氷上英廣のレビュー一覧
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いま述べたのは比喩だ。
ずっと比喩や。
と思いつつ、あーわかりそう、わかりそう、、、
あーわからん。。
の繰り返しで匍匐前進して読み進めた。
心が平たくある時でないと、常に文字の上を空振りする。
意味があるのか、ないのか。なにを言っているのか、言わんとしていることを理解しないといけないのか訳がわからなくなる。
その中でも超人思想の要点として、
自己研鑽し続ける存在であるべきだと理解した。
◾️名言ポイント
「人間は動物と超人の間に張られた一本の綱だ」
→ 人間はゴールではなく、通過点。
「自分自身を愛することを学べ」
→ 他者への愛の前に、自己肯定が必要。
「君たちは偉大なものへの道を歩んでいるのか?それとも没落への道か?」
→ 常に自問せよ、という問いかけ。
「体は大きな理性だ」
→ 魂より肉体・本能を重視する、当時の哲学への挑戦。
「戦士の魂を持て。平和を愛するな、勝利を愛せよ」
→ 安定より成長・挑戦を選べ、という意味。 -
Posted by ブクログ
とりあえず読んでみたものの、内容を理解できたとは言いがたい。やっぱり難しい本だ。竹田さんや永井さんのニーチェの解説書を読んで、あまりよくわからなかったから、原書を読んでもわからないのは当然か。もう少しニーチェの思想を解説書で理解し、ニーチェの原書の中でも簡単なものを読んでから読まないといけないかもしれない。
ただ、文章はとても詩的で美しく、読んでいてとても楽しかった。ところどころに知っている言葉も出てきた。「神は死んだ」や「力への意志」など。それに文章に力があって、アフォリズムがたくさんある。自分のことかもしれないと感じる言葉もちらほら。あまり理解できなかったが。
ニーチェの思想を理解するのは難しいかもしれないが、読み物としては楽しい。哲学を読みたいと思っているから、ここは諦めずにニーチェへの理解を深められるように励みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレつづき。
主人公ツァラトゥストラが、さらに進化していく、そして最終的に自分の理想的な役割を人間との間で果たしうることになったのか…。
前半あまり民衆たちに受け入れられなかった部分が目立ちましたが、
少し出直したあとは、最終的に永遠回帰の教師ともいわれるまでになっていっているようです。
引き続きいろいろと独り言?説教?歌?で語られていまが、同時に、沈黙すること、通過すること、といった部分もあり。
肉欲、支配欲、我欲、という3つの悪、と言われるものについての述べられていますが、
無私な生き方を否定し、我欲を至福のものとしてたたえる者を肯定しているようです。
そして強調されているのは、自分の意志を持って判断すること、同情しないこと。
___人間は容易に発見されない。ことに自分自身を発見するのは、最も困難だ。「精神」が「心」について嘘をつくことがしばしばある。こうしたことになるのも、重力の魔のしわざである。
だが、つぎのように言う者は、自分自身を発見したといえる。ー「これはわたしの善だ。これはわたしの悪だ」と。かれらはこう言うことによって、「万人に共通する善、万人に共通する悪」などと言うもぐらと小人を沈黙させた。(87)
___いい趣味でも、わるい趣味でもない。わたしの趣味なのだ。90
隣人を愛するのではなく、自分自身を愛する者。
最も遠い者に向けられたわたしの大いなる愛は命じる、「あなたの隣人をいたわるな!」と。人間は克服されなければならない或るものなのだ。…自分自身に命令することのできない者は、人に服従することになる。自分自身に命令できる者は少なくないが、かれらも自分自身に服従するまでにはなかなかなれない!(96-97)
意志することは、自由にすることだ。なぜなら意志することは、創造することだから。これが私の教えである。そして、あなたがたはただ創造するためにのみ、学ぶべきなのだ。(110)
これまでの一神教の伝統的契約の世界観に対しては、新しい人間世界を打ち出しているのかと思います。そもそも契約の世界観が薄い日本人的には、永遠回帰のほうがなじみやすい気もしますが。
___人間社会。これは一つの試みである。わたしはそう教える。ーひとつの長い時間をかけた探究。すなわち命令者を探し求めることである!… 社会は「契約」などではない!(121)
人類の未来をびやかす最大の危険は、「善くて義しい人」たちのもとにひそむ。彼らは、創造できない。創造する者をこそ最も憎む。古い価値をこわす者、破壊する者をーかれらは犯罪者と呼ぶ。(122-123)
___多くの原因を結び付けてわたしというものをつくりだしている結び目ーその結び目は、またわたしをつくりだすだろう!わたし自身も永遠回帰のなかのもろもろの原因のひとつとなっている。(139)
第4部は、さらに祖国や父の国ではなく、未来、こどもの国、漕ぎ出す勇気を奮い立たせる言葉が欠けられているように思います。
暗く深い生にある、自分にとっての永遠のよろこびを、見つけること。大事にすること。極めていくこと、感性に磨きをかけていくこと、そんなことをニーチェは考えていたのかなーと思いました。 -
Posted by ブクログ
下巻はまた面白い。ツァラトゥストラが悲鳴が聞こえたのでその原因を探りに行く途中に会う人々。
みんなツァラトゥストラの洞窟に集結するのだが、最後の方は盛大な演劇的雰囲気の中で「永遠回帰」が語られるのだ。うーん。むずい。これは自分にはむずかしい。というのも、多分自分がこの「永遠回帰」をそういう考えもあるだろうとは思いつつ、受け入れられないタイプだからだ。この辺りがショーペンハウアーは好きだというところと関係があるのかもしれない。
こちらも最後の訳者解説を読んでから本文にいくことをおすすめする。
ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った/かく語りき』はいろいろな訳があるようだが、そのあたり自分に合ったものを探すのも一つかもしれない。
今回わかったけど、自分はあまりニーチェさんとは合わない。