いしいしんじのレビュー一覧
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どこかの国の昔話のような、おとぎ話のような。
いろんな不思議や疑問も多かったけど『だまされる才覚がないと、かっさかさの人生』なんだって。
たしかにこの本は、上手にだまされて人生を楽しんでる人たちが描かれてるのかな。
テンペルとタットル、星の名前をつけられたふたごが、だましてだまされる。プラネタリウム(星がない天井をみせてる)が好きな村の人たちも、サーカスや手品(だましのたかまり)を楽しみにする人たちも、だまされる才覚があるんだね。
手品師テンペルの最後のうそと、そのうそを守ろうとするタットルのうそが優しい。
人を傷付けないための優しいうそには、だまされたほうがいい。
私も上手にだまされる人生をあゆもう。
まずはプラネタリウム行きたいな。
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猫集会をテーマにした文とコラボの写真集。
・猫のカラー写真 沖昌之
・エッセイと物語 「毛玉」前田司郎
「化身」池澤春菜 「猫をやめたい」いしいしんじ
・解説「猫集会の科学」今泉忠明
猫たちは何処へ行くの?何故集まっているの?
なんだか不思議な猫集会をテーマにした写真とエッセイ、物語。
そろそろかな・・・行こう!・・・一緒に・・・挨拶して・・・集まる。
三々五々集まって・・・猫集会・・・時が経ち・・・解散・・・またね!
そんな感じの猫たちの写真が並ぶ合間に、猫集会をテーマにした
エッセイ、物語が顔を出します。最後に猫集会の研究の話。
集会?な場面の猫たちの様子は、等間隔だったり、触れ合ったり、
寛いだりと違うけど、人の視線に対しての拒否を思わせる視線は、
猫たちだけの不思議な集まりなんだなぁと感じます。
ともあれ、猫好きには楽しい写真集です。 -
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ネタバレ水といのちのお話。陸は海、海は陸、生も死も一続きになって「うた」にのせてぐるぐる回る、そういう強いテーマが短編たちの間に貫かれていてとても統一感ある短編集だった。
「ルル」はちょっと反則だろう、と思いながらボロボロ泣いたけど、一番好きなのは「野島岬」だ。
「わかんねえからってびびっちまって、ちっちゃけえ理屈ぶっかぶせようってもよ、金魚すくいの網でメカジキ追っかけようってなもんなんだ。わかんねえもんはしゃんねえべ、オイラもオメエらも脳みそこんなだしよ。けどよ、パッと見意味なくって、わかんなくってもよ、どんぴしゃのアタリって、案外目の前にぶらさがってんみてえなもんじゃねえか、なあよ、オイ」
そう、私も脳みそこんなで、金魚すくいの網だから、いろんなことわかんないけどしゃんないよね、と思ってなんかすがすがしく、すっきりした。
漁師たちの台詞がまた面白くて、微妙に言葉が足りない感じ、繰り返される感じ、荒々しいリズムが、ああ海で生きている言葉なんだと思ってすっと入ってくる。これも「うた」かな。
解説も良かった。いしいさんの本の暗闇の話。私は「プラネタリウムのふたご」が大好きなんだけど、あれもどうにもやりきれない闇、かなしさが広がっていて、でもそれと共にある人間とおはなしの強さが暗闇にきらきら光っていた。言わんとすることすごくわかる。
「しかし本作では、それがけっしてただの悲しみとしては描かれない。……それら無数の境界を越えていく。」
確かに、どの話もすごく優しかった。大丈夫、暗闇の中でつながっている、続いている、ずっとずっと続いている、たまに入れ替わりながらも続いている。全部が当たり前だと思える、お話の力強さ。いしいさんだなあと思う。 -
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隅から隅までいしいしんじで満たされている。そんな短篇集です。
生と死、光と影、静と動、清と濁、それらが対を為すのではなく混じり合い、しかしひとつにはならないような。そんな混濁とした感じなのに清らかに透き通っている。それがいしいしんじの作品に接した時に感じるものなのです。
二年に一度行なわれる「村うつり」、子どもの上に現れる透明な女の人とエアー犬、海からやって来た少女とピアノ、あたらしい熊を求める僕。突拍子もない設定に放り込まれて巻き込まれて流されて、行き着く先はどこなのか。想いも感想も思考も全てを飲み込む、そんな物語たちが詰まったいしいしんじの短篇集。 -
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ネタバレプラネタリウムに置いて行かれたふたご。テンペルタットル彗星の解説中に泣いたことから、テンペルとタットルというなまえで呼ばれるようになる。銀色の髪をした美しいふたご。
紙製品の工場が動き続ける村では、もやや煙で星が見えない。
ふたごは解説員「泣き男」のもとでプラネタリウムや星、神話に親しみながら育つ。
あるとき、魔術師テオ一座が村にやってきたことからふたごは離れ離れになる。タットルは郵便配達をしながら星を語り、テンペルは手品師へと。
「麦ふみクーツェ」以来の、いしいしんじ作品でした。
クーツェを読んだのも思い出せないくらい昔のことで、いしい作品をほぼ知らない状態での読書でした。
優しい文章は気持ちを暖かくさせる。でもその優しさは、シリアスな展開では不思議な感覚にさせました。
登場人物に名前がない(ふたごとテオを除いて)、時代や場所の背景がはっきりと描かれていない分、私の想像が世界を作っていくので楽しかった。
作品の中には、ふたごも村の人も、一座の人も、人を「だます」シーンがある。「だます」というとちょっと聞こえが悪いけれど、悪い意味ではなく、誰かを思っての行動だった。
村に新しい工場ができることになり、それまで村や人々にとって畏怖や畏敬の対象だった北の山が崩されることに。何十年も熊が出ていない山で、毎年狩りの時期に行う儀式。なんのためだったのだろう、と肩を落とす狩人。しかし北の山に熊が出たことによって、再び村は盛り上がる。
でも実はその熊、タットルだった。
山を開かせないようにという思いでした行動なのだと思う。(撃たれないか撃たれないかとハラハラ読んでた。)
しかし村の人たちは、熊はタットルが正体だと知っていた。知ったうえで作戦をねり、山へとのぼっていた。
これはお互いにだましあっていたってことなんだろう。
でもそれでいい、と村人は思っていたのだろう。
毎年毎年、儀式的に行ってきた自分たちの行為、村を思ってのタットルの行動。嘘とか、本当とか、そんなことではなくて、誰かを喜ばせたいという気持ちがそうさせたんだろう。
そしてお話の最後には、みんなが大きな「嘘」をつくことになる。それでも一人の男の子を救った。
喜ばせたい、幸せになってほしいという気持ちが生んだことなのだろう。
個人的には、死と星が結びつかなかったことに不思議な安心を感じた。(これは私の個人的な死生観?)
氷山の氷から、ゆっくり解けだして水になる。水になったらすべての海とつながりをもち、雲になってどこかに降りそそぐ。
そうやってもっと広い世界へとつながりを持つのかもしれない。
思えば、プラネタリウムの中でも人をだますことになるのかなぁ、と。
天井に広がっているのはにせものの空で、にせものの星。時間も操作できるので、にせものの時間の中にいる。そのなかで、本物とおなじように見せる。
星座に描かれた神話は、実は出典がごちゃごちゃになっていたりして、生まれてから長い年月と人の営みを経て変化してきたもの。だからはっきりとした正解がない。でもそれを、きちんとお話をする。
小さい地球上ではわからない天体の動きや、その科学的なものを、空間や時間を操作して(にせものの世界のなかで)お話をする。
でもそれは、誰かを喜ばせることのできる。ちょっとした手品なのだ、と教えてもらったような気がした。 -
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毎日新聞に連載されていたエッセイをまとめたもの。
『京都ごはん日記』に書かれていたことが、
読みやすい文章で、説明も加えられて、
いしいしんじを知らない人にも分かりやすくなった感じ。
息子に対する愛情を、作家の客観性と文章力で書くと
誰のココロにも繋がっていく深みが出る。
男性作家が子供について書く文章が私はすごく好きだなー。
この作家の子供だから、で
他の子供には体験しようのないものもたくさんあるけれど
日常の中で子供が見せる新鮮な反応や言葉は、
子育ての醍醐味なんだろうと思う。
目の前の小さなことに怒ってばかりいるお母さんや、
仕事に追われるばかりで時間のないお父さんに、
こういう本を読む暇もないのかもしれないし
読んでも味わうほどの余裕もないのかもしれない。
でも後から振り返って、うつくしい思い出として読むよりは
今読んで、今の時間の大切さを感じてほしいなあ、
などと部外者は呑気に思ったりする。 -
Posted by ブクログ
漢字の開き(ひらがな)が多いので
読み切るのに少し時間がかかりました。
前半にあるのは穏やかで停滞した世界。
後半に訪れるのは残酷で優しい世界。
後半に物語がどんどん加速するので、
途中で断念してしまった人も、
ゆっくり休み休みで良いので
読み進めて欲しいなぁと思う作品でした。
終盤に主人公のバックグラウンドが
靄が晴れるように一気に明らかになっていき、
それはそれなりに鬱蒼になる内容だけれども、
根底には思いやる気持ちが流れているので深く沈み込むことなく、
読後には柔らかな余韻に包まれます。
所々散らばる一見意味不明なパーツたちが組み合わせっていく様も読みどころです。
人生には救いのないことがままありますが、
この作品に悲劇は数あれど、本当の悪は描かれていません。
それが現実との境界線であり、いびつで愛おしい童話たる秘訣なのかもしれません。