西谷修のレビュー一覧
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要するに、「国民」というのは、国家の保護枠から放り出されて、グローバル経済に参画するさまざまなグループや法人の、使い捨ての資材とか売り物になっている。けれども、それをあからさまにはできないから、うまくごまかして国家と国民の繋ぎをしてくれるようなイデオロギーは大歓迎というわけです。
…(中略)…
経済原理によって「解放される」ということは、結局、個々人がバラバラに分断されて、そのことが「自由」だと言いくるめられる状況です。役立たずとなると「個人」としてさえ認められません。こういうことから分かるように、「個人」として認められるというのは -
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沖縄戦の激戦地だった場所の再開発に伴って日本兵の遺骨が次々と発掘されているという。なかには頭蓋骨のなかにミイラ化した脳を残しているものもあったとか。そこにはどのような記憶が石化して眠っているのだろう。その写真を震えながら撮ったという比嘉豊光による遺骨の写真をみると、骨たちは何か言いたげだ。それに応える想起をどう考えるのか、また兵士とその傍で命を落としていたであろう住民との関係をどう捉えるかなど、骨が問いかけるものは多く、また重い。そのような骨に出会えたのも、草の根の地道な試みがあったからこそである。その取り組みを伝えるとともに、骨からの現在の戦世への問いを伝える好著。比嘉豊光の写真も素晴らし
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1.著者;西谷氏は哲学者。東大卒業後にパリ第8大学で学ぶ。フランス現代思想を学び、世界のグローバル化によって起こる諸問題を研究。テーマは、戦争論・世界史論・メディア論・身体・医療思想論・芸術論と幅広い。戦争論については、世界戦争と死の意義を考察。「産業の軍事進出には経済の健全化の為に警戒が必要」と主張。
2.本書;「はじめに」から抜粋。私達の今生きている世界の動態をどのように捉えるかという事を、ここ200年程を振返りながら考察。世界は、近代のもたらした自由を解消するような方向に進化している。政治社会的開放の成果が、テクノロジー経済の自立的発展によって、❝新世界❞という新たな身分制社会になだれ込 -
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表題の通り、「私たちがどんな世界を生きているか」をフランス革命から200年、明治150年という2つの時間軸で考えていく。その際のキーワードとしては、「国、政治、経済」「民主、自由、平等」が挙げられる。
新自由主義とは、何でも経済(市場)に委ねてしまおうという政策だったのだということが分かる。そういった中で、「政治」から「経済」へと社会のメカニズムの中心が動いて行ったのである。
小泉政権や安倍政権の問題点、そして様々な社会問題や国際問題をその起源から理解させてくれる一冊である。
ただ、時に著者の用いる言葉には、理解しにくいものもあり、読みにくい箇所も散見されたので、★4つとする。
また -
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グローバル経済と新自由主義、IT技術やAI。現代世界がものすごい勢いで変化しているのは分かるのだが、それが世界各国で起きているポピュリズムや排外主義的動き、格差の拡大による社会の分断といった現象と、そもそも関連しているのかどうか、関係があるならば一体どう関連しているのかが良く分からなかった。
本書は、そうした問いに対して、見取図を与えてくれる。
〈なるほどと思った箇所〉
・現在、先進国で起きている問題の基軸は、20世紀半ばに世界戦争後に立てられた秩序原理を失効させようとする動きと見られる。
・グローバル市場の成立によって、国家の役割が経済システムの自動化に吸い取られていく、そして、「 -
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戦争は私が生まれるずっと前に終わったんだと思っていた。
沖縄では今でも毎日のように不発弾が出て、年に100体くらいの戦争で死んだ人と思しき人骨が出るのだという。
大量の死があったから。骨も沖縄もないがしろにされて、埋葬(のための発掘)さえもおざなりにされてきたから。
過去を悼みたい沖縄人が働きかけてようやく動いた大規模な発掘プロジェクトの中で撮られた写真を軸にそれぞれが沖縄を・沖縄戦を・死を・骨を・今を、土地の記憶を語っていく。
きれいな形が残っている日本兵の骨を見てなにがしか思って、そのあとに文を読み骨すら残せなかった沖縄人をまた思う。
映っているのはひどくないがしろにされてきた骨なのに