南方熊楠のレビュー一覧
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南方熊楠(1867-1941)は、奇才というにふさわしい、型破りの民俗学者・博物学者である。和歌山に生まれた彼は、少年時代から類い稀な記憶力を見せる博覧強記の人であったが、学業成績は必ずしもよくなかった。長じて東京大学予備門に進むが落第して退学。後、アメリカやロンドンに留学する。大英博物館での研究生活や科学誌Natureへの50を超える論文掲載などで、国内外で大学者として知られるが、終生在野の人であった。
その興味は広く、博物学、民俗学、人類学、植物学、生態学など、多岐の学問体系にまたがる壮大なものであった。往々にして曼荼羅に例えられる、知のラビリンスである。
本書では、熊楠が書き残した論考の中から、25を収録している。
いずれもさほど長くはないが、さらさらとは読み飛ばせない骨太さがある。
何しろ多言語の膨大な文献を読み漁ったと言われる熊楠である。
「草花伝説」と題される論考では、まず紅花に触れる。その来歴について、アラビア、エジプト、中国、日本、スペインと飛ぶ。薊に関しては「創世記」から始まる。中国、日本、スコットランドとめぐる。ノゲシ、雛菊、牛蒡、オオバコ、ウツボグサ。
思い出すままに書き連ねられたような、前のめりの濃い文章である。まるであれもこれも頭に浮かんできて、思考に筆が追い付かないかのような濃密さ。
文献的知識にとどまらず、食用植物の項では自分も食べてみた等の体感的な記録もあるのがおもしろいところである。
「人柱の話」では、土木工事の安全のために捧げられる人に関する伝説に触れる。古来、こうした犠牲は数多い。難工事の際、人を礎に埋めたり壁に埋め込んだりすると、ことが成就するというのは理不尽といえば理不尽だが、よく行われてきたことである。日本や中国、スコットランド、ドイツと類話は数多いが、セルヴィアの故事も紹介されている。王族の妃3人のうち、謀略によって1人が人柱とされ、壁に塗り込められる。だが彼女は幼い我が子のため、死してなお、壁の穴から乳を出し続ける。ユルスナールの『東方綺譚』にも引かれている話だが、ユルスナールの抒情に比して、熊楠は素にして簡。だがそこがまたおもしろい。
山婆の髪の毛。桃栗三年とは本当か。蝙蝠や鳥類の花粉媒介。鹿と緬羊。河童。狸の金玉。水の神とされる田螺。塩に関する迷信。針売り。人魚。燕の子安貝。
古今東西、森羅万象、縦横無尽。
その論考はなまじな才では読み込めなそうだが、目くるめく曼荼羅の文章の森に遊ぶとき、入るたびに違う景色に、人は目を見張るかもしれない。 -
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「海上の道」柳田国男
柳田の最後の著書であり、様々な論議を呼んだこの論文を私は初めて読んだ。「日本人の祖先が、南方海上より流れ着いた人々であった」という論旨そのものは、現在では明確に批判・訂正されているので、改めて読むモチベーションがなかなか持てなかったのである。この全集では、まず「文学」として読もうとしている。「科学」と対立する文学という意味で、私も確かに文学であると思う。構造はほとんど随筆だからである。柳田は、青年の頃拾ったヤシの実からこの論を立てている。私は勘違いしていたが、ヤシの実を沖縄の浜辺で拾ったのかと思いきや、伊勢の浜辺で拾ったのである。そこから、様々な思いと民俗事象を述べた後に、中盤で初めて「宝貝」がキーワードであったと学術的な根拠を述べる構造は、もはや文学であろう。文章は美しい。だから、最後まで読めてしまう。思うに、柳田国男を文学者として読み直す作業は、まだ始まっていないのかもしれない。
「死者の書」折口信夫
いろいろとわからない語句や展開もあるけど、詰まりながらも、なんとか最後まで読み通した。誤解していたのは、古代の黄泉の国描写が半分くらいあるのかと思いきや、それはほとんどなかったこと。有名な「した、した、した」という擬音が、もっと全編を覆っているのかと思っていた。むしろ、発表当時としては、非常に先進的、もしかしたら現代でもまだここまでの水準に達していないほど考証のしっかりした奈良時代小説になっていた。
地の文自体が、古代人の目線になっていて、例えば「片破れ月が、上がってきた。それがかえって、あるいている道の辺の凄さを、照し出した」「月が中天来ぬ前に、もう東の空が、ひいわり白んできた」(218p)というような言葉の選び方は、もう誰も到達できぬ高さである。
しかしこれは民俗学ではない。純粋に小説だろう。
「土佐源氏」宮本常一
(「忘れられた日本人」(1960)より)
池澤夏樹に「小説よりおもしろい」と言わしめる作品である。私もインタビュー記事を書いたことがあるのでわかるが、これだけの内容を聞き出すとすれば、優に4ー5時間を2回は繰り返さなくてはならない。もちろん信頼関係が出来上がってからの話だから、本当は数日かかる。私は、民俗採取の真似事をしたこともあるが、1時間じっくり話を伺って使えるのは一言二言分しかない事ばっかりだった。ところが、記録によれば、宮本常一の村への滞在はたった1日の数時間だったらしい。信じられない密度である。小説よりおもしろいが、これは明らかに民俗採取である。馬喰や盗人宿、こうぞつくり、夜這い、etc。今は無くなっている豊かな民俗がここにある。それから10数年後に書かれた「生活の記録」の中に、単に男女平等と云うことではなく、生き生きとした女の民俗が記録されているのは、そんな「採取」ができるのは、決して偶然ではない。
「神社合祀に関する意見」南方熊楠
我大学在住の折、常民文化研究会に所属し、フォークロワフィールドワークの真似事をす。民俗学は科学か、文学か?講師と論議し、不明に終わる。突如その会話思い出しぬ。それより35年。民俗学は常に脳中不可忘。数年前、和歌山南方熊楠記念館を訪ねる。小字で埋め尽くされたノート、紙、凡ゆる標本、博覧強記、南方曼荼羅我を圧倒す。
この小文、日本エコロジー論嚆矢也と世に云う。無論、我同意。唯、八割かた神社合祀政策反対論拠を(1)敬神思想を薄くし(2)民の融和を妨げ(3)地方の凋落を来たし(4)人情風俗を害し(5)愛郷心と愛国心を減じ(6)治安・民利を損じ、と論じ、輿論に訴え、政治家を説得す。文中、和歌山県並びに全国の合祀神社事案のみならず、水戸光圀、定家、西行、白石、他多くの日本古典を挙げ、モンステキュー、孔子、その他欧米の様々な地方を引合いにす。正に、博物学そのもの也。
(7)史蹟・古伝を滅ぼし(8)学術上貴重の天然記念物を滅却す、と論じるに及んで、例えば次のように記す。
わが国の神林には、その地固有の天然林を千年数百年来残存せるもの多し。これに加うるに、その地に珍しき諸植物は毎度毎度神に献ずるとて植え加えられたれば、珍草木を存すること多く、偉大の老樹や土地に特有の珍生物は必ず多く神林神池に存するなり。(45p)
この後、怒涛が如く珍草木珍生物の名前出ず。全ては我は知らず。果たして絶滅せしか。
守護の要は、金でも政策でも無し。敬神思想であり、民の融和であり、地方であり、人情風俗であり、愛郷心と愛国心であり、治安・民利である。蓋し、民俗学の核心也。民俗学は、日本文学か否か、元より日本文学なり。その謂、日本文学とは日本の文なれば也。 -
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数多の論文を残しながら在野に留まった知の巨人、
博物学者・生物学者にして民俗学者、南方熊楠の膨大な原稿から、
一般人にも親しみやすい随筆を精選した小さなハードカバー本。
ユーモアたっぷりの筆致に、読んでいて頬が緩んでしまう。
郷里の山で見つけた粘菌の一種に砂糖をかけて「食べてみた」とか、
江ノ島を逍遥して目についた魚介類をたくさん買って調べただとか、
偉大な研究の基本は、
好奇心を持って対象を観察し、直接触れることなのだな……と、
当たり前かもしれないが、改めて考えさせられた。
猫を溺愛したという本人の筆によるスケッチも愛らしくて心が和む。 -
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日本民族学の大家の4人の作品集
南方熊楠・柳田國男・折口信夫・宮本常一
南方熊楠は、『神社合祀に関する意見』
各地の神社が廃止されていくことに強い危機感を
もって意見書として書いてあるもの。神社をはじめ
日本における宗教的施設の役割や重要さ、もしくは
それが亡くなってしまう場合の民族として失う
ものを体系だてて整理して書かれてある。
少し難解ではありますが、とても趣のある内容で
あると思います。
柳田國男は民族史や古代からの日本の成り立ちに
ついての考え方や意見、考察がのべられている。
『海上の道』『根の国の話』『何をきていたか』
『酒ののみようの変遷』
折口信夫は、『死者の書』貴族の生活と仏教感
日本人がとらえる宗教感や死生観が美しく
語られているのですが、少し難解。
『我が子・我が母』『声澄む春』『神 やぶれたまふ』
は鬼気迫った感じで戦争に対しての憎悪が語られている。
宮本常一は、対馬や九州。日本各地の漁村・や寒村
の老人から語られる話をもとに、日本の原風景
や生活風景を克明に語られている内容。
私が子どもだったころ、うっすらとそういうこと
などがあったようなことを覚えていることが
何点かありましたが、もうなくなってしまった
日本の原風景・風俗・生活なのであろうと思います。