中村高康のレビュー一覧

  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    近年、ビジネスや学校教育の現場では、働く個人や学生に対して、コミュニケーション力や問題解決力といった「新しい能力」が求められている。これらの「新しい能力」は、社会的影響が大きいにもかかわらず非常に抽象的であり、また昔から求められてきた能力を言い換えただけのものも多い。本書では、それらの能力が個人に真に求められているわけではなく、能力主義(メリトクラシー)という社会構造の再生産の一部に過ぎないことを、前近代、前期近代、後期近代という時間軸を通して明らかにしており、とても面白い。

    0
    2025年12月01日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    個人的にはとても面白かった。
    そもそも教科書のトピックが興味深いものであったことが前提ではあるが、東大生達のディスカッションを読むことで自分も討論に参加している気持ちになった。

    書籍で取り上げられていた上野千鶴子先生の言葉が印象的だった。振り返ればわたし自身も環境に恵まれて今の人生を歩んでいると思う。

    日本社会を取り巻く教育格差について、様々な側面から想像力を働かせ、多様なバックグラウンドを持つ他者への思いやり、優しさ、協調ができる人間でありたいと思った。
    教科書とあわせて本棚に並べたい一冊だった。

    0
    2025年11月02日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    教育社会学の入門としても読めるし、東大生の実態への野次馬根的な本としても読める。本書内で学生が、知ることと実践することには乖離がありつつも、知ること自体に意味を見出しているのが素晴らしいと感じる。
    自分が東大卒なので、学生の感想や議論には違和感を持たなかったが、他の人の感想を読むとそうではないようで、難しい。

    0
    2023年06月23日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    私は東大生ではないが、偏差値の高い大学で学んだので、教育格差を学ぶ学生たちの感想が自分とすごく近く、共感しながら読んだ。

    0
    2023年04月01日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    本書は、能力主義について、その「再帰性」という観点から、社会全体を分析対象にして論じている。国内外における近年の大学や就職に係る能力観の議論は、やや食傷気味の感があったが、本書はアプローチの方法も結論も大きく異なる。能力主義は再帰的な性格を帯びるものであることを、明瞭に示したこの仕事はとても重要である。

    第1章では、「『新しい能力』であるかのように議論しているものは、実はどんなコンテクストでも大なり小なり求められる陳腐な、ある意味最初から分かり切った能力にすぎない」(p.46)と早々に断じた。能力観が変わってきた、という固定観念に対処するために、これまでの議論から「最大公約数的な陳腐な能力」

    0
    2018年09月09日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    新しく求められる能力が求められる社会的な背景が詳細に説明されている。頭が冷める。

    特に能力をめぐる議論は英語教育関係者として読んでおいたほうが良いと思った。

    0
    2018年08月03日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    本年度一番のヒットの新書であった。再帰性によって問い直し続けられる能力について、論理的かつ非常にわかりやすく書かれている。

    0
    2018年07月27日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    この本は、個人が持ち、磨いたり評価したりできると信じられている「能力」という概念が、実はそれほど明確なものではないことを示している。

    特に、近年新しい能力として注目されているコミュニケーション力や課題解決力は、それほど目新しい概念でなく、今も昔も変わりなく必要とされてきたものであると指摘する。

    「メリトクラシーの再規性」
    この本が焦点を当てるのは、能力そのものの新しさではなく、近年高まってきている「新しい能力を求めなければならない」という議論の論拠である。

    その根拠は、複数の命題を証明する形で説明される。キーとなるコンセプトは、「メリトクラシーの再帰性」だ。
    - メリトクラシーは、「能

    0
    2025年10月11日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    分断、分断ということが、実際のところはどうなのだろうか?ハイ・モダニティにおける貨幣経済や専門家システムが抽象度を上げ、ローカルコミュニティへの帰属を薄いものにしてきたというギデンズの主張も分かりやすく、「学力主義」もその抽象性からこの分断を生み出す要因の議論に含んでも良さそうだが、そもそもそこまで人は孤立し、孤独を感じているのだろうか。
     不登校や自死者の増加を分断による証左として挙げるのは少しムリがあるような気がしてきたな。

    しかし熾烈な生存競争が、他者を敵として認識させるという力動を作り出すというのはある気がする。となると、分断という言葉は、その内的な敵視性が投影されている、すなわち分

    0
    2025年08月07日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    『現場で使える教育社会学』を教科書に、各章のメイントピックのサマリー、追加インプットを経て、各グループのやり取りと授業後のレポートが一冊の新書としてまとめられている。

    まずこの形式が面白いなと思って手を取った。

    投げかけられた問いを自分も考えながら、こういうバックグラウンドを持つ人はこんなふうに考えるんだな、なんて眺めていると、一部だけではなく、取り上げられなかった人のレポートも読みたくなった。

    「知って」「想像する」=「配慮する」ことの大切さを語る人が多かったが、率直な想いを語れる人や言葉にならない言葉を必死に紡ごうとする学生がいることが心強く思えた。

    想像するにはきっと原体験が必要

    0
    2024年07月23日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    まず、東大生の言葉の運用能力が高いと思った。
    印象的だったのは、他者の合理性と異質な他者への想像力。

    0
    2024年04月16日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    男子は上半身裸で体育、黒髪最高、生まれながらの犯罪者はいない。
    今も昔も変わらない問題を生徒が考えるのに意義があります。
    経済だけでなく教育も30年変わらないのかと涙出ました。私たちの責任ですね。

    0
    2023年06月13日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    ぼんやりと感じていた教育格差について深く考えるきっかけになった。同世代の人の意見を元に話が展開していくが、共感する意見も、ハッとさせられる意見もあっていろいろな気づきが得られた。
    対話形式なのでスルスルと読める。

    0
    2023年06月02日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    特別SESが高い家庭ではなかったが、親が教育熱心だったお陰で(隠れた意図的養育)学業に困ってこなかった。一方で、大学進学、就職と周囲の環境が変わるにつれて、周囲に優秀な人が増え、自分の家庭との経済格差を感じるようになった。塾に行くこと、浪人すること、幼少期の種々の習い事等に制限のあった自分と裕福な家庭の子を比較して卑下することがあったが、この本を読んですこしそのもやもやが解消された。

    0
    2023年05月19日
  • 東大生、教育格差を学ぶ

    Posted by ブクログ

    学生の感想パートを通読すると、何とはなく、いかにも東大生だったらこう答えるよな、という臭みが目立つような気がする。といっても、きれいに視点や論点を敷きならべているので、標準的な教材としての価値はあるのだろう。
    中学校、高校の部活動は、教科学習以外の軸で生徒の自己実現のチャンスを用意するとか、生きていれば避けて通ることができない社会の「決まり事」を体得するための複線教育という意味合いは、たぶんあるかもしれない。しかし、パワハラ、いじめを、根っこのところで大なり小なり肯定するような、体育会系の気質を再生産し続けている元凶でないか、そしてその毒素を現実のオトナ世界に投射し続けているのではないのか、と

    0
    2023年04月10日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    人間の能力は、基本的に測定不能であり、社会で必用とされる能力の変遷に伴い、教育内容を変えるべきということを「メリトクラシーの再帰性」という言葉で説明した。
    ◆Aiの発展で単なる暗記に偏った勉強だとAiに仕事奪われるよ→マークシートによるセンター試験(共通一次)の廃止、
    ◆記述式の共通テストへ、英語は読書きメイン→読書きだけでくヒアリング・リスニングも、
          と言った現象は、まさにメリトクラシーの再帰性の高まりだろう。
    しかし、早急(拙速?)な改革が行われつつあるという印象は否めない。
    記述式テストは採点の難しさ、採点者による評点のバラツキを発生させ、その調整には多大なコスト時間がかかる

    0
    2020年11月23日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

     タイトルは著者が理論的にインスパイアされたギデンズ『暴走する世界』にちなんだもの。現在の「教育改革」を席捲する「コンピテンシー」論を理解する補助線として。

     著者の議論の要諦は、21世紀に入って以降の日本で次々と提案されている「新しい能力」論は、後期近代における「メリトクラシーの再帰性」のあらわれとしての「能力不安」言説の反映に他ならず、基本的な論点は過去の反復でしかない、というもの。その点は明快だし、説得力もあるのだが、次々と簇生する「新しい能力」論をギデンズ的な「嗜癖」(=一時的な不安の置き換えとしてのaddiction)と見なしていることには違和を感じる。

     というのも、日本におけ

    0
    2020年02月22日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    非常に読みやすい。スルスル読める。

    階級、学歴の次に基準となる「新しい何か」は見つかるのだろうか。メリトクラシーを俯瞰で見たときに今、学校教育で行うべきはなんなのだろう。「自分の中の答え」みたいなものがまた遠くにいった気がした。

    0
    2019年12月25日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    なぜ新しい能力が求められるのか?コミュニケーション能力、非認知能力がなぜこんなにも叫ばれているのか、教育改革がなぜ成功しないのかということをメリトクラシーの再帰性という現象から説明している。
    メリトクラシーの再帰性とは、メリトクラシー(業績主義)が常に自己反省的な性質をもっているということである。必要な能力は定義することができないという性質上どんな能力を想定してもそれは批判可能性を秘めており、それに対する能力が提示される。
    現代において教育はどんなあり方であるべきなのだろうか。
    相対主義が蔓延する中で、学校が担う義務は何か。
    反知性主義をどう考えればいいのだろうか。

    0
    2019年03月12日
  • 暴走する能力主義 ──教育と現代社会の病理

    Posted by ブクログ

    能力主義に代わるものはまだない。
    暫定的な社会の枠組みにすぎない。
    不完全ながら、良い代替案が無いため暫定的に、今の世の中の常識に据えられている能力主義。
    そういう意味では資本主義に似ている。

    この本でも代替案は示せてはいない。

    ただ、大事なのは能力主義を所与のもの、自然の摂理、現代社会の常識で完全無欠、不変なものとして認識するのではなく、常に相対化する視点を持っておくこと。

    そう。知識は物事を相対化するためにある。

    次はマイケル・サンデル読んでみよう。

    0
    2025年11月07日