石垣りんのレビュー一覧
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とある国語の先生が、この本を読んで詩が好きになったと言っていたので、気になっていた。中学二年生の教科書で石垣りん「挨拶−原爆の写真によせて」を扱うので、これを機会に読もうと買った。一周目は、文字が目を滑って何も頭に入らなかった。二周目で、ようやく紹介されている詩と、エッセイとが、内容のつながりを持ちつつ頭に入ってくるようになった。
ひとまず、二周は読んでみることをおすすめする。
あとがきを読んで、「ああ、そういう風に読めばいいのか」と思ったことが、二周目をすごく読みやすくした。
(前略)解説をする力はないので、その詩が折にふれ私とどうかかわり、どう働きかけたか、書くとすれば自分のことばかり -
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14才から銀行に勤め続けて定年を迎え、つつましくひとり年をとる女性の暮らしと心の動きを写し取るものとしては、近年流行の元気前向き一人暮らしおばあちゃんの本よりもむしろずっと共感できる。
P36 2月21日【前略】このところ、隣の家の念仏が十二時を過ぎても低く続く。一時を回る頃には近くの保健所工事現場から、鉄筋を打ち込む音が規則正しく響き始める。私の所在を知って台所口に呼びに来たのは野良猫シロ、夜食をよこせというのであった。貧しくにぎやかな夜更け。寒い冷たい夜更け。
2月24日【前略】未婚者が自分の資質をゆがめず、素直に年をとるにはどうしたらよいか、その困難さについて先輩女性と語り合う。
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石垣りんさんの詩集ですね。
永遠の詩シリーズ 05 の作品です。
このシリーズの魅力は、時代に関わらず読み次がれていける作家と作品を見事に紹介されていることですね。
石垣りんさんの詩集も、ものすごく受け入れやすく、働く私たち職場の隣に席する仲間だという事だと思います。また、『職場の詩人』であり、『詩情豊かなロマン溢れた詩人』でもあるようですね。
石垣りんさんは、2月生まれ(21日)との事。初めてふれる詩人の誕生の月に巡りあえて二重の喜びでした。
同時に、茨木のり子さんの大親友(石垣りんさんが六歳年長)であられたようなので、親しみを増しました。
解説の井川博年さんは語られています。
「現実 -
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ネタバレ初期の詩は、少しこわいくらいの精神力の強さが感じられました。
少女の頃から一家の生活を支えて、家族を次々に亡くしたという環境もあったことだと思われます。
初期といっても、初めての詩集『私の前にあるお鍋とお釜と燃える火と』を出されたのは39歳という遅咲きの詩人だったそうです。
晩年の詩は肩の力が少し抜けたようなかんじで、しみじみと心に染み込んでくる味わい深いものが多かったように思います。
「崖」
戦争の終わり
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。
美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
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そこに虹があるとして、詩を書くということは虹を描くことではなく虹をさし示している指を描くことだというような文章をきっかけに読み始めた。
読んでみると、ひとりの価値観?みたいなものが割と近しくて(電車の定期的な音に人気を感じたり程度だけど) 心なしか自身と重ねて等身大の姿勢で読めるし、心強いし、14-5歳から銀行で働く継続的な鍛錬さは素晴らしい。
結婚しなかったこと、女性だから「偉くならなくて済む」ことへの安心感を言葉にしてくれること、歳を重ねること、鳥に餌をあげてしまう身勝手さの自覚と少しの図々しさ、赤の他人でもお互いに孤独があることでわかちあえること、心に沁みた。
エッセイを読んでから詩を -
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ネタバレわかることばで、むき出しの生を紡いでくれる石垣りんさん
詩は好きだけどエッセイは読んだことなかったので
買ってみる
戦中戦後をしっかりと生き切った方なんだなーっと
三度も母親が変わるなんて、なかなか厳しい子ども時代なのではないかと思う
早くに就職してずっとそこで働き続けて。
自分で自分を支えて、家族も支えて、なんだろう
放り出したくなったりしなかったのかなー
今も昔も女性の生きづらさってのはあるんだよなーっと
姉妹で心中した人たちの話に胸つまされる
どこへも頼ることのできない寄るべなさ
退職してからも詩人としてのお仕事とかで
あっちこっちいかれてたようで、結構充実してたんだろうなあ
1人で -
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ネタバレやられた。
また、師匠がひとり誕生してしまった。
母ほどの年齢の人なのに、感性が、考え方が自分に似ていて、大きな企業の最下層にいる環境まで同じで。
「誰が何をしてくれなくても、さみしかったらどのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろう。」
南の国でのんびり暮らそうとと誘われてそれもいいですねと答えながら、今から覚える拙い言葉で自分の心のひもじさは耐えられないと。私のふるさとは日本の言葉だと言い切る。
ほんとにそうだよなとなんとも腹落ちのすることよ。
ネットでお顔を拝見したら笑顔のチャーミングな方で、ますます好きになったのでした。 -
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石垣りんの代表的な詩をいくつか知っている程度で読んだ。
石垣さんは14歳で銀行に就職し、定年まで働いた。
ほとんど昇進はしなかったが、これはもちろん当時の日本の会社が女性を男性と同等に扱っていなかったからである。
石垣さんが詩人としてどれほど才能があっても、結婚も出産もしなかったから「君は半人前だ」といい放つ上司、「なぜ結婚しないのか」で書かせる雑誌編集者と付き合わざるを得なかった。ホント、何様だよ、と怒りが湧くが、石垣さんや当時の女性はうんざりするほどそういう扱いを受けてきたのだろうと思うと暗澹とする。そんな毎日の中、感じたことが詩となり、エッセイとなったのだから、よしとすべきか?いや、そん -
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これは、interesting!興味深いというべき。
戦前戦後を、職業婦人として丸の内の銀行で働きながら、物書きをしていた著者が、仕事を辞めたあと人生を振り返って書いた短編集。
日経WOMENの特集で、「ポストライムの舟」で芥川賞を受賞した津村記久子さんが推めていたから、読んでみたら、良い感じです。
彼女の生きた時代は、今とは生活感も違えば、女性の地位がまだ低くお茶汲みや集金も女性の仕事だったはずなのに、その仕事に対するスタンスと、物事の評し方には脱帽せざるをえません。
気に入ったエピソードをいくつか。
○ハンドバッグを持って通勤する女性を評した「宿借り」(P10)
○彼女の仕事に対する -
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ネタバレ津村記久子が自著の中で勧めていた本。
詩人のエッセイやってんな、もっと評論的な本かと思った。
戦前中後を銀行で働く職業女性として独身のまま勤め上げた詩人でもある著者のみた日本。軍国主義、敗戦、左翼の台頭、高度成長…と昭和史にずっぽりはまった生涯を通して、石垣りんという一個人の目線と心で感じ取った描写が興味深かった。
結婚せず母となれなかったが、定年まで銀行勤めをまっとうした女性の立場というと、キャリアウーマンの先駆け、ジェンダーフリーの元祖…みたいな切り口もあっただろうし、そういう書き方の方が興味もひかれて銭にもなったろうに、そういう部分は過度に露出させず、普通に構えず、詩人としての目線を