岩竹美加子のレビュー一覧
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読んだ時に身につけたいな、と思ったこと。はっとしたこと。
●なぜそう考えるか→情報源の批判的なチェック
自分に適するように選べる積み木のようなもの
●良い対話→相手の主張を聞くこと、相手を尊重した会話、しっかりした論拠。反論、論拠を明確にして、良い主張を行う。
・意見を温和に、相手を尊重しながら対話するのが理想
・相手を尊重する。ボディーランゲージにも留意して話す。
・人やグループではなく事柄、誤った行動を批判・評価する
・自分と反対の意見も聞き、理解に努める
・誰も孤立させない、違う意見であっても全員が参加する
・違う意見を言う勇気を持つ
・ユーモアを装った嫌がらせや差別をしない
●良い人間関係は自分自身であること、また自分の価値観に従って生きることを可能にする。それには相手を尊重し、気遣うことが必要だ。
●内面的なインテグリティを持ち成熟した人は、自分自身の行動に責任を持ち、困難な時に他人の背後に隠れない。道徳的な背骨というのはそうしたことを指す
●周りの価値観や同調圧力に屈することなく、自分の道徳に基づいて行動すること
●セレンディピティは、偶然の幸運を表す概念
幸福のスキル:エウダイモニア幸運、花咲くこと、うまくいくことなどを意味する。一瞬の快感やポジティブな感情ではなく、活動的な人として理性に導かれた人生、また道徳的に価値のある良い人生
・ウェルビーイングとも近い言葉
●人権なくして、良い人生は築けない
●個人が自分で選んだ人生を生きる可能性を保障するべき
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Posted by ブクログ
現在のフィンランドは人々のウェルビーイングを第一に考えた国の形であり、ケアする国家と呼べるであろう。幅広く人々のウェルビーイングや安全、生活の質をケアする国家である。1900年代前半までは保守的であったが、60年代以降急速に変化した。変化は国家との闘争にあるよりも、国家との共同によって実現されてきた。変化は歴史的にキリスト教的世界観の批判、再解釈、議論、修正などを経てをされたものと見ることも可能で、論理と思考回路がわかりやすい。現在のあり方は世俗化、と考えることができるようだ。日本はいつまでも変わらず議論も進まないのは、社会を貫く原則がないことが原因の1つかもしれない。若い世代に希望を託しながら。
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Posted by ブクログ
2019年に発行されていて、それから日本の学校現場も変化は目まぐるしいし、ウェルビーイングを目指す部分は同じだと思った。
いじめの予防策は日本でも実施されていることもある。性教育は確かに学校で使えない言葉というのがあるが、親も関心が高くなり男女関係なく互いを思いやり自分も大切にすることを日本なりのやり方で伝えていけるんじゃないか。そしてそれを全部学校でやる必要もないんじゃないか。
服装やヘアスタイルなど校則の問題も、今まさに現場が葛藤してる部分だと思う。
東京の園との比較でフィンランドでは親がすることが少ないと書かれているが、私も東京で子育てをしたが保育園では弁当を持たせたことはないし、布団カバーも買えば良かった。国というより園や個人によって違うことなのではないかな。
カバーの付け替えも親はしないとのことだが、先生がやるのかな?仕事量と勤務時間が増えて給料が上がらない実態は同じだと書かれていたのでそこはちょっとモヤる。
兵役は確かに日本との大きな違いだが、この本の中の位置付けとしては?? -
Posted by ブクログ
フィンランドの教育事情について。先日読んだ栗原類さんの本の中で、お母様が言及されていて気になったので読んでみました。
ニュース等で見聞きしたことはあったけれど、日本の学校教育とはずいぶん違う。
フィンランドの学校には、まず入学式がない。それが初回の登校というだけで、格式ばった式典など行わず、価格高騰が止まらない重たいランドセルを買う必要もない。
校則もない。そしてテストもない。一人ひとりの子どもの関心や目指すものは異なり、子どもが自分らしく発達していくことが大事なのであって、それはテストで測ることはできないから。不要なのだ。
日本で公立小学校に通わせていると、集団行動と義務や伝統を重んじるような学校教育のあり方が正しいのだとバイアスがかかってしまう。そのあり方に自分も適応していってしまう。
フィンランドの教育の柱は、「ウェルビーイング」と「権利」。一人ひとりが日常生活の中で体感し、社会と国家のあり方連続する心地よさを、小学生のうちから培っていく。
本書を読んで、目が覚めた思いでした。
とはいえ、いち保護者でしかない(長いものに巻かれがちな)私が、PTAを退会したり、学校という権威に異議を唱えたりはちょっとできないので、まず自分の理解、家庭での行動から意識して変えていくようにする。
なにが本当の「子どものため」なのか。生涯を通して、学ぶことを楽しんでいけるように。 -
Posted by ブクログ
Audible にて。
どこか教科書的で、あまり面白くなかった。
せっかくフィンランド在住の著者なのだから、もっと自身の体験談を話してほしかった。
フィンランドの最も良いなと思う点は、大人もずっと学び続けるところ。
「学生」と「社会人」という明確な区分がなく、大人も職業学校に通ってスキル習得に励むのだそう。
リンダ・グラットン氏の提唱する「ライフシフト」では、マルチステージとして大人の学びが推奨されているが、フィンランドではすでに浸透しているようである。
教育にはとても力を入れていて、2021年から高校まで義務教育として無償化されるとのこと。
また、教員がスキルアップのために学び続けることも補助金などで支援されている。
やはり国家の教養を高めるには教育レベルを上げることが欠かせないと思う。
「アロットメント」というシステムによって、バケーション用のサマーハウスやヨットを労働者階級の家庭でも持てるのはうらやましい。
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Posted by ブクログ
フィンランドのイメージというと、携帯のノキアや北欧の福祉国家のイメージがありました。後はロシアとの、過去の戦争で、独立を維持したことや、最近だとNATOの加盟申請をしたことでしょうか。
教育レベルの高さや、就労に対するあらゆる支援、出産や育児に対するキメ細かさなど、日本にない支援の厚さもですが、何よりも国民が国家を信頼している点が、羨ましいと感じました。それがあってのウエルビーイングでしょうか。
もちろん、高福祉であるゆえに、税金もまた高負担となるかもしれません。近年の新自由主義に押されて、制度が揺るがされている点は、フィンランドがどこに向かっていくのか気になる所です。
日本との比較で、全てにおいてフィンランドが勝っている様に見えますが、災害の中で生きてきた日本人にとって、同一性は必ずしも悪いものではないと思いました。信頼できる政治家がいれば、日本も変わるのかもしれません。 -
Posted by ブクログ
フィンランドの教育は国際比較でもかなり高い水準なのですが、日本のアプローチとはまったく異なります。日本でそのまま当てはめるのがいいかというとそうではないんですけれども、教育制度を再考するきっかけにはなると思います。
◆シンプルな教育
まず、フィンランド教育はとてもシンプルです。入学式や運動会などの行事はありません。
校則も制服も部活もない。授業時間が少なく、テストも受験もなく、だから当然塾もない。日本だとちょっと考えられません。超絶ゆとり教育です。
また、一斉卒業、一斉就職という概念もなく、仕事も有期雇用から入って、そこで合えば正規雇用という感じです。
日本の仕組みは、就活から逆算して大学受験、高校受験、中学受験、、、がありますから、そこを気にせずのびのび勉強ができるわけですね。
ご存知のとおり、フィンランドは北欧型の福祉国家ですから、小学校から大学まで教育は無償で、教科書ノート給食も無償です。これは、財政の考え方によりますから、ここは違って当然ですが、それ以外の違いは興味深い。
◆ウェルビーイング
フィンランドの教育では、ウェルビーイングの考え方を大事にしています。ウェルビーイングは、「福祉」と訳されることが多いですが、以下のような幅広い意味を持ちます。
「健康。体に不調がなく心地よい。日々の生活の快適さ。生き生きとしている。気分が晴れやか。自尊心を持てる。自己肯定感がある。他人も尊重できる。人と心地よく繫がっている。性的充足。不安がない。脅かされていない。差別やいじめ、虐待がない。障がいがあっても、支援や保護を受けられる。諸権利が侵害されておらず、護られている。経済的、精神的に安全で安心して暮らしていける。貧困、紛争、戦争からの自由。」
これは、権利教育とともに教育の柱になっています。
◆倫理教育
フィンランドでは、道徳、倫理教育が手厚くなっています。権利教育とその裏返しとしての義務、つまり、みんなにこういう権利があるから、それを守るためにはこうしなくちゃいけないよね、ということが教えられています。また、教科書のなかの「正しいと判断する基準」というテーマでは、アリストテレスやカント、功利主義に触れながら、哲学史の異なる視点を示して考察を促すかたちがとられています。
ここから私見ですが、日本の教育で善悪を議論することはなかったと思います。教育の問題というよりは、文化の問題かな?日本文化では、善悪は最初から決まっているもので、ふつう議論の対象にはならない。でも、子どもの頃から哲学する、自分で考えるというのは大事なことだと思います。
◆日本の教育は、、、(感想)
日本は、新卒一括採用で学歴(どの大学か)が重要視されますから、そこの比重がとても大きいです。いい大学に入るために、いい高校に入る、いい中学に入る、そのためにはテストでいい点をとって、、、と逆算されていく。また、努力や規律が重要視されていて、部活動とかも盛んに行われています。逆に、ウェルビーイングとか倫理とかは重視されてきませんでした。
確かに高度成長期とか、バブルの手前まではそれでよかったのかもしれないけれど、ITがこれだけ進んだ現代において、画一的で自分でモノを考えられない人間を大量生産し続けていいのか。それで幸せになれるのか。参考にすべきところは多いと思います。 -
Posted by ブクログ
フィンランドでは兵役があるというのが意外だった。兵役以外にシチズンサービスといって介護施設でのお手伝いなど別の国家奉仕へ置き換えることも可能。
フィンランドの教育はもちろん素晴らしいが、日本も必ずしも悪くはないのではと思った。
例えば学校行事。入学式や卒業式で節目をお祝いしたり、運動会や発表会などの練習して集大成を披露する場があること。賛否両論あるが、こういう行事はある意味強制で学校がリーダシップを張ってやらないと実現しなさそう。
そういう意味では日本もいいところある。
ただこのコロナ禍で、日本の教育の良さが体現しにくくなってしまっている。非対面、非集団に弱い。
また、給食も日本だと栄養バランス整っているが、フィンランドではそこまでなのではないか?
『フィンランドの教育』も勿論素敵だが、一度アメリカ(ソルトレイクシティ)での赤井先生の経験した教育を聞いてると、必ずしも『フィンランド』であることが『良い教育』『子供に自由に創造性を身につける教育』なのかは分からないと思った。
つまり、フィンランドでなくても極論日本やアメリカでも同じような教育方針やスタイルの学校に入ればいいだけということ。
いじめが教育大国といわれるフィンランドでもあるのは驚いた。いじめは根が深く、子供(特に小学校から中学にかけて)の希求的欲求なのではないかと思った。
自身の経験上、高校になった途端に周囲も含めていじめはとんと見当たらなくなった。
年齢に起因するものなのか、あるいは学力・家庭環境に依存するのか、その両方な気がするが、フィンランドであろうと世界のどこでも、いじめは起こっている。