オルダス・ハクスリーのレビュー一覧
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かなり面白かった。新世界住みたい。
「幸福か自由か」という点だけでなく、「人間にとって、苦痛を生みうる複雑さそのものに価値があるのか」というところも考えさせられて楽しいですね。
新世界は、苦痛を減らし、欲望や価値観まであらかじめ条件づけ、本人がそれに疑問を持たないように作られている。ここまで露骨じゃないにしても、階級社会も条件づけも現実にあるものだし、それなら外的環境まで一貫して整えて、ソーマまでくれる新世界の方がよほど親切。
下層階級も適切に管理され、管理されていることに疑問もなく、自分の役割を好んでいるなら十分幸せそう。「問いを持たなくていい・意味を探さなくていい・役割を外から与えられ -
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今ある価値観は全て、社会や周囲から与えられた「条件づけ」なのかもしれない
もしかしたら、人は顔や性格が少し違うだけで、それぞれにちょうどいい餌を与えられて、日本や社会、世界という大きな仕組みの中で上手に飼われているとしたらその制度を考えた人がすごい
一方で、今の自分の生活は、自由と管理の「良いとこ取り」をした結果なのかもしれないと考えると、今の生活を以前より肯定的に捉えられる気がする
そして読み終えてから、この本を昔にも読んでいたことに気づき、とても驚いた
プラトンは「魂は生まれる前に真理を知っており、学習とはそれを思い出すことである(想起説)」と語っていた。読み終えた瞬間、「ああ、そう -
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ネタバレディストピア小説に挑戦中で、これはジョージ・オーウェル『1984年』の次、2冊目に選んだもの。
『1984年』よりも古いのに、西暦2540年を描いているから?今の社会と比べる感覚で読めるのが良かった。コミカルでおもしろくて不気味!
家族、老い、苦痛、忍耐がない世界。「母親」が卑猥な意味になる世界(なぜなら人は母体ではなく瓶で作られるから。妊娠と出産は卑猥でグロテスクなものとされる)
「条件づけ」や「睡眠学習」によって管理下で育つ人々は、恋愛や特定の人への執着はせずフリーセックスを楽しむ。新しい清潔なものだけを好む。出自や身分に不満を抱かない。死を重大なことと捉えない。達成感や感動を機械的 -
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再読。ユートピアとディストピアの違いは何かを考えさせられる。時代はフォードが大量生産を始めた頃を始めとするフォード紀の後の世界。その世界では瓶で子供が生殖され、人間同士が生殖行為によって子供を作るなど野蛮な原始人のような行為とみなされている。
さらに洗脳教育および階級付け、ソーマといった快楽を得る薬物の存在。かなり前の小説であるものの、ユートピアを実現するための手段を、用意周到に練って考えられていることに驚く。
上記の技術自体、倫理的な観点を考えなければ実現可能であると想定されるし、倫理など世論でいくらでも変わる。例えば、少子化がこのまま進み続けて子供を人間が持つことへの意味がなくなってき -
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ネタバレこの物語のなかで起きていることに困惑したり嫌悪したりするのは、わたしはわたしで現実世界で条件づけ教育を受けているからだろうかと悩まされた。こうするのが正しくて道徳的だと信じ込まされているだけであって、違った理想が掲げられていればそちらを不思議に思ったりはしないはずだ。
終盤のムスタファ・モンドとジョンの会話が面白くて素晴らしかった。ジョンはジョンでいくらか偏った考えを持っていて、それ故にふたりのどちらにも共感できないのだけれど、どんな意図での言動なのかがわかりスッキリした。
麻薬がなければ新世界でもやっていけないのならまったく安定していないし、生まれる前から遺伝子を捜査されて階級が決められてい -
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登場人物の台詞に時折ぐさっとくることがあるはず。そのくらい現代にも示唆的な小説だった。
シェイクスピアの引用も面白い。そして切ない。
作者は1946年のあとがきで、われわれが権力を分散し、応用科学を人間を手段として使うためではなく、自由な諸個人からなる社会をつくるために利用する道を選ばないとすれば、取りうる選択肢は軍事優先主義もしくはそれがエスカレートした世界、もしくはここに書かれたようなユートピアの2つしかないだろうと言っている。偶然にも前者も未だ現実的であることを思い知らされている現状が世界で起きており、考え込んでしまった。
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2026年3月20日追記
・ポパー『開かれた社会とその -
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⚫︎感想
快適、娯楽、薬、不満がなく設計された世界は、人間が生きる上で本当に幸福といえるのか。
簡単に「快」が得られ、「不快」が回避される世界は、
苦しみ、愛、嫉妬、孤独がない
「不幸になる自由」は本当に不要なのか?
人が生きる上で、「揺れ」は必須である。
享受している幸福に気づくのは、
対極の不幸の存在を知っているからだ。
人間から “揺れ” を消し、
幸福だけ残って、
それは本当に人間なのか?
現代の生活に浸透している
ショート動画、快適アルゴリズム、消費、即時快楽…
それらは「すばらしい新世界」の1ページになり得る。
⚫︎本概要より
『一九八四年』と並ぶ、ディストピア小説の歴 -
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すべてが「良い」とされ、誰もが「幸福」である状態を維持するために社会全体が作り込まれた世界の異常さを描いた小説。人々は階級ごとに分けられ、生まれた瞬間からその階級を幸福だと感じるよう教育される。家族という概念は下品なものとされ、人は人工的に生み出される。どの階級になるかも操作され、人口比率は厳密に保たれる。死はあっても老いはなく、性行為は恥じらいなく行う習慣とされる。悩みがあれば「ソーマ」という錠剤を飲めばよく、それで精神は安定する。だから表面的には誰も悩まず、社会は安定している。
悩みや不安が排除された世界では、宗教や神話、芸術は必要ないものと扱われる。科学も統制の範囲から外れないよう制限 -
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瓶詰めの科学的に調整を施す人間培養、その調整によって格付けされた人間社会、あらゆる快楽を叶えることで欲望や不満、絶望を排除したユートピア。人間の最大の欲求は信頼関係のある人付き合い、と定義する人がいるが、それさえ叶えることのできるユートピアは果たしてディストピアなのか。かなり極端な世界ではあるが、今自分が置かれている自由はとても幸福なことであると実感する。もし自分に苦難が降り掛かったとき、本当に「ソーマ」を拒絶出来るかは怪しいとは思います。16章、17章のジョンと世界統制官との論戦は興味深いが、個人的にはやや宗教的思想に偏るジョンにも賛同できないところがある。
そして衝撃のラスト。自分への鞭打 -
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面白かったかどうかと言われれば微妙な気がしますが、興味深く、羨ましい社会だなと思いながら読んでいました。無駄なしがらみに縛られない、要らぬ煩いを忘れられるなんて、なんと羨ましい。これのどこがディストピアなんでしょう、ユートピアの間違いでは?
未来記が読者の興味を引くのは予言が成就する可能性を感じる時のみ、との記述が1931年時点及び15年後の作者の前書きにあります。2026年現在、すばらしい新世界の技術は(こういったディストピア物語に珍しく)あまり現実にはなっていません。せいぜい文化大革命とカンボジア政権くらいでしょうか。残念なことに未だに子供は母親の胎内から生まれてくるし、家族愛は据え置き -
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ネタバレ前半では社会のあり方やそこに生きる人の価値観を描き、後半ではその社会を外部から観察した際の違和感を野蛮人ジョンの視点から分かりやすく描いている。
苦悩や障害を超えることで得られる達成感が重要である、というジョンの主張のもとにディストピア社会を批判しているが、自分は社会に馴染めるタイプだろうなあと思いながら読んだ。苦労せず短絡的な快楽を得たいという思想と、何かを乗り越える過程にこそ意味があるという思想は優劣のつくものではなく、この作品でいうところの条件づけ次第で好むものが変わるという話なんだろう。
1984年は寡頭政治のトップが権力を握り続けること(権力は権力のために存在し続ける)を目的に社会を