三品和広のレビュー一覧

  • モノ造りでもインターネットでも勝てない日本が、再び世界を驚かせる方法 ―センサーネット構想

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    センサーネットとサービスが協調してエコシステムを作り上げていく、それらを説得力のある議論展開ですすめている。
    そのポテンシャルが日本にあるということをおしえられた気がして、非常に勇気付けられた。というか、今しかそのタイミングがないというべきか。

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    2016年10月10日
  • モノ造りでもインターネットでも勝てない日本が、再び世界を驚かせる方法 ―センサーネット構想

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    三品先生はやはり読ませる。枝葉にも教訓が読めたりする。けど、この本題は本当に大丈夫なんだろうか。私の理解力が足りていないだけなのだとしたらよいのだけど…

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    2016年04月14日
  • どうする? 日本企業

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    経営とは立地と構えと均整である、と喝破した著者の日本企業論。立地と構えが悪化しているのに、それにしがみついて小手先の商品改良や事業の幅だしをしても利益率を回復することはできない、ということをいくつかのデータで示しており、それなりに説得力はある。特に戦後日本と現在の中国のアナロジーはその通りだと思われる。
    ただ本当に飛び地へのリインベンションしか手がないのかは、甚だ疑問である。滲みだしの悪い例として新日鐵を挙げているが、これは出向先確保のためにでたらめな多角化を進めた特殊な例であり、これを以て滲みだしがすべて成功しないと言い切るのはやや乱暴と思われる。むしろ飛び地に手を出して成功する企業の方が少ないのではないか?経済学者にはこのあたりをデータで定量的に示してもらいたいものだ。肝心なところが定性的になるから社会科学は信用できない。所詮後知恵と言われても仕方がないだろう。

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    2015年07月12日
  • 戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか

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    日本企業の戦略が有効に機能していなかったという仮説をデータに基づいて検証しようというものだが、
    前半3章までの論証はどうも怪しい。。
    が、4章以降は真面目で有用な議論が進められている。

    以下は各章のまとめと感想。
    概ね良い本だったので、少し丁寧に書く。

    最初は「環境要因を取り除くために超長期で業績を見る」として1960年から2000年の40年間の日本企業のデータを持ってくるが、ここに他国との比較はない。
    続いて、90年から2000年の10年間をタームで日米有力企業の比較を行う。
    (超長期はどうした・・・しかも失われた10年から・・・明らかな選択バイアス)

    戦略不全を主張するロジックもおかしい。
    規模の拡大によって利益率が下がっていることを示すデータを持ってきて、
    三品先生の解釈は
    「利益を犠牲に規模の拡大を進めている。
    (利益を増やすことが戦略の目的なら)日本企業は戦略不全に陥っている。」というもの。

    株主主権を中心とするアメリカの企業論理と
    従業員や取引先、グループ会社との関係を優先する日本の企業論理という相違がベースにあるなかで、
    利益率が低いから戦略不全だ!と主張するのは尚早だろう。
    規模拡大のための多角化とPPMによるマネジメントは
    有機的成長を取るかわりに利益率を低下させるというのが基本的なパターンだろう。(GEはどうか、と言われればその通りだが・・・)
    またアメリカ市場に比べて日本国内での消耗戦が多すぎたということはなかったかなどの検討も、利益率を低下させるその他の要因を取り除くために必要だった気がする。

    3章ではコマツとキャタピラーの比較からコマツの戦略不全の主因をトップの任期の短さから来る方針のちぐはぐさと分析する。

    4章以降はなかなか面白い。
    経済学のモデルから戦略の本質を考察する。
    経済学モデルの前提にあるのは各業務レベルの意思決定は合理的に行われるという仮定であり、そのため企業の収益を左右するのは市場の構造なので、
    どこに参入し(ポジショニング)、
    どの特徴の市場ではどういう戦略を取るべきなのか(差別化なのか原価低減なのか、アライアンスなのか)を示唆するという。

    5章は実証分析から業績という従属変数を環境要因を除いて戦略要因による影響を観察する。
    3章と打って変わって丁寧な論証。
    マッチングペア比較をした上で、いくつかの明確な差が生まれたペアをケーススタディ的に分析。
    最後は戦略のパターンとして類型化まで行われる。

    6章では似て非なるものを作り出す「異質化」という概念を導入し、戦略の要諦だと説く。
    この異質化を達成するための戦略とはどのようなものがあるのか。戦略論の歴史を辿り戦略の分類を行いながら説明する。
    ミンツバーグの戦略サファリ的な解説で、非常にわかり易い。
    戦略を「構造の戦略」「構成の戦略」「構想の戦略」の3つに分け、上から順にポジショニングが重要とする戦略、組織能力が重要とする戦略、事業システムが重要とする戦略だと説く。

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    2015年01月31日
  • 戦略暴走―ケース179編から学ぶ経営戦略の落とし穴

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    179件の戦略暴走例(多額の特別損失計上)を1ケース数ページでまとめてある。
    「暴走」にも不動産バブルに合わせてリゾート開発を行ったような例もあれば、国際化・多角化等、当時の状況をふまえれば真っ当な打ち手にも見える(実際に上手くいった競合もいる)が、最終的に撤退することになった事例について、経営者の考えとその盲点を簡潔に記載してあり、多額の投資の難しさが伺える。全て終わった現在の視点だからこそ、不動産や半導体への投資が上手くいかないであろうことは予想がつくが、現代もITベンチャーへの投資が再び過熱しており、これらのどれが暴走につながるかは判断が難しい。
    各経営者は大きな投資を行う前にこの本を読んでいただきたい。

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    2014年11月15日
  • リ・インベンション―概念のブレークスルーをどう生み出すか

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    9つの事例をもとに、「あたりまえと思っているものについて、ターゲットや進化の方向を変えて革新を行う」というリ・インベンションを説明。前半は事例の解説、後半はそれら事例を基した経営・組織論。9つの事例以外にも、日本の失敗事例などもあり。

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    2014年04月11日
  • リ・インベンション―概念のブレークスルーをどう生み出すか

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    引き算の美学。
    ・ラジカセ - 録音機能、スピーカー =ウォークマン
    ・パソコン - キーボード、マウス、USB =iPAD
    ・扇風機 - 羽根 =ダイソン・エアマルチプライヤー
    大量生産、大量消費を前提とした製造業の時代は終わった。物質的な豊かさから、精神的な豊かさへ。テレビの画面サイズ、画素数、太陽電池の変換効率。車の燃費競争も危ない。数値的なパラメーター、価値観はすぐに模倣され、過当競争になる。
    モノが溢れた今、人々が求めるのはより充実した時間の過ごし方とか体験だ。評価軸自体をつくり替える必要がある。質感、操縦感、乗り心地など数値化できない価値は模倣できない。

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    2013年09月26日
  • どうする? 日本企業

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    結果からの分析は明快だが、それでもそうなのかな・・・と思ってしまう。やりたいことが先にあり・・・というのは創業当時は皆そうで、何十年とたった会社が衰退・あるいは一時衰退後の再浮上を繰り返すのは自然な流れなような気も・・・。

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    2013年09月17日
  • どうする? 日本企業

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    著者には意表を突く内田樹的快感を感じる。しかも実証が丁寧。成長は結果として実現するもので、目標は「事業活動を通して世の中にもたらす変化」という言語で語れ、と提言。企業が期待される貢献は「安く提供する」か「今まで無いものを買えるようにするか」のいずれか。戦略は卓越した個人の心の叫び=やりたい仕事を定めることが第一歩、と。

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    2013年09月03日
  • リ・インベンション―概念のブレークスルーをどう生み出すか

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    戦略論では旬な三品先生の最新本、相変わらず鋭いツッコミです。日本企業はブルーカラーをホワイト化したが、どうじにホワイトカラーをブルー化してしまった、というのは思わず笑ってしまいました。当たらずといえども遠からず。

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    2013年08月28日
  • リ・インベンション―概念のブレークスルーをどう生み出すか

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    戦略不全の論理を読んで以来、その鋭い指摘に共感できるところが多く、気になる存在になった三品先生の最新刊。
    さまざまな事例紹介も興味深い。
    リ・インベンションではやりたいことを持った個人が先にいて、あとからプロジェクトが立ち上がるのが普通であって、安易な社内公募に走ると、顧客にそっぽを向かれるだけという指摘に、思わず苦笑い。事業が厳しくなると、新規事業を検討するワーキンググループが各地で立ち上がるが、一過性で終わることが多く、本当に真剣に考えている人は一体どれだけいるだろうと首を傾げることが多い。
    一通り読み終えると、大企業が大企業として生き続けることが厳しいと思わざるを得ない。特に日本の大企業は反面教師になりこそすれ、決して引きずるものではないというのは手厳しい。「訣別」なんて、簡単にできやしないし、それは大学の先生だから言えることであって、現場で働いている人間からすれば、訣別はすなわち自分の今までの生活との訣別にも繋がり、おいそれとは言えない。
    そこを一歩踏み出して、新しい価値観で新しいことに取り組むことが必要なのだと、分かってはいるが。。。現場は本当に大変だ。

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    2013年08月13日
  • どうする? 日本企業

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    今日本に必要な企業は何なのか。
    イノベーションという簡単な解ではなく、
    イノベーションを疑ったうえで、どういうことを考えるべきなのか
    模索している。

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    2013年05月07日
  • 戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか

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    ネタバレ

    <本当に大雑把な概要>
    戦略は長期的にしか効果をもたらしえない以上、経営者がコロコロ変わっては戦略は機能しないであろう、ということで電機業界に関して経営者の在職年数と企業の収益性について統計的に分析したところ、有意な結果が得られた。
    また部下の管理を行う管理職と、戦略を考える経営職は分離すべきであり、(CEOとCOOみたいに)これらに求められる適性が異なるために、経営職の社内外での専門教育が必要である。

    <所感>
    ・因果が逆の可能性について検討が不十分じゃないかと。つまり収益性が低い企業は経営者がコロコロ変えられてしまう、っていう因果も十分あり得ると思うのだけれども、その話への言及がない…
    ・因果を一歩一歩考える本であり、こういう本も読まないと頭がなまる。気をつける。

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    2013年02月01日
  • 戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか

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    職場ボスおすすめ本の1つ。

    日本企業がなぜ米国企業と比べて戦略"不全"になりやすいかを説明した本。
    戦略不全:戦略があるのにそれが機能しない状態を指す
    日本企業と米国企業の大きな違いは、組織構造にあり、
    日本企業は現場が権限を持ち民主主義的な指揮系統なのに対して、
    米国企業はトップダウンで中央集権的に判断が決められる。
    そのため、日本企業は戦略の共有ができていないと戦略不全に陥りやすい。
    しかし、米国企業はトップが戦略を決めるとそれを実現する役割の従業員がしっかりと実行をする。
    過去の優良企業をみると、一度成功してから成長戦略を再度立て、それを実行している企業が強い。
    日本企業のいいところは残しつつ、米国企業のいいところを吸収しなければいけないと思った。


    以下の言葉が印象に残った。

    ■戦略にかかるのは異端一貫型、継続一貫型、営業能力型、製造能力型の4つ。
    ■「差別化」よりも「異質化」を意識して環境を変える。

    戦略不全の実態88P
    日本企業の戦略不全症26P
    日本企業の戦略不全症
    データに見る戦略不全
    ケースにみる戦略不全
    データに見る戦略不全34P
    全上場企業の時系列業績推移
    優良大企業の産業別日米比較
    特定産業内の企業別業績比較
    ケースに見る戦略不全28P
    キャタピラーとコマツ 第一幕
    キャタピラーとコマツ 第二幕
    攻防の全体像

    戦略とは何か102P
    演繹的マクロ戦略論28P
    競争の経済分析
    費用構造の影響
    戦略論への含意
    機能的ミクロ戦略論40P
    マッチングペア分析
    企業業績の二重螺旋
    例外企業の事例研究
    大局的判断の戦略論34P
    経営戦略とは何か
    企業戦略論の系譜
    事業戦略論の系譜

    戦略不全の背景と処方箋108P
    経営戦略の3要件32P
    非合理性
    非可分性
    非可逆性
    日本企業の経営者46P
    社長在任期間の漸次的短縮化傾向
    事業経営責任者の管理職化傾向
    日本型キャリアシステムの陰
    戦略不全の処方箋30P
    リーダーシップ論を超えて
    経営人材の基本動機の形成
    経営人材の基本辞書の形成

    全部の章が3部構成なのは、
    わかりやすいからかな?

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    2013年01月05日
  • 経営は十年にして成らず

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    三品教授による経営分析だが、長任期の経営者とその期間の業績との関係性を見たもので、なかなかこういうものは見たことがない。一般的に、長任期だと老害と片付けてしまいがちだが、そうではなく、長任期に耐えうる年齢で就任した経営者を取り上げている。
    経営者は責任感が強いだけに、自分の任期中に成果を出さねばならないと考え成果が出る課題にばかり注力し、従業員は任期中はガマンすればいいとだんまりを決め込む。そういうことが往々にして見られるということ。最初から長任期であれば、時間が掛かる課題にも取り組めるし、従業員もやらざるを得なくなる。
    特にGEの章が良かった。仕事のプロセスとそれを支える言語の体系が、GEのなかでは標準化されており、長任期の経営者がそれをブラッシュアップしていくという組織としてのヘリテッジがそこにある。特に、ジャック・ウェルチは組織改編ではなく、人材配置により課題解決を進めてきた。自伝にも多くの人が登場するが、クロトンビルでのワーク・アウトなど、人に焦点を当てていたことが分かる。
    長任期の経営者を生み出すにはどうするか。若いうちから経験を積ませ、早めにチャレンジングなポストに就け、成果を生んだものを上に引き上げるというプロセスを繰り返すことだろう。そして、年齢にかかわらず能力あるものに責任を負わせることが当然という組織風土が必要だろう。やはり、成果に焦点を当てて仕事をすることが当然になっているべきだ。

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    2012年11月24日
  • 戦略不全の論理―慢性的な低収益の病からどう抜け出すか

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    ・一般に企業は市場経済の供給を担う部品とみなされるが、市場と企業は実は同じ機能を司る代替的な組織であるという事をコースは看破した。大企業は市場を侵食しているというのである。
    何が違うのか。大企業の中では、指揮を受ける側も指揮を発動する側も、市場経済の原動力たる利己心を少なくとも一時的にサスペンド、または保留しているのである。かくして大企業は利害を一にしない多数の人の間の、利己心を保留した継続的な協業の上に初めて成立する。そうであるがゆえに、ここには宿命的な問題がついてまわる。端的に言えば、「人を動かす上で何が利己心にとって代わるのか」という問題がそれである。「利害を一にしない構成員をいかに動機づけ、共通の目標に導くのか」と言い換えてもよい。この二重の問題の前半部分が企業のモーティベーション問題、後半部分が企業のコーディネーション問題である。
    企業はこういうモーティベーション問題とコーディネーション問題を同時に解く事を迫られている。ところが、これが簡単にはいかない。なぜならば、コーディネーションは一般に指揮官が持つ権限とともに強化されるが、モーティベーションは各構成員が持つ権限と共に強化されるからである。

    ・本来ならば規模は福音のはずである。規模の経済という概念が存在するのはまさにそのためである。しかし、規模自体は両刃の剣である。1つの市場を制覇した企業が規模を拡大するためには、企業の活動範囲を水平的に拡大するか(多角化)、垂直的に拡大するか(垂直統合)、地理的に拡大するか(国際化)のいずれかしかない。どの道を選んでも企業の経営は複雑さに格段に増していく。
    規模の不経済は主に企業の間接部門で問題となる。直接部門で規模の経済が働くのとは好対照と言えよう。およそ企業という存在は、その効率を業務プロセスの定型化に負っている。定型化するがゆえに企業は経済性を発揮すると言ってもよい。この定型化をするときに、企業は一定の範囲の企業活動を想定して最適化を図るが、規模の拡大はこの想定範囲を結果的に無効にし、定型化のやり直しを多くの間接部門分野に要求する。グローバリゼーションに伴う人事制度や経理制度の改訂はその良い例であろう。
    規模の壁がどこに位置するのかは、企業ごとに差を見て取る事が出来る。これは、それぞれの企業に存在するインフラストラクチャーの優劣を反映するものであろう。日本の電機業界には円高と、それから派生するグローバリゼーションが鬼門となっていることが明白である。AV家電の場合には、それに加えて高度成長の終焉と、それに促された製品ラインの多様化がもっと早い時点から鬼門となっていた。いずれも随所で再定型化を必要とする変化である。これに的確に対処することなくいたずらに規模の拡大を指向したことが、劇的と言って良いほどの規模の不経済を生んでいるのではなかろうか。
    企業は成長を指向するが、一般的傾向として収穫逓減の法則にさらされている。したがって、創業以来時が経過すると共に規模は拡大すれども利益率は低下する。ただし、これは不可抗力というものではなく、むしろ無為無策のなせる業である。100年以上の歴史を持ちながらも驚異的な成長率と利益率を維持する米国のGEやIBMの事例を引くまでもなく、一般的傾向に打ち克つ企業は現に日本にも存在する。
    この「傾向に打ち克つ」ということこそが、戦略の本質と考えるべきであろう。伝統ある大企業が慢性的な低収益に甘んじるとすれば、それは戦略不全の反映にすぎない。

    ・ドメインの機能的定義という概念を初めて唱えたレビットは言う。「鉄道業」という物理的な自己認識の下では、自らを機関車とレールに縛りつけることになる。そこには地理的な拡大しかありえない。ところが、これを「輸送サービス業」という機能で読みかえると、トラックとの競争や顧客が視野に入ってくる。そうなれば、自社の本文から大きく逸脱することなく、将来に向けての広がりを持たせる事ができるであろう。この議論の本質は、自らが従事するところの業で自己を定義するのか、または顧客に提供する価値で自己を定義するのかという点にある。レビットの言い方を借りれば、業は不要になっても、顧客のニーズは永遠であり、衰退産業など存在しない。それでも衰退が起こるとすれば、責めるべきは人間の硬直的な発想と言うことになる。
    余談になるが、日本の企業は必ずしも構想の戦略論に従う訳では無い。むしろ、深みのある技術でドメインを定義して、その結果として企業の発展性を確保しようとする。フェライトのTDK、セラミックスの村田製作所、C&CのNECあたりがよく引用される成功例であろう。これは顧客から見た機能に注目するドメイン論とは対極に位置する発想と言って良い。

    ・アダム・スミスの国富論は以下の観察から始まっている。ピンの製造には18の分離可能な工程があり、それを1人で全部こなすと1日でピンを20本完成させるのが限界である。ところが当時出現しつつあった工場の一つでは、同じ工程を10人の作業員で分担しており、1人1日当たり4800本という驚異的な生産量を誇っていた。この工場見学の体験に基づいて、労働生産性の史上最高の飛躍が分業によってもたらされた、とスミスは断じたのである。
    分業はなぜここまで大きな威力を発揮するのであろうか。アダム・スミスは次の3つを理由として上げている。
    ①作業の単純化が手先の習熟を促す
    ②作業から作業へと移るたびに段取りを良くする
    ③作業の単純化と専業化が作業の機械化を後押しする
    この理由は確かにその通りである。ただしそれだけでは、生産力の爆発的な増大を説明する事はできない。我々は、1万5000年が130年に短縮されるという桁違いの効果を説明しなければならないのである。分業の威力の最大の源泉は、実はそれが許容する知識の多様化にあると私は考えている。例えば、100年前1人1人は生活の関わる豊かな知識を持っていたが、みんな持っている知識は同じであった。対して現代は、社会に存在する知識の総体が当時とは比較にならないほど豊かなのである。かくして衣食住を超えて、われわれはインターネットで病院を探しだし、携帯電話で予約をし、CTスキャンによる内臓の診断を受けて、保険で支払いを済ませるのである。どれ1つとして、個人でそれを作る事のできる人間はまずいないにも関わらずである。
    企業の巨大化を支えるのは実はこの知識の分業にほかならない。しかし、それは良いこと尽くしではない。現代の大企業は、研究、開発、生技、品質、購買、製造、物流、営業、情報、人事、経理、法務といった機能部門にあたかも当然のごとく分かれている。すると視野が限定される。内と外では入ってくる情報量に圧倒的な差が出来るため、非対称性がそこに生まれるのである。判断材料がある事については慎重に考える事ができるが、ないことに逡巡していても意味が無い。自分の下す判断が視野の外で何らかの影響を持つことは分かっていても、その影響に関する情報が入ってこなければ、あたかも視野の外は存在しないがごとくに振舞うしかない。人は決して馬鹿では無い。しかし、分業が人を馬鹿にする。職務が単純化されるとその成果をもっともらしく測る指標が明示的に定義されるようになる。稼働率などはその最たる例と言えよう。何が合理的かという基準が目の前にぶら下がると人は「合理的」に行動するよう迫られるのである。かくして部分最適化は加速される。巨大企業は、その巨体のゆえに強大に見える一方で、時として小さな頭脳しか持たない大型恐竜のように見えるのはそのためである。
    分業はそれを生かすためには、他方で統合を必要とする。統合、またはコーディネーションによって部分最適の弊害を抑制しないと、分業の利を害が上回る事になりかねない。戦略の存在理由は、ここにあると言って良い。経営は分業するものであるが、戦略を分業するということは原理的にありえない。

    ・リーダーシップ論に従うならば、どうしても人間(精神)を鍛えることに関心が向かうので、組織だったプログラムというよりは、ある種の体験をさせるという発想になりがちである。しかしながら、人を根底から揺り動かすような体験を与えれば、それで戦闘機を操縦できるようになるものであろうか。どんなに衝撃的な体験であっても、それは無理であろう。戦略のできる経営者は時間をかけて組織的に作りこむ必要がある。

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    2013年12月29日
  • 戦略暴走―ケース179編から学ぶ経営戦略の落とし穴

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    膨大な企業事例をもとにして、個別の問題点を深掘りしながら、共通する組織や個人の問題を抽出し、体系化した力作。著名な企業が多数登場し、非常に分かりやすく、身につまされる思いがする。
    個別事例もいいが、最後の終章の総括が更にいい。なぜ戦略が暴走するのか、経営者の立場、企業のステージなどの要因に基づき分析している。また、過去の類似した研究との相違点を示しながら、研究のあるべき姿も提示している。取締役会が監督機能を果たせていないことが定量化されているのも説得力がある。
    結果を見て、それをまとめているだけという批判もあろうが、個人的には高く評価したい書籍である。

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    2012年06月10日
  • どうする? 日本企業

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    「経営戦略を問いなおす」や「戦略不全の論理」などで有名な三品先生の最新刊。

    現状の不景気、不幸のなかになにがある?

    どうするんだ、日本企業?
    やれるのか、日本企業?

    著者の熱い想いが終始一貫して伝わります。

    「リ・イノベンション」が今後の活路だと著者は論じてます。
    歴史に残る発明を取り上げて、一からやりなおそうとするものです。
    ここで言いたいのは、技術力以上に構想力やデザインが必要だということ。優れた人材がこのリ・イノベンションを実践し、新事業を立ち上げることができたのであれば、経営を束ねることくらいはやってもよいというのことです。

    ヤマハやセイコーなどの事例を取り上げ、事業の興亡を説明してます。事業を成功した例から、その事業が衰退したまでの流れが把握することができます。製品にも事業にもライフサイクルがあるとはいえ、絶えずダイナミックな成長が必要であると感じました。

    個々人が頭、体を入れ替える。一種のパラダイムシフトをし、経営という目線から高いパフォーマンスをしていくということが必要であります。

    「個人の心の叫びに従う」と言っていますが、個々人がイノベーターにならないとダメなんだと思います。

    「どのように現状を思うのか?」、「どう挑戦していくのか?」
    己に問いかけ、上へ突き進む。

    それがまさに必要なことなんだということを気づかせてくれる本書です。

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    2012年05月03日
  • どうする? 日本企業

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    過去の栄光を想起させる成長至上主義ではこの先は見えず、利益なき繁忙はもう何十年にも日本の企業群に染み付いてしまっている…もっと基本に立ち返り、大きな見方の転換が必要との主張。
    個々のケースについては興味深く読めましたが、いったいどれくらいの会社が日本の中で本質的に自立していけるのかなぁと疑問でもあります。

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    2012年05月01日
  • どうする? 日本企業

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    序章の学者の出番についての記載が面白い!えらい学者の立ち位置がよく分かった。ヤマハとスタンウェイとの対決で、個人的にヤマハの株が落ちた。

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    2012年02月21日