ルイザ・メイ・オルコットのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
この物語を知ったのはいつなのか、本で読んだのか、アニメを見たのか(昔、世界名作劇場でアニメやっていましたよね~。年齢がバレちゃう話題かしら~)、全く記憶にないけれど、「赤毛のアン」と同じくらい、ずっと”知っている”作品だったと思います。でも、”知っている”だけで、実はよく読み込んではないし、メグ、ジョー、ベス、エイミーという名前くらいしかパッと思い出せないので、いつかきちんと読んでみようと前々から思っていました。調べてみると、第四若草物語まであることがわかりましたが、名作あるあるで子ども向けのものから大人が読むようなもの、翻訳も色々な方がされているようで、いざとなるとどれを購入すべきか悩んで、いつの間にか時が経っていました。
そんな時、ジョーを主人公にした映画「ストーリー・オブ・マイライフ」を観て、やっぱり本を読もうと購入したのが本書です。決め手は装丁の可愛らしさと、第一だけでなく第二若草物語まで一緒になっていることでした。映画を観てからだいぶ経ちましたが、やっと読み終わりました。
有名な物語ですから、ストーリーにはもう触れませんが、これは四姉妹の物語のようで、私にとってはやはりジョーの物語でした。南北戦争の頃のお話ですから、時代錯誤なところもあるとは思いますが、マーチ家のキリスト教に基づいた「隣人愛」は徹底していて、「自己責任」といった言葉などで少し窮屈な今の日本社会に足りないものがところどころに見え隠れする物語でした。
ローリーやエイミーがしばらくヨーロッパに滞在し、芸術と向き合う期間があるのですが、マーチおばさまやローリーのおじいさまが大変裕福であるという前提がないと成り立たないところで、どれだけ裕福なのか、そのような親戚がありながらマーチ家はどちらかというと貧しいという書かれ方をしていて、ちょっと腑に落ちないところはあったのですが、その頃のアメリカの文化や時代背景を知らないと納得できないところかもしれません。
第二若草物語のラストのジョーの決断は、昔は知らなくて、映画を観て知ったあらたなジョーの物語でした。ジョーらしい道で、ジョー推しとしては嬉しかったです。
自分の子どもたちにも一度は読んで欲しい名作だと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ四姉妹のキャラが立っていて良かった。
お姉ちゃんについていきたがる末っ子とか、末っ子に甘い長女とか、姉妹あるあるが時代も国も超えて共通だったw
人間模様や展開が気になってずっと見ちゃうドラマ感覚。
全体的に道徳心というか、聖書の教えが大事にされていて、それを守って美しく成長していく姉妹たちが描かれている。
聖書を教えを守って、すると報われて、クリスマスで奇跡が起こる。のアメリカ感が良い。
リアルな感情を持った生きた姉妹たち。聖書の教えを大切にする、貧しくても清らかに生きる姉妹たち。このバランスがちょうどよく美しかった。
印象に残ったのはジョーが髪を切ったシーンと、エイミーが学校の先生に厳しく咎められるシーンと…たくさんある!それぞれの姉妹に印象に残ったシーンがある。四姉妹とも主人公なのが良かった! -
Posted by ブクログ
150年以上前の作品なのに、今も愛される名作。
あまりにも有名すぎて、ちゃんと読んだことがなかったかも。
2019年に谷口由美子さんの翻訳で出された本。
美しい装丁で、手に取るだけでワクワクする。
1と2が一緒になっていて、本の分厚さとページの薄さに読み切れるかちょっと不安…
なんて思ったけれど、ハイペースで読み切ってしまった。
文章がとてもストレートで素直。1テーマが20ページ前後とみじかくてサラッと読めてしまう。
四姉妹のひとりひとりが主人公に変わっていくので、変化がつく。
そして、四姉妹と父母の家族の愛、お隣のローリーやローレンスさんとの家族ぐるみの交流があたたかい。
150年前の作品だから「男性は女性はこうあるもの」という、今の時代に口に出したら<差別的>と言われかねない価値観も、作品のなかでは美しさすら感じる。
きっとそれは、次女ジョーが生き生きと描かれているからだろう。
活発で感情をそのまま出し、ときに癇癪をだすような男の子みたいなジョーも、父母からありのままの彼女を受け入れてくれているから。
そして、彼女を認めつつも感情を抑えることも大切なことと諭すのは出来た親だから。
同じく、昔の作品は宗教色がつよく出がちだけれど、思っていたより控えめ。この作品では、お父さまが牧師であっても、姉妹たち個人を尊重してくれている。
それが時代をこえて愛される所以なんだろう。
美人できれいなものが好きな、長女メグ
活発で聡明な男の子ようで小説を書く 次女ジョー
控えめで、家事やピアノを愛する 三女ベス
絵がじょうずでレディにあこがれる 四女エイミー
みんなが自分の幸せをみつけようとする。
1…少女時代
2…(3年後の)青春編
まだ、3と4があるらしい。彼女たちの人生に寄り添いたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレメグは夫のジョンと二人の子と幸せな家庭を築く。
エイミーはおばさまの付き添いで長期ヨーロッパ旅行に。かねてからの念願だった。
ローリーからアプローチされたジョーは、ローリーと距離を置くためもあって、ニューヨークに家庭教師として赴く。
ニューヨークでジョーは、ドイツから来ているベア先生と出会う。
ジョーがニューヨークから戻り、大学を卒業したローリーはジョーにプロポーズ。ジョーははっきりと断る。ローリーは失恋。ヨーロッパに傷心旅行に。
ローリーはエイミーとヨーロッパでロマンス。
ベスは病で亡くなってしまう。
エイミーとローリーがアメリカに戻ってくる。
ベア先生が訪ねてきて、ジョーにプロポーズする。
マーチおばさまはジョーに自宅を遺す。その場所でジョーとベア先生は学校を開く。 -
Posted by ブクログ
以下、引用。
「まあ、土曜の夜にはみんな、遊んでばかりで働かないことが、働いてばかりで遊べないのと同じくらいつまらないということがわかると思うわ」
「家事っていうのは遊びごとなんかじゃありませんよ」というハンナの口癖が真実であることに気づかされた。
「でも、かぶってく! これって最高だもの。日よけになるし、軽いし、大きいし。それにおもしろいじゃない。笑われたって平気、自分が快適だったら」
イギリス人たちはなかなかうまかったが、アメリカ人のほうがもっとうまかった。みんなは、まるで一七七六年の独立戦争時の亡霊が乗り移ったかのように激しく競りあった。
「あなたのお城には、馬とインクスタンドと小説しかないんでしょ」
「でも自分のお城に入る前に、何かすばらしいことをやりとげたいな。感動的というか、つまり人が感嘆するようなことをねーわたしが死んでからもずっと忘れられないようなこと。」
この屋根裏部屋のジョーの机は台所で使っていた古いブリキ製のオーブンで、それを壁に留めて使っていた。その中に原稿用紙や本などを入れていて、ネズミのスクラブルの被害に遭わないようにしていた。
「だれかがきみを連れ出しに来るとしたら…、それだったら、いいんじゃない?」
「そんなことする人の顔を見てやりたい」ジョーは荒々しく叫んだ。
「ぼくも見てみたい!」ローリーは、その場面を想像して、くすくす笑った。
彼は、自分の作戦に大満足だった。というのも、髪をふりみだし目をぎらつかせ、真っ赤な頬で息を弾ませてゴールしたわがアタランテ姫(自分と競争して勝った者の妻になると言ったギリシャ神話中の人物)の顔には、もうさきほどのような不満の色はまったく見られなかったからだ。
「いまどき、そんなふうに財産を残せる人なんかいないのよ。男の人は働かなくちゃいけないし、女性は、お金のために結婚するんだわ。世の中、とんでもなくまちがっているのよ」メグが苦々しく吐き捨てた。
「ジョーとわたしで、みんなのために財産を作るわ。一〇年、待ってて。きっとできるわ」部屋の隅で粘土の小鳥や果物やお面(ハンナに言わせるとぜんぶ「泥まんじゅう」)を作りながら、エイミーが言った。
「心なんかなければいいのに。だって、こんなに痛いんですもの」しばらくして、メグがため息をついた。
「こんなつらいことがしょっちゅうあるんだったら、わたしたち、人生をどうやって生きていけばいいんだろ?」ジョーも沈みこんで姉の言葉に答えた。
「うーん、わたしがメグと結婚できたら、家に大事にいさせてやれるのになあ」
「でも、わたしの経験から言うなら、ほんとうの幸せというものは、毎日の食事がきちんとできる程度の家庭にこそあるのよ。多少の不自由があってこそ、わずかなたのしみが大きな喜びに変わるということ。」
-
Posted by ブクログ
子供向けの本を持っていて飽きるほど読んでいるんですが、『ストーリー・オブ・マイライフ』公開記念に再読。
あらためて読んでみると、姉妹の「いい子にならなきゃ」オブセッションとか説教じみたお母さまの話に怯みますが、オルコットの父親が教育者であったこと、ピューリタンであったことなどを考えると、実際にこういう教育を受けて育ったんだろうと思われます。
私の持っていた子供向けの本ではピクウィック・クラブやキャンプ・ローレンスの話は省略されていて、中学生ぐらいのころに全訳に近い版も読んだ覚えがありますが、キャンプ・ローレンスについてはまったく記憶なし。メグがブラック先生とともにドイツ語の詩を読む場面とか、ちょっとびっくりでした。
(『ストーリー・オブ・マイライフ』だと海辺のシーンになっていて、のちにエイミーの恋人となるフレッドが登場してます。)
1868年という時代を考えると、ジョーの考え方は進歩的で、それを容認しているミセス・マーチもすごい。
この本が子供時代の私に与えた影響ははかりしれないのですが、今の女の子たちははたしてこういう少女小説を読むのでしょうか。子供向け文庫もライトノベルみたいな表紙ばかりでうんざりするんですが、そんななかでバーバラ・クーニーの版画のかわいらしさにホッとします。
以下、引用。
ベスは自分のひざもとにあるジョーの乱れた髪をなでてやったが、その手のやさしさは、世界中の皿を洗い、世界中を掃除しても損なわれるものではなかった。
猫背に大きな手足、服にからだが合っていない様子の、どんどん大人の女性へと成長していく少女のぎこちなさが見られ、そのことも、本人は気に入らないのです。
笑いさざめき、キスを交わしあって、プレゼントの説明をしあう、このような質素ながらも愛に満ちたやり方は、家族行事をとてもたのしいものにしたし、ずっと後々までもたのしい思い出として残るものだった。
メグが駆け上がると、ジョーは、日当たりのいい窓辺に置いた、脚の一本欠けた古いソファでキルトのかけぶとんにくるまり、リンゴをかじりながら『レッドクリフの世継ぎ』を読んで泣いていた。
「さあ、何を着ようかしら?」
「そんなことを聞いてどうするの。ポプリンのを着ていくに決まってるじゃない。だって、ほかには何も持ってないんだから」
メグが前髪をカールさせたいと言うので、ジョーが引き受け、紙でくるんだ小さな髪の房を熱いコテではさんで巻いてやっていた。
ふたりとも「エレガントにあれ、さもなくば死を」という心構えであった。
ふたりはそれを「お母さんごっこ」と呼んで、まだ幼いながらに母性本能を発揮して、捨てた人形の代わりに今度は妹たちをかわいがっていた。
「だって、結局、お金持ちだっていろいろと悩みごとがあって、それは貧乏人と同じなんだと思うもの」
「…だからあの人、あんなにきれいな黒い瞳をしていて、礼儀正しいんだわ。イタリア人ってたいていはいい人よ」ちょっとロマンティストのメグが言った。
悪い考えや感情はすぐに捨て去らなければかならずそうなってしまうのに、ジョーは自分の怒りがだんだん強烈になるまで温めてしまい、とうとうその怒りにとりつかれてしまったのだ。
イヤリングは、オルタンスが目立たないようにピンクの絹糸で、耳にかけるようにして留めつけてくれた。
「あなたたちが幸せで、愛され、満足して暮らせるのなら、自尊心も平和もなくした女王さまになるより、貧乏人の奥さんでいてくれるほうがよっぽどいいと思うわ」
「そうね、ジョー。不幸せな妻や、結婚相手を探しまわるはしたない娘になるより、幸せな独身女性のほうがよほどいいわね」
「いいね、いいね!」ジョーはそう叫ぶと、寄りかかっていた古い柄つきあんか(ベッドを温める器具)の柄で床をトントンたたいて盛り上げた。
-
Posted by ブクログ
動く絵画のような、枯れない花のような物語だった。
愛は惜しみなく与えるもの、いつも心に光を灯すこと、経験を恐れないこと、笑顔を忘れないこと。どんな選択にも優劣はなく、どんな人生もそれぞれに素晴らしく、認め合うこと。
読み終える頃には姉妹がまるで友達のように心にいた。
個人的にはやっぱりジョー贔屓で読んでいたけど(望んで選んだ人生なのに自分だけが取り残されていくような寂しさ、まじでそれなジョー!)姉妹はみんな魅力的だった。ベスのようなキャラクターに弱い。
そして姉妹の人生もそれぞれに、切なさ苦しさを丸ごと愛に変えてしまうローリーのポジティヴさよ…
ローリーの愛の帰結がだいぶアクロバットだったのには驚いた。そしてジョーの魂の旅がそんな方向に行くとも思わなかった。
児童文学なのに全然安直じゃない、けど文章は読みやすい、朝の眠い頭でも夜の疲れた頭でも大丈夫。大人になってから児童文学に触れるというのもいいものだなと深く感じ入った。 -
Posted by ブクログ
南北戦争時代のアメリカ北部に住むマーチ一家の四姉妹の成長を描きながら、勤勉さや女性の自立などについても示唆している作品です。
著者ルイーザ・メイ・オルコット自身も北部出身であり女性の権利活動していたそうです。
作中ではマーチ夫人が女性の自立を認め、姉妹たちを暖かく見守っている一方で、保守的な価値観を持つマーチおばさんが対照的な存在として物語に深みを与えています。
姉妹たちの個性や暮らしぶりを楽しめる本だと思いますが、当時の時代背景などもふまえて読むことで面白い問いが浮かんできて味わい深くなると思います。
例えば作品は出版直後から好評を博し、アメリカ全体で人気となりました。しかしアメリカは南北戦争直後の混乱期にあり、南部は奴隷制支持の歴史や、北部との文化的・社会的な対立が根深く、北部の価値観や家族観を前面に出した『若草物語』が南部でどれほど広く受け入れられたのか気になります。
本編ももちろん面白いです。私が特に好きだったのは、6章のベスがピアノを貸してもらったお礼に、ローレンスさんに上履きを贈ったところが、微笑ましくて好きでした