お前の罪じゃ無い、世の中の罪だ
(田山花袋「断流」より)
人生の不条理・社会の闇と真正面に向き合い描かれた「悲惨小説(深刻小説)」または「観念小説」と呼ばれる作品のアンソロジー。あまり聞き慣れぬ作家の、大手出版社の文庫本レーベルにもなかなかラインアップされない作品をたくさん味わえる貴重な一冊だと思う。
川上眉山「大さかずき」
泉 鏡花「夜行巡査」
前田曙山「蝗売り」
田山花袋「断流」
北田薄氷「乳母」
広津柳浪「亀さん」
徳田秋声「藪こうじ」
小栗風葉「寝白粉」
江見水蔭「女房殺し」
樋口一葉「にごりえ」
性別、生まれ、家庭の経済状況……。収録されているのは己一人ではどうしようもできぬ生き地獄を描いた、うらめしい話ばかり。雅俗折衷体の文章やリズミカルな文体がおもしろく、その心地よい調べのまま主人公が破滅の道をたどり救われぬ結末が苦しい。収録作はそれぞれ貧窮・悲憤・暴力の描写は生々しく、明治の世を題材としているはずなのに令和の現代にも通じると思えてしまうほど。
眉山「大さかずき」・花袋「断流」・一葉「にごりえ」がお気に入り。殊に「断流」のヒロイン お勝が騙され、奪われ、堕ちていく様が読んでいてつらい。つらくてたまらないが、ページを繰る手が止まらぬおもしろさだった。
本書収録作の選者 齋藤秀昭氏による解説「文学者の使命」に、本書だけでなくあらゆる文学作品を鑑賞するうえに大切な心構えとなりそうな一節が。
(前略)文学作品をそれ自体として鑑賞するためには、文学史の常識やその構造を一度は疑ってみると同時に、己の感性を頼りにして直接作品に向き合うことが肝要のようである。