五十嵐藍のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『ちーちゃんはちょっと足りない』の阿部共実先生に負けないくらい、読み手の心を決して痛くはないけど、結構、深めに掻き毟ってくる漫画を描ける描き手の一人だな、五十嵐藍先生は
読んでいると、「トラウマ」と呼べるほどじゃないにしろ、あまり、目を合わせたくない自分の中にいる、簡単に壊れそうなのに、汚い何かが重しを乗せてる蓋を内側からわずかに開けて、自分とそっくりの顔を覗かせてくるような気がしてならなかった・・・・・・
面白い、とは違う意味合いで、確実に読み手の心に強い印象を残していく
情緒が不安定な時に読んだらマズそうだな、そう、しみじみと思えるのは、私の精神状態が今現在、割と安定している証拠だろうか
冷た過ぎではないが、癒される温かみに欠ける、鋭めな絵柄が、ストーリーの切れ味を高めている気がした
頻繁ではないが、おっぱいも丸出しになっている
ただ、このおっぱいにもドキドキはしない。いや、もちろん、エロいにはエロい。しかし、他の少年漫画のそれには、揉みたい、舐めたい、挟まれたい、そんな欲も湧くのだが、五十嵐先生の描くおっぱいには、男が女性に対して感じがちの母性を、私は感じてしまった。芸術的と言ってしまうと、少々、高尚すぎな気もするが、少なくとも、劣情を齎さない
安心して、じっくり見れるおっぱいだ
しかし、『鬼灯さん家のアネキ+妹』のおっぱいは、何故か、ムラムラしてくるから不思議だ。やはり、内容っつーか、ジャンルの違いが大きいのか?
アニメ化して欲しい、と思う一方で、腕(声?)に相当、自信のある声優を起用しないと、この『ワールドゲイズクリップス』の、誰でも持ってしまっている心の陰を引き摺り出す魅力を表現できないかもなぁ、そう、素人らしい不安を覚えてしまう
この3巻に収録されている話は、どれも芯に響くが、個人的には五十嵐先生の漫画家としての皮が剥け出しているのを感じた、『深夜のコメディ』。気を落ち着けて考えれば、ありえない、と理解できるのだが、妙なリアリティが、一夜の間にトラブルに巻き込まれる登場人物らの行動が微妙に絡み合って、終幕に向かっていくストーリーにはあった
この台詞を引用に選んだのは、この若さゆえの悲痛な叫びに刻まれた傷だけがまだ塞がらず、血が滲み出続けているから。幸せに不安を覚えられる人間は、ある意味、幸せだ -
Posted by ブクログ
まぁ、ともかく、カオス
ラブコメ、ホームコメディ、エロコメディ、どのジャンルにも入っている
成年漫画に載っていても不思議じゃない、そう感じるギリギリのラインを踏むか踏まないか、で攻めてくるものだから、余計に淫らさが際立っている
姉弟が主軸だった前作もエッチいストーリーだったが、ここにフェロモンMAXの妹が参戦した事で完全にリミッターを外してきやがった、確実にこっちの頸動脈を狙ってきている
画もネタもキャラの個性もシャープだから、余計にスピードを感じ、受けるなんてとんでもない話で、急所を抉られないよう避けるので精いっぱい
当たればデカい一発、喰らい続けたらマズい小技の積み重ね、どちらも的確に使い分けてくる
単にエロエロな作品ではない証拠だろう
この作品から読んでも、艶っぽいハルさんの虜になれるのは間違いないが、前作でファンになった私としてはあえて、前作から読む事をお勧めする
その方が、ハルさんと、ヘタレで性癖に難はあり、煩悩が激しすぎるも、男としての軸はある吾朗の仲睦まじさが分かり、更にこの『鬼灯さん家のアネキ+妹』を楽しめる事は確実
これから、ストーリーと、鬼灯姉弟の人生がどちらに転がっていくのか、愉しみ -
Posted by ブクログ
超シスコンの弟とサディスティックな姉とのお話(血はつながってない)
サディスティック成分は割と多め。
姉が本気で弟の苦しむ顔を拝みに仕掛けてきます。
割とネタはストレートなものが多く、エロの表現も割と下品。
でもチョイチョイと姉の優しさが垣間見えるのが安心できますね。
本来のツンデレの配分ってこんなものなのではないでしょうか?
姉妹のやりとりが素敵なのは当然なのですが、
京ちゃんや水野さんが素敵ですね。
というか水野さんが素敵なんですよ。
あのシニカルな感じのかまって感が可愛い。
京ちゃんの悩みも眺めてて大変微笑ましいです。
サブキャラの扱いが丁寧です。
最後に実姉が出てきてリアルを突きつけてくるのが面白いですね。 -
Posted by ブクログ
『放課後ロスト』の予習で読んだ。
「放課後」、「ブルーアイズ・ヘキサ」、「レコードの暗号」、「ゴミ捨て場の通信」、「アスファルトワールド」、「休み時間の10分(#1)」、「一人遊び A」、「一人遊び B」、「ステレオタイプ」、「透明なデカダンス」、「エンドオブザワールド」、「ピアノ」、「worldgaze clips / kaleidogazer」の全13編からなるオムニバス。
前巻に続き、映画版とは繋がりのない最終巻。
正直、あまりにも各々の作品が短く、語りきれてない印象を受けるものも多かったりで、良くも悪くも散文的な作品ではある。
個人的に好きだったのは男子学生とレコード屋の女性店員がレコードの並びでやりとりする「レコードの暗号」と、ゴミ捨て場の通信機で見ず知らずの誰かと会話をする学生の「ゴミ捨て場の通信」。
それ以外のエピソードはそこまで印象には残ってないけれど、それすらも愛おしく感じさせる最後のエピソード「worldgaze clips / kaleidogazer」に圧倒される。
異なる物語を1冊の単行本としてまとめた時に世界観が立ち上がる。
それこそが作者の意図した方向性だと思うのだが、「worldgaze clips / kaleidogazer」はその最もたるものだった。
"kaleidogazer"という言葉は調べても出てこず、おそらく造語だとは思うのだが、どういう意味なのか。
調べたところ、"kaleido"に関しては、ギリシャ語でkalosが「美しい」、eldosは「形」を指すことから、転じて「変幻極まりない」という意味。
"gazer"は、英語で"じっと見つめるもの"とのことで、「美しい形(あるいは変幻極まりないもの)をじっと見つめるもの」といったところだろうか。
「worldgaze clips / kaleidogazer」は前半で1,2巻、後半で3,4巻のハイライトが描かれており、作者の中では、3,4巻は「カレイドゲイザー」という夜をテーマにしたまとまりとして捉えているのかもしれないと思った。
全4巻を通して、読み手として汲み取りきれない部分はあったものの、各巻のまとめ方には感動した。
この収穫があっただけでも、読む価値のある短編集だった。 -
Posted by ブクログ
映画『放課後ロスト』の予習で読んだ。
諦めた絵描きに再挑戦する女子高生の「らくがき、うわがき」、女子高生2人が録音遊びにこうじる「プレイ フォー トゥデイ」、部活仲間の男女が身近な数字を集める「数字遊び」、高校中退後の青年が青春の未練に区切りをつける「橙色の時間とさようなら」、空想癖のある女子高生が街をぶらぶらする「クウソウ」、それぞれの青春が重なって遠い過去になる「常温で灰になる日の燃え残りに映る幻」、高校の文化祭を背景に色んな青春の形が交錯する全6編。
映画では、「らくがき、うわがき」が同名タイトルで、「橙色の時間とさようなら」の要素も加えて映像化。「プレイ フォー トゥデイ」と「常温で灰になる日の燃え残りに映る幻」の要素が着想元として、「倍音」という作品が生まれていた。
「数字遊び」の地味なインテリ風男子が小柄な女子部員に振り回されるという展開の、ラノベ感・深夜アニメ感に、中学生男子が好きそうな雰囲気が漂っていた。
ただただ、風船とアヒルのおもちゃを連れて、女子高生が妄想をし続けるだけの「クウソウ」も割と好きだったりする。
そして、なんと言っても「常温で灰になる日の燃え残りに映る幻」の最終回っぽさよ。
実際、残りの2巻は、もはや学校も関係なくなり、物語の統一性が次第に薄れていくので、ここまでのテイストが好きな人はこれを最終巻にしてもいいのかもなと思った。 -
Posted by ブクログ
『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の公開にあわせ、大九監督の過去作を追っており、映画『放課後ロスト』の原作として本作を購入。
高校生の委員長と有川が束の間の家出に繰り出す「放課後ロスト」、高校生男女が死んだカラスの墓探しをする「ウォーキング ウィズ ア フレンド」、幼少期に好きだった少女に執着する男子高校生の葛藤を描く「緑雨」、青い鳥探しに奔走する女子高生の「blue imaginary birds」、放課後を舞台にした全4編からなる青春オムニバス。
映画をだいぶ前に見たこともあって、こんな話あったっけ?と思いながら読んだが、あとあと映画を見返すと、「放課後ロスト」は「リトル・トリップ」として映像化されていた。
映画も大枠は同じだが、原作での「脈絡なく集団睡眠にかかる学校の人々」や「飛び降りを迷う委員長」という、現実離れした要素や退廃的な描写はカット。
ガールズラブ要素が強調されており、より、ポップな印象が強くなっていた。
この第1巻に漂うのは、まさしく「厨二病」という言葉が似合う"陰鬱な空気感"。
どことなく「自暴自棄」や「死の匂い」を感じる不穏なヌード場面や、エゴイスティックで一方的な恋愛感情の描写など、中学生時代に抱いていた退廃的な感情を思い出す作品だった。