宮崎智之のレビュー一覧

  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命

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    エッセイ。弱さ、を男性が語ること自体、女より勇気の要ることなんだろうか?
    鼻炎でずっと頭がボーっとしていてただの肉だった、という辺りが面白かった。男って…

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    2026年08月19日
  • モヤモヤの日々

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    コロナの日々。
    今となっては懐かしさを感じるキーワードを噛みしめながらあの頃の日常に記憶を巻き戻しながら読むことができた。

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    2026年05月31日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    ネタバレ

    面白かったけど、筆者の価値観とはちょっと違うかな〜と感じた
    この本を読んだ後に、アルコール依存症の男性が主人公の本(今夜、すべてのバーで)を読んだ。筆者はさらっと書いてるけど、アルコール依存症から立ち直るのは大変だったろうなと思う

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    2026年05月08日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    doではなくてbe
    日常のできごとを確かに生きる。大きくて掴めそうにもない世界ばかりに目を向けてしまっていたわたしにこそ大切なことだった。今が流れていく川下への眼を感じるからこそ寂しいのであって、寂しいという感情は持っていていいんだって思わせてくれた。わたしもことあるごとに寂しい寂しい言ってて(物理的にも心の容量的にもにも)、それがマイナスなことだとずっと捉えてたんだけれど、そんなことないんだね。
    随所に随筆や小説の引用が出てきて、正直今のわたしには100%を理解するのが難しいところも多かった。でもなんとか共感できたりなんかいいかもそうかもって感じ取ったシーンは抜粋したから、またここのページを見返したときにはチェックしてみて、そしてもう一度読み返してみるのもいいかもしれない。
    あ、大共感した内容を思い出した。今この瞬間をこれから何十年経っても思い出すだろうなって自認することがあるていうのはまさしく!関学からの帰り道、左右が緑に茂った石階段とかとかとかとか、笑
    そこしか思い出されねぇ笑、けど他にもあった気がする。あ、三茶住んでた時、前をベビーカー押しながら歩く親子とか
    なんだろうねなんで「あ、この景色、、」て感じるんだろうね

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    2026年03月12日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    ネタバレ

    非日常が好きな人は多い

    その理由は、ワクワクするから。というのはあまりに単純すぎるのではないか

    "非日常には非日常しか起こらない"
    "非日常では、その非日常性がもたらす何かに焦点が絞られる"

    日常だと気づきすぎる様々な細部な物事への、気づきのストレスは非日常では見えないがゆえにもたらされない

    それがストレス解消の正体のひとつなのかもしれない


    そうして、それがきっと熱狂でもあるのだと思う
    平熱は現実、日常に在る自分
    そんな平熱を抱きながら熱狂することは壊れない対策とも言えるように感じた


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    2025年06月28日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命

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    小説かと思って読んだら全然エッセイだった。

    弱い自分を受け入れつつも現実を見つめ直すという視点で進む。あくまで弱い自分を受け止めてこの現実に対する著者なりの視点や言葉があり小説ではなかったか〜と思いつつなんだかんだ楽しく読めた。

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    2025年05月02日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    エッセイ。
    弱い自分を見つめることは難しいが、そこに挑み、受け入れるまでの紆余曲折のようなもの。
    そして、受け入れた先の優しさが溢れている。
    日常の風景の切り取り方、感性が独特で、文学作品との引用で、より際立つ。
    でも、どことなく暗さを纏っている本なのは、人生がそうゆうものだからだろうか。

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    2025年04月03日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    平熱のまま、この世界に熱狂したい
    一見矛盾を孕んでいるように思えるが、その意味する内容がページを追うごとに朧げに輪郭を帯び、しっくりと心に馴染んでいくのが不思議だった
    日常的に刺激を求め、何者かになろうとしたり、目標や希望を持って強くあろうと奮闘したり、そんな熱のこもった毎日を生きるのが是とされ、それが当たり前だと思ってしまうが、ふとした瞬間にその火力の不自然さ、違和感に気づくことがある
    自分は何者でもなく、人生に意味などない、という理解できていたはずの当たり前の事実を何かの拍子に痛烈に自覚させられる
    そうした折に、自分を鼓舞して前進のように思える何かに無理やり身を投じるのではなく、ありのままの自分を通して知覚する確実な存在に目を向けていきたい、凪の時間に感覚を研ぎ澄ませることでもっと鮮やかに、等身大に、世界を経験したい、そう思わせてくれるエッセイだった

    何かを喪失しなくても、元来人間は寂しさを感じた状態であり、寂しいとはdoではなくbeなのである、という表現が好き

    そもそもエッセイはあまりタイプではないけれど、文献からの引用がどれも巧みで、文学への並々ならぬ愛が伝わってきた、物語の方が好きだけど!

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    2025年01月22日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版

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    エッセイといえば日常のクスッとしたことや、モヤモヤしたことを描いた軽い作品、というイメージでした。

    それに比べてなんと知的なことか。
    心に刺さることを書こう、とか
    哲学的なことを書こう、として書いていないのに、結果としてそうなっている。

    また引用される文献のすべて未読、どころか存在もしらないものばかりで、
    なのにそこから導かれる内容には納得できる。読み直すことでまた違う価値観を見つけそうな作品です

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    2024年09月28日
  • 平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命

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    ネタバレ

    穏やかに読む。

    **凪の生き方。**

    「凪」という考え方。

    できるだけ詰め込んで、コスパとタイパを上げるように迫る社会的風潮の中で、空白を恐れない余裕を確保するためにも、ひとつ、ためになる考え方です。

    __無風状態のなかで世界を見つめ直すことにより、すでにそこにあったものの豊かさに気がつく。凪は、なにかが溢れ出し、なにかが変わる前兆でもある。

    変化の激しい世の中で、凪の状態に身を置くこと。それは退屈な人生を意味したり、日常に埋没して思考停止したりすることではないのだ。日常にくまなく目を凝らし、解像度を高める。そして切り替わった瞬間の風を全身で、肌で感じとる。そういう生き方である。

    **欲しいのは、自由、ではない。**

    福田恆存という、昭和の時代に活躍した保守系論客の方の言葉がところどころ引用されています。この、自由を問う文章は、とても共感しました。

    __また、ひとはよく自由について語る。そこでもひとびとはまちがっている。私たちが真に求めているものは自由ではない。私たちが欲するのは、事が起るべくして起っているということだ。そして、そのなかに登場して一定の役割をつとめ、なさねばならぬことをしているという実感だ。なにをしてもよく、なんでもできる状態など、私たちは欲してはいない。ある役を演じなければならず、その役を投げれば、他に支障が生じ、時間が停滞するーーほしいのは、そういう実感だ。ー 「人間・この劇的なるもの」

    **人の痛みは決して分からないけれど。**

    身体をもって感じる、痛み、は、それぞれの人間の中でのみ生じる。勝手に共感することもできるけれど、それはまたその人の中で感じていることであり、決して同じ痛みを感じられる人はいない。それをわきまえたうえで、どのような姿勢で生きられるか…。共感しました。

    __生きている限り、無意識に誰かを傷つけてしまうことがある。誰かの痛みをそのまま感じることもできないし、完全に寄り添うこともできない。だからこそ思うのが、相手のことを簡単に「わかった」と思ってはいけない、ということだ。相手のことは理解できないし、 自分のことも伝わらない。それでも想像しようとすることをやめたいとは、ぼくは思わない。

    たとえ、想像することをやめない胆力を持ち続けることしかできなかったとしても、そういら姿勢を崩さないでいることしかできなかったとしても、その態度を「伝える」ことはできるかもしれない。最近では、そんなふうに思っている。

    **身近な実感。**

    自分の実感が及ばない世界について論じられない、と著者は言っています。私も、実感を持てない物事を考えることは得意ではなく、だからこそ、身近な体験を大事に、自分の存在を起点に、世界とかかわっていきたいと思います。

    __一足飛びに世界を掴もうとするのではなく、身近なことへの執着を積み重ね、想像することをやめないことによって、身近ではない世界や多様な他者への実感を掴むことができるのではないか。…もしぼくが見ている世界が、ぼくにとってどこか白々しいものであるとするならば、それはそこにぼくがいないからだ。 具体的な感覚を持って、そこにぼくが存在しないからだ。

    **社会の言葉と個人の言葉。**

    本音と建て前、みたいな、社会に出るとそういうことをサラッとできる人もいますが私はときにつっかかってしまいます。人間として、対話したい、したらいい、と思う時がある。社会の言葉を使う時、私たちは個をいったん捨てて、責任を組織に回している、ということなのかな。はっきり分けられていない場合もあるけれど、私たちはどうバランスをとっていくべきなのか…。

    __ぼくの中にコロナ以後、ずっと同じ矛盾が存在し、いまだに接合することができずにいる。しかしあのとき、女性が個人の言葉を発してくれたおかげで、ほくがどれだけ救われたことか。
    …

    ぼくと女性の人生は「社会」の中で一瞬だけ交差したに過ぎない。普段はそれぞれの人生を歩んでいる、ただの偶然的な関係性である。にもかかわらず、おそらく年配であろうあの女性は、ぼくの質問に対して、子どもが孫を出産する時のような気持ちで応えてくれた。「個人」を複雑な「社会」に晒し、言葉を発してくれた。女性のたった一言で、ぼくはあの時、確かに救われたのだった。

    **言葉にする。言葉を探す。**

    著者は、日常で見たものや現象を概念化し、独自の言語をつくり出す癖があるといいます。言語化能力にたけている人は素晴らしいと思いますが、言葉にすることも、大人になったらみんなできる、というわけではなく、手段として、よりよい活用方法を模索していく、永遠の過程なのだろうと思いました。

    __違和感を言語化しなければ、いつのまにかそれが是とされ、自分も周囲の人間も何となく受け入れてしまう。

    __情報が溢れるこの時代に違和感を覚えるなら、言葉を荒らげるでも、ロをつぐむのでもなく、新しい言葉を探していく態度が必要だと、ぼくは思っている。「今」を表現する適切な言葉がないならば、周りにじっと目を凝らして、言葉を獲得していくことからやり直してみよう。

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    2024年09月07日
  • モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ

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    彼氏じゃないのに彼氏ヅラする男は多い、何かのマニュアルを読んだりして女性の頭をポンポンしたり‥‥男性には読んで勉強して欲しい一冊。

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    2020年04月06日
  • モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ

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    時代が変われば常識やマナーも変わる。
    色んなモヤモヤに共感しながら楽しく読めました。
    どんな時代になってもお互いの気持ちを理解すればモヤモヤが減るかもしれませんがそれが一番難しい行動かもしれませんね(^^;;

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    2019年12月02日
  • モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ

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    いやー、実に、、モヤモヤするねぇw

    モヤモヤしていることを、オレも俺も!モヤモヤしてるんだぜッ!
    …ていう同氏たち向け、

    ところで、サークルクラッシャーのくだりは、割と尺が長めに取られていたが、そんなに必要だったか
    ?
    …というぐらい、割とそこ系の話題には無頓着なもんで。。
    と。思いましたとさ。

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    2019年02月18日