ミルのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ友人からもらって、なんとなく読んでみた。最近、自分の考えを深めるために、哲学的なものの見方が必要と思っていたので、ちょうどよかった。
内容的には、漫画で、ストーリー性があり、ものすごくおもしろくわかりやすく「自由」について学ぶことができた。
そもそも自由とは何なのか?自分の自由が、他人の自由に害を与える場合、その自由はどこまで認めていいものか、自由を守るためには我々は国として、個人として、何をすればよいか
など、たくさんのことを考えさせられた。
だが、今の日本は(というか、僕の周りは)かなり自由に何でもできる環境があり(他人によって準備されていて)、自分から何かしないといけないというように感じないことが多い気がする。
つまり、ある程度豊かすぎて、自分が何をすればよいかわからない状態になってると思う。
昔の、高度経済成長期だったら、大人も子供も、生活の発展のため頑張れたと思うが、現代はどうだろうか?
ある程度成熟したこの日本の中で、自由の先には何が私たちを待っているのか。よりよい日本になるため、何をすべきか、過去に学び、未来に活かしたいなと思わせてくれました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ(AI壁打ちまとめ)
ミル『自由論』の論理展開の総整理
ミルの議論は、究極的には**「個性」の発展を通じた社会全体の幸福(功利)の最大化を目指すものであり、そのために「自由」**が不可欠であると論じられます。
1. 核心原則:他者危害の原則(Harm Principle)
出発点は、社会が個人に干渉できる唯一の正当な根拠を定めることです。
* 定義: 個人の行動が他者に危害(harm)を加えるのを防ぐ目的を持つ場合にのみ、社会(国家や世論)は干渉することが許される。
* 結論: この原則の裏返しとして、他者に迷惑をかけない限り、人は完全に自由であるべきである。
2. 自由の固有の領域(私的領域)
他者危害の原則によって守られる、個人の絶対的な自由が認められる領域です。ミルはこれを3種類に分類しました。
* ① 内面における良心の自由
* 具体的な内容と役割:思想、感情、意見を持つ自由。人間の能力の源泉。
* 他者危害の原則との関係:完全に「自己にのみ関わる」ため、絶対的に不可侵。
* ② 人生設計の自由
* 具体的な内容と役割:自分の性格、嗜好に基づき、生き方や生活計画を自由に選択・実行する自由。
* 他者危害の原則との関係:行動は他者に影響を与えるが、他者が自由かつ自発的に同意し、関与しているなら保護される。
* ③ 団結の自由
* 具体的な内容と役割:他者に危害を与えない限り、個人同士が自由に集まり、結社を組む自由(家族、友人関係など)。
* 他者危害の原則との関係:他者危害を防ぐという条件のもとで、原則的に保護される。
3. 個性の重要性(自由を擁護する究極的根拠)
「なぜ自由が必要なのか?」という問いへの答えが「個性」です。ミルにとって、個性は自由の究極的な功利(幸福)的価値です。
* 個性の定義: 習慣や世論に流されず、自ら判断し、自ら選択し、自らの能力を最大限に発達させるプロセス。
* 役割:
* 個人の幸福:個性がなければ、人間は理性的な能力を発揮できず、真の幸福を得られない。
* 社会の進歩:個性的な少数意見こそが、社会の誤りを正し、新しい真実や生き方を発見する原動力となる。個性を圧殺することは、社会の停滞を意味する。
4. 現代的課題:境界線の曖昧さと「危害」の性質
ミルの原則を現代の複雑な社会に適用する際の主要な論点です。
* 家庭内での自由の衝突
* 適用される原則と論点:原則として、①信仰は自由だが、②行為は他者危害の原則と責任が伴う。
* 結論:妻の負担(危害)を伴う夫の信仰活動は、夫の絶対的な自由とは言えない。夫の自由は、妻の自由と権利を防衛するために調整・制限されるべきである。
* SNSと自由
* 適用される原則と論点:原則として、言論の自由(①)は最大化されたが、他者危害の原則が試されている。
* 結論:ネット上の誹謗中傷は、精神的・名誉的な**「危害」として扱われるべき。SNSは「世論の専制」**を加速させ、個性を萎縮させる脅威となっている。
この論理展開を通じて、ミルは**「個性」という進歩の源泉を守るために、「他者危害の原則」**という強力な防壁を設けたと言えます。 -
Posted by ブクログ
古典をまんがで読みやすく!というチャレンジ精神に溢れるイースト・プレス社の『まんがで読破』シリーズ。
今回はジョン・スチュアート・ミル原著の『自由論』をマンガ化!
『自由論』とは、そのタイトル通り「自由」とは何かについて書かれた本。
感想としては、これは原著で読んだ方がいいかな。
一応、『自由論』の概要だけ書いておくと…
・道徳や慣習をタテにする多数派(つまり、民主主義)による抑圧は、ときに個人の自由を侵害する。
・政府や国家が、個人の自由を妨げてまで権力を行使することが正当化されるのは、誰かの自由が奪われてしまう場合の自由の保護を目的とするときのみである。
・文明の発展には、一定の自由が必要である。なぜなら、不当な干渉があれば、思想の自由も言論の自由も損なわれてしまうから。そうなれば、個性と多様性、さらには天才も保障されなくなり(排除されやすくなり)結果的に人類の知性の発展は望めなくなってしまう。