神崎宣武のレビュー一覧
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神崎宣武
1944生。民俗学者。旅の文化研究所所長、岡山県宇佐八幡神社宮司。著書に『「まつり」の食文化』角川選書、『酒の日本文化』『しきたりの日本文化』角川ソフィア文庫、『江戸の旅文化』岩波新書、『神さま、仏さま、ご先祖さま』小学館など多数。
しかし、江戸の紀行文を総じてみると、案外と和歌が少ない。江戸時代に、その分野ですでに和歌の後退現象が生じている。というか、和歌が古典として格上げされたのである。 かわって 流行るのが俳句である。なかでも、芭蕉は、のちに俳聖といわれるほどに俳句を広く知らしめた。その芭蕉の俳句も、大半が旅先で詠まれたものである。
「赤富士」や「浪裏」で知 -
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ネタバレ私自身の古事記についての知識が浅く、いまいち理解ができないところもあったがとても面白かった。
時代とともに神々も進化していく、寛容な時代があったのだなととても癒された。
吉備津彦命と倭建命の章は、元ネタをなんとなくだが知っていたので理解しながら読めて大変面白かった。
古事記と日本書紀は完全に別物だと思っていたので、古事記がさらに編纂されたものが日本書記と知って驚いた。この辺りの知識をつけたい。
山幸彦の章で、お産の立会いが昔はタブーだったと知り驚いたとともに、その理由が
p92「妊婦の健康を維持するための隔離であった。家事からも夫の世話からも解放された。」とあり、現代でもタブーにした方が -
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民俗学者にして神主の神崎宣武氏による地元備中高原の村の民俗エッセイ。30年ほど前に書かれたものの再刊だが、当時の村の人々の姿が見事にとらえられている。これは貴重な記録であり、読んでも面白い。備中神楽、中世の姿をとどめるような村、神仏習合的なものも残されているなど大変興味深い。さらにその場所が美星町であり、星好きとしては思わず乗り出してしまう。たとえ美星は美山と星田の合併でたまたま付いた名前だとしても、それをもって村おこしをしているのだし。
しかしこの本に書かれている地域や家々などの祭りは今はどうなっているのだろう?気になるところではある。神崎さん続きを書いてくれないかなあ。
ちなみに現在4巻ま -
購入済み
興味深く読んだ
私は女性ですが、前から遊廓に興味があったので興味深く読ませてもらいました。
性病検査の事は衝撃的でした。なんか気持ちがすごく暗くなりました。
色々と当日の生の声を集めたり、著者もかなり大変だったと思いますが、当時の遊廓の内部を覗くことが出来る貴重な本だと思いました。 -
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民俗学者であり、故郷の郷社のパートタイマー宮司でもある筆者の、神社神道という形で組織された神道の型枠に当てはめられない形で存続する神々についての考察。
そもそも日本は神の国であった。
山、岩、滝、田、竈門、我が国には様々なところに神が宿っていると考えられてきた。
歴史ある神社が体系だって統一しているのは、その神々のごく一部でしか無い。
その神社の外にも、神々は在る。
そのさまざまなバリエーションを、パートタイマー宮司である筆者が、さらに学者として調べた多くの在郷の神々、古くから伝わる在郷の神社、神事などの情報を合わせて紹介している。
結論があるわけでなく、存在が多様であるということが、日 -
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ネタバレ著者は戦後の岡山県の地方で神主をしている。
一方で東京で民俗学者としても働いている。
祖父や父親、またはその世代の老人たちからの話と自分の幼少時代から現在までの移り変わりを含めた奮闘記。
エッセイのようであるが、こうやって日々の暮らしが紡がれていくのだ、と思える、生きた民俗の本、という感じ。調査ではなく、実体験として書いているので、その情景が目に浮かぶような気持ちになる。
著者自身の心の移り変わりも読み進める中で読み取れるので、継ぎたくなかった神主の仕事…東京で宮本常一と出会い民俗学に出会う…神主という立場から聞ける色んな話、歳をとってからわかる伝統を残すことの大切さ…という経緯を経て、最後に -
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私たちの多くは、遙か遠い先祖が祀った神の存在を知らずに生きている。都市で育ち、都市で生き、都市で死ぬ。これらは珍しくはない。地方から上京し、地方にいる神との縁が遠くなり、何れその神が何か存在すらも忘れ去られていく。本著はそういう神は社を持たずとも身近にいると説く。正月や祭りを例に挙げている。私たちにとって、その季節の風物詩で信仰する神に対してどれだけ興味や関心を持ち、信仰を純粋に保つことができるであろうか。
信仰を持つ、神を意識する、身近にいる存在である。古来の日本から続き、これからも八百万の神の中で私たちは生まれ、人生を生き、死ぬだろう。それも含めて自然であり、信仰であり、日本人としての感性 -
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おみくじ護符であるので吉がでたら財布に入れるか神棚に納めるかして1年間のお守りにする。凶がでたら逆手(利き手でないほうの手)で枝に結ぶ。結びにくいことで「行」とし身を祓い再びおみくじを引くのだそうだ。本来は禊をするなり荒行で身を祓うのに代えて逆手で結ぶことで代替する。作法の「縮小化」である。
宗教にあらざる「信心」というもので、私ども日本人は、それで代々が「安気」に暮らしてきた
こうした「信心」に根ざす「作法」は地域ごと家ごとに伝承されてきた。地域や家というものが崩れてくる中でしきたり本などが生まれてきたが、「なんのためにそうするのか」をとかないまま作法はかくあるべし断定するのはいかがなもの