渋谷豊のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
三年半ほど前、高校生のときに古書店で古い文庫を買って
積んだまま読まずに〈引っ越し処分〉していたことを思い出し、
反省しつつ光文社古典新訳文庫を購入。
早熟・夭折の天才と言われるレーモン・ラディゲの(短めの)長編小説。
1920年2月、パリ。
高等遊民の一種である二十歳の青年フランソワ・ド・セリユーズは、
社交界の花形アンヌ・ドルジェル伯爵およびマオ夫人と出会った。
フランソワの友人で外交官のポール・ロバンも交えて
サーカスを楽しんだり非合法のダンスホールで踊ったりして、
彼らは親交を深めていった。
フランソワは次第にマオ夫人に恋情を覚えるようになり、
距離を取るべきか縮めるべきか思い悩む。
一方、マオの心は……。
享楽的な暮らしを送る、
20世紀になっても貴族としての特権意識を失わない伯爵と
控え目な妻の間に、
上品だが物怖じしない青年が割って入るという
三角関係の物語。
フランソワはマザコンであることを自覚し、
母から精神的に自立するには一人前の男として
誰か特定の女を愛す必要があると考え、
最良の相手がマオ・ドルジェルだと思い至る。
それは恋ではないと思うが(笑)。
一方、マオは名家の出で、
若くして伯爵夫人となったため、
一般的な意味での社会経験に乏しい女性で、
夫の庇護下で安閑と暮らしていることに
引け目を感じていたかもしれない。
そんな彼女が――『肉体の悪魔』の人妻マルト・グランジエとは違って
――実際に不貞を働くわけではないけれども、
不意に現れた気品のある――しかし、
実は内面はウジウジ、グシャグシャしている――青年に
心を動かされ、思い悩むという話。
彼女は秘密を抱え込んでいられず、
自分と彼を引き離してくれとフランソワの母に手紙を書き、
遂には夫にも心情を告白してしまう。
面白いのはエンディングでの夫のリアクション。
彼はあくまで妻を籠の中の鳥のように愛で続ける意思を翻さず、
結果、彼女の心は
現状以上にフランソワへ傾くことはないとしても、
夫との間には、
さながら一枚の紗幕が掛かったかのような距離感が
生じてしまうのだった。
マオにもっとバイタリティや図々しさがあれば、
苦労を承知で自由を求めて外へ飛び出す、
イプセン『人形の家』のノラのようになれたのだろうか。
仮装舞踏会は準備すら中途半端で、
一同はこれから改めて各々の役回りを定め、
それに従って上辺だけは楽しそうに、
力尽きて倒れるまで踊り続けるのだろう。 -
Posted by ブクログ
郵便パイロットての経験を通じて人間のあり様については解くエッセイ。
やや難解な文章なので少々読んでいて注意散漫になることが多かった。当時の飛行機乗りはかなりの危険が伴った職業だったようで、故に人間の生き方についての考えが研ぎ澄まされていったように思える。また、当時の読者達は飛行体験を記した本書により未知の世界に想いを馳せたのだろうし、文学的価値以上に読者達を楽しませたのではないかとも思う。印象的なのは、リビアの砂漠に不時着して死の間際まで追い詰められた過酷な体験を綴った「Ⅶ砂漠の中心で」でのサバイバル。
死ぬことと向き合うことになった時にまた読みたくなるような、人生の哲学を丁寧に描く作品です。 -
Posted by ブクログ
「ぼく」は戦争で傷を負い、職もなく、年金で暮らしている。家族も彼女も、友達も、いない。孤独が僕を押し潰すというぼくは、毎日本当の友達を探してアクティブに街を散歩する。
けれど、彼は何とも残念な人で、自意識過剰でプライドも高く、女好き…。すぐ通りがかりの女の人を好きになったり、逆にこの女の人はぼくのことを好きなんだ…なんて妄想し始める。
ストーカーまがいのことも軽くやってのける。
人の気を引くために、川沿いで今にも自殺しそうな演技までして、逆に他の人の自殺のお供をさせられそうになったり…
個人的にはかなり気持ち悪い人だと思った。だけど、多くの人の感想を読んでみると、彼のことを憎めない、とか、この本今までで一番好き、とか書いてある。うーん、私がシビア過ぎるんだろうか??
何だかやることなす事、直ぐ変な方に行ってしまう「ぼく」。面白い人だなぁって笑っていいのかな?これってちょっと病的なんじゃ?なんて複雑な気持ちになったりもしてきて…
ただ、こんな状態でも引きこもらず、失敗しても、あー僕は孤独だ、友達が欲しいと果敢に毎日外に出ていく主人公の逞しさは、かなりすごいと思う。
妙に気にかかる一冊でした。
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Posted by ブクログ
うーーん、私はこれはどうもアカン…と思いつつ、最後まで1日で読み切ってしまったのはこのダメすぎる主人公が最後までずーっとダメダメなままで妄想炸裂で、あまりにも痛々しかったからなのかもしれないが。
帯の豊崎由美さんの惹句を見て買ってみたのだけれど、そして小説としては確かに先が気になる、ある種うまい話ではあるのだけれど。小さないくつかが起きる他は主人公の身の上にはほとんど何も起こらない。いや起きるんだけど主人公がいつも変わらない調子なので何も起きてないように見えてしまう。んで、自分の問題を省みることなく(反省するときはとっても的外れ)最後までそのまま。こういう人ってある意味強いよなと思うけど、悪いが私はこの人と“ともだち”にはなりたくないなあ。たぶん数分でイライラして終わる気が。