中村桃子のレビュー一覧

  • ことばが変われば社会が変わる

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    中村桃子先生に人生を変えられた身として楽しく読んだ。営業職で「他人のパートナーを何と呼ぶか」は問題になる機会が多く、本文にあった通り「パートナーの方」だと顧客側に怪訝な顔をされることもままある。私自身は己を「奥様」と呼ばれることにも夫を「主人」と呼ぶことにも全く抵抗がないが、家父長制に由来することばすぎるので忌避感を覚える人もいるだろうというのは自然なこととして納得できる。正解はない、豊かな選択肢から選ぶことができるのだから使い手で変えていける、というのは、まあ、それはそうであるが、「セクハラ」のような物事を形容する言葉や「女子」のようなある種のエンパワメントを含む言葉と違って「他人の配偶者」というできる限り失礼のないように対応したい相手への呼称を選ぶというのは確かに日本人的感覚だと難しいと思う。ちなみに私は「ご家族様」で解釈の余地を持たせるか、「ご配偶者様」とするかしている。

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    2026年01月17日
  • ことばが変われば社会が変わる

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    てっきり国語的な新書と思ってたが、LGBT等の社会問題の新書だった。
    セクハラ、同性婚、LGBTQ、主人、旦那、奥さん、、、
    ことばがなければ、差別を受けもやもやしても自分一人の問題で終わってしまう。
    それが言葉を得ることで、訴えていいこと、と気づく。闘える。
    ・・・ほんとは違う意味でも無理やり押し込むリスクはあるけど、
    少なくとも弱者はそれで救われる。
    そういう側面の言葉と、「主人・奥様」はまた別の問題。
    私も、podcastでいい情報を提供してくれるランナー女性が、夫のことを「主人」
    というのだけはもったいないなあ、という気がしていたので、納得がいく。
    その女性はバリバリ仕事もしていて、独立しているのだから、「主人」なんて
    言わないほうがいいと思うんだけど、、、
    そういう意味を持つ言葉だ。「嫁」もそうだ。今はそういう時代じゃない。
    妻でいい。

    そうした、性差別に関する言葉を取り上げた新書になっていた、

    第一章 「セクハラ」は社会の何を変えた?
    …新しいことばは新しい考え方を提案する
    第二章 戦略としての「あえて」と「ラベル」
    …意味をひっくり返したり曖昧にしたり
    第三章 流行語「女子」がもたらしたもの
    …ことばの普及は思わぬもの同士を繋げていく
    第四章 “girl power” はなぜズレていったのか
    …新しいことばに抗うかのような社会の視線
    第五章 誰が意味をはがされるのか
    …名前を呼ぶ人と呼ばれる人のあいだの権力関係
    第六章 「ルール」を優先してしまう私たち
    …「大谷翔平の妻」を日本のメディアは何と呼んだ?
    第七章 「パートナーの呼び名問題」解決編
    …「正しい日本語」を話したい気持ちをのりこえる

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    2024年10月19日
  • ことばが変われば社会が変わる

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    中村桃子先生の社会言語学の本。
    タイトルは「社会が変わればことばが変わる」ではなく『ことばが変われば社会が変わる』

    全体的にとても良く練られた構成で、章末には振り返りと次に考えることが示されていて非常に読みやすい。計算され尽くしている印象。

    内容はジェンダー関係の問題とことばの関係を様々な視点から読み解いて行くような進み方。前半は特にジェンダー関係のことば問題が多くを占めていて、ことばの本なのを忘れてしまいそうなほど。
    考えての上だと思うけれど、たまに著者本人の個人的な感情がポロっと書いてあったりして親しみやすい。
    言語学も社会学も言葉が…単語が難しい。でもこの本は、新しい概念は出てくる前に説明があるので安心して読めます。
    生活の中でのことばの問題に感心がある方には是非ともオススメしたい一冊です。

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    2024年09月22日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    p4
    「ことば」には、内容を表現するだけではなく、話している人同士の関係を作り上げて、各々の話し手のアイデンティティを表現する働きもあるのだ。

    コミュニティによって話し口調が変わってくるのはこれが大きいのだと思った。日本語という枠組みの中で言語化し、話し相手によって伝え方や表現方法、助詞の使い方まで細かく変化する。振り返ってみると、自分も相手によって無意識に(意識的な部分もあるが)話し方を変えている。何気なく使っていることばも、自身のアイデンティティ形成やコミュニティにおける位置付けに大きく影響するから、広義の意味でことば遣いには気をつけていきたい。

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    2022年10月23日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    面白かった。
    もう一度、じっくり読みたい。
    言葉とアイデンティティの分析について、アニメや報道などの例をもとに解説されていて分かりやすかった。当たり前に使っていた言葉が実は、私達のアイデンティティに結びついている。

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    2021年10月05日
  • 女ことばと日本語

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    日本古来の文化かのように語られている女ことば。その「伝統」はどのように作られていったのか、言語学者が具体例を挙げて解明していく。


    女性らしい言葉遣いを指南する本自体は鎌倉時代からあり、儒教の思想を下敷きにしたものだったという。はじめは「女は余計なことを話すな」とはっきり男尊女卑を打ちだしていたのが、徐々に「男性から求められる女性になりたくば、しとやかな言葉遣いを」という言説に変化していったという。とはいえ、それは輿入れに人生がかかっている貴族や武家の女性たちの規範であり、近世以前は階級と地域の違いに依拠する言葉遣いの差のほうが男女間のそれよりもずっと大きかったのである。
    しかし明治期に入り、言文一致運動と共に女性が男性と同じく教育を受ける学生になったときに転換点が訪れる。同時発生した「書生ことば」と「女子学生ことば」を取り巻く言説の差異を、本書は丁寧に追っていく。女子学生の言葉遣いは当然書生(男子学生)を真似たものも多かったが、「てよ」「だわ」「なの」などの語尾は女子のコミュニティから自然発生してきた。21世紀の日本人がまさに女性らしい言葉遣い=「女ことば」と見なしているこれらの語尾の流行は、当時新聞で「女子学生の言葉遣いが乱れている」と嘆かれていたという。
    "乱れている"が"新しい"女性の話し方は、当時の翻訳者によって西洋の女性の話し言葉を訳す際に流用された。そして現在に至るまで、最も典型的な女ことばを話すのは翻訳小説のなかの女性たちである。また、良家の出身である女子学生が恋愛に溺れ、没落するという筋の小説が流行した。そのなかにはポルノグラフィーも含まれ、男性にとって好ましいフィクション内で女性が喋る「女学生ことば」(≠女子学生ことば)が作りあげられていく。
    その後は戦争によって家父長制が強化され、男女の役割が明確に分別されていくなかで、子どもを産み育てる女性は「真に日本人らしい」言葉遣いをすべきだとされていく。そこで女性にふさわしい話し言葉として選ばれたのは女学生ことばだった。「女ことば」の規範は大東亜共和圏構想によって東アジアの人びとへも押しつけられていく。かつて西洋人女性の話し方を翻訳するのにふさわしいと考えられていた口調が、「美しい日本語」として植民地教育に用いられたという皮肉。
    しかしその構造に鈍感な人ばかりだったわけではなく、戦後すぐに女性の話し方を社会的にコントロールしようとすることは男女平等に反しており、女性を縛っているという批判が学者からでていたというのは驚きだった。しかしそれは「女ことばは女性本来の優しい気質から生まれた伝統である」という印象以上の何物でもない言説にやりこめられてしまい、現在まで「女ことばの伝統」は語られ続けている。
    本書によって明らかになるのは、「女ことば」は人工言語だということだ。女性同士のコミュニティで生まれ、使われている言葉遣いはある。だが、そこから他者にとって好ましいものだけを抜きだし理想化した時点で、ことばは話者の手を離れている。同じことは「国語」としての標準語にも言える。方言があり、階級差もあるなかで「東京の学問をやっている中流以上の男性のことば」が「標準語」に選ばれた。その過程で周縁としての「女ことば」が確立されたのである。
    映画や小説の翻訳で多用される女ことばに長らく違和感を抱いていた私の疑問に答えてくれる、そのものずばりの一冊だった。この本を読まずに女ことば問題を語っていた過去の自分を怠慢だと感じるくらい。やはり翻訳物の女ことばは、キャラクターとして強調したいのでないかぎり、前時代的な社会規範の再生産になってしまうのではないかと改めて思う。

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    2021年04月03日
  • ことばが変われば社会が変わる

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    P.5
    言語が社会を構築する

    P.9
    言語学変化→社会言語学的変化
    言語が変化することで社会がどう変わる?

    P.34
    セクハラの意味を変える報道。セクハラは女性の責任、というものと、セクハラは大したことでない、というもの。

    P.41
    女性社員を女の子と呼ぶことは、女性は子どものように半人前だという考え方を共有させる。

    P.42
    イケメン、は男性の客体化。

    P.49
    買春は、買う人の問題にした。児童買春児童ポルノ禁止法の成立へ。

    P.51
    男になる、は性交経験と能力や可能性の証明。
    女になる、は性交経験や初潮等などのみ。

    P.66
    セクシュアリティは両脚ではなく、両耳の間にある。

    P.91
    女子は自分を喜ばせる新しい女性像
    間言説性による社会の構造変化

    P.95
    防災女子の会→あっ、

    P.100
    行動する保守、公の場で他者を攻撃することと、伝統的女性観を女子という言葉でラッピングする。

    P.107
    新自由主義の説明。民営化や規制緩和により労働者の権利や福祉が弱まる。その結果、社会的連帯よりも自己責任な個人主義が優位になり競争が常態化する。競争によって高まる不安は、伝統的な家族や国家、女らしさや男らしさの復権を唱える保守的言説に結びつく。

    P.109
    女子力の問題。個人間の競争が強調され、連帯が難しくなる。女性の生きづらさが個人の問題となり、社会システムの問題として議論できなくなる。

    P.110
    ミュゼプラチナム、女子に、ちからを。

    P.128
    名前を剥ぎ取られる経験。
    フランスでもあったなぁ。アフき、など。

    P.192
    名前、呼び名を決めてもらいたい。

    P.198
    伊丹市のガイドラインではご主人、奥さんを刊行物で使わないらしい。

    P.203
    社会にパートナーの呼び名が複数あるのが良いのではないか?という中村桃子さんの考え。


    自認〇〇、地雷系、飯テロ、麻薬卵、〇〇難民、は意味が漂白されているからok?

    訴えることで社会が変わるというメカニズムをフーコーが言っていることが面白い。
    "配慮"によって主語が生まれる。思いやりとか、リーズナルアジャストメント。合理的調整を使っているかも。
    帰宅難民、脳死で(何も考えずにやる)、とか。コミュ障って違和感?
    人権武器。
    ネットの隆盛?→TVだと制限がかかっていた。
    queerとか。悪い意味がいい意味になったり、取り戻したり。
    変態、やばい、いいとか。
    パートナーを呼ぶ、丁寧な言い方は?

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    2026年06月05日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    社会言語学の入門書という位置付けであり、それはその通りなのだが、ジェンダー関係の話が強い。著者の一連の著作から、そこを期待して読んだので、個人的には期待通りの内容。
    ジェンダーの話が強いとは言え、ジェンダー一辺倒ではなく、名前や呼称、そして敬語を通じて、社会の中で規定される言葉の意味について分かりやすく書いてある。少し難しいと思われる概念も丁寧に説明されており、(ジェンダー論や社会言語学の)入り口としては十分だろう。
    個人的には、フィクションにおける呼称について、そして、少女の学校コミュニティでの呼称の揺れなどについてはとても興味深い読んだ。これらのトピックについて知りたくなる、という新書の役割も十分に果たされている。

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    2025年02月24日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    「女ことば」と「女らしさ」という、ジェンダーの側面からも興味があって本書を開きましたが、「ちくまプリマー新書」という中高生に向けた入門書というレーベルの特徴を活かした、非常に読みやすい書籍でした。

    私たちが日ごろ、特別に意識せずに使っている様々な「ことば」が、自身のアイデンティティを表現する手段であったり、相互の人間関係を確認するための手段であったりする、という指摘は改めて明文化されるといろいろと気づかされる部分が多かったように思います。

    「方言」や「オネエことば」という名前を付けて他と区別する、ということが、(明確には意識されていないが)「当たり前」から逸脱した「異常」なカテゴリであるということを暗に示すものであるということにも気づかされますし、いろいろなエピソードを通じて「言語学」「社会言語学」という学問の面白さに触れることができる本だと思います。

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    2023年02月24日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    新学期、小学生のランドセルは男の子が黒、女の子は赤、というのは古い話で、今はどんな色を選んでもいい、という話を聞きました。少しづつ、ジェンダーの問題は普通の暮らしの意識改革を進めているのでしょう。ランドセルだけでなく、先生も「〜くん」「〜さん」の呼び分けはやめ、一律に「〜さん」統一しているらしいです。アイデンティティって、ランドセルを何色選ぶかという自分の選択と先生にどう呼ばれるかという社会からの圧力の狭間で揺れ動いていくのでしょう。この新書の帯にあった『なぜ小中学生女子は「わたし」ではなく「うち」と言うのか?」という惹句に惹かれて手にしました。この問題に関する著者の見解にも、なるほど!という説得力がありました。いま社会と個人の関係を「言葉」というテーマで整理し、自覚することはとても大切だと思いました。なるほど!を自覚することで自分の無意識のバイアスを避けることが出来る、という最低限のルールにも繋がるはず。さらに、仮想空間(メタバース)がもし進展したら、その場における「自分らしさ」の設定という行為は誰にとっても必要なものになるような気がします。平野啓一郎の分人という考え方、いよいよ前景に出てきたようです。それにしても社会言語学、面白いです。

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    2022年04月11日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    第5章までは、多少論理的な概説だと感じていたが、第6章の「方言」と第7章の「女ことば」では興味ある論考が見られた.文化人類学者のエリック・ホブズボウムらの指摘を紹介している."伝統とは、その地域に長くあるから伝統なのではなく、歴史的につじつまの合う過去との連続性を築くことで、「創り出される」.(p203)" さらに、「女ことば」についてつぎのような論考を示している."「女ことば」とは、女性が使ってきた言葉づかいではなくて、その時々の日本の歴史や政治の中で、人々が「女性」に望むすがたを、ことばの側面から女性に押し付けてきた「概念(イデオロギー)」なのだ.(p205)" 某保守政党の輩が、"伝統的な..."と宣うことを聞くが、"作り出された"との認識を持ってほしいものだ.

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    2021年10月29日
  • 女ことばと日本語

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    小説読んでいて、「そんな話し方する?」と思う違和感が満載な時がある。
    「そうだわ。いいえ違うのよ。よかったことね。」

    言わない、言わない。オネエ言葉にも違和感。
    女学生言葉。昭和一桁生まれの義母がこんな話し方だったと子どもに指摘された。
    確かに元女学生。

    女学生言葉の来歴を知ることとなり、戦時中の国策的なことなど複雑だ。言葉は多少、性格や行動にも影響を持つと私は考えているので、あまり使われて欲しくない。

    英語で小説など読むと話者が誰だか迷子になることがあって、男女で話し方が違うのはある意味便利なのか。
    老人の「そうじゃが、あるんじゃよ。」みたいなのもやめてほしい。そんな話し方するご老人、お目にかからない。翻訳者の皆様。

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    2021年07月09日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    ことばの使い方によって、他者との関係が構築できるし、距離感もつかめるという。ホントだ。特に女性の言葉づかいに関する考察には、著者の意気込みを感じる。ここを言いたかったのだろうなぁ。確かに「女ことば」「オネエことば」はあるけど、「野郎ことば」ってないもんね。

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    2021年07月07日
  • 女ことばと日本語

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    本書を読むまでは、日本語の「女ことば」が自然発生的に生まれてきたものだと思い込んでいたが、それがきわめてナイーヴな考えであったことを知った。序章の例にあげられているように、現在もっとも典型的な「女ことば」は、翻訳書の女性言葉にこそ見られるものということになるようだ。例は『ハリー・ポッター』のハーマイオニのセリフなのだが、言われてみるとたしかに誰もこんな話し方はしていない。「言語イデオロギー」から「隠された男性性」、果ては天皇制へと論は展開するが、本書は言語学の立場からのジェンダー論として、きわめて示唆的。
     しいて難を言えば、「女ことば」の将来像の展望がなかったこと。

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    2014年04月19日
  • 女ことばと日本語

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    「女ことば」の歴史なんて、今まで知らなかったから、すごく面白かった。

    特に、「てよ」「だわ」という言い回しが昔は下品な言葉使いとされてたなんて、ビックリ!

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    2013年02月11日
  • 女ことばと日本語

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    目からうろこ的。
    逆転発想。
    強引であっても、解答がちゃんと用意されているのがいい。
    あるいはそうかもしれない。
    あるいは、まだまだ未熟な理論かもしれない。
    でも、すとん・・・とおちる理屈に完敗の気分。
    読んでいて、楽しいと感じた。
    ジェンダー視点はいつも楽しめる。

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    2012年09月26日
  • 女ことばと日本語

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    例示がうまく行っていないように思う。例が必ずしも筆者の説を説明していない。一事で万事を言っているところもある。
    また、支配という語の主語が不明で意味が取れない。というか、全体的に主語が欠けているところが多い。集団が個人のように考え、行動したように言っているところがあるが、よいのか。
    読みにくい。

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    2012年09月23日
  • 「自分らしさ」と日本語

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    プリマーなので平易でわかりやすい。
    女言葉って不思議だよね。
    あと「社会人」ていう単語は日本語特有なんだとか。なるほど。

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    2026年09月26日
  • ことばが変われば社会が変わる

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    本作品で帯にもあり、気になっていたのが他人の配偶者をどう呼ぶかという問題です。

    「ご主人・奥さま」?「夫さん・妻さん」?――ひとの配偶者の呼び方がむずかしいのはなぜ?
    この問題は第六章にて検証されていますが、全てがどんなパートナー関係を思い浮かべているかで大きく変わってくるということです。なかなか一筋縄ではいかない問題であることが、今回もはっきりしました。

    そのほかにもことばが変わることにはどの社会でも強い抵抗があること。「伝統」や「習慣」をカラッと転換させるカタカナ語の力。
    「男になる、男にする」と「女になる、女にする」の使い方の深い意味。
    日本人は意外に真面目で「正しい日本語を話したい」と考えてしまうこと。既存の価値観がすべてではないことなどが興味深い内容でした。

    久しぶりに教養新書を読んで、小説とは違う感覚を楽しみました。

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    2025年01月01日
  • ことばが変われば社会が変わる

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    女、女子、女の子、女性の違いは?
    他人の妻や夫をなんと呼ぶ?夫さん妻さん?ご主人?奥様?社会と言葉の関係について述べた本。

    「ことばを変えることは、物事を理解する別の視点をもたらすという形で間接的に社会変化をもたらす」

    という考えを根底に、さまざまな具体例をあげて展開される。

    明治時代から昭和初期まで最も頻繁に使われていたのは「夫」であり、「主人」が一般に使われるようになり国語辞典に「妻からの呼称」と掲載されるようになったのは、戦後以降だということは知らなかった。

    夫ー働き手、妻ー専業主婦 のモデルが一般化したのは戦後以降にもかかわらず日本人の多くはこの家族形態が伝統的なものであると勘違いして社会の仕組みを作ってきた「近代の伝統化」に通じるものがある。

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    2024年11月18日