佐々木克のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
幕末史
著:佐々木 克
出版社:筑摩書房
ちくま新書 1096
幕末とは、ベリー来寇から、戊辰戦争終了までというのが定説である
1853年~1869年である
本書はさらに、1890年の大日本帝国憲法の施行までを幕末に含めている
これは、鎌倉以来の幕藩政治から、法治国家たる近代政治への脱皮の軌跡だ。
そして、欧米列強に対抗するために、藩閥から、中央集権へリソースを集中するための改革が含まれる。
その痛みは、勝者たる薩長土肥から、明治に多くの内乱が起きたことからもわかる。
元寇、戦国期の鎖国、そして幕末。なんだかんだと内部ではいざこざがあっても
対外的には、一枚にまとまる日本人の特性がよくでているとおもいます。
そして反面教師としての、中国を知り得たことは感謝のひと言だ。
通史としては、いくつかにわかれる
①ペリー来航から開国まで
②公武合体による外国勢力への対抗
③日米和親条約締結を巡る、井伊直弼と安政の大獄
④公武合体から、尊皇攘夷へ、各地での外国勢力との衝突
⑤長州征伐をめぐる、江戸、京都の動き
幕府としての徳川家の威信は失墜し、薩長土肥による、連合軍が日本の中枢に置き換わる時期
天皇と将軍、2つの権威が、天皇という、一つの中心に集約されていく
⑥王政復古の大号令と、倒幕、大政奉還。
⑦戊辰戦争、新政府による日本の再統一
⑧明治の政治の変革、版籍奉還、廃藩置県、地租改定
⑨視察団、欧米の制度の適用、法治国家へ、国会、憲法の制定へ
目次
はじめに
第1章 屈辱の出発 1853‐1859
第2章 尊王攘夷運動 1860‐1863
第3章 遠のく挙国一致 1863‐1865
第4章 日本を立ち直らせるために 1865‐1866
第5章 新政府の創設 1866‐1867
第6章 明治国家の課題 1868‐1890
あとがき
参考文献
索引
ISBN:9784480068002
判型:新書
ページ数:368ページ
定価:1000円(本体)
2014年11月10日第1刷発行
2015年08月20日第6刷発行 -
Posted by ブクログ
幕末の複雑な政治情勢は1990年の大河ドラマ翔が如くなどでようやく概観をつかんだ気がしていたが、本書ではかなり違った印象を受けた。特に大政奉還から王政復古の大号令までの詳細な経緯、主要人物で倒幕を掲げる者はいなかった…ドラマでは悪役の久光公が有能でたびたび孝明天皇に相談されていた…など驚きかつ新鮮だった。単なる通史でなく、論点が整理されていて、日時が前後しながらの記述なので、多少神経を使うが、禁門の変など幕末の重要事件が克明に叙述されていて引き込まれる。あとがきで、著者は病と戦いながらの執筆であることを知らされる。気迫のある記述の理由が分かった気がした。日経新聞で高い評価を得ていたのも納得した。だが、歴博の「大久保利通とその時代」で、大久保が久光をだだっ子で子どものようだ、と評している史料をみてやはり過大評価ではないだろうか、と思ってしまった。
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Posted by ブクログ
おそらく近代日本で最も偉大な政治家。
どこまでも現実を直視し、現実の中から思考し、社会を漸進させていく本物の保守。
その粘り強さ、誠実さ、判断力に、驚きを通り越して畏怖する。
当然のように彼は、汚職や色欲などと程遠い人格者でもあったのだ。
彼にとってはおそらくイデオロギーなどは問題ではなかっただろう。
主義主張などは、意匠でしかない。
日本国という幼子の魂と肉体を、どう涵養するか。
それだけしか頭になかった。
このような歴史的大人物があの混乱期に生まれ出たことは、日本の幸運であった。
全政治家、必読の書。
以下印象に残った点。
・話を総合するに、西郷との友情はどうも本当のようだ。西郷のことをわかるのは俺だけだ、といずれ本を書くつもりだった。あれだけ冷静沈着な大久保が、西郷立つの報を最後まで信じなかった。そして大久保が幼少期以外で涙を流したのは、西南戦争で西郷が起ったのがほんとうだ、と知った時だけであった。泣いてないという声もあるが、「いよいよ西郷と別れねばならない」と感慨深くつぶやいていたという(松平正直)。
それにつけても、日本史上稀に見るバディが、大変に小さな区域に同時代に生まれていることの不思議と幸運を思う。
・怒る訳では無いが笑うこともない。みなが怖がっていた、威厳がすさまじいというのも誰もが言う。大久保没後、伊藤の代となって一気に内務省の風紀は乱れた。(ただし伊藤は気さくだった)
・木戸が病床にある時、大久保が見舞いに来ると横になって雑談していた伊藤博文らは驚いて飛び上がり、にわかに襟を正して座を整えた。伊藤は大久保の声を聞くだけで震え上がっていた。
・木戸と大久保ふたりなくして、維新後の国づくりはならなかった。ふたりとも薩長びいきと世に取られないように細心の注意を払った。また、お互いがお互いを気遣い続けて、絶妙な関係を維持した。
・藩閥に一切とらわれることなく、可愛がっていた部下に不正があると一気に切っていた。
・上司としては、方針を描いたのちは信頼する人間にすべてを任せる。「私一個に使われるとか、薩長に使われるとか思わずに、国家の仕事をするというつもりで自ら任じてやってくれ。万事仕事は君たちに負かすから力一杯やれその代わり責任は俺が引き受けてやる」。
・政策としては、人民の財産生命の保護が最も大切で(警察)、あわせて民業発達を促進していった。だから東大農学部をつくったり、牧場を興したり、
・清廉潔白、死んだときに残っていたのは75円。借金2万。
・無用な話はよほど変わったことがあってすら話さなかった。
・反対のときは「もっと考えたらよかろう」。賛成のときは「よろしい」。その後の対応はきわめて俊敏・端的。普段は無口きわまる。
・子供は大変に好きであった。土曜の夕飯は必ず家族で食べていた。子ども(大久保利武)は怒られた覚えがなく、笑い顔だけ覚えているという。額縁に、楽志一家春!
・部下にも敬語、さん付け。
・林董の言葉がいい。「明治年間の唯一の大宰相」「一切の責任を自分で引き受けて、難きは自ら任じ、易きは人にさせる」「事務などを以て大久保を論じては大変な間違いだ。裁決流るるが如しとかなんとかいうのは、やり手とか才子とかいうもので、畢竟それは刀筆の吏である。大久保はそんなものを遠く超越しておる。あれはただその人そのものが国家の柱石であったのだ」「(大久保の)威重は、あの人の至誠国に尽くす心、己を虚しくして国のためにした、あの人格の力だ」
・胆力も相当なもので、佐賀の乱の際には弾丸が降る中を平気な顔して歩いていた。足元や耳を弾がかすめているが、びくともしなかった。それを力んで見せてるわけでもなく、まったく平素の通りだった。
・胆力は外交時にも発揮され、北京談判ではノラリクラリの清政府に対してロジックと急所をつき、一向に動じない姿勢だったからこそ成功した。激昂も凹みもしない。余裕綽々だった。帰国後、明治帝から恩賜があったが、辞退した(ゆるされなかったが)。
・殖産興業を興すに大変な業績があった。その知見は深く、専門家顔負けだった。
・幕末の薩摩藩では家老よりも西郷・大久保の方が人望と権力があった。大久保は薩摩藩史上最速で出世した。
・少年の頃から周りの人間に一目置かれ、親でさえその言葉をよく聞いていた。親類に病あるものいれば献身的に看護をし続けた。
・大久保の若い時分、占い師が手相を視て、たいそう驚き「こんな手相は初めて視る、天下を取る。こんな手相のあとは誰も視られない」と言ったとか
・解説より。大久保を表す言葉は「正義、責任、誠意」。至言。これらを絵空事ではなく体現し続けた。
・これは大久保ではないが、黒田清隆が女房を蹴り殺した件に触れられている章で、その後不可解にも「誤りがあった」として撤回されているのが闇が深い。
・また、記憶違いがかなり多く、採録記事のあとに、これは誤りである、と正されている。当たり前だが、校閲機能がしっかり働いていることに感心するのと同時に、人間の回顧録は半信半疑で見るくらいがいいと感じる。
・西郷は島流しにあうまでは、上野の像とは似ても似つかない。痩せぎすだった。
・「樹木のないのが文明じゃそうな。妙な文明もあるものじゃ」(高島鞆之助:明治になり町並みの樹を伐採されたことに対して) -
Posted by ブクログ
とても勉強になりました。
佐々木さんとしての幕末史が書かれています。調査して、自分を通して文章にされているので、大事と思われるところの濃淡や主観的な表現があるのは当然ですが、それでも客観をベースに書かれていて、幕末・維新を知るための本としてはとても参考になる本だなと思いました。
キーワードは
・挙国一致
・攘夷(破約攘夷)
の2点。
挙国一致。ペリー来航当時の欧米列強の勢いを危惧し、このままでは日本は欧米列強に飲まれてしまう、という危惧から、天皇、公家、幕府、民、全ての心を一致して取り組み日本を守っていくということが重要である、という考え方。
攘夷(破約攘夷)。攘夷のイメージは外国人を成敗するというイメージでしたかそれだけではなく、外国と交わした不平等な条約の改正など武力だけではなく諸外国との不平等を打破する取り組み。その手法として武力もあるということ。最たるものはテロめいたものにもなる。
この2つのキーワードをベースに各人が各人の立場や考えをもって活動していた時代が幕末・明治なんだなと実感できました。
その根底にあるのが「国を想う心」であると思いました。「このままでは日本がダメになる」「何とかしないといけない」そう言った日本人としてのアイデンティティ、誇りがあったからこそ、そしてその想いが強かったからこそ、命をかけてまで活動したんだなと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ大久保利通がどのような人物だったかをインタビュー形式で当時を知る人々へ取材した内容をまとめた本。
大久保利通がなにをしたか、ではなく、どのような人物だったのかが、この本から想像出来、非常に面白い。
この本を読んでわかるのは、「非常に無口」「怖い(喋らない上、威風もあるので、たちが悪い)」「西郷隆盛との関係は凡人には想像できない程、強いもの」といった点だ。そんな中に家族とのふれあいなど、微笑ましいエピソードもある。勿論、亡くなった偉人、しかもその周辺の人々なので、そんな悪いことが書かれることはない。が、実は禿を気にしていたなどといった本人知ったら怒るんじゃないかしら、という細かい話まで満載。
木戸孝允との違い、木戸孝允は議論しながら自分の方針を織り交ぜるに対して、大久保は承認したら口を出さず、ただ責任を取る、という手法。非常に興味深く、どちらが優れているというわけでもないが、性格なのだなと思う
西郷隆盛のことを分かるのは自分だけ、という言葉を子供に残し、それを文章にするつもりだったが、暗殺されてしまった。それを語る次男の姿が目に浮かぶ -
Posted by ブクログ
戦後70周年に当たり、ちょうどいいタイミングで、幕末の維新の背景と経緯、結果を再確認することができた。
欧米列強との軍事力の差による不戦と、屈辱的な通商条約締結が攘夷の背景にあった。攘夷とは排外主義という意味合いもあるが、本質的には自国の尊厳と権利を取り戻すことにあったのだろう。
薩長中心に政治体制の刷新を図り、大政奉還も含めて朝廷と武家との連立政権を目指すことになる。戊辰戦争は本来的なものではなく、必要最小限のけじめをつける闘いだったのだと思う。どうあっても新体制に反対する者はいるわけで、言論だけでは片付かないことが、最終的に取る手段が闘いということだろう。
明治政府では徐々に国家体制を整え、通商条約改正を行った後、大日本帝国憲法の発布に至る。この時期では、アジアで憲法を保持していたのは日本だけである。ここまでの道のりは素晴らしいが、その後、欧米列強に追いつかんと植民地支配を目論み、朝鮮半島・中国大陸に進出していった過ちは、後の歴史が示している。
先日安部首相が70年談話を発表していたが、日本の置かれていた環境を正しく理解することと、日本が侵略していった事実を理解することの、両方が日本国民として求められているんだと思う。そうしたことを踏まえて、現在どういう行動を採るべきか、将来に向けて何を目指していくべきか、ということを考えることが必要であり、それが「歴史に学ぶ」ということだと思う。