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自分の住むところには自分で表札を出すにかぎる――。銀行の事務員として働き、生家の家計を支えながら続けた詩作。五十歳のとき手に入れた川辺の1DKとひとりの時間。「表札」「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」などの作品で知られる詩人の凜とした生き方が浮かび上がる、文庫オリジナルエッセイ集。〈解説〉梯久美子
【目次】
Ⅰ はたらく
宿借り/けちん坊/朝のあかり/雨と言葉/目下工事中/よい顔と幸福/日記/晴着/事務服/事務員として働きつづけて/おそば/領分のない人たち/食扶持のこと/着る人・つくる人/巣立った日の装い/試験管に入れて/夜の海/こしかた・ゆくすえ
Ⅱ ひとりで暮らす
呑川のほとり/シジミ/春の日に/電車の音/器量/花嫁/通じない/女の手仕事/つき合いの芽/彼岸/コイン・ランドリー/ぜいたくの重み/水はもどらないから/愛車/庭/籠の鳥/貼紙/山姥/梅が咲きました/雪谷/私のテレビ利用法/かたち
Ⅲ 詩を書く/立場のある詩/花よ、空を突け/持続と詩/生活の中の詩/仕事/お酒かかえて/福田正夫/銀行員の詩集/詩を書くことと、生きること
Ⅳ 齢を重ねる
終着駅/四月の合計/二月のおみくじ/椅子/私はなぜ結婚しないか/せつなさ/インスタントラーメン/火を止めるまで/しつけ糸/鳥/おばあさん/
空港で/八月/港区で/花の店/隣人/風景/思い出が着ている/悲しみと同量の喜び/ウリコの目 ムツの目/乙女たち/夜の太鼓
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Posted by ブクログ
14才から銀行に勤め続けて定年を迎え、つつましくひとり年をとる女性の暮らしと心の動きを写し取るものとしては、近年流行の元気前向き一人暮らしおばあちゃんの本よりもむしろずっと共感できる。
P36 2月21日【前略】このところ、隣の家の念仏が十二時を過ぎても低く続く。一時を回る頃には近くの保健所工事現場から、鉄筋を打ち込む音が規則正しく響き始める。私の所在を知って台所口に呼びに来たのは野良猫シロ、夜食をよこせというのであった。貧しくにぎやかな夜更け。寒い冷たい夜更け。
2月24日【前略】未婚者が自分の資質をゆがめず、素直に年をとるにはどうしたらよいか、その困難さについて先輩女性と語り合う。
P57 さしあたっての希望は、欲しがらない人間になりたい、ということ。誰が何をしてくれなくても。さみしかったら、どのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろうと―。
P76 祖父がなくなる前、年をとったひとりの女が生きてゆくことをどのように案じるか、たずねました。「お嫁にも行かないで、この先、私がやってゆけると思う?」「ゆけると思うよ」「私は、私で終わらせようと思っているのだけれど」「ああいいだろうよ、人間、そう幸せなものでもなかった」
闇の世を立ち出でてみればあとは明月だった、という句を、祖父は口移しで私に伝え、やがて逝きました。
P86 シジミをナベに入れるとき語りかけます。「あのね、私といっしょに、もう少し遠くまで行きましょう」
P101 けれど洗濯機のない貧しさは、一面そんなことをしていられる時間のぜいたくさでもあって、家族が何人もいたら、とてもできない芸当に違いない。そんなことはさっさと片付け、一人暮らしならなおさら、もっと時間を有効に使わなければいけない、とけしかけるものの声がする。【中略】人が手を使うことより、頭を使うほうがずっと有効だ、というのはそのほうが高級でそれは高給につながるから得なのだ、という世間の風潮、その底からの呼び声である。
P204 (男対女の綱引きになぞらえて)男が力任せに引く綱に、ざざっと引き倒されて、軽く腰を浮かせてしまう、残念無念な女性群像も次第に見えてきた。降参した時点で、選ばれた女性が相手方の陣営に招かれていく。【中略】私は捕虜の光栄にも浴さず、戦士のように倒れて抱き起されることもなく年をとった。男を語る資格がない。
P229 働かないと、書くことも思い浮かばない、といった習性のようなものが、私の身についたのではないか、と案じられます。そして、物を考えているのは私の場合、頭だろうか?手だの足だので感じたり、考えたりしているのではないだろうか?
P249 せつない、という言葉の重みは、心の中のどの部分に寄りかかろうとするのでしょうか。寄りかからせる優しい部分は、どこにどのようなかたちで存在するのでしょうか。うれしさとつらさ。有難さとすまなさ。恋しさと恨めしさ。いろいろな感情が、その時その時で違った混ざりかたをする、そのせつなさ。
P252 かりに好意で5年置いてもらったところで、いずれはやめなければならない。それなら少しでも早く一人になる稽古をしておこう。【中略】定年時の手習いが私の場合「一人立ち」だとしたら、これはどういうことになるのだろう。会社とはなんだったろう。【中略】ちょうど建物と同じで外から古く見えても、中で暮らしている限り変化はない。並んでいる新しい家と古い家の窓から見える空は同じなのよ、というと、同年配の人は、ほんとにそうね、と答える。
Posted by ブクログ
“そこに虹があるとして、詩を書くということは虹を描くことではなく虹をさし示している指を描くことだ“という文章をきっかけに読み始めた。
読んでみると、ひとりの価値観?みたいなものが割と近しくて(電車の定期的な音に人気を感じたり程度だけど) 心なしか自身と重ねて等身大の姿勢で読めるし、それが味方がいるような感じがして心強いし、14-5歳から銀行で働く継続的な鍛錬さは素晴らしい。
結婚しなかったこと、女性だから「偉くならなくて済む」ことへの安心感を言葉にしてくれること、歳を重ねること、鳥に餌をあげてしまう身勝手さの自覚と少しの図々しさ、赤の他人でもお互いに孤独があることでわかちあえること、心に沁みた。
エッセイを読んでから詩を読むと(確か「くらし」という詩)その人生として行き着いた先に出た涙や出会った人を通して、歳を重ねたことによる寂しさと開放感がうかがえる。
これまで、「言ってることは理解できる詩」、「何に感動したか言語化できる詩」、にばかりであってきてしまったけど、久々に、それができない、少し飛躍した絵本のような詩に出会えてよかった。
須賀敦子もある種また逞しかったけど、また別の方向の逞しさがある。
Posted by ブクログ
石垣りんの代表的な詩をいくつか知っている程度で読んだ。
石垣さんは14歳で銀行に就職し、定年まで働いた。
ほとんど昇進はしなかったが、これはもちろん当時の日本の会社が女性を男性と同等に扱っていなかったからである。
石垣さんが詩人としてどれほど才能があっても、結婚も出産もしなかったから「君は半人前だ」といい放つ上司、「なぜ結婚しないのか」で書かせる雑誌編集者と付き合わざるを得なかった。ホント、何様だよ、と怒りが湧くが、石垣さんや当時の女性はうんざりするほどそういう扱いを受けてきたのだろうと思うと暗澹とする。そんな毎日の中、感じたことが詩となり、エッセイとなったのだから、よしとすべきか?いや、そんな毎日がなかったとしても石垣さんは詩を書いただろう。違う詩になっただろうけど。
私ならあからさまに怒ったり悲しんだりしそうなところを、ぐっと押さえて余韻を残す文章にできたのは流石と言うしかない。
梅の木肌に手を置いて「また来年の花に会わせてください」と願い、「春は来るのではない、生きてこちらが春に到達するのだ」(p131)。
「納められる税金を「せつなく」受け取って、大事に使ってくれる」政治家はいないのか。(p249)
「さしあたっての希望は、欲しがらない人間になりたい、ということ。誰が何をしてくれなくても。さみしかったら、どのくらいさみしいか耐えてみて、さみしくゆたかになろうと―。」(p57)
これらの言葉を忘れないようにしたい。
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