ジョン・メイナード・ケインズのレビュー一覧
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原題は「A Tract on Monetary Reform」というもので、「貨幣改革論」などとも訳されているようです。
ケインズ大先生が、かの「雇用・利子および貨幣の一般理論」(The General Theory of Employment, Interest and Money)を世に送り出したのは1936年ですが、本書はその13年前、第一次大戦後の1923年に発表されました。
当時は、一部の国において戦後の激しいインフレやデフレに悩まされていた時代であり、お金(貨幣)が経済に与える影響について考察する内容です。
特に目を引くのは、やはりインフレとデフレに対する考え方でした。
お金の価値の変動はすなわちインフレかデフレかということで、両方とも良いものではなく、それぞれに困る人たちはいるので、物価は安定するのが当然望ましいが、どっちかと言えばデフレの方が有害ですよね、というのが本書で繰り返される主張です。
デフレ(お金の価値が上がる)は金利生活者にとっては望ましいが、債務者や生産者を苦しめ、生産活動を停滞させてしまう。
一方、インフレ(お金の価値が下がる)は、お金を有する金利生活者には厳しいが、相対的にモノの価値が上がるので、モノを作る生産者にとって望ましく、生産活動が促進される(インフレの限度はあるものの)、ということ。
デフレは経済全体を停滞させてしまう、という一貫したメッセージは、一世紀経ったいまでも大いに価値のあるものだと思います。
ケインズ大先生の著作だけあって、やはり難しい部分は多かった。
金本位制などもはや歴史上の出来事にも紙面が割かれていたため、本書の内容を理解できた、とはとても言えませんが、難しくも面白い一冊でした。
また、山形浩生さんによる巻末の訳者解説は、本書のポイントを押さえていてとても分かりやすく、これだけでも読む価値はあります。
「一般理論」も読みかけで放置しているので、そろそろ再開したいと思います。 -
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知らない事ばかりで自分が恥ずかしくなる。
ヴェルサイユ条約に関わるドイツ代表の回顧録を読んでみたくなった。
本書の見立てが正しかったと仮定するのであれば。
ケインズのように先を見通せる賢人がある程度の地位にいたとしても、どうしようもない事がある、ということが恐ろしい(まあ当たり前だが‥‥)。
正しい解決方法でも、握り潰され無視された事例は、これまでもこれからも、それこそ山のようにあるのであろう。
私が1919年当時にフランス人としてこの本を読んだとしたら、どのような感想を抱いたのであろうか。私は、自分が感情を超えて理性で判断できる存在でありたいと願っているが、非常に難しいであろう。 -
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ケインズの著書「一般理論」の超訳として、主要なところの日本語訳だけでなく、その部分のポイントも簡潔にまとめられています。枝葉の部分まで詳細な内容というわけではなく、あくまでもケインズがここで言いたかったことが分かることを主点としてまとめられています。そのため、難解なところの多い本書ですが、最後まで読めば、この書の特徴をつかむことができます。さらに、後半に大きく幅を取って、翻訳者による本書の内容やケインズの人となりについて解説が書かれています。こちらは読みやすく、本書の内容を簡単につかむことができますので、先に読んでも良いかもしれません。この「一般理論」がいかに、いまの日本の経済政策にも影響を与えているのかということを実感することができます。雇用が投資に影響を受けること、投資は金利に影響されること、不確実性が投資を左右することなど、それぞれの要素のつながりが見えてきます。
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ケインズに関する著作を全く読んだことがなかったので、分かり易く翻訳されたという本書、一般理論を初めに読んでみました。後半には訳者による解説があるのですが、最初は訳者の文による一般理論を初めから読んでみました。章ごとにポイントが書いてあり、最初の方の章はなんとなく理解できるような気がしたのですが、中盤あたりになってなにを書いているのかよくわからず、終盤には、読むのを止めて、後半の「訳者解説」を読みました。一般理論の内容だけでなく、ケインズについてどういう人だったのかということが詳述されているので、本書はケインズを知らない方にはとても向いている本だと思います。
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世界経済の常識を変えた歴史的名著を読んでおこうと思い、ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」にチャレンジ。といってもフルバージョンは難解すぎるだろうから、エッセンスを抜粋して読みやすくし、尚かつ、章ごとに解説を挟んだ「超訳」を手にしました。
それでも、この本を読みきるには、経済素人の私には辛いものが有り、何度か挫折しました。したがって、私のように経済を全く勉強したことが無い方は、最初に「一般理論」をわかりやすく解説した他の媒体で、理論の大まかな概要を把握してから読むのがおすすめです。
特に言い回しや用語が難しいので、本書で使われる「自発的失業」「有効需要」「流動性選好」などの言葉が、どのような文脈の中で、何を意図して使われているのか予習すると良いかと思います。
そうした読む前のひと手間で、一般理論の言いたいこと、つまりは「経済活動を市場だけに任せるのではなく、政府が介入すること(公共事業)で雇用を増やし、不況の影響を最小限に抑えるという施策も必要なのだ」というケインズの主張が大まかには理解できるようになりました。(ちがうかもしれませんが)
もう一つおすすめなのが、編訳者、山形浩生氏によるケインズ解説から読み始めるという方法です。ケインズは間違いなく慧眼の持ち主で、歴史に名を残す偉大な経済学者だと思いますが、一方で、享楽的かつ楽天的な側面もあり、私生活のゴシップも豊富で、そのギャップの中に人間らしさを感じます。また、「一般理論」の難解さの理由も興味深く、皮肉、嫌味、英国知識人らしいひねくれなど、一筋縄ではいかない部分が、多分に、ケインズの人となりと深くつながっているように思えて、それが却って、ケインズという存在を魅力的に感じさせます。そうした「裏」ケインズをたっぷり紹介してくれる、解説が本書の後半には収められています。
結果、なんとか読み切ることができたこの本。
ケインズとケインズが生きた時代も含めた社会のおおきな流れが感じられました。 -
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全体主義を理解するためには、第2次世界大戦を理解する必要があるし、それを理解するためには第1次世界大戦とその起源、そして2つの大戦の間の時代を理解する必要がある。
ベルサイユ講和条約の交渉にイギリス代表の一人としてたずさわり、その講和条件がドイツの経済的・社会的な破壊、そして全体主義的な社会につながりうることを指摘したケインズ。
「説得論集」は、そのケインズが、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間に書いた時事的な評論などをあつめたもので、デフレーション、金本位への復帰などなどのテーマについて、「節約」重視のディスコース、自由放任主義的なイデオロギーなどなど、当時の常識と戦い続ける姿がここにある。
今、読めばある意味当たり前のことを主張しているのだが、それは後知恵というもので、ケインズの主張は当時の常識とは全く違うらしくなかなかその政策提言は採用されない。それでも、精力的に「説得」を続け、世界とイギリスの経済的安定と社会的公正、そして平和のために情熱的に語り続けている。
大きな時代の流れの中で、あきらめずに政治家や経済学者、官僚、メディア、大衆を「説得」しつづけたケインズ。
その姿に感銘をうけた。
これを読むと、ケインズは経済学者というより、政治経済、金融の実務家に近く、そして世の中がよく見えている政治経済活動家といった印象がしてくる。
もしかすると、「一般理論」も経済学的にしっかりとした本を書かないと自分の主張が影響力のあるエリートに伝わらないと思って書いたんじゃないかと思った。なぜなら、この「説得論集」(31年出版)のエッセイのなかに、その後に「一般理論」(36年出版)で書かれる基本ロジックはすでにあるからだ。
どのエッセイも興味深いが、なかでも、当時の自由主義的な経済思想の起源を哲学的にほりおこしつつ、それが経済の自然な秩序であるように捉えられたのは、歴史的な偶然によるものでしかないことを示した「自由放任の終わり」は読み応えがあった。
数年前に、ハイエクにはまったときに、ケインズ=ハイエク論争を読んで、どっちかというと一見保守的で「自由放任」の代表イデオローグにみえるハイエクの議論のほうに現代的なラジカルさを感じ共感したのだが、今、あらためて考えると、あの論争はあんまり「論争」になっていなかったんだな〜。
多分、ケインズは、あんまり学問的に経済理論を深めることには興味なくて、なんとか現実社会を変えていく活動に集中していたのだと思う。もちろん、ハイエクも純粋学問世界にいるわけでなく、44年に「隷属への道」を書くように全体主義と戦っていたわけだが、その活動は、より内面的な思索にベクトルは向いていたのだと思う。
なお、この本は「説得論集」の抄訳となっているようで、第1次世界大戦後の講和条件に関する時事評論は訳されていないようで、残念。
ちなみに、ケインズの「一般理論」は、大学時代にゼミで注釈まで含めて、一文づつ丁寧に読んで、1年間、議論し続けたもの。もしかすると、わたしが人生で一番丁寧に読み込んだ本かもしれない。
現在の興味である「全体主義」を理解するときに、再び、ケインズに戻ってきて、その文章を当時の歴史的な流れのなかに位置付けながら読むとそのリアリティがひしひしと伝わってくる。 -
Posted by ブクログ
山形浩生の解説が分かりやすかった。
以下、引用。
本書は経済学という分野を震撼させた、革命的な本だ。
本書は失業というものが一時的な過渡期の現象などではなく、定常的に存在し得ることを説明し、そしてそれが金利を通じてお金の市場(つまりはお金の量)に左右されることを、まとまった形でほぼ初めて示した。
それまでの経済学はこの状況に対して答えを持っていなかった。それまでの経済学は、失業は変な規制や不合理な抵抗さえなければ、だまっていてもなくなる、と述べていた。
需要と供給は市場メカニズムを通じて価格によって均衡する。失業なんてのは、価格による調整が完了するまでの一時的で些末な現象でしかない、と。
そして恐ろしいことだが、もはやケインズ『一般理論』など過去の遺物と思われつつあった 2008 年になって、サブプライム問題とリーマンショックに端を発する世界金融危機が発生し、世界的に急激な景気停滞と失業増加が見られた。そのときも、ケインズから70 年にわたり進歩と洗練をとげてきたはずの新しい経済学は、有効な診断も処方箋も出せなかった。そして危機に対してきちんと対処を行ったあらゆる国(つまり日本以外のほぼすべての国)は、この古くさいケインズの基本的な処方箋どおりの対応を(不十分ながらも)実施し、最悪の事態を回避している。
この本は
「美人投票」 2箇所に出てくる?
「アニマルスピリット」 6箇所に出てくる?
「穴を掘って埋める公共事業」 2箇所に出てくる?
といった、印象的で有名な比喩やフレーズがたくさん登場する。
一部のケインズ解説書などでは、『一般理論』の英語は格調高い美文なのでわかりにくいなどと書かれているがまったくのウソで、関係節に関係節がぶら下がり、そこにいくつもの条件節が並置されて延々と引き延ばされた典型的な古くさい悪文だ(むろん古くさいわかりにくい書きぶりこそが格調高いのだ、という価値観はあり得るが)。
純粋ケインズ左派の立場からすれば、IS-LM などというのは経済学の数理的な処理を明白に否定していたケインズの理論を、中途半端に数式化して後退させてしまったということになる。厳密すぎるからダメ、というわけだ。それどころかこのヒックス論文は、こともあろうにケインズがあれほど批判した古典派の理論を、ケインズ経済学と野合させている。おかげでサミュエルソンが、両者を統合した新古典派総合なんかをでっちあげることになったではないか、と。
IS-LM がなければケインズ理論が戦後の世界経済を席巻できたかどうか。この
モデルの異様な使いやすさは比類がない。この図を一つ描けば、ほとんどの場合には経済政策の基本的な方向性は見極められる。 -
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ケインズの「もうひとつの主著」ということらしい。
1924年に刊行されたこの本は、もちろん古すぎて現在の状況にそのまま適用するわけにはいかないのだが、こんにちのマクロ経済学の基本を呈示している部分が多く、勉強になった。
インフレもデフレも、思うにどちらもよくない。どちらも誰かが苦しむことになる。しかし資本主義経済は必然的にごく一部の富者を生み、それよりはるかに多くの貧者を生む。どうとりつくろおうとも、資本主義は、皆の「公平な」幸福を導き出すとは思えない。かといって共産主義は全然よくないので、結局、国家以上の規模の経済なるものが、「悪」としてしか存在し得ないのだという絶望に到達してしまう。
そんな絶望感を噛みしめながら、マクロ経済学の教科書の古典としてこれを読んだ。本当は、もっと最近書かれたほんとうの「教科書」を読んだ方がためになるのだろうが、この古い時代の書物をひもとけば、100年近くも前の「経済」が既に、いかにアンバランスであり、当時の人びとがいかに苦しんできたかといったことを知ることが出来る。 -
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基礎解析以上の数学と経済学は、私の最も苦手とする分野で、これまでも果敢に入門書・解説書に取り組みながら、その都度多少は理解を深めつつも、私のシナプス回路が苦手な知識を葬り去ろうと自動的に機能するのか、たちまち記憶からきれいさっぱり消えてしまい、もはや何も覚えていないのである。
ケインズは以前小文集を読んだことがあるが、主著とされるこの本は今回初めて読んだ。
とりわけ難解とされる本ではあるものの、実際に読んでみると、全部は理解できなくても何となく面白く、少なくとも経済というものが「わけのわからん用語と数式で記述された、おっそろしく複雑で奇怪なロジックのシステムで、誰もコントロールしきれないようなシロモノ」だということを体得できる。山形浩生氏による翻訳は口語体も混ざる平易なもので、この訳書はおすすめできる。恐れることはない。わからん部分はわからんままでいいのだ。
1936年、大恐慌により失業者が20%以上も出た時代に書かれた本書は、その後のマクロ経済学の祖型であり、ポール・クルーグマン氏も「この本のあとに経済学が新たに獲得した知なんて微々たるものだ」と断言している。
雇用の情勢に「利子」が直接的に影響しているという指摘は、さすが、わけのわからん複雑系=経済だなと思う。
古典派経済学が生産者(労働者)側のダイナミズムばかり記述していたのに対し、私は、いまや「超」消費社会なのだから、需要と供給のバランスというより、問題なのは選択消費のベクトルを左右する欲望生成装置なんじゃないの、と考えている。
ケインズもこの本で「消費性向」のコントロール不能なパワーの重要性を指摘していた。
斬新な欲望を惹起するパッケージの創造こそが企業の利益を生み、市場を活性化すると思うのだが、日本の企業はみんなノークリエイティビティで、何かが売れ出したと気づいてから必死に「需要」に「供給」を合わせようとするばかり。いつまでも亜流・二流のメーカーである。
クルーグマンさんの言うとおり、ケインズを超える新たなケインズの登場が待ち望まれているのかもしれないが、そうそう簡単に、この巨大な複雑系をコントロールはできないだろうという気がする。
なにしろ絶え間なく揺れ動く人びとの「こころ」の動向がカギを握っているのだ。 -
Posted by ブクログ
『超訳~』の類には、おおよそロクなものがなく、これまで、読むに値する本は一冊も無かった。
だから、この本に対しても、期待値は限りなく低かった。
コソッと読んで、読まなかったことにしておこう、と思ったほどだが、山形浩生の解説はおもしろかった。
ケインズの『雇用、利子、お金の一般理論』は
第二次世界大戦後の世界の経済政策を一変させ、社会における政府の役割を徹底的に変えた。
第1章
強調したかったのは『一般理論』という部分。
古典派理論の公準は特殊なケースのみ当てはまり、一般には当てはまらない。
第2章
賃金は、労働力の需要と供給で調整されるはずで
賃金引き下げに労働者が応じないから失業が突く、というのは、何でも良いから仕事をくれという失業者で溢れた大恐慌当時の状況から見ておかしい。
「作ったものは、いずれ売るしか無いので、供給は需要を作り出す」
という話はおかしい。
第3章 有効需要の原理
ケインズ経済学のベースとなる「有効需要」の概念を述べる章。
経済全体で見ると、その期の総需要は、みんなが消費する分と、みんなが投資する分の合計。
これが有効需要。
有効需要が、雇用の量を決める。
それが少ないと、失業が起きる。
第4-5章
期待が、生産量と雇用を決める。
第6-7章
所得、貯蓄、投資の定義
この章では各種概念の定義を行う。
経済全体として見た場合、貯蓄と投資が透過となることを強調。
マクロ経済学の基礎を構築する章となる。
第8-9章 消費性向
雇用は有効需要で決まり
有効需要は消費と投資で決まる。
消費は客観的な要因と主観的な要因に左右される。
ただし、消費は、だいたい総所得の一定割合であまり変わらない。
とはいえ、それを減らすような財政規律論はダメ。
第10章 限界消費性向と乗数
雇用は有効需要で決まり
有効需要は消費と投資で決まる。
このうち、投資は乗数効果があるので、投資による直接雇用の何倍もの雇用が経済全体で発生する。
だから、失業をなくすためには投資を増やすのが効果的。
失業時には、ムダでも良いから公共投資を増やすべき。
ピラミッド建設でも、お金を埋めて掘り返す、でも良いから、公共投資を増やせ。
第11章 資本の限界収益率
社会全体の投資は、投資で見込まれる収益率が金利よりも高いと起こる。
つまり、投資を増やしたければ
投資収益率の見込み/期待を高める方法と
金利を下げる方法がある。
第12章
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が有効。
投資を増やすための手として、投資の収益率を上げる方法を検討する。
が、投資プロジェクトの収益未投資なんて、誰にも分からない。
みんな自分の勝手な思い込みや勢い(アニマルスピリット)や、その時の気分に支配されてるだけ。
収益未投資を冷静に分析するはずの株式市場も、じつは、美人コンテスト波のハラの探り合いにようる投機に堕し、目先の流行に流される。
だから、期待収益率の評価改善で投資を増やすのはつらい。
第13-14章 金利の理論
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が有効。
でも、期待収益率改善では投資を増やせない。
では、金利は?
金利は、現在の消費と将来の消費を均衡させるものであると同時に、手元に置く資産を利子のつかない現金で持つか、債権で持つかという選択を左右する。
この選択が流動性選好。
お金の量を増やすと、みんなの流動性ニーズが満たされるので、現金の需要が減少し、金利も下がる。
これは従来の古典派の理論では無視されてきた部分。
第15章
失業を減らすには、有効需要を増やすための投資が必要。
その投資を左右する金利は流動性選好
つまり人々が現金をどれだけ持ちたがるかで決まる、と前章で論じたが
ではなぜ、人々は現金を持ちたがるのか?
それは、将来の金利動向についての不透明性や自信のなさっからくる部分も大きい。
市場金利は株式市場と同じく、根拠のない付和雷同で動く部分も多い。
だから金融当局が、実現性ある施策による金利誘導をきっぱり宣言すれば、あっさりそれに流される可能性も高い。
ただし、金利ゼロや、ハイパーインフレーションなどで、誘導が効かない事態はあり得る。
第16章
投資が増えて資本設備が増えれば、収益率は下がってくる。
それに対応して投資を維持させるには金利も下がらざるを得ないだろう。
資本設備があふれて希少性がジワジワ下がったら?
いまは資本の希少性のおかげで儲けている金利生活者たちの不労所得もジワジワ下がり、この階級は安楽死するはずだ。
第17章
ではなぜ、お金はそんなに特別なのか?
先物取引などで利率にあたるものは他にも存在するのに。
それは、お金が勝手に作れない、他のものでは代替できない、保管費用がかからない、そしていま多くの価格がお金を基準に決まっているという性質のため。
それをみんなが求めすぎるから失業は起きる。
第18章 雇用の一般理論再説
各種投資の期待収益率と金利の関係で、経済の投資の量が変化する。
投資と消費の関係は乗数によりほぼ一定なので、投資にあわせて消費、そして総需要も、変化する。
そしてその総需要(有効需要)が雇用の量を決める。
第19章 名目賃金の変化
ケインズの主張はともかく
古典派が主張する、賃金が下がれば、失業はなくなるという見方はあり得る。
でも、名目賃金が下がると、消費も減る。
もっと下げるかも、という思惑が発生し、雇用改善が起きない。
賃下げが社会不安につながれば流動性選好が上がり、金利が上がって投資も減りかねず、これまた雇用を減らす。
独裁国でもない限り、一斉に名目賃金を下げる手段はない。
政策的にも賃金低下を図るのは悪手で、お金を増やしたりするほうが現実的。
第20章 雇用関数
産業によって雇用弾性は違う。
それによって、需要が増えたとき、その産業での雇用増につながるか、産業の製品価格上昇につながるか、変わる。
だから、有効需要の増大は、雇用増と物価上昇を同時に引き起こす。
完全雇用を超えると、物価上昇だけになる。
有効需要が減る場合はその逆になる。
第21章 価格の理論
経済の安定のためには、賃金を下げるよりは、お金を増やして失業を抑えつつ、物価と賃金はだんだん上がるようにするのが望ましい。
第22章
景気循環はなぜ起こるのか?
投資が大きく変動するから。
変動の鍵は、投資の期待収益率。
根拠のない付和雷同の気分に左右されるので、みんなが不安にかられると投資は激減する。
不安に駆られた投資家は現金に走る。
流動性選好も高まって金利も上がるので、投資激減に拍車がかかる。
お金を増やして金利を操作するだけでは対処しきれないし、不安解消には時間がかかる。
だから、律儀にバブル潰しをやるより、金利を抑えて、軽いバブル状態を保つほうが最適。
第23章
余談のような章。
第24章 『一般理論』から導かれそうな社会哲学
これまでの理論が社会に持つ意味について考察の章。
◆投資促進のために金利を下げようと主張してきた。
すると金利生活者の安楽死をもたらし
格差もなくなる。
◆公共の役割を大きくし拡大しろという理論だが
社会主義とは違い
個人や民間の自由な活動余地は十分に残してる。
◆自国だけで完全雇用を実現できるようになるから
外国市場をめぐる戦争の要因もなくなり
平和に貢献する。
翻訳者の解説
160
ケインズには、イギリスの階級社会における、上級国民特有の、イヤミったらしさがある。
これは、『素晴らしい新世界』を書いたハクスリーにも通じる、イギリス人特有の階級意識。
ジョン・ヒックスは、ケインズ派の重鎮で
IS-LMモデルの考案により、ケインズ本人よりも、ケインズ理論の普及に貢献した人物。
そのヒックスにさえ
ケインズの「イヤミったらしさ」は指摘されている。
そのイヤミったらさいさを、モロにくらったのが
アーサー・セシル・ピグーだ。
古典派のドンであるアルフレッド・マーシャルの門下生であり、ケインズの大先輩の兄弟子格で、若い頃からずっと友人だったのに
『一般理論』では、一章まるごと使って、ボケ役として嘲笑されている。あまりの仕打ちに、ピグーは大ショックを受け、その後ずっと立ち直れなかった。
165
ケインズのお金の理論は
MMTや、経済における決済機能を重視するメーリングなどのマネービューの考え方にも影響を与えた。
本書で登場する「アニマルスピリット」は、ジョージ・アカロフとロバート・シラーに影響を与えた。
167
ケインズ経済学が現実の世界でたどった道。
大規模公共投資による景気回復という政策。
1930年代にルーズヴェルト大統領のニューディール政策につながったが、決定的な景気回復には至らなかった。
だが、その後
第二次世界大戦という壮絶な公共投資と、それに伴う金融緩和がまさにケインズの言う通り
経済を完全雇用に戻した。
ケインズが一役買った
ブレトン=ウッズ体制が戦後の国際経済の基盤となる。
各国の経済政策は基本的にケインズ理論に基づき、政府が公共投資と金利引下げで完全雇用を実現する。
これが1950-60年代の世界経済の安定と繁栄を生み出した。
(続く) -
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古典派理論への反論=賃金が下がっても働く気はなくならない(供給は減らない)。賃金は互いの交渉で決まる。需要総額は供給総額に等しい、ということはない。
貯蓄量と投資量は等価である。みんなが貯蓄することはできない。消費が減って雇用がなくなるから。
雇用は有効需要で決まり、有効需要は消費と投資で決まる。投資は乗数効果があるので、直接費用の何倍かの雇用が増える。
節約が国を豊かにする、という考えは、個人に対する考えを誤って適用したもの。国は投資をする必要がある。
一律に賃金を下げる方法はない。一様な賃下げが実現するまでに一部で悲惨な状態が生じる。それに対して金利は調整可能。
有効需要の増大は、雇用増と物価上昇を引き起こす。完全雇用を超えると、物価上昇だけになる。
景気の循環は、投資が大きく変動するために起きる。投資の期待収益率ははっきりとわかるものではなく雰囲気に左右されやすい。金利を下げるだけでは追い付かない景気後退を生む。
ゲゼルの印紙紙幣は、その他の流動性のある代替品が存在するので成り立たない。
高金利で金持ちが貯蓄に走ると、資本形成には有害。金利を下げると投資が増える。資本の収益率は下がるから、平等になる。
1930年当時は、金利を上げれば貯蓄が増え、投資が増えて景気回復する、と考えられていた。格差を増やして金持ちに貯蓄してもらうほうがいい、と考えられていた。
ぜんたいにおおざっぱ。数式モデル化されていないが、そのほうがいいと考えていた。
株価はすべての情報を反映する、はうそ。
ほどほどに抜け穴を作って小さなバブルが起きたほうがよい。
ヒックス=ISLMモデル。ケインズモデルを単純化した。
「長期的には我々は死んでいる」(貨幣改革論)貨幣数量説を批判した者。
マクロ経済は精緻にコントロールできない。そのときの問題に合わせておおざっぱな理論とモデルで政策を決めるべき。