて、私は、人類学のほうが、哲学よりも哲学的で面白そうだなという感じがいまはしています。
向き不向きもあるでしょうけれど、哲学や人文科学に興味のある方や、思索を深めたい方は読まれることをオススメいたします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレはじめに、難しいと感じる一冊。基礎知識が必要であるからか、翻訳が文脈の流れを妨げているのか、理解が滑らかに進まず、集中して読み進めにくく感じた。
さて、ここでは、現代における人や人間社会の持続的なあり方を問うているのだろうと考える。そして、そのためには「これだ」と理解ができなかったためか、問いを考える視点として語っているためか、読み終わった疲労感と共に、静かにまた読み直してみようと感じるものであった。
最後に、気に留まった言葉を残しておこう。
◼︎「動物は性を物語として生きることができる。動物はこの性を生きることにおいて物語を語る。。。。しかし、動物にできないことは、生きることと語ることを区別し、自らの生を生きることの中に他の生の物語を織り込み、それらを共に多くの生からなる物語へと編み上げていくことである。この能力は確かに人間に特有のものである」
◼︎「先住民たちにとって。。。保全も開発もなんの保証もなく与えてはくれないのだ。むしろ、未来への約束は、先人たちがそうしたように、異なるたぐいの生き物たちが、それぞれの道を歩みつつ、お互いの性質に対して注意を払い、反応し続けること可能にする。。。」
◼︎「。。。性を進ませ続けるという概念の起源へと立ち返ってみることである。これは、人間以上の世界の中心に人間の存在を置くという、適切な意味における人間中心主義であり、そうした人間以上の世界の中心から、私たちは責任と気遣に基づいて、地球とそこに住まうものたちとの関係を再交渉することができる」
◼︎「現役世代にとって、老人と無知なものたちが共に未来を築くという考えは、馬鹿げたものかもしれません。しかし、知恵と好奇心を取り入れることは、生を再生させるために欠かせない。。。その希望を現実に変えるためにはまず、老人と若者がふたたび一緒になって、生産的で相互に変革的な共同を、公共の利益のための再生の力へと変えていかなければならないのだ。。。。」 -
Posted by ブクログ
人類学を始め、人文科学、自然科学に一定の素養がないと、著者が、これまでの人類学の、どのような点に問題があると考えているのか、どうすべきと考えているのかについて、なかなか理解が難しいだろうと思う。
著者は言うー私の定義では、人類学とは、世界に入っていき、人々とともにする哲学である。
実に魅力的な言辞であり、著者は、それがどのようなものであるか、なぜそうした捉え方が必要とされるのかを、幅広く、深く考察していく。
訳文のおかげもあるのだろうが、著者の論旨自体は明晰であるし、論点も明確に示して叙述されているのであるが、いかんせん、当方の読みがついて行けないのが残念。是非再チャレンジしてみたい。