三品和広のレビュー一覧
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第1章からの学び
成長とは、結果として実現するもの。成長を必達に掲げるのは本末転倒。
“ 仕事の醍醐味は、事業を通して世界を変えるところにあるはずです。”
→耳の痛いご指摘です。
第2章からの学び
セイコーの事例をもとに、イノベーションについて批判的に検証。
セイコーの衰退とスイス勢のけん引については、興味深く、ハイエックの熟慮しつくしたポートフォリオが光っています。
そして、セイコーがなぜ衰退したのか。これも、明快に述べられています。問題をどこでとらえ、イノベーションを行ったか。負の遺産のうえには、努力は実らないことが、示されています。
“ 要するにマーケティングのジッパーです。個々の製品を売ることだけ追い求め、販売数量に一喜一憂していると、いつのまにか経営の戦略性が失われてしまう”
第3章からの学び
ここでは、品質神話を批判的に検証。
ヤマハが事例です。
ここでも、ヤマハか自滅の道を辿りますが、販売量を追って自滅しています。。。
ヤマハは、コストパフォーマンスクオリティーを訴求していたようです。
でもそれでは、世界から存在感意義は認められないと、厳しい現実味が立ちはだかります。
“志のない事業には限界がある”
第4章からの学び
冒頭には、麒麟麦酒とアンハイザー・ブッシュなどを事例があり、本論では、鉄鋼業界の事例があり、多角化について、批判的に検証します。
多角化の二類型は、わかりやすいです。
“ ポーター教授によると、競争優位は地縁に頼って得るものではなく、他社に先駆けて有望な事業を見出すところから生まれる”
事業をみつけ、挑戦する、
これがなかなか日本企業には難しいようです。。。…
第5章からの学び
イマジネーションを働かせて、戦後の日本を新興国と捉えなおして、とわかりやすいやり方で、説明が展開します。
その当時、日本に来て期待どおりの成果をあげた外国企業など数えるほどしかなかった。現実を見つめ直そう、というのが、著者の提言。
先行投資とするか、後発参入とするか、いまうまくいっていても、それでもなお、余談を許さず、熟慮に、熟慮が必要だと警鐘を鳴らします。
第6章からの学び
飛び地へのリ・インベント、
これが、著者の提言。
アップルの事例を取り上げていますので、よく分かります。
“ 自社の「やりたい仕事」を精密にさだめることこそ、経営戦略の第一回となるのです。それは、集合で合議で決めることではありません。卓越した個人の心の叫びに従うものなのです。” -
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ネタバレ「成長ありきの経営はもう止めよう」の帯の通り、現在の日本企業の(と言っていいか分からんが、自分の会社を思うと「そうかも…」と思ってしまった)成長ありきで、何がしたいのか見失っている様に一石を投じる本。
具体的には、目的もなく、イノベーションを目指し、品質を大事にし、海外に出ていくことに疑問を投げかけている。
この「目的もなく」というのが大事なところで、別にイノベーションも品質も海外進出も否定しているわけではないというのが俺の理解。
最後に日本企業の生きる道として提示されている「リインベンション」(=もうここまで来たら新商品もなかなか難しいから、工法やら構造やらを抜本的に変えて「再発明」を目指したら?)は一つの手段だとは思うけど、それだけでは日本の雇用は守れないと思うし、海外企業に勝つのは厳しいかなとも思う。 -
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神戸大学大学院の三品教授の著。
自身が抱いている日本企業の現状(本書では成長市場主義と記述)に
対して、マクロ的視点から警鐘を鳴らし、どうすべきかを述べている。
イノベーション・品質・多角化・グローバル化という4つの視点から、
これまでの日本企業の失敗について詳しく見ていき、
その中でどうすべきかを述べる構成となっているが、ややこの失敗事例が古い。
そのため、納得感の醸成はやや弱い。
しかし、言わんとするところはよく分かる本だったと思う。
個人的には、品質の章が特に印象に残った。
自社も含め、品質が良ければ価格は高くてもという風潮。
しかし、この品質の定義を改めて見直す必要性を感じた。
本書で述べられている「コンフォーマンス・クオリティ」と、
「パフォーマンス・クオリティ」は往々にして混同されていると思う。 -
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戦略不全の因果で、三品氏が指摘したのは、「驚くほどの多くの日本企業が、インフレーションの効果をのぞいた実質利益額の漸減が露呈した」という分析結果であった。
しかも、利益漸減に苦しむ戦略不全企業は、特定業種に固まる傾向が異様に目立つことも明らかになっている。これは、戦略不全症の第一義的な原因が主力事業の衰退にあることを物語っている。
地盤沈下し始めた事業立地にいつまでもしがみつくのは経営陣に他ならない。持続的な利益成長を達成する企業のなかには、沈下の兆候が見える立地を見限って、興隆する立地に転身したところが散見される。問題の核心は、経営体制の変容が事業立地の転換を妨げるところに潜んでいる。
本書は、転地を勧める三品氏自身が、転地が暴走を誘発することになってはいけないと、暴走ケースを検証した分歴レポートである。
「単純な乱発経営という戦略暴走を招く訳にはいかない」という怖れを抱いていた三品氏は、本分析を通じて、そのような落とし穴にはまり込むケースは少ないことに胸をなで下ろしている。
さらに、暴走と化した戦略は、基本的に「後ろ向き」で、攻めの一手ではなく守りの一手が暴走と化する図式であったことを発見している。
暴走の始動機構は、M&Aのケースでは持ちかけられた受動的案件が過半であり、多角化のケースではIT系の盛り上がりなどに反射的に反応している物が多い、同じく国際化ではプラザ合意に端を発する円の急騰が契機となり、反射的に反応しているケースが散見される。
「ここで動かない企業は馬鹿だ」という力学が働く中で、「みんなで赤信号を渡る図式」が始動構造に見られる。
それが暴走の結末を迎える構造には、将棋でいうところの無理筋、つまり攻める手に見えて、実意は相手の反攻を呼び込んでしまう悪手に走り、負ける形態が見られるという。
手の見えない弱い棋士と同様、ということであろう。
本書を通じて、「社会の動向を読み続ける未来シナリオ型戦略」「転地上手な未来志向の柔軟組織」の構築を、研究してみたいと思うに至った。 -
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戦略は社長の才覚だ、おしまい。という本だ。要は「事業観」(p.155)とある。「完成度の高い事業観、その一点である」(p.276)。
「それじゃあ、自分は社長じゃないしなあ。しょうがないよなあ」、となってはつまらない。実は面白い本だ。著者の文章、言葉使いが魅力的だ。
文章スタイルとしては、先にまとめを書いて、それから説明するというスタイルです。この順番の妙が好きです。
言葉は実に達者だ。「人は決して馬鹿でない。しかし、分業が人を馬鹿にする」(p.210)なんてにくいですよね。
「事業システム」(p.188)という言葉が出てきます。これは「意外と模倣されにくい」(p.188)しかも「構図を生かすチャンスは、事業をこれから立ち上げようという一瞬にしかない」(p.188)。昔はこの「一瞬」が何度もあったんですよね。
「パッケージをオペレーションとして根づかせるためには、経営者が絶えず現場に関与して全体の視点から誤りを正すと同時に、現場から生じる部分の問題に応じてパッケージそのものを修正するプロセスが不可欠となる。このプロセスに、10年を優に超える歳月が必要となるのである」(p.213)
一番魅力的なのは「大企業が組織的な確信命題の形成を必要とする」というくだり。MBAのような外部スペシャリストの効用を説きつつも、「確信命題となると一般論では済まされない。それこと特定の事業体の、特定の事業における、特定のタイミングでの戦略にかかわるからである。これを議論するとなれば、コンテクストを共有する社内で行うほかはない」(p.299)
インサイドのやることはあるのだ、と意を強くする。
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受講している研修で、一読を薦められた「推奨本」。筆者は、神戸大学大学院経営学研究科での経営学の教授である。世の中には、経営戦略と呼ばれるものを解説するビジネス書があふれている。この本も、大きな意味では経営戦略・企業戦略を扱う本であるが、その内容は非常にユニークだ。一般の戦略書は、経営の指針となる戦略をどう設計すれば良いのか、という戦略設計の方法論を解説するのが一般的なのであるが、この本はそういうことを扱わない。むしろ、そういうものがあったとしても、それはなかなか明示的・事前的に設計できるものではなく、むしろ、経営者がひとつひとつの経営判断やアクションを通じて実現すべきものであり、それは事後的にしか分からないとする、というか、少なくとも戦略の巧拙みたいものは全く論じていない。ひとつひとつの経営判断の集積を戦略とするとして、それが効果を発揮し、徹底されるには、相当に時間がかかるということが、この本の主題のひとつだ。少なくとも10年、と筆者は考えている。その間、一貫した戦略(経営者の判断の集積)に従った経営がなされる必要があるわけで、従って、社長には最低10年くらいの任期が必要なのである、というのが結論のひとつである。いきおい、社長就任時点の年齢は若くないといけないわけで、それくらい若い、経営を任せられる社長を輩出するために、企業がなすべきことを論じているのが、この本のメインの主張部分にあたる。筆者は、この本を研究論文のひとつとしてまとめているので、学問的というか、論文的精緻さやデータ整理など、かなり丁寧に行っていて、論にそれなりの説得力があるし、論理の展開がユニークな視点によりなされていて、ビジネス書としては、かなり面白い本である。
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ネタバレ三品教授の章は、出口治明氏が言うような「たて・よこ・算数」で産業革命を見直す議論で、そうするとまたちょっとこれまでと違った世の中の見方ができた。
山口氏の章は、デジタル化を4つの要素で分解して議論しておりわかりやすい。デジタル化の本質とは何だろう?と考えつつ、実務的にはどの部分の議論につながるかを理解できた。
最終的にはデータを「読む」ことの重要性が語られる。ここはAIにはできない、人間にしかできないことだと。データは過去のものであり、それを基に未来の筋を読むのは人間の仕事。ただ、それも含めて、パーソナライズだったり、求められるものは一にも二にも「勉強」だったり、まあ、それはそうなんだけど、でも本当か?と突っ込みたくなるところも。 -
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三品先生の提唱するビジネスモデルと言うことで期待したのだが、あまりにありきたりな結論で拍子抜けした。
センサーをインターネットに接続しない必然性に疑問が残る。データの不正な改竄を防ぐためにプライベートネットワーク化するならまだ解る(それも技術的には対応可能だろうが)。が、センサーが集めた情報に個人情報を乗せないことは制度設計次第で可能だ。そもそも街角に置かれた近接センサーの信号に一体どんな個人情報があると言うのか?
もしGoogleなどの既存IT巨人の参入障壁がこれだけなら、非常に脆い計画と言わざるを得ない。
国の規制等でこの問題が解決されたとしても、次なる問題は誰がイニシアチブを取ってインフラ整備に投資するかだ。移動体通信会社ならやれそうな気もするが、彼らは囲い込み文化が強すぎて求心力に欠けると思われる。そうすると国がやるかと言う話になるが、過去の官製コンソーシアムの例から明らかなように、参加会社の利害が衝突して中途半端なものしかできない気がする。
とは言え、新しい事業を広い視点で構想する時の考え方が綺麗に整理されており、この手の仕事をしている人には一読の価値あり。 -
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P:285 推定文字数:203490(17行×42字×P) 抜き書き:2541字 感想:355字 付箋数:8
(対ページ付箋:2.80%、対文字抜き書き:1.24%、対抜き書き感想:13.97%)
※付随して読みたい本
どうする? 日本企業(東洋経済新報社) 三品和広
話題は広くて、少し古い音楽や絵画でのイノベーション的限界により日の目を見なかった作品群の話など、とても惹きつけられて一気に読める。
・織機で布を織るには開口、よこ入れ、打ちの三つの動作が必要。たて糸の偶数群と奇数群を上下に分け(開口)、その間を杼(ヒ)という道具でよこ糸を通す(よこ入れ)。通したよこ糸を筬(オサ)で手前に打ち、たて糸に組み込む。
1733年、イギリスのジョン・ケイによる飛び杼の発明(手前のレバーを片手で引くと杼が飛ぶ)で生産性が格段に向上した。
1950頃からウォータージェットやエアジェットでよこ糸を飛ばす無杼織機が登場。
明治初期までの手動の有杼織機では1分間にせいぜい40回のよこ入れしかできなかったが、現在のジェット織機は1分に1900回よこ入れ可能。一反織るのに16時間かかったものが1分程度しか必要無くなった。単純計算で約1000倍。まさに正真正銘のイノベーションである。
その立役者となったのが日本のメーカー(津田駒)だが…革新織機の効果は5年も持続しません。1980年をピークにグラフは下降を始めます。一時は15%に届こうとしていた営業利益率も、1994年にはマイナスに転じてしまいます。それ以降は現在まで大きく上下動を繰り返すだけです。技術者たちの懸命の努力を、利益は反映していないのです。
>>/> 技術の進歩の凄まじさ。昔は服が税金だったのに。
・私たちはリ・インベンションを「ある製品について、いまとなっては解消できるようになったにもかかわらず放置されている不合理や、かつては合理だったもののなかに新たに芽生えた不合理を解消すべく、当該製品を特徴づけると長らく考えられてきた特性パラメーターを無視して、誰に、何を、どのように提供すべきものなのかにまで立ち返り、評価軸自体を作り替えること」と定義しています。この定義からは、イノベーションとリ・インベンションの違いを次の三点に集約できます。
①狙いの違い。
イノベーションは表面的には高付加価値化を狙いますが、その基準点は競合製品に置かれます。それに対してリ・インベンションは、従来製品では満たされていなかったニーズに応えることに狙いがあります。
②従来のパラメーターに対する態度の違い。
イノベーションは競合製品との差異化を狙うので、従来のパラメーターを肯定的に捉えます。肯定したうえで競わないと、競合製品より優れていることを証明できないためです。それに対してリ・インベンションは、従来のパラメーターを否定します。従来のパラメーターでは捉え切れていない不合理の解消に狙いがあるためです。
③必要とされる力の違い。
イノベーションの成否は技術的なブレークスルーを生み出せるかどうかにかかっています。そこでは組織的な技術力が問われます。一方、リ・インベンションの成否は誰に、何を、どのように提供するものなのかというコンセプトにかかっています。そこでは必ずしも技術力は必要なく、構想力が問われます。
>>/> 存在する商品をこの二つに分けるのは中々難しいけれど、このユーザー志向はいつも頭に有ってよいと思う。
・模倣できないマインドの違いは、消費者には丸見えになります。恐ろしいことに、製品の細部が作り手のマインドを映し出してしまうからです。使い勝手の悪いデザイン、安いと叫ぶパーツ、形ばかりの警告シール、心地悪い操作音、無愛想なエラーメッセージなどは、誰かが妥協をした証です。
>>/> 耳が痛い。。
・アイパッドのソフトウェアキーボードのキーは四角形として画面上に表示されますが、タッチを感知する領域は六角形になっています。これで間隔のズレを許容するわけです。ただし、感知領域を拡大すると、オーバーラップができてしまい、キーの判別に困ってしまいます。この問題を、アイパッドはユーザーが次にタッチするキーを予測して、そのキーの感知領域を瞬時に広げることで解決しています。ユーザーは気持ちよくアイパッドを使いこなしていると感じるはずですが、その裏方でアイパッドは涙ぐましい努力をしてくれているのです。
>>/> 複雑な現実は複雑な方法でしか解決できないけれど、何とかなってしまうのがテクノロジー。
・1979年7月、ソニーはウォークマンを世に問いました。しかし、発売から一ヶ月経った時点での売り上げ実績は、目標に遠く及ばず、わずか3000台にとどまりました。売れるはずがないと悲観論を唱えた人たちは、密かにほくそ笑んだに違いありません。
ここでソニーは学生を集め、ウォークマンを手渡して、自由に使ってもらう活動を繰り返しました。…常識に挑戦するウォークマン(ラジオからお気に入りの曲を録音するエアチェックが大流行していて録音機能を取り去ることは考えられなかった)は、単に知名度を上げるだけでは購買につながりません。使用体験や、使っている人を見る疑似体験が不可欠だったのです。
>>/> ウォークマンの斬新さは今では伝説だけれど、当初はやはり非常識だったのか。その時には体験をショウアップする必要があるんだ!
・トランジスタラジオが価格破壊を免れなかったのに、なぜウォークマンは20年もの長きにわたって市場に君臨することができたのでしょうか。面白いことに、TR-55の追随品は発売翌日に登場しましたが、ウォークマンの追随品が出るには13ヶ月を要しています。
>>/> 誰もやろうとしないし、していないから追随できない。
・フォー・ザ・レスト・オブ・アス、先端から取り残された普通の人たちのために。技術だけではダメなんだ、人文科学と結びつけないと。―スティーブ・ジョブズ
>>/> ギークなテクノロジーおたくだったはずなのに、何故これが大事だと信じられたんだろう。
・テイラーの教えとは、不合理な自己流に走りがちな従業員を、専門化が合理的に作成する作業標準に従わせなさいというものです。科学的経営は、大量生産方式を確立したヘンリー・フォードが大規模自動車工場に適用して大成功を収めたのみならず、太平洋戦争でアメリカに挑んだ日本を完膚無きまで打ちのめす原動力となったことで、誰もが正しいと信じていました。
それなのに、よりによって敗戦国の日本が、彼我の生産力の差を嫌というほど思い知らされたにもかかわらず、戦後は科学的経営の教えに反して全員経営に走ったのです。そして、終戦から30年も経つと、日本はテレビや自動車のモノ造りでアメリカを凌駕し始めました。このように説明を加えると「驚嘆」の意味が伝わるかと思います。
>>/> その組織の傾向は泥臭いイノベーション、技術進歩、ガラパゴスに向いているというわけですね。 -
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「どうする?日本企業」や、「戦略不全の論理」で有名な三品先生の本であり、ゼミ生の成果発表的な本でもあります。
「リ・インベンション」という概念を用いて、日本企業に成長して欲しいというメッセージが含まれています。
本書で言うイノベーションは技術革新や技術改善として使われており、既存の技術やビジネスの延長線上にあるものを指しています。このイノベーションが救世主の役割を期待された概念であるのですが、機能していませんということなんです。理由として、消費者に受けいられなかったり、利益に結びつかなかったりと。イノベーションが起きても、時代にあわないということで、開発者の努力が水の泡になってしまうケースが多いということが事例からも読み取れます。
そこで、リ・インベンションという新しい概念の登場です。こちらは、コンセプト中心で、過去のパラメータ情報を否定し、新たなニーズを創造するということだそうです。
リ・インベンションの事例として、iPadやウォークマン、ベイブレードなどが紹介されています。
個人的には、リ・インベンションがイノベーションの本来の意味だと思うんだけどなぁ。イノベーションって技術革新と訳されてしまうから、既存のレールから外れないようなものになってしまうんだと思います。
最後にリ・インベンションに築くための組織の作り方について説明されています。ここが重要だと思います。
副次的機能の重要性やインテグリティの話が興味深かったです。
ですが、あまり新鮮味のある話ではなかったです。どこかで聞いたような内容を焼きまわししたような形で、目から鱗というわけではなかったです。 -
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■リ・インベンション
A.イノベーションが有効ではない理由は、次の通りである。
・イノベーションの背後には汎用部材技術の進歩がある。よって、新製品を生み出しても競合他社が容易に追随できる。
・メーカーは「いいものを作れば売れる」と、技術の向上に励んできた。だが、「いいもの」かどうかは市場によって異なるため、向上した技術が評価されないことがある。
・消費者の製品を評価する目が肥え、単純に性能向上や多機能化を謳っても、容易に飛びついてくれなくなった。
B.従来の製品のコンセプトを見直し、「誰に」「何を」「どのように提供するか」、この3 つのいずれかを大きく変えて、新しい価値基準を打ち立てることを「リ・インベンション」という。日本企業は今後、これに力を入れるのが望ましい。
C.リ・インベンションによって、消費者の共感を呼ぶ、他社の追随を許さない製品をつくることができる。そうした製品を企画するためのポイントは、次の3 つである。
1.標的探索:成熟期か衰退期にある製品で、最新の技術により使い勝手が格段に良くなるものをターゲットにする。
2.創意工夫:標的とする製品を定めたら、従来のコアユーザーではない層に焦点を当て、基本コンセプトを煮詰める。
3.十分条件:製品を梱包するパッケージに至るまで、製品の隅から隅まで理想を貫く。