佐藤秀明のレビュー一覧
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旅、というかもはや冒険…タイトルだけ見て、勝手に20代からせいぜい50代くらいの方だと思っていた。表紙の写真を見て、あれ…もっと上…?と思いつつペラペラめくって、読み終わってふしぎ新聞を読んでちょっと衝撃。
犬と一緒にイカダに乗る野田さんは、この旅の時点で75歳。その野田さんにカヌーでくっついて行って、写真を撮ってこれを書いた佐藤さんは…1943年生まれ。え、80歳!?計算間違ってる??今、2023年であってるよね??と、若干混乱。自分の思い込みに反省。
つい先日、『40代にとって大切な17のこと』を読んで、私にとって「これをやらないと死ねない」ってことが思い浮かばないな…と思っていたところだった。
野田さんにとっては、ユーコン川をイカダで下ることが夢だった…感想を書くために読み返してみたら、「30年以上の歳月を経て、その夢を叶えようと決心した」というから、40代半ばの夢を70代で叶えたことになる。そして、お亡くなりになる前に、その夢を叶えられたという。鳥肌が立ったのは、部屋が寒いからだけではないと思う。
毎度『たくさんのふしぎ』を読むと「いやぁー、世の中いろんな人がいるなぁー」という薄っぺらい感想しか書けない私。
野田さんは、世界中の川をカヌーで下った方だという。今回の旅もスケールが大きいし、人生そのものが壮大すぎるけど、なんかちょっと「これをやらないと死ねない」というものを考えるきっかけにはなるかもしれない。 -
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■感想
壮大でした。
こんな旅がしてみたいな〜、けど、絶対無理だな〜、というお話でした。
野田さんがイカダでユーコン川を下るお話ですが、ユーコン川は全長3700キロということで、信濃川の約10倍。
そんな旅では、様々な自然の動物が登場してきて、自然の壮大さを感じることができました。
私も、「そろそろ旅にでよう!」と、そんな気持ちになりました。
■内容
カヌーの名人、野田知佑さんが登場。
野田さんは、カヌーの旅には必ず犬を連れて行く。犬とともにいると心が穏やかになるとのこと。
そんな野田さんには夢があり、それは、大きなイカダでユーコン川を下るというもの。
大きなイカダをみんなでつくって、そのイカダで旅に出ます。 -
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美しい月の写真、月に関するさまざまな言葉、そして詩歌。
読み物としてとても面白かった。
月は暦に関わるだけではなく、人に例えられたり、女性のバイオリズムに例えられることも。
気がつけば空に浮かぶ銀の皿。
古来より親しまれたり、神格化されていた月は、季節によっても、天候によっても、さまざまな姿に変わる。
改めてその多様な変化の様子を、言葉から感じることができた。
語源や竹取物語との絡みなど、ちょっとしたエッセイとしても楽しめた。
言葉を眺めるだけで、その凛とした美しさを心に浮かべることができる。
同じ月でも見方が変われば言葉も変わり、昔の人の発想と、言葉の美しさに惚れ惚れとした。
寝待ち月とか、立ち待ち月とか、月と人の関係を表したような言葉が好き。
以前同じシリーズを買って読んだことがあるが、前のシリーズも読み直したくなった。 -
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月の名前のほかに、月を題材にした俳句や和歌、著者による詩とエッセイ、美しい写真が散りばめられた本。
特に印象深かったのは、「有明月」。
国語の授業で習った和歌では、決まり文句のように頻出する上、恋人への恨みがましさや別れの切なさが歌われるので、うんざりしていた。
しかし今改めて解説を読むと、心に沁みる。異名の数をとっても群を抜いており、古代の人が特別な想いを託してきた言葉だとわかる。
月の名前は、月そのものの美しさや季節の風物詩から名付けられたものが多いようだが、「有明月」は、月の姿よりも人の心情の方に思いが至る。
ちなみに、2017年の中秋の名月は、10月4日(水)とのこと。 -
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三島由紀夫の作品を時系列で紐解いた本。
はっきり言います。難しい…。入門とあるが、三島由紀夫を1から知るという本ではない。ある程度の教養が必要な本。
この本は、三島由紀夫の作品を読んでいないと、筆者のあらすじだけだと内容が入って来にくかったのだが、これは筆者のせいというより、三島由紀夫作品が観念的だからだとおもう…。
というか、突飛すぎる?
実は、私も文学史を教えるとき、『金閣寺』のあらすじを生徒に話してたことがある。そのときはうーん、我ながらわかりにくいと思いながら紹介していた。
内面に起こった心情的な変化を観念的に表現しているからか、捉えどころがないのか。
金閣寺に憧れてた男がいる→最後は金閣寺を焼く
ストーリーにするとつまらないなぁと思っていたのだけど、そこに至るまでの描写でなんとなくだが納得できる。
そして三島由紀夫の文体で読むと、よくわからん世界が急に艶っぽくもなり、怪しくもなり、絢爛豪華にもなるのだからすごい。文学は文体に宿るのかも。
とりあえず、あまり知らない作品の論説を読んでもピンとこない。読んだことある作品なら、その作品への想いがグッと強くなるのだが。三島由紀夫をそこそこ読んでるって人に、なぜこの話を書いたのか、そこに踏み込むのにいい本だと思った。
三島由紀夫の作品には、「身を挺して」「悲劇的な」ものがあるとする。「全意味論的欲動」と筆者は呼ぶ。
意味は本人にもよくわからない、なんか身を滅ぼして人が見向きもしない、何かに打ち込むような英雄的な人間でありたい!という思いだと解釈した。
この欲動を基準にして、作品を読むことで、なるほど、三島由紀夫の作家性はここにあったかと納得できる。
当時の小説作品と比べ、三島由紀夫の作品の新しさや世間の反応、何が描きたかったのかといったテーマ性など、作品を知っている方が楽しめる本だと思う。
三島由紀夫の最期について詳しく知りたいといった人は物足りなく感じるかもしれないが、割と幼少時代から、切腹に類することへの欲望みたいなものが垣間見える。本作を読んでも思想的な部分ではなく、価値観として、「身を挺して」「悲劇的な」ものへの憧憬や欲望的なものとして落とし込んで考えたら割腹自殺については通じるものがあると感じた。
まあ、それでも謎は残るのだけど。
一貫して「全意味論的欲動」ってものに一度立ち返って考えれば、三島文学の根底にあるものは見えやすくなったように思う。今年は近代文学ももう少ししっかり読みたいと思っているため、再びこの本に戻ることもあるかも。
個人的には『仮面の告白』がどこまで三島自身を投影しているか、同性愛的要素の話などは興味深かった。