國分俊宏のレビュー一覧
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「あの人と一緒になって五十年になるけれど、一度だって私の財布には六十フラン入っていたことすらないんだよ。財産を取り返すためじゃなかったら、おまえさんたちをこの牢獄のような家に呼ぶなんて、絶対しなかったけどね」
「でも、それでどうやって生きているのです」ジョゼフは、フランスの芸術家が決して失わない陽気さで無邪気に尋ねた。
「それはただ」老女は答える。「神様にお祈りしながら生きているんだよ」
この言葉にジョゼフは軽い慄きを覚えた。にわかにこの老女が大きく見え、思わず二、三歩下がってその顔をまじまじと見つめたほどだった。その顔は光り輝き、実に優しい静謐さに満ちていたので、ジョゼフは「あなたの肖像画を -
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ネタバレジッドの真心からの叫びが悲しい。
ユートピアができるはずだったのに何でこうなってしまった?と嘆く。
本当にジッドのようなただ純粋に平等な社会が来ることを信じてた人達を騙したニセ予言者や独裁者は罪深いと思う。ニセ予言者について哲学者のカール・ポパーが『推測と反駁』で結構強めの言葉でこのように批判してる。
丸ごと全体がすっかり善なる社会といった遥けき理想を志し、この理想のために働くことによって間接的にこれらの目的を実現しようとしてはならない。この理想の心をそそる未来図に自分は支えられているのだと深く感じるにせよ、自分はこの理想の実現のために働く義務があるのだからとか、この理想の美しさに他の人々の -
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585P
「ラブイユーズ(l’Aboyeuse)」はフランス語で、「吠える女」や「吠える人」という意味です。語源は「aboyer(吠える)」という動詞で、犬が吠えることを指します。特に比喩的に使われる場合、人に向けて批判的・攻撃的な発言をする人を表すことがあります。
バルザックの作品における「ラブイユーズ(l’Aboyeuse)」は、彼の短編小説「ラブイユーズ」に登場する人物や状況を指します。この短編は1836年に書かれ、バルザックの大作『人間喜劇』の一部として位置付けられています。
概要
物語の中心には、貧しい田舎の女性が登場します。この女性は、フランスの地方で暮らしながら、その激し -
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19世紀のフランスを代表する作家のひとりエミール・ゾラの短編集です
ゾラといえば『居酒屋』『ナナ』などの長編が有名なんですが、光文社古典新訳文庫にはないのです
ないのだからしょうがない
しょうがない読みましたが、これが面白い
うん、ゾラ面白いわ
よく音楽の世界では「耳に心地よいメロディーはクラシック音楽で出尽くしている」なんてことを言われたりして、まぁこういった風説には賛否あるでしょう
自分としてはそんな訳あるかいな!現在も素晴らしい才能によって新しいものが生み出され続けているわ!と思うのですが、一方で「出尽くした」とは思わないまでも、かなりの部分がクラシックに覆われているのも認めなけれ -
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「オリヴィエ・ベカイユの死」
オリヴィエ・ベカイユは貧しい家の娘マルグリットに結婚を申し込む。本人は乗り気じゃなかったが娘を厄介払い出来る両親は承諾。彼女もその現実を受け入れた。田舎の生活に嫌気が指していた妻の気持を察し、二人はパリに仕事を見つけ出て来た。しかしパリに到着してすぐにオリヴィエは病気になり、体が硬直して声も出せなくなる。周りの人間は彼が死んだと思って葬式の準備を進める。気落ちした妻を同じアパートに住む青年が慰めたり、オリヴィエは気が気でない。そして意識があるまま彼は墓に埋められてしまう。
「ナンタス」
田舎からパリに出てきた有望な青年ナンタスはなかなか仕事が見つからず困窮の果て -
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バルザックの著作の多くは「人間喜劇」で括られていますが、本作は風俗研究-地方生活情景カテゴリ中の作品。
タイトルのラブイユーズは、川揉み女(川の水をかき回してザリガニを罠に追い込む)の意味で、バルザックあるあるで重要だけど主人公じゃない人名(蔑称)。♪エビすくい、えびすくい♬
登場人物整理は、文庫の巨大しおりが便利で、人名刷り込みができればすごく読みやすく面白い。分類としてはピカレスク的悪者小説です。善い行いをする人は絶対に報われるのが当然と思ってる人にはおススメしません
第1部 悪者Aは何て悪い奴!
第2部 悪者Bに善人が挑戦し、、、
第3部 -
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ソ連については教科書以上の予備知識はあまりなかったので、当時フランスでソ連の信奉者が知識人の中にも多くいたのには驚いた。あとがきにもあるように、「歴史が証明した」後に私は生まれたから。
旅行記と聞いて想像した内容とは違って、ほぼソ連への批判文だった。最初こそはソ連への希望的観測を捨てきれていないようだったけれど。
全体として真実を見つめ誠実であろうとするジッドの姿勢にはとても好感が持てた。ジッドがソ連を訪れたのは66歳だったという。作家としても成熟した年齢になっても、自分の想像と現実が違ったときには過ちを認められる柔軟さや誠実さを持ち続けていることに尊敬。
現代でも全体主義的な脅威はいまだ存 -
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隣の芝生は青く見える。それは国同士でも同じ。フランス出身の著者が、共産主義のソヴィエト連邦に憧れるのは自然だったと思う。ソ連の対外国へ向けてのプロバガンダがうまかったということもあるし、そもそも人間には、ないものねだりなところがある。
著者がすごいのは、自分の意見を変える柔軟性があったことだと思う。最初は憧れと幻想からソ連を賞賛していたが、現場を目にして疑問を持ち、失望する。共産主義の痩せた市民と私腹を肥やす特権階級の人間とのギャップ。補充されない品物棚。質の悪い製品しか選択肢のない暮らし。一律化された思想。相互監視で誰も信用できない社会。もし自分がここで生活することになったらと思うと、ゾッ