外間守善のレビュー一覧
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【沖縄文化というダイナミズム】
私が食卓でヘビロテするお皿はやちむん(沖縄の器)の7寸皿だ。ゴーヤーチャンプルーはもちろん麻婆豆腐、鶏の唐揚げ、ぶり大根など何でもサマになるところが気に入っている。しかしこのお皿のルーツについてこの本を読むまで考えたことがなかった。
本書は言語学者で沖縄最古の歌謡集『おもろさうし』研究の第一人者である外間守善氏による初学者向けの沖縄文化史概説である。特徴は島尾敏雄のヤポネシア構想にならい、太平洋文化圏に位置する沖縄の歴史と文化を、日本列島の文化の根っことして紹介している点だ。
たとえばやちむんの創始は南方の酒器であるとされているが、その後朝鮮、中国、薩摩の陶芸が沖縄で融合し、沖縄的な美意識で包み込んだ鮮やかな結晶であるのだという。泡盛や染織も同様に、ルーツを単純に色分けできない、複合的で豊かな文化の重なりこそが沖縄文化の特色であると強調する。私の皿がどんな料理でも美しくサマになってしまうその理由がわかった気がした。
80年代に開かれたNHK市民大学講座をベースにしているため、外間先生が目の前で講義してくれているようで非常にわかりやすく伝わってくる。(本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会/さとちん) -
Posted by ブクログ
"沖縄戦の記録を読むのは、本書が初めてだ。
本書を手に取ったきっかけは、映画「ハクソーリッジ」を鑑賞してから。
映像もすごいインパクトがあったが、本書を読むと前田高地の戦いが壮絶だったことがよくわかる。映画の主人公であった、デズモンド・T・ドスさんの記述もある。映画ではあたかも一夜の出来事のような描き方をしているが、何日も何日も戦場をさまよい八十余名の負傷兵を崖下に運び命を救ったとの記載がある。
PTSDのリアルな描写もあり、著者が本書を書くことにも相当な葛藤があったことがわかる。戦争の恐ろしさは、人を殺してもなんとも思わなくなることだと、経験者が語りかける。
沖縄が戦場となり、多くの人が亡くなった事実があり、今日の日本へと時代が流れたことを心に留めておきたい。" -
Posted by ブクログ
ネタバレ沖縄の歴史を太平洋または東アジアの諸列島という視点で捉えている。
文化の北上説と南下説の両方を紹介し、酒、染織、陶芸の3つの具体例を示している。
古代史が弱いという指摘があるとすれば、それは文献に比例しているという視点で見れば過不足ない。
文献のない事項と、文献のある事項とを、あたかも同一の価値かのように説くような、通史は素人受けしても、価値があるかどうかとは別の次元ではないだろうか。
日本史の一部として沖縄の歴史を説こうとする傾向に対して、明確な課題を提供していないかもしれない。それは、日本語で日本において歴史を記述しているためかもしれない。
本土自体が混合文化であるのに、沖縄はさらに強烈な中国と日本とアメリカの支配にさらされ、より混合文化の度合いが高いのかもしれない。
その意味では、古い日本の歴史の刻印を持っている以上に、東アジアの辺境らしい文化を持っているといえるかもしれない。
なるべくわかる範囲内の諸説を列記しながらも、確実な筋を導こうとしている姿勢がわかる。 -
Posted by ブクログ
読み始めて「あれ?」と思う。
沖縄の食文化を体系的に論じた本では、ない。
沖縄の料理や酒、菓子類の作り方を解説するわけでも、ない。
民俗学の第一人者である著者が、自分の経験を通して語った、食を中心とした沖縄生活誌といった風情。
あるいは、地元の物知りの先生を公民館やカルチャーセンターにお迎えして、ゆるくテーマについてお話を聞いているような雰囲気か。
読んでいるうちに、もはや存在しない古い時代の沖縄の家でどんな食べ物が並んでいたか、見えてくる気がする。
そして、食べている家族の姿も見える気がする。
沖縄は、中国の文物だけでなく、東南アジアからも、日本本土からも、モノが入ってくる。
独自のものが生まれる素地がある場所、ということらしい。
また、「クスイムン」という考え方も独特だ。
医食同源、食は薬であるという考え方で、中国や朝鮮半島との文化の近さを感じさせる。
野菜、果物、イモ類、米など、食材の種類は少ない、と著者はいう。
これは意外な話だった。
肉・魚・菓子・餅・飯・酒などに分けて紹介される。
行事食には、その行事のあらましも紹介されていく。
ここは民俗学者だった外間先生の面目躍如たるところか。
かまぼこ(かまぶく)などは、蒸すのではなく揚げて加熱する。
鶏卵を加えた「カステラかまぼこ」なるものもあるそうで、私たちの思う蒲鉾とはかなり趣が違う。
茶も、想像を超えるものがある。
「ぶくぶくー」といわれる泡茶である。
唐米をきつね色に炒り、煮立てて「煎米茶」を作る。
そこに、「しーみー(清明)茶」と番茶をブレンドして煎じたものを、1対1の分量であわせる。
それを大型の茶筅で泡立て、そこに小豆ご飯を少し入れ、泡を盛った上に刻み落花生をかける。
戦国時代には本土でもあったというが、食べ物なのか飲み物なのか…。
楊梅(ヤマモモ/ヤマムム)は、塩漬けにして食べるとあって、驚く。
ニガナはなんとなく予想がつくが、糸瓜(ナーベラー)は子供が苦手な野菜なんだな、ともわかって面白い。
楽しく読み終わり、ふと気づく。
あと一週間で沖縄慰霊の日。
ソテツを食べてしのいだ(戦時中ゆえ、うまく毒を除去できなかったこともあったとか)時代のことも頭をよぎった。 -
Posted by ブクログ
沖縄出身の初年兵だった外間守善氏の手記。氏が配置された第24師団第32歩兵連隊第二大隊(志村大隊長、山形・北海道・沖縄の部隊)が初期配置の島尻から前進して前田高地の戦いに従事、撤退もままならず、潜伏しつつ終戦・投降した流れを一兵士の視線から見る。
また、普通の戦記はそこで終わるのだろうが、米軍に収容され、戦後直後の沖縄で教職に従事しつつも、21年秋には疎開した母や姉を追って本土に潜入し宮崎で再会を果たすところまでの戦後直後の混乱期の動きも興味深い。
最後4割は、証言編として志村大隊長や第一大隊長の伊東大尉、同僚の北海道・沖縄の兵士、ハクソーリッジのエドモンド・ドス一等兵などの回想(前田高地の戦い中心)が記されており、前田高地の戦いが複眼的な見えるように工夫されている。 -
購入済み
名著と名高い本書。沖縄を太平洋文化圏の中に位置付け北に日本・朝鮮、西に中国、南にマレーシアやベトナム、タイなど東南アジア諸国と、それぞれの地域の影響を受けながら独自性のある文化と歴史を形作っていったことがわかります。
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Posted by ブクログ
太平洋戦争末期、帝国日本の敗戦もほぼ確実な状況となり、アメリカの本土上陸の足掛かりとして、大規模な戦闘が行われた沖縄。日本軍は陸軍海軍合わせた正規軍隊は5万、現地招集の後方支援部隊などがほぼ同数、合わせて10万強。対するアメリカ軍は最初の上陸部隊だけでも18万、延べ上陸数は28万弱。加えて海からの艦砲射撃と空からの航空機による支援攻撃と、その圧倒的な攻撃力をもって昭和20年3月末から周辺島嶼そして4月1日から本島への上陸を開始する。その後の戦闘経緯については多くの書籍に記されており、将官クラスから一兵卒、民間から志願した鉄血勤皇隊やひめゆり部隊、そして行政の長と様々な立場から語られてきた。戦後の沖縄も基地問題などを抱え続けた事から、今なお夏になれば毎年の様に沖縄戦に関連する書籍が書店の店先に並ぶ。沖縄戦での軍官民の死者数は20万人以上とされており、巻き込まれた民間人の数は、沖縄県民50万の4人に1人が亡くなった想像を絶する規模である。
本書は20歳で幹部候補制として沖縄現地招集となった初年兵の経験に基づき書かれている。特に激戦地として知られる前田高地の戦いが主となる。同地を巡っては日米が互いに奪い合いを繰り広げ、手榴弾を互いが拾って投げ合う様な肉弾戦が展開されていた。同高地を囲んで周囲の戦闘要地に展開する3つの大隊。いずれも勇敢に死を賭して繰り広げられる。筆者はその1大隊の大隊付きとして自身が見てきた戦闘経緯をありのまま語る。文字から伝わる悲惨さも凄まじいが、アメリカ側の視点で見た「ハクソーリッジ」で映像を観た方なら血生臭い泥に塗れた戦闘シーンをリアルに想像できるだろう。
とにかく物量・兵力も圧倒的に違う2つの軍隊が戦う時、勝る側の凶暴性を劣る側の生命力がいかに上回るか。生と死の境界線を彷徨う兵士達の姿に涙が浮かぶ。
後半は終戦から捕虜生活、そして本土に渡った筆者が当事者たちに会って得られた証言に変わる。誰もがその「あらゆる地獄を詰め込んだ」場所で生きた主人公であり、さらにそれら点の生き様を証言による線で繋いでいく。
丁度選挙の時期で窓を開ければ外から選挙カーの喧しい音が入ってくる。それすら忘れ、艦砲射撃や手榴弾の爆音、身を潜め夜間に豪から豪へと静かなる転身を図る兵士の息遣い、暗い夜空を見上げれば美しい星空と波打ち際の海の声、郷に響き渡る痛みを伴う呻き声。次々と当時の兵士や民間人達が聴いたであろう音が自分の耳に響いてくる様な感覚に陥った。
今年の夏はまた沖縄を訪れよう。