ユクスキュルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人はしばしば、自分が見えている世界を「生物にはどう見えているか(環境)」と捉えがちだが、本書が説くのは「生物は世界をどう見ているか(環世界)」という視点。人の目には部屋の中に机や椅子、本棚が見えていても、飛び回るハエには机の上の皿にある食べ残ししか知覚されていない。飼っている犬には食べ残しの他にも椅子やテーブルといった"座れるもの"が知覚されているかもしれない。さらに人の中でも、読書家であれば本棚は別の色を帯びてみえるかもしれない。
このように似ているようで異なる、生物の数だけ存在する環世界という発想がとても面白かった。
ユーザーであれば使いやすさや工数削減、エラー率を知覚 -
Posted by ブクログ
愛のある日高敏隆の翻訳が素晴らしい。著者のユクスキュルはエストニア出身の動物比較生理学者で、1934年に「動物と人間の環世界への散歩」という原題で出版された。副題の「見えない世界への絵本」が示すように、動物にとっての世界は人間の見る世界とはまるで違うことを科学的な説明とクリサートの絵で巧みに伝えている。訳者の日高は、その動物にとっての世界を「環世界」という訳語を発明して表現した。象徴的なのは第1章で、目が見えず音も聞こえないマダニの生活史を追い、光感覚と嗅覚でその世界が作られていることを描く。さらにマダニは獲物が通りかかるまで時には何年も待つことから、マダニと人間にとっては流れる時間さえ違うと
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Posted by ブクログ
なるほど、生物それぞれが持つ「環世界」という概念。人間の環世界、ダニの環世界、カラスの環世界といったように多種多様な独自の世界があるという考え方に感心しました。それぞれの環世界は知覚も視覚も違けりゃ時間の感じ方にも生物によって違う。またこの概念は実験に基づいた自然的なものから、超自然的な魔術的環世界まであるとの事でそれもまた面白い。さらに人間の中でも、各個人の持つ知識の違いで見える環世界もまた異なってくるといった指摘も頷けた。頁数も少なく、例や図もふんだんに使われているから読みやすかった。
昔の人が(おそらく)人生を賭けた功績を手軽に文庫サイズで手に入れる事が出来るのは、何というか本というもの -
Posted by ブクログ
読み難く十分に理解することはできなかったが、環世界(Umwelt)という考えはとても面白かった。
すべての生物は、自分の感覚器官と運動器官を通して「独自の世界」を構成している。生物が感覚できる環境である知覚世界(Merkraum)と生物が働きかける環境である作用世界(Wirkraum)の両者が繋がり、その生物にとって完結した環世界(Umwelt)がある。
読む中で人間中心主義からの脱却というのがとても好ましく感じた。ヒトが生きる世界もまた一つの環世界にすぎず、その周りにはおびただしい数の環世界が多様に広がっている。
また、環世界を観察する際、われわれは目的という幻想を捨て、設計という観点から動 -
Posted by ブクログ
Audibleで聞いたのですが、ちょっと難しかったです。前知識がなかったので、音だけでは漢字がわからず、意味を捉えるのに難儀しました。
たぶん、聞く読書のあるあるですね。
環世界とは、すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、それを主体として行動しているという考え。
見えている世界が違う。流れる時間が違う。
だから人間の当たり前は通用しない。
かたつむりと人間はそもそも時間の感じ方が違う。
同じ部屋も人間、犬、ハエでは違って見えている。
人間からみると意味がないような、昆虫達のまる見えの死んだふりは、敵の視点からすると、立派に意味がある。
ハチの視覚での形の捉え方 -
Posted by ブクログ
短い中に多くのことが詰まっているように思った。単純に、「他の生物から見たら世界は違っている」ということではないと思う。主観という呪縛のようなものを想像した。生物は脳の外には出られなくて、脳に映る映像を眺めることしかできない。本当の世界について知ることはできないのではないか。
はじめから造語が多いのでそこでつまづいてしまう。環世界という大きな概念は分かるのだが、標識、記号はどちらもsignで分かりづらい。環世界の「環」は知覚と作用の循環のことだろうか。それとも中心となるオブジェクトが知覚できる周り(サブジェクト)を指しているのか。それぞれの単語についての説明がもう少し欲しいところ。訳者の解説 -
Posted by ブクログ
ユクスキュルの「環世界」の話が刺激的で最高だった。ページ数は少ないが、世界の見方を根底から変えてくれる、極めて濃密な一冊だ。
特に、カタツムリの知覚スピードの話が心に残る。
客観的に見ればカタツムリは「ゆっくり」動いている。しかし彼らの主観(環世界)では、世界は人間よりはるかに速い速度で流れているという。
この話を読み、杖をつき一歩一歩確かめるように歩く老人の姿が重なった。
はた目には「ゆっくりとした足取り」に見えても、彼らの内側では、時間は恐ろしい速さで過ぎ去っているのではないか。
客観的な時間など存在せず、生命の数だけ異なるリズムがある。
この本を閉じたあと、身の回りの生き物や人々