広中一成のレビュー一覧
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1928年に中国の奉天で張作霖(ちょうさくりん)爆殺事件に端を発し、1931年の満州事変「中国名は柳条湖(りゅうじょうこ)事件」、1937年の盧溝橋(ろこうきょう)事件と日中全面戦争は、別名「日中15年戦争」と言われる。日本軍は中国において長期的に侵略と謀略を繰り返し、国民党軍と中国共産党軍は中共合作をもって、連合国の支援も受けながら日本軍に徹底抗戦した。
本書は、日中戦争とその後のアジア太平洋戦争期の中国で行われた日本軍の細菌戦を、日本側に残る資料や元兵士の証言、中国の資料、戦後ソビエトに抑留されたハバロフスク裁判録など、多彩な資料を縦横に駆使し、日本軍七三一部隊の細菌戦をあぶり出す。1928年のジュネーブ議定書で国際的に細菌・化学兵器が戦時利用できなくなったにもかかわらず、物資確保のため東南アジアに戦端を広げたことで、中国で戦闘を続ける日本兵の補充の代わりに細菌戦を活用したとする。日本軍が中国で細菌戦を始めることになった日本軍の事情、細菌戦の具体的作戦内容と実際の行動、細菌戦の中国の被害と対策、及び日本軍にも被害が及んだ悪名高い浙贛作戦(せっかんさくせん)を詳細に検証する。なお、今日に至っても日本人の一部は七三一部隊が行ったことに目を背け、その歴史に蓋をするどころか、「自省史観」で捉えるべきところを「自虐史観」の大合唱となっている。日本政府の消極的な対応は、2025年3月21日に参議院予算委員会で七三一部隊を取り上げた日本共産党の山添拓偽委員の質疑に対して、中谷防衛大臣が従来の日本政府の見解を踏襲し、「七三一部隊の存在は認めるが、活動の詳細を示す史料は見あたらない」と答弁している点からも明かである。敗戦から80年を迎える今年、日本の加害の歴史に向き合うべく、多くの人が本書を手に取って、歴史の事実の積み重ねと向き合って欲しい。 -
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本書は同タイトル「後期日中戦争」の前作に続いて、華北での日本軍と中国軍の戦いに特にフォーカスしたものだ。前作同様、太平洋戦争の中心として語られる海戦や南方の島々で行われた闘いと比較し、目立って語られる傾向が少ない中国での戦争が中心となる。前作が華中から華南の闘いがメインであったが、本作は華北の戦いが中心となる。華北と言えば日本が傀儡政権を樹立した満洲国に近い位置であるから、かなり激闘が繰り広げられた事が想像されるが、近年細菌戦が話題になる迄は、それ程スポットライトが当てられなかった様に思う。華中華南の戦略に関しては、太平洋戦争の主戦場と主敵である太平洋戦線そしてアメリカとの戦いに大きく影響を受けたのは前回のレビューに記載した。一方本作は前述した様に中国自体を主敵とした、本来的な意味での中国戦線と言えそうだ。とりわけ中国内部の国共内戦でいずれ力をつけることになる、共産党軍との戦いが主となっていく。よって中国ならではの敵の敵は味方と言わんばかりに、国府軍、共産党の八路軍、そして日本といった三つ巴の戦力が、水面下だけでなく表立って手を組み、また敵に周りと、展開も目まぐるしい。特に北方で力を持った私兵勢力が複雑に絡み合い、敵味方に分かれて戦う辺りは、さながら三国志の時代を彷彿させる。
日本軍はそうした中で百団大戦に始まり、共産党八路軍のゲリラ戦術に散々悩まされていく。中国軍が得意とする奥地まで迎え入れた上で一挙に殲滅を計る戦い方、加えて民衆に混じって、昼は農夫、夜は兵士に姿を変える便衣兵など、日本側にとっても最早誰が敵で誰が民間人なのかもわからない。次第に消耗しストレスを抱える兵士たちの暴挙は「三光作戦」の状態になるべくして、なっていく。態々、焼くな犯すな殺すなというお触れ書きを公式に出さざるを得ない状況は、地獄の様な状況で誰もが鬼と化す姿が目に浮かぶ。家を焼き女を陵辱し食べ物を奪う、その恨みが現代まで続く反日思想の種になっている事は言うまでも無い。家を焼かれた恨みは生涯忘れないという記述が心に重くのしかかる。
現在でも必ずしも良好とは言えない両国の関係には根底にこの様な歴史観がある事は間違いない。今を生き未来を築く我々自身が、深く学び、時に反省すべきを反省し、しっかりとした罪の意識を持たなければ、国家レベルだけでなく民間レベルの友好関係も絵に描いた餅になってしまう。今一度かつての両国間に何があったか学ぶ時期が来ている事を認識させる一冊。
前作に続き今中国との関係改善に向けた話し合いをするにあたり、何から話すべきかスタート地点を教えてくれる内容ではないだろうか。 -
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中国と言えば、東西に5,000km、南北に5,500kmに及ぶ広大な国土を持ち、14ヵ国と国境を接している。この広大な国土面積はロシアやカナダに次ぐ世界3位(国境紛争地を除くと4位とも)である。この中国とかつて戦争を繰り広げた日本は、世界61位程度の面積しか持たず、国土面積の比較で言えば中国は日本の26倍の面積と、10倍以上の人口を持つ巨大国家である。太平洋戦争が開始された1941年の時点では中国の人口は5億人内外、日本は7350万人だから、この頃で既に中国は6〜7倍の人口であった。その様な巨大国家に対して侵略を開始したのは太平洋戦争開始より早く1937年の盧溝橋事件であり、日本は太平洋戦争期を通して足掛け8年中国と戦っていた事になる。因みに当時の呼び名は支那事変、今では日中戦争と呼ばれる(「支那」は当時の日本が中国を侮蔑する意図を含んだ言い回し)。
その頃の日本は軍国主義で大陸にも資源を求めて進出していたものの、それだけ広大な土地と多くの人民を抱える中国全体を支配するだけの国力も兵員も居ないから、当初の目論見通り、北に満洲国を設立したまでが目的が明確な時期であったと言える。裏を返せば、その後の日中戦争に大きな国家的な目的もなく、目標(例えば中国全土を侵略し支配下に収めるなど)も曖昧な状態であった。かつての日本がアジア太平洋戦争を引き起こし、対米戦線で太平洋を中心に熾烈な戦いを繰り広げる陰で、あまりフォーカスされてこなかった中国大陸での戦いがどの様なものであったか。それを中心に記されているのが本書だ。私も正直なところ、盧溝橋事件前後を取り扱う書籍は何度か目にした事はあったが、後半の事は余り知らないでいた。本書ではその中国戦線の太平洋戦争開始後の時期を「後期日中戦争」として、そこで繰り広げられた様々な戦いと、それらの散発的な目的感及び、太平洋戦争との関連性の観点から説明していく。また、最近中国で話題になった細菌兵器を作った731部隊と日本兵の関わりについても触れている。
前述した様に、遥かに大きい国土を持つ中国に対して、日本がそれを占領下に置き、支配し続ける事は不可能であるから、そこで繰り広げられた戦いの多くは、太平洋戦争のアメリカと日本の戦況に大きく影響していた。アメリカは中国の飛行場を利用して、日本本土を爆撃するB29を飛ばしていたから、それらの飛行場の破壊などがその例である。また次第に対米戦局が厳しい状況になると中国に駐留する日本軍は南方方面へ屈強な兵力を転用し始めるなど、武器も兵員数も圧倒的に劣り、資源すらもままならない日本は、そうやって兵力を使い回す以外に方法を持たない。その様にある意味いい様に使われた兵力であるが、中国大陸で如何にして戦っていたか、中々新鮮な内容であった。そして、そこに中国国内の国共内戦が大きく影響してくるから、更に事情を複雑にしており、現代に続く中国と台湾の状況を理解するのにも役立つ。
中国軍は日本に対して、その国土の広さを武器に、自分たちに有利な地形まで日本軍を深追いさせ、最後には圧倒的な兵力で殲滅を図るという戦い方を得意とした。だがその過程で兵站が伸び切って、食糧不足や風土病(前述した細菌兵器は味方をも被害に晒す)に悩まされる日本軍が、現地で犯した一般市民への略奪行為は、今なお中国人の心に深く恨みを刻む結果となる。戦後も現代に至るまで多くの禍根を残した中国戦線。現代を生きる我々にとって、この歴史を学ぶ事の重要性は高いし、何も知らずに反日感情に揺れる中国に対抗する様に、中国を批判的な目で見る事は絶対に避けなければならない。身内を殺され、日本兵に陵辱され、食べ物を奪われた恨みは、のちの世代にまで教育を用いて継承されていく。正しく歴史を理解する一助となる本書について、益々反日感情を強めている今だからこそ、読んでみるのも良いのではないかと思う。 -
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731部隊を出発点とする日本軍の細菌戦部隊が中国戦場で細菌戦を行った軍事的理由と実相に迫ろうとした一冊。後期日中戦争史を研究する著者らしく、中国側の資料を積極的に採用したことで、国民政府や八路軍が日本軍の細菌攻撃にどう対処したかも追跡されている。
本書の議論で重要な点は3つ。①中国戦場での細菌戦は陸軍中央(参謀本部)主導で行われ、日本軍の対ソ・対南方戦準備が進められる中で、兵力削減を余儀なくされる中での「合理的な」戦線維持の方策として注目された。②日本軍における細菌戦部隊は満洲の関東軍防疫給水部を親部隊として、華北(甲部隊)、華中(栄部隊)、華南(波部隊)、シンガポール(威部隊)と拡張されたが、方面軍管轄下の各部隊に石井の子飼いたちが送り込まれることでヨコの連携が確保されていた。③石井や日本陸軍中央は細菌兵器開発の水準に自信を持っていたが、国民党・共産党それぞれが防疫対策を推し進めた結果、日本側が期待したような「戦果」は挙がらなかったばかりか、日本軍兵士たちが逆に細菌に感染してしまう事例も起こっていた。 -
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日本が戦争中に行った細菌戦と言えば、石井四郎中将率いる731部隊による研究や実際にそれを用いた中国戦線での戦いが有名だ。本書を読む以前から、吉村昭氏の「蚤と爆弾」や森村 誠一氏の「悪魔の飽食」を始めとし、細菌兵器に染まる日本軍の戦いについて物語形式のものには触れてきた。然し乍ら、日中戦争から太平洋戦争に至り、敗戦までの全体を通じて、前述の731部隊にとどまらず、様々な部隊や戦局で行われた細菌戦について、全体を俯瞰して眺める機会はそれ程なく、戦後80年を迎えるこのタイミングで、一度読みたいと手に取ったのが本書だ。日本がかつて行ってきた兵器としての細菌研究、そして戦時だからこそ躊躇なく行われた、捕虜に対する人体実験。そしてやはり戦時という厳しい上下関係の中で昇進という誘惑に駆られていく医師たちの存在。様々な異常下に於いて、繰り返された研究と殺戮の歴史について学ぶ機会を得る事ができる。
日本軍はコレラ、ペスト、マラリア、赤痢など、戦時下以外でも人類を苦しめてきた病原菌などから、身を守るための「盾」としての研究。そしてそれらを攻撃兵器として用いようとした「矛」としての研究。それらは全く逆の目的であり、研究成果は人命を守るだけでなく、人命を奪うためにも利用される。本書には戦争という現代の日本人からすれば非現実的な世界に見える状況に於いて、特に攻撃面で用いられた事実の記載に目を背けたくなる文字が溢れている。戦時国際法からは虐待が許されない捕虜を「マルタ」と称し、次々と繰り返される人体実験。細菌の媒介者として用いるノミやネズミの飼育(製造)。一般市民の住む街への空からの投下、そして井戸や河川の汚染など、感染力の確認や拡大経路の分析、更にはその防止力を確認するための防疫への協力など、矛盾する行為も含みながら様々な研究が行われてきた。
戦後、戦犯容疑で拘束された者はその事実を心の中に封じ長きにわたって苦しむものが多かったが、中心人物であった石井中将はアメリカへの研究結果の譲渡という形で戦犯容疑からは逃れる。戦勝国の手に渡った研究成果はその後の医学に大なり小なり貢献したであろうが、人類の倫理観を遥かに超越したこれら日本軍の行為が正当化される事は永久に無い。敗戦と共に多くの一時資料は焼却廃棄された為、その事実の解明は未だ未だ充分とは言えない状況にあるという。戦争を経験した世代の多くが鬼籍に入る中、更にそれら事実の究明は難しくなるだろう。戦後80年を迎える今、戦争を知らない世代は改めて過去の日本が犯した過ちに目を向け、未来に平和を唱え続ける意義や意味を感じ取ってほしい。そのきっかけにもなる一冊だ。 -
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責任不在の戦場
政治目的 戦略目的が不明確なまま、成り行き 従来通り 空気を読んで ズルズルと続けられた戦いであった という事がよく分かる。特に作戦が失敗したときの責任のなすり合いは、現在の会社社会にも言えることだと感じた。本書の後半になるにつれて戦いが凄惨になってゆくのがとても良く感じられる。
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本作の主演を務める第3師団は名古屋愛知の郷土師団!
支那派遣軍第11軍の主力(←断言だ!)として国府軍とゴリゴリの殴り合いの果てに中国西南深部にまで侵攻し重慶直撃を窺った名古屋鎮台起源のオリジナル6ぞ!
センターこそ熊本や仙台に譲っちゃうことが多かった地味メンだけど、本作で描かれる中国戦域では、伸び伸びとセンターを担い実力を発揮してる♪
郷土部隊の大陸を縦横無尽に駆け巡り、躍動するロケーションの雄大に圧倒される思いで、
昭和の御代の我等が父祖の闘争は、
ユーラシア大陸と太平洋インド洋を股にかけ、地球の覇権を争い死闘する大戦争で、
列強同士の総力をあげた黙示録的な激突は、戦争の悲惨とは別にココロオドル冒険譚なのに、
令和の昨今に、小島の1つ2つで国土ガー戦略ガー固有ガーと叫んでエキサイトする我々の、
呆れるほどにスケールダウンなショボさに改めて絶望し、
祖国の退嬰と衰退を座視したボンクラな自分にも、
けっこう絶望したって話は、本書読破の副作用ってやつなので、
君とボクのここだけの秘密ね(-_-;) -
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米英との太平洋戦争開始後の中国戦線は、オマケ扱いされて著作や研究の蓄積が少ないらしい。本書はそうしたベールに包まれた後期日中戦争を解き明かそうとする。
戦争の全体感を記述するよりは、中国戦線に一貫して派兵されていた名古屋第三師団の動きを追っている。事実を追求するためには仕方がないが一般読者からすると全体の動きや国民党や共産党の展開もあればバランスが良かったかもしれない。
本書でも纏められているが、日中戦争は当初より戦略目的の曖昧な戦争であったこともあり、米国による本土爆撃が行われると中国戦線は全体の付属として場当たり的な対応が多くなる。
また、第二次長沙作戦では現場責任者の独断によって本来大本営の作戦にない長沙侵攻が行われ、結果準備不足で敗北するも当該人物が「偉い人」であったため何のお咎めもなかったのは、今の日本の組織にもあり得る話で示唆的であった。 -
Posted by ブクログ
本書にあるとおり、太平洋戦争中の中国戦線についての情報はあまりに乏しい。その意味で、本書は、日中戦争に新たなスポットライトを当てることとなり、とても興味深い内容であった。他方、名古屋の第三師団の参加作戦を中心に記述されていることから、具体的ではあるものの、この時期の日中戦争全体を俯瞰するものではない。この点については、通史的なものを更に期待したい。
本書に取り上げられたような作戦・戦闘は、部分的にはかなりの勝利を収めているようであるが、弾薬と兵力を損耗し、これらをすぐに補強できる中国国民党軍との戦争を考えると分が悪く、戦略的な勝利には結びついていないように思われる。もちろん、連合国と多正面作戦を開始したこと自体、無理があるのだが。 -
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新しい発見だ!
フリーズドライ細菌兵器とは?
ドライイーストの発明は?<第二次世界大戦中(1939年以降)、アメリカ人ビジネスマンのチャールズ・ルイス・フライシュマンさんが、米軍向きに粒状の活性乾燥酵母(イースト)を開発しました。> 731部隊はすでにそのころ、フリーズドライ細菌兵器を発明してました.にほんすげ~~~ なんで戦争に負けたん?実に不思議...(棒) 本書でも述べられている通り、中国はペストやコレラの流行地だったん.そんなとこでペストやコレラをばらまいたら、免疫のない日本軍が先に死ぬのは子供でも分かる.どうして中国でペストやコレラの細菌兵器をばらまく発想になるの?だから石井は狂人だと?
飛び跳ねる蚤をどうやって爆弾につめこむの?誰も教えてくれないの.
それに若い著者は知らないみたいだが、大東亜戦争中、初期抗菌剤のサルファ剤を米軍は大量生産できていたが、日本軍はもっていなかった.1942年には米軍はさらにペニシリンの大量生産を成し遂げた.日本に入ってきたのは敗戦後だ.この医療技術の差も日本の敗因といわれる.なんで抗生剤すらない環境で細菌をばらまくの?
ホントすごい!イースト菌は真菌(カビの仲間)で細胞壁がある.細菌には細胞壁がないので乾燥させれば死んでしまう.イースト菌よりはるかにむつかしい.731は現代からタイムスリップした?かわぐちかいじの「ジパング」か?
しかし、なぜ彼らは731がペスト菌をばらまいたというストーリーを作って広めたがるのか?本当に生物兵器を製造して中国人を殺したいのなら、中国で流行していない中国人に免疫のない病原体を選択するはずだ.これもどこまで史実か不明だが、よく知られたストーリーで、「北米で英仏が植民地を争った18世紀フレンチ・インディアン戦争で英軍の将校がフランスと同盟関係にあったインディアンの部族に、天然痘患者の使用した毛布を贈って、天然痘を流行させて滅ぼそうとした」というのがある.西洋人が新大陸に上陸するまで南北アメリカ大陸に天然痘が存在しなかった.西洋人の上陸による天然痘ほかの流行で短期間で人口が3分の1にまで減ったという説もある.18世紀の北米ならまだ天然痘の免疫保持者は少数だったろうから、合理的判断だ.しかし、中国はペストの流行地で日本人はペストの流行を経験していない.ああそうか731がばらまかなくても、ペストが流行るたびに日本軍のせいにできる.