コルソンホワイトヘッドのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
著者の代表作『地下鉄道』は歴史改変小説という特殊なジャンルだった。そのためかなかなか世界観に馴染めず、先に実話を基にした本書から取り掛かることに。
読むだけの充実感がある反面、重い…。目に見えない重しがのしかかってきているようで、読み終えた瞬間に思わず息を吐き出した。
史実(それもつい最近明るみになった)とフィクション・過去と現在が巧妙に入り混じり、特に第三部からのストーリーの進め方には度肝を抜かれる。恐らく読後、一部の章を読み直さずにはいられなくなるだろう。
『地下鉄道』よりこちらの方が自分の肌に合っているかも。
「侮辱されるたびに野垂れ死にしそうな気分になっていたら、日々を生きていくことはできない」
舞台は1960年代前半のフロリダ州。アフリカ系アメリカ人の聡明な学生エルウッドは祖母との2人暮らし。ある時大学進学に向けてのチャンスに恵まれるがそれも束の間、無実の罪でニッケル少年院に送られてしまう。
少年院を出るには院内にて善行を積み、ポイントを稼いでいかねばならない。加えて、院内で横行する暴力や虐待に耐えてゆかねばならない。地獄のような日々の中、エルウッドはターナーという少年と出会い次第に友情が芽生えていくが…。
「少年たちは、あの学校に潰されさえしなければ、いろいろな未来に進むことができた。[中略]彼らには平凡であるという単純な喜びすら与えられなかった」
第一印象としては『ショーシャンクの空に』の少年院ver.っぽいと思ったが、精神が未成熟であるが故に彼らの恐怖がより身に染みて伝わってきた。(男同士の固い絆と収監された場所が「名ばかり更生施設」であることは共通していると思う) 用務員による壮絶な虐待により最悪の場合命を落とすことも少なくなかった。
これは何と近年閉鎖したアメリカの男子学校がモデルで、本書に登場する独房や拷問部屋も実在していたという。
本書では日常の一コマであるかのように描写されており、憤りよりもまず不気味さを覚えた。
「みんなが目を背けているということは、みんなグルだということだ」
学校の閉鎖に伴いようやく暴力・虐待の告発がされたというが、近年のヘイト事件を見る限りこうした問題は解決の兆しすら見えていない。差別意識はアメリカ国民の中にDNAとして刻まれている。更に差別された側には恐怖も刻まれる。
エルウッドは元々公民権運動に関心のある学生で、序盤では黒人デモにも参加していた。しかしニッケルでの体験を経て、後半では白人に助けを求めるようになる。「究極の良識」が人々の心に刻まれていると信じ、望みを賭けたのだ。
今思えば「外に味方がいるエルウッドだから踏み出せた」とも言える。
でも人種を問わず世間の誰かが「おかしい」と共感してくれるだけで、その人の「究極の良識」を信じてみようと思えるのかもしれない。「自分には味方がいる」と思えれば、行動する勇気が湧いてくるのかもしれない。
つまりは、まだまだ綺麗事を諦める時ではない。 -
Posted by ブクログ
19世紀アメリカ。現実にあった〈地下鉄道〉という黒人奴隷解放支援組織を実際の鉄道に置き換えてジョージアの奴隷少女コーラの逃亡劇を描いたフィクション。ファンタジーのような設定だがそんな甘い話ではない。逃げるコーラを追いかける奴隷狩人リッジウェイ。コーラと共に逃げる仲間は捕まり、彼女を助けた白人も殺され、コーラも捕まり、しかしまた地下鉄道に乗って逃げる。希望を感じさせるラストだが当時の黒人に真の希望はあったのか。どこまで行けば逃げ切れるのか?トンネルの中を逃げるように、漠然と北部に逃げるしかないのだ。しかしそれでも時代から逃げないと本当の安心はできないのだ。ユダヤ人にとってのホロコーストと同じではないか。
黒人を奴隷化した暗黒の時代を真摯に受け止めながらもその過去を消してしまいたいという作者の想いが伝わってくる。子供の頃に、アレックスヘイリーの「ルーツ」で受けた衝撃を思い出す -
Posted by ブクログ
ゴールのないマラソンの話。
19世紀のアメリカで黒人奴隷の亡命を手助けした組織『地下鉄道』が、組織名や逃亡路ではなく実際に"地下鉄道"だったら、という虚構を一つ入れるだけで広がる世界と現実感。
黒人奴隷を題材にしてるので当たり前に残酷な事が再三起こるけど、エンターテイメント性もありさらりとした文章で、翻訳本としての読みにくさも感じなかった。
「真実とは目抜き通りのショーウインドウのようなものだ。
目を逸した隙に並べ替えられ、うっとりと魅力的だが手は届かない。」
「自身を束縛する手足の鎖に不完全な部分を見つけ出すのだ。ひとつひとつを見ていけば鎖の各部はちいさなものだ。
でも周囲の者と繋がると、各部の弱さにもかかわらず全体としての鉄の輪は強く、数百の人間を服従させる。」
-
Posted by ブクログ
大傑作。
南部奴隷を逃す組織を「地下鉄道」と呼んだそうだが、それが本当に地下を走る機関車だったら?というアイデアを挿入、あとはかなり史実に忠実に描かれた、少女の逃亡譚。
『風と共に去りぬ』が正当な注釈がつくまで配信停止となったとき、ファンの私は「いやー、オハラ農園に仕えたマミーをはじめとする人々のように、奴隷だって(比較的)幸せな人生もあったのでは?」とか思ったけど、奴隷制をまるで理解してなかった。奴隷が何かをわかってなかった。ひとが何もかも奪われて生きる地獄を。
それでもこうして、どんな残酷な罰が待とうと、自由と尊厳を求める勇気を大勢が奮い、死んでいったことを知ろうとしていなかった。
教えてくれてありがとう。
そして物語としても、感情を排した語り口、美しい描写、テンポよき進行、実によくできちょる。 -
Posted by ブクログ
アフリカ系アメリカ人のエルウッドは、ホテルの下働きをしている祖母に育てられた。従業員たちに可愛がられ、勉強もでき、先生から黒人が無償で学ぶことのできる大学への進学を勧められる。大学へ行くためにヒッチハイクした車は盗難車だった事から、共犯者として少年院に送られてしまう。そこはニッケルスクールという名前だったが、スクールとは名ばかり、虐待のまかり通る過酷な少年院だった。
後年、閉校になったスクールから傷だらけの白骨が掘り出された事から、当時の院生に話題が集まる。
スクールでの悲惨な日常と、不正を外部に知らせようとするエルウッドと、大人になった院生とが交互に描かれる。はたしてエルウッドはどうなったのか。悲しいラストだが、胸をうたれる。
遠い昔のアメリカではない、50年ほど前である。キング牧師が登場した頃の話だ。そして21世紀になっても黒人への差別は続く。黒人の大統領が誕生しても、大坂なおみは7枚ものマスクを用意していたのだから。 -
Posted by ブクログ
1960年代前半、公民権運動が徐々に活性化しつつあったアメリカを舞台に、優秀な学力を持つ黒人の高校生は無実の罪で少年院に送られる。そこは管理者である白人たちが物資の横流しで儲け、少しでも反抗する黒人少年を撲殺して無かったこととする地獄であった。
この恐ろしい筋書きは空想のものではない。フロリダに存在し、100名以上の行方不明者を出したドジャー少年院がモデルになっている。施設が老朽化のために閉鎖され、暴力の痕跡も歴史に埋もれようとしていた中、ハリケーン後の敷地清掃で27名もの正体不明の遺骨が発見されたことによって、この少年院での恐ろしい暴力の実態が明るみに出ることとなった。
本作『ニッケル・ボーイズ』は、ニッケル少年院を舞台として主人公の少年がいかに恐ろしい暴力をサバイブしようとしてかを克明な心理描写と共に描き上げる。物語は1960年当時と現代の2つの時間軸を舞台として、現代にまでサバイブできた生存者たちに植え付けられた暴力のトラウマまでも生々しく示される。そして、この2つの時間軸を使った予想外の叙述トリックによるラストは必読、思わず読んでいた本を落としそうになってしまった。
南部で虐げられる黒人を北部に逃すための比喩である”地下鉄道”が実際に鉄道として存在していたなら、という途方もない想像力を持って描かれた前作『地下鉄道』での受賞に続き、2度目のピュリッツァー賞を受賞した本作。ノンフィクション部門でピュリッツァー賞を2回受賞したのは彼が史上4人目であり、先達にはウィリアム・フォークナー、ジョン・アップダイクらであるということを知れば、コリソン・ホワイトヘッドの作家としての凄さは十分に伝わると思う。