青木美希のレビュー一覧
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福島原発の事故によって避難を余儀なくされ家族が離れ離れになった人、避難先で差別によるいじめの被害にあった人、被爆した放射線量も分からないまま除染作業に従事させられる人、先の見えない状況の中で自ら命を絶つ人がいる。ニュースだけでは見えなかった現実に向き合うことができた。
こうした被害を踏まえると、国や東京電力の責任は非常に大きい。安全神話のもとでリスクが過小評価され、事故後の対応も十分だったとは言い難い。本書は、その責任の所在を曖昧にせず問い続けている点に大きな意義があると感じた。
一方で、原発の是非については単純に「なくせばよい」とも言い切れない難しさがある。原発で生み出されるプルトニウムは原子爆弾に利用でき、核抑止力となっている。技術・研究の継続性、安全保障との関係など、エネルギー問題は複雑に絡み合っており、原発を無くすという判断は容易ではない。
だからこそ重要なのは、「ゼロか継続か」という二択ではなく、現実的な落としどころを探ることだと感じた。例えば、既存の原発をどう安全に管理するか、再生可能エネルギーをどこまで拡大できるか、事故時の補償や避難体制をどう整えるかなど、具体的な制度設計が求められる。本書は、感情的な賛否を超えて、「私たちは何を引き受けて生きていくのか」を考えさせる一冊だった。 -
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アメリカのイラン攻撃でホルムズ海峡からの原油輸入が途絶えた途端、エネルギー問題が何も進展していない事実を突きつけられた時、”やっぱり原発が必要なのか”と思考が向きがちな今、原発が抱える多くの問題を指摘した著者の「それでも原発は日本に必要なのか」が出版されました。非常に説得力のある内容でした。そしてその本の前段とも言えるのが3年ほど前に出版された本書です。
本書で指摘されている事実を何点か紹介します。
1)日本に原発を導入する際、湯川秀樹氏ら物理学者は「まず日本で基礎研究をするべき」と主張したが、当時の政府、電力会社らによる推進派がアメリカからの輸入という方針を押し切った。結果としてアメリカの設計を変更しない契約となり、非常用発電機が竜巻対策重視のアメリカの方針から地下に設置され、これが津波による電源喪失の遠因となった
2)宮城県沖を震源とする地震による津波の危険性について、地震調査研究推進本部は巨大津波を伴う地震の発生リスクを指摘した内容の報告書を2011年3月10日に発表予定だったに、電力会社や関連企業からの圧力で発表を延期せざるを得なくなった。奇しくも東日本大震災の前日に、津波による原発事故のリスクを公表できるチャンスを逃してしまう結果となった
3)東日本大震災で事故を起こした福島第一原発で、原子炉にダメージを負わなかった4号機では、1500本以上の使用済み核燃料が原子炉の外にある燃料プールに保管されていた。燃料プールの水は蒸発して無くなっていたのだが、工事の遅れで残されていたプールに隣接するエリアの水が偶然流れ込み、使用済み核燃料の冷却が維持された。偶然が重なった結果、最悪の事態が避けられた
4)原子炉を構成する部材が中性子を長年照射され続けることで割れに対する抵抗力が低下する”中性子照射脆化”という現象が知られており、建設から40年以上経過している原発ではこのリスクはかなり大きい
上記1)~3)つの事実を知るだけでも、どこかできちんと対応していたら、福島第一原発事故は防げたのではないか、と思えてきます。さらに4)のような警鐘も鳴らされているにも拘らず、本当にこのまま老巧化した原発を再稼働して良いのかどうか、なし崩し的に進んで行くことの恐ろしさを再認識しました。 -
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日本で再生可能エネルギーがなかなか伸びず、2011年の東日本大震災から15年経過して、今では原発回帰へと進もうとしています。なぜ外国と比べて再生可能エネルギーが伸びないのか、気になって本書を手に取りました。
本書で紹介されている興味深い内容をいくつか箇条書きで書き出します。
1)世界的には2025年上半期の世界の発電量の34.3%が再エネで発電され、割合として他の発電を抑えて最大になった。日本は2023年度で22.9%(意外と多い印象でした)。
2)太陽光パネルの生産では1999年から9年間日本は世界1位で、2004年、2005年では世界シェアの約50%を占めていたが、2020年代にはシェア1%に落ち込み、2022年は0.2%にまで下落。世界首位の座を中国に譲った
3)2010年代には浮体式風力発電の技術は世界一のレベルにあったが、2020年代では大部分のメーカーが撤退した。
4)石油代替エネルギーの位置づけとして日本は核分裂の原発をメインに据えたため、開発予算の振分けが圧倒的に原子力関連に大きくなった。政府が上記の太陽光、風力等を産業として支援する姿勢に欠けたため、民間の投資が継続せず、折角の優れた技術が再エネ産業として根付かなかった
5)日本では”原発優先”の施策のため、再エネは折角発電しても発電抑制等で電力供給に寄与できないしくみになっている。
6)日本の”原発優先”施策の原動力は大手電力会社と自民党との強力な結びつきで、企業献金等の協力とそれに対する見返りとして機能している。
東日本大震災直後、日本中の原発が止まりました。普通ならそんな事は不可能だったはずなのですが、その機会こそ再エネに一気に軸足を振り切るチャンスだったともいえたはず。それを実現するに足る十分な技術も持っていたのに。その後の15年の迷走が、今またホルムズ海峡の問題であたふたするという事態を招いている今、”やっぱり原発が必要なのかなぁ”と短絡的に考える前に立ち止まる勇気が必要なのでは、と思わされました。 -
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「原発優先ルール」という、「(前略)電気が余りそうな日には、原発は止めずに再エネのほうの発電を止めるように各大手電力が再エネ事業者に指示する、日本独特のルール(後略)」(p7)があることを初めて知った。希望を失わず再生可能エネルギーに取り組む人々と、それを打ち砕く人々との国内国外のせめぎ合いが紹介される。「第七章 絶望を超えて歩みはじめた被災者たち」(pp217-243)は確かにそういう内容が書かれているのだが、自死していった人々の遺した言葉の数々を読むにつれ、絶望的な気持ちにもなってしまう。「おわりに それでも私は書き続ける」(pp244-254)では、著者が所属する新聞社から処分を繰り返し受けてきたことと、でもそれに屈するつもりはないという気持ちが吐露される。
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snsでこの本のことを知り読んでみた。福島原発事故から15年、いまだに廃炉の見通しのつかないまま、高市政権は原発推進へと舵をきっている。
この本は、被災者、科学者、政治家、識者など多方面の人にインタビューをし、著者もライフワークとして取り組んでいる労作である。執筆の背景にはなぜこれだけリスクがあり、国民に危害を及ぼし続けており、かつ核のゴミの処分方法も確立してないのに原子力発電をやるのかという疑問を著者が抱いているからだろう。評者も本当にそれが知りたい。
この本の最後の方に出てくるが、小泉元首相が「色んな産業がからんでいるからね」というのが本質だろう。
原発を推進する、多くの産業が儲かる、産業界が政治家を支える、支えられた政治家は原発を推進するというフィードバックが、自然エネルギーに比して、関係者密度が濃く働くというのが肝のようである。風力や太陽光発電でもフィードバックが働くが密度が濃くないため、ポリティカルパワーが弱いのであろう。
とりあえず、記者クラブ制度、広告費に依存する報道、政治献金の三つをやめた方が日本の未来は明るくなるんではないかと思う。 -
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原発事故のせいで自宅に住めなくなり、新潟でやっと落ち着いた生活をすることができるようになった一家を、住宅補助打ち切りが襲う。転居により職場を離れざるをえず、生活苦を訴える避難民に「自己責任」と言う政治家は、いったい何のために政治に携わっているのか。13年経過して、ますます忘れ去られる原発避難民の話には胸が痛むし、どれほど多くの人が同様の苦しみを抱えて、一日一日を過ごしているのだろう。SNSでは自分の見たい、聞きたい言説にしか触れなくなる。人災によって自分の生活が破壊されるという苦境に、自分が陥る可能性があるとは1ミリも思わない、想像力を欠いた大衆の支えにより、弱者切り捨ての政治は、ますます苛烈さを増すばかりなのだろう。
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青木美希氏は、札幌市出身、1997年に北海タイムスに入社、北海道新聞を経て、2010年に朝日新聞に入社。朝日新聞社の原発事故検証企画「プロメテウスの罠」に参加し、以降一貫して福島第一原子力発電所事故のその後を追い続けている。
本書は、上記原発事故を7年に亘り取材した内容をまとめて2018年3月に発表され、貧困ジャーナリズム大賞、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞した。また、2021年4月には、続篇『いないことにされる私たち 福島第一原発事故10年目の「言ってはいけない真実」』を出版している。
「はじめに」で著者は次のように書いている。「私は7年間、福島第一原子力発電所事故を追い続けている。この間、避難者に向けられる目は次々と変わった。当初は憐れみを向けられ、次に偏見、差別、そしていまや、最も恐ろしい「無関心」だ。話題を耳にすることが激減した。関心が薄れてきたところで、政府は支援を打ち切り、人々は苦しんでいる。・・・結果として、不都合な事実を「なかったこと」にして揉み消そうとしている国家権力の思惑通りになってしまった。これを許したのは、新聞やテレビ、各報道機関の敗北でもあると言われても仕方がない。我が身を含めて、あまりにも無力だったと猛省する。・・・痛烈な自己反省を込めて、私は「不都合な事実」をここに記そうと思う。」
そして、本書では、東京電力の現場で働いていた人々の苦悩、形ばかりのいい加減な除染、原発維持・国防のために進められる帰還政策、帰還政策を進めるために「事実を曖昧にする」政府・官僚たちの行動、避難者に対するいじめ、避難者への支援の打ち切りなど、様々な「不都合な事実」が明らかにされている。
それらの「事実」は唖然とするようなものばかりであり、事実を曖昧にする政府・官僚は言うに及ばず、いい加減な除染についても、いじめへの対応についても、いずれも看過できることではないのは言うまでもないだろう。しかし、その一方で強く感じたのは、白黒のつけられない問題があることの難しさである。多少のリスクは受け入れて(或いは、受け入れざるを得ずに)その地域に住み続けたり帰還をする人々と、リスクを避けて非難を続ける人々の間に生じた軋轢。。。これは、どちらかが正しく他方が間違っていると言えるものではないし、また、今となっては(悲しいことではあるが)元の関係に戻すこともできないのだ。
原発事故が引き起こしたそうした複雑な状況を考えたときに、幸運にも原発事故の影響を受けなかった地域に住む人間にできることは何なのか? それは、本書のエピローグに引用された作家・渡辺一枝の言葉「私たちが忘れないこと」であり、また、他人事ではなく自分事として考えることではないだろうか。
福島第一原発事故後の闇を明らかにし、我々に問いかける力作ルポルタージュである。
(2021年9月了) -
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昨今、多くの自然災害が起こりました。その報道の中で原発事故で避難指示が出た地域の現状に関する報道が極端に少なくなっていることを感じる人も多いのではないでしょうか。
本書は避難指示が解除されつつある福島県の原発近隣地区の現状を様々な角度からの切り口で描くノンフィクションです。
除染に使用した水は回収して放射性廃棄物として処分しなければならないのに、多くの現場で川や側溝へ垂れ流しされていて、それを監視監督する省庁も人手不足で対応できておらず、「除染したことになっている」地域が多数ある事。
福島第一原発での「がれき」撤去作業によってセシウムが新たに飛散し、近隣で作付けされていた稲に付着した結果、収穫されたコメから基準値を上回る値が計測されたのに、原因を調査した原子力規制委員会が「原因不明」として扱い、却って福島県産のコメに対する安全性を阻害した事。
他府県へ避難された方への住宅供給制度が、復興ありき・住民の帰還ありきの方針のもと打ち切りとなり、「自主避難者」扱いとなって支援もなくなり、住む所さえなくなっている人が多数発生している事。
避難先の地域に通う学校で「避難者」であることを理由に多くの「いじめ」が発生している事。
この本に書かれているどの事実をとっても、本当に理不尽な思いがこみあげて来ます。2020年の東京五輪を「復興五輪」などと奇麗ごとを海外に発信する前に、もっと国が向き合うべき事実があるのではないかと感じさせられました。 -
Posted by ブクログ
東日本大震災の復興は全然終わっていない。
釜石から南下して石巻まで、BRTから見る景色は一面の土木工事。
かさ上げされた土台は建設途中のピラミッドのようだ。
そんな、目に見えての復興事業の裏にいる、原子力発電所事故からの避難してきた人たちが表に出てくることはない。
事故が無ければ今まで普通の生活をしていたはずの普通の人たちが、貧困に喘ぎ、しかも救済は年を追うごとに絞られている。
避難指定地域からではなく、個人的に避難しているとして救済の枠からは外れた人たちは、ただ勝手に避難したからと救済されなくてよいのか。
時がたち除染が進むごとに、避難指定地域は帰宅可能となり、そこからの避難民の援助金は減らされる口実になっている。
しかし、手抜きの除染作業や、作業員の給与の中抜きなど除染作業そのものに疑問がある。
そして、安全宣言という結論ありきでは、安全基準自体に欠陥があるのではないか。
放射能が飛んできましたが、避難するかしないかは個人の判断です。
普通の人に、そんな判断を下せるわけがない。
たまたまそこに暮らしていただけなのに、どうして普通の人が苦しまなけらばならないのか。