猪熊律子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2026年、ベスト5入り。
高齢者の犯罪は窃盗が多い。万引きにより刑務所に服役し、満期となり釈放されても社会に居場所がなく、また罪を犯して収容されてしまう。
そんなスパイラルに陥る受刑者たちが口を揃えて言うのは
「寂しい、 孤独。
誰からも必要とされていない」
そんな連鎖の果てに、認知症となり刑務官たちが介護をする塀の中の実態。
もはや当事者たちは自分が何の罪を犯して服役しているのか分からなくなっている。
その事実は衝撃的だ。そんな人たちを私たちの税金を使って生きさせておく必要があるのだろうか。
腸が煮えくり返る。
調査によると、受刑者1人にかかる生活費は年間450万円になるそうだ。
冗談じゃない。
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Posted by ブクログ
もし長谷川先生がいなければ今の日本の認知症を取り巻く環境は全然違うものになっていたんだろうなと感じる。
それくらい長谷川先生がこの本に書いていることは、認知症の人と共に生きる社会を目指すために行われている様々な取り組みの基盤になっている考え方だと感じた。
身近に認知症の人がいる人、支援者、当事者、どんな立場の人でも、この本を読めばきっと少し心が軽くなるんじゃないだろうか。
認知症になったからといっていきなり「認知症の人」になるわけではなく、今までの人生と連続している自分を生きているだけ、という事が繰り返し書かれていて、とても心に残った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ長谷川式スケール開発者による、認知症になった人の世界の見え方がやさしく語られている。
認知症という病の渦中にいる著者からの文章は、実体験に基づくものであり、介護者の心構えに繋がりそう。
学生ボランティアで、介護施設で認知症の方とお話したとき、大変失礼ながらぎょっとしてしまった経験を思い出し、「この本を読んでからお会いできていたら、何か違ったかもしれない」と思わされた。
知識的なことを言えば
授業でクライエント側として長谷川式スケールを受けた時は「めっちゃ短!」と思ったが、高齢者が受ける前提で開発されているため、体力が低下している状態での実施が考慮されているとのこと。
如何に自分目線でしか考えられてなかったかを思い知らされる。
現行の介護保険制度と成年後見制度においては、まるで存在するのが当たり前かのように語ってしまっているが、開始されてからまだ日の浅い制度であることに驚き。
以下メモ
・認知症の本質は「暮らしの障害」
・認知症は「固定されたものではない」
★「待つ」というのはその人に自分の「時間を差し上げる」ということ
★『もの忘れが始まって十年になる。病気になってほんとうに悔しい』『いろんなメロディーがごっちゃになって気が狂い相だ』
・クルマの運転はぜったいやめたほうがいい
★本人抜きに物事を決めないで、置き去りにしないで -
Posted by ブクログ
ネタバレ私の祖母も認知症である。その判定時にちょうどこの本に書いてあったアセスメントを受けた記憶がある。それがこの著者が作り出した長谷川式スケールだったことをこの本を読んで初めて知った。
この本の中で一貫して述べられていたことは、何ら難しいことではなかった。認知症の人を別の生き物扱いする人がいるが、認知症であっても当人に尊厳があることを認識し、1人の人間として接して欲しいということだった。「やさしくおだやかに 待つそして聴くこと その人らしさを大切に」長谷川先生の言葉である。
よくよく考えてみれば人と接する上で当たり前のことである。認知症になったからといって急に人格が変わったり、その人がその人でなくなってしまうわけではない。症状にはグラデーションがあり、本人でさえもその変化に戸惑い、不安を感じる。今どこなのかいつなのかどういう状態にあるのか、それがわからない本人が一番不安なのである。
といっても本人と親しい間柄にあった人間からすれば、自分のことを忘れられたりするのはなかなか堪えることなのだろう。認知症をもつ人の家族におけるエピソードで、その人の孫たちが「おじいちゃんはわからないかもしれないけど、私たちはおじいちゃんのことをよく知っている人だから安心して」と声をかけたというものがあったが、果たして自分はそうやって優しく声をかけられるのか。ゆっくりと時間をかけて考えていきたいと思わされた。
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Posted by ブクログ
行き場のない高齢者が衣食住を求めて犯罪を起こし刑務所に入るようなケースがけっこうあることは知っていた。この本もそういう高齢受刑者を取り上げたものだと思っていたんだけど、より広がりのある視点として女性受刑者・犯罪者に実態を取り上げてた本なのだと思う。
男性に比べ経済的な基盤が脆弱なことが多くしかも長寿の女性たちが、高齢になると困窮しかねないのはわりと想像がつく。一方で困窮だけでなく、寂しさや孤独感が影響して人とのつながりがある(つながらざるを得ない)刑務所行きを望むような割合も女性のほうが多いよう。しかも、人とのつながりに縛られたりするために、例えば麻薬常習などに陥って刑務所に入るようなケースも、より若い世代を中心にけっこうあるよう。
ことほどさように、相対的に見れば男性とはちょっと違った女性ならではの犯罪傾向、刑務所行きになる傾向のようなものがあるようで、それならば女性ならではの対応がなされるべきだと思う。それは刑務所に入ってからでなく、本来そういう施策は犯罪を未然に防ぐためになされるべきで、社会保障や福祉の手立てが対策になるはず。
また、認知症で判断能力の覚束ない受刑者もいて、そういう人が果たして懲役などによって罪を償えるのか、つまり刑務所に入れるべきなのかということもある。また、受刑者でありながらある意味手厚いケアがなされることへの批判もあり、著者もそのような思いを抱いたことを書いているが、自分としてはそういう法律の下で刑務所に入れたのなら、どのような状況であろうと面倒をみるのが筋だろうと思う。一方で、書中のある精神科医は、犯罪をゼロにしようとし、本当は責任能力があるのに責任能力なしと診断するようなこともあるという。それって、犯罪か否かしか基準がないということだろう。犯罪に至った経緯に着目し、懲役や罪を償えという発想を離れ、更生の道を開く方向性も必要だと思う。
書中では数人の女性受刑者へのインタビューも載っているが、多くが「自分が弱かった」的なことを言っているのが非常に気になった。刑務所でそういうふうに自身の弱さが罪を犯したのだと矯正指導しているのだろうか。確かに、同じ状況に面しても罪を犯さない人もいるのは事実だが、この本を読んでも思ったように非常に不安定な人生を生きてきた人が刑務所に入りやすいことからすると、自分の責に帰させるようなのもどうなのかと思う。
最終章は、女性政策のおそまつさに話が及ぶ。ここにもジェンダーが宿っている。女性向けに心身や経済・社会的立場をくんだ政策が整備されることで、女性受刑者はある程度減るんじゃないかと思った。 -
Posted by ブクログ
刑務所を見るとその社会の成熟度が分かる。
チャールズ・チャップリンはそういう観点のもと、各国の刑務所を見学して回った人なのだそうです(あとがきより)。
日本の女子刑務所。
最近テレビで特集されていたこともあり、気になったので読んでみることにしました。
まず驚いたのは、女子刑務所に服役する人の大半が「窃盗」か「覚せい剤取締法違反」であること。殺人は1割程なのだそうです。
その背景として、女性がDVや貧困に陥りやすいことが挙げられています。実際、本書に掲載されている受刑者インタビューでは意にそぐわない形で覚醒剤を体験させられ、そのまま依存してしまった女性が登場します。
ネットでは時折、「日本は犯罪者に優しい世界」と糾弾する声が聞かれますが、この本を読んでいると受刑者たちのやるせない日常が垣間見えてきて、「必ずしもネットの言説が現実ではない」と改めて感じると同時に、福祉に繋げていかなければならない受刑者を刑務所で介護する問題についても深く考えさせられました。
社会のしわ寄せは常に弱者に向いていて、その弱者から世界の隙間に零れ落ちた人たちが刑務所に流れ着く。
そんな感じがしてなりませんでした。
巻末の女性たちを取り巻く状況について述べた部分などは、一般女性である私が読んでも落ち込むようなシビアな数値が示されていて、ジェンダー平等とか差別撤廃と世間は言っているけれど、まだまだ足りないんだなということが分かります。
それほど女性として生きることが、現実問題として厳しいものなのだと感じます。
(男性も厳しいが、女性はもっと厳しいという意)
勿論、犯罪者ということは被害者がいるということも念頭に置かなければなりませんが、再犯を防ぐ取り組みを考えなければ受刑者の数もまた、遅々として減っていかない。
深く考えさせられる一冊でした。