金治直美のレビュー一覧
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アイヌの人びとは、おもに北海道を中心として、南樺太や千島列島、本州の東北地方で生活していた先住民族。
アイヌの人びとは、和人をシサム(隣人)と呼んできたが、和人はアイヌの人びとを、15世紀ごろから江戸時代、明治、大正、昭和に至るまで偏見と差別にさらしてきた。
もともと、アイヌの人びとは、さまざまな地域・民族との交易を行っていたが、それを禁じ和人が独占できるようにし、それがどんどん不平等なものになっていった。
更に、アイヌの人びとには、土地の売買という習慣がなく、また文字も持たなかったので、契約書などを読むことができなかった。そこにつけこんで、さまざまな規則や条例を作り土地を取り上げてしまった。
また、日本語を使うことや日本名を名乗ることを強制した。
このような、アイヌの人にとって厳しい時代を生きてきた主人公・地里幸恵さんは、言語学者・金田一京助との出会いによって、このままでは消えてしまうであろうアイヌの言葉や語りつがれてきた物語を後世に残していくことが自分の使命だと取り組みます。
日本語には無い発音を表記するためにローマ字を使うことや、より読みやすく親しみやすいものになるよう日本語訳を練り上げました。 -
Posted by ブクログ
明治36年に北海道のアイヌの娘として生まれて、口承文学だったアイヌの物語を書いて本として残した知里幸恵の伝記。
アイヌ民族は、北海道を中心に生活していた日本の先住民で、日本語とは異なる独自の言語を持っています。日本語を話す大和民族(和人)をアイヌの人たちは、隣人と言う意味のシサムと呼んでいたが、和人は、15c頃から、江戸、明治、大正、昭和まで、偏見と差別にさらしてきた。アイヌの人々は、文字を持たない。口伝えで物語を楽しんできた。幸恵の生きた頃も、アイヌの人達は、日本政府や和人から差別されていた。
学校でも、アイヌの人たちは差別に会う。小学校では先生でも差別する人がいた。
女学校の2年生の時に、言語、国語学者の金田一京助と出会う。交流が始まる。金田一のアイヌの伝承文学はすばらしいとの言葉に、幸恵は喜ぶ。それから、金田一と幸恵の交流が始まり、やがて、東京の金田一の家庭で本の出筆を始める。しかし、出版される前年に、心臓が悪かった幸恵は亡くなったかしまう。19歳だった。
アイヌの人たちが長らく差別されていた事が、悲しく苦しい。体が弱いながらも、勉学に励み家族と離れて旭川の母方の伯母マツと祖母モナシウクを助けた。根性がありすぎ。また、曾太郎と恋に落ちて、婚約までするのも、
早死にしたのは本人も周りも悔しかっただろうが、すばらしい人生だったのではないか。 -
Posted by ブクログ
これは伝記あるあるだと思うのですが、今回も
裕福な家に生まれた
ということが冒頭から示され、またか、と一瞬閉じかけました。
それでもなんとか読み切りましたが、常に
「裕福だからこんなにも手をかけてもらえて、幼少期の命の危機も乗り越えれたんですね
お金の心配がないから教育もしっかり受けさせてもらえたんですね
何より自分の人生を犠牲?にしてまでも献身的に支えてくれる人々(主に女性)のおかげで、名を残せたんですね」
という感覚が抜けませんでした。
戦時下ではお金に困り寄付に頼るという場面もありましたが、そこまでたどり着けたのは
親ガチャに成功したから、お金の心配をせずにとりあえず前に進もうと思える環境があったからだと複雑な気持ちになりました。
本人の語りではないからかもしれませんが、その辺りへの言及が少ないように私には感じられました。親や環境への感謝が少ないというか、本人の手柄だと強調されすぎというか。
この方の行いが素晴らしいことに変わりはありませんが、結局名を残すのは実家の太い男性か
という何ともいえない読後感を味わいました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ内容は一言では表せない。こんなことがあったのかと衝撃を受けた。わたしはこの時代に生まれてきてよかった。毎日の安全と美味しいご飯と優しい(?)両親。あの頃はそれはとても幸せなことだったのだろうか。そして珍しかったのかもしれない。マイヤもその優しい素敵な親を奪われ、父は殺され、母はボロボロになって帰ってきた。幼かったマイヤは、母をどんな心情で迎えたのだろう。そして、あの日々、何を考えて生きていたのだろう。秘密警察に監視される日々は幸せだったのだろうか?色々な疑問が湧いてくる。
この内容は文章だけでは読み難かった。かわいい挿絵で心を和ませながら読まないと、心が壊れそうだ。読むにつれて胸が痛くなったけれど、ハッピーエンドで終わったので本当に安心した。私はこの幸せを噛み締めて生きようと思った。