浅見昇吾のレビュー一覧
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薄い。全111ページ。本文(p.9~55)と解説(解説Ⅰ・Ⅱ合わせてp.61~111)で、文量がほぼ同じ(解説のほうが若干長いか)。解説は養老孟司と斎藤環。この本の著者名としては名がないが、これは養老・斎藤も著者と言っていいくらいだと思う(ので、本投稿のタグには二人の名前を追加した。私の中では著者扱い)。
ともにドイツに住んでいたユダヤ人である(後に二人とも亡命することになる)物理学者・アインシュタインと心理学者・フロイトとの間の“戦争”を巡る往復書簡。アインシュタインからの問いに対するフロイトの答えは、最後のほうにある一文「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!」(p.55)に集約されていて、解説Ⅱ(斎藤環)でもこの考えはある程度支持されているように見える。この前段階として、“戦争”というものを、権力・暴力でもって欲動を実現しようとする行動の行き着く果てとして捉えたうえで、「文化は欲動をコントロールする」という命題を心理学的に求めている(文化が発展すると人々が子を産まなくなる――つまり少子化――はその一例だそうだ)。
戦争は欲動の暴走だ。欲動は文化の力で抑えられる。ゆえに文化の発展でもって戦争は抑えられる。こんな三段論法。
昨今のイスラエル・アメリカ近辺のニュースを見ていると、“本当かいな?”と思うところ。この二国は、全地球の中でみれば文化の発展した部類だと思うが…。少子化やZ世代云々から、文化の発展による欲動の制御(減衰)は今も当てはまると思うが、とすれば、戦争の捉え方が違う/違ってきているのだろうか(国家の行動は、国民個々人の欲動とは違うところから生じるものかも知れない)。 -
Posted by ブクログ
一度目と二度目の世界大戦の間に、国際連盟の依頼によりアインシュタインとフロイトが交わした戦争に関する手紙。
言うまでもなく、当時最高の知性が話し合っているわけだが、たった一往復の手紙のやり取りという性質上、議論が大きく深まることもなく終わった印象だった。印象に残ったのは、アインシュタインによる以下の記述である。
「『知識人』こそ、大衆操作による暗示にかかり、致命的な行動に走りやすいのです。なぜでしょうか?彼らは現実を、生の現実を、自分の目と耳で捉えないからです。紙の上の文字、それを頼りに複雑に練り上げられた現実を安直に捉えようとするのです」
認知戦という言葉を最近よく聞く気がするが、一次情報に触れず、二次、三次情報に依存し、自身の知性に過度な自信を持ち、点と点をありもしない線で結びがちな「知識人」こそ認知戦の餌食になりやすい気がする。
結局、国際連盟は第二次世界大戦を止めることは出来ず、その後に出来た国際連合の限界も、本レビューを書いている2026年時点では現在顕になっている気がする。戦争を人間社会に当然のものと認識することは容易いが、今一度立ち止まり、アインシュタインのように「ひとはなぜ戦争をするのか」という子供の様な問いを各個人で考えることは決して無駄ではないように思う。
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Posted by ブクログ
「マリウポリの20日間」というドキュメンタリーを見て、恐れなのか怒りなのかわからない感情に心が震え、なぜ人間は戦争をするのか…と心底疑問に思い手に取った一冊。
100年近く前のアインシュタインとフロイトの書簡は興味深く、確かに文化の発展によって世界規模の戦争は終焉したように思われる。それでも、局地的に苦しんでいる人がいる事実には胸が痛い。
解説でハリウッド映画はものを壊すから嫌だという話が出てきて、私も全く同じことを感じていたので驚いた。あらゆるものを破壊してカーチェイスなどをしているが、これを見てテンションぶち上がりしてんのかと思うと、人間の破壊欲動って底知れないな…まあ映画で満たされるならそれで良いんだけど。 -
Posted by ブクログ
ネタバレアインシュタインとフロイトの一往復書簡。短いながら示唆に富むと思いました。
アインシュタインの「仕組みをつくればよくない?戦争がなくならない意味がよくわからない」という立場、フロイトの「人の性質は戦争を求める面もある。どうすれば戦争なくなるかについて、なぜ戦争を嫌悪するのか考えるとわかるんじゃない?」という示唆など、戦争について(それも、戦争をなくすことについて)考えると行き当たるようなテーマが密度高く取り上げられています。
一方で解説であらたに検討されている人口の影響や、システム化とそれへの反発という観点は、うーん。養老先生さすがです。 -
Posted by ブクログ
国際連盟から「今最も重要だと思う事柄について、一番、意見を聞きたい相手と書簡を交わしてください」という依頼を受けたアインシュタイン。
彼が選んだテーマは「戦争はなくせないのか?」そして、選んだ相手は心理学の大家フロイトだった。
彼らのやりとりを読みやすい文章で訳したもの。
★戦争をなくすために、今なにができるのか?
アインシュタインは国際的な機関が、国際的な紛争を絶対的な権威をもって判決し、決定を実行するようにできないか、と考えるも、現状では実現は困難だと考えています。
これまで、平和は実現できない理由は人の心(権力欲・利益を求める・本能的に憎悪に駆られて相手を絶滅させようとする欲求)にあるのではないか、では、人の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることは可能なのであろうか。とフロイトに問いかけます。
フロイトはアインシュタインが述べたことをたどりつつ、考察し、やはり戦争を確実に防ぐには、みんなが一致団結して、強大な中央集権的な権力を作り、利害対立の裁定を委ねるほか道はないとしています。そしてこの道へ進むには二つの条件がいると指摘しています。①現実に機関が創られること②裁定を押し通せるだけの力を持っていること。そして、国際連盟は②の条件を持っていませんでした。
また、フロイトはアインシュタインが主張した、人間の心自体に問題があるのではないかという説も賛成。
結論から言えば「人間から攻撃的な性質を取り除くことはできそうにもない」のですが、人間の攻撃性を戦争という形で発揮させなければ良いと述べています。
破壊欲動の反対の欲動、エロスを呼び覚ませば戦争を阻めるはず=人と人との間の感情と心の絆を作り上げるものは戦争を阻むはず、と。
もう一つ、戦争への欲求を間接的に克服する手段として、人間は指導者と従属する者とに分かれることに着目。これは生まれつき備わっている性質で如何ともし難いため、優れた指導層を作るための努力をすることを挙げています。
ここでフロイトは一つの問題を提起します。
どうして数多の苦難を甘んじて受け入れて生きてきた多くの人間が、それでも戦争だけは受け入れ難い!と思うのか?フロイトは文化による心身の変化が、平和主義者を心身から戦争を拒絶させるとのべ、この心身の状態と、将来、戦争がもたらすであろうとんでもない惨禍への不安が、戦争をなくす方向に人間を動かしていくと期待できるのではないか、と締めくくっています。
訳文も読みやすく、解説も丁寧で(養老孟司さんと斎藤環さんによる、これまた丁寧で興味深いもの)、短いながら濃い一冊でした。
これが書かれたのは1932年。ナチスドイツが勢力を拡大し、書簡を交わした二人の天才も亡命を余儀なくされた身でした。書簡の言葉から「言うほど簡単ではないけれど」という実感と、それでも、平和に向けて何ができるのか考えようとしている姿がうかがえます。