フリードリヒ・ニーチェのレビュー一覧

  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    リクエストして。

    己、喜、生、心、友、世、人、愛、知、美。
    190の言葉。

    鋭い言葉・明確な物言いが気持ちいい^_^

    後で読み直してみるとまた違うことを感じるんだろうな〜っと思う。こういうのがよい本っていうんだろうな〜。

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    2018年07月15日
  • ツァラトゥストラかく語りき

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    まずはざっくりと西洋思想の歴史について勉強してから読みました。結果良かったです、大正解でした。
    そうじゃないと、"神は死んだ"→→→「は??」って感じだったと思います。

    簡単に説明をすると、、※完全な自己解釈です!
    長らく、ずーっと昔から、数多くの思想家たちは、"真理の追求"について思い巡らせ、様々な持論を唱えていました。
    そして「プラトン・アリストテレス・キリスト教の大帝国」が、プラトンの「イデア論」をキリスト教が上手に利用する形で長期的に支配していました。
    カントやガリレオなど自然科学の発見・発展によって、
    またその後のデカルトの座標軸の発見などによって少し風穴が空く形になりましたが、『神』という存在は根強く染み付いていました。
    =本当は神の存在証明からする必要があるのでは…?ということを誰も思いませんでした。

    *人間は生れながらにして原罪を背負っている。
    *真理は常に神の側にあり、人間の手の届くところにはない。

    そんな中、牧師の父を持つニーチェは、幼少期から熱心にキリスト教の信者として育ちましたが、
    だんだんと圧倒的な支配に息苦しさを感じていきます。

    そして、
    神は死んだ、我々は精神の奴隷になどなってはならないと言います。
    それまでの価値観に挑戦状を叩きつけて、"「超人」になれ"と言いました。


    もともと、
    古典においてもキリスト教においても、一番大切な真理は
    常に神の側にありました。
    でも、もしかしたら我々はありもしない真理というもので自分たちを縛っているのではないか。何しろ背後世界を実際に見た人はいないし。。
    原罪(人間はアダムとイブが犯した罪を生まれながらに背負っている。けれど、イエスキリストという人物が1人でこの罪を背負ってくれた。だから感謝し生きていかなければならない。)についても、人間が本当に罪を負った存在なのかということも、キリストが私たちの罪を肩代わりしてくれたということも、どちらにもはっきりした証拠はありません。
    人間にはもともと、ある種の神秘性に憧れを抱くという性質があり、それを利用して、人間の手の届かない所に真理という大切なものがあると言えば、それを伝えられる人、キリスト教で言えば神の言葉を媒介する教会が力を持つことになる…そして大衆は永遠に受動的な存在から抜け出すことができなくなる…。

    なぜ、一人ひとりの人間が、能動的に大切なものをつかみ取ってはいけないのか、
    これではまるで「精神の奴隷」ではないのか?
    教会に対して、「ありもしない荒唐無稽なことを言って人間を抑圧するな」と挑戦状を叩きつけるとともに、大衆に対して、「ビビるな!奴隷の立場に甘んじるな」というメッセージを伝えたかったのです。

    自分以下のところにある権威に安易に跪くのではなく、
    まず自分自身が拠点となり、自身に目を向けようよ、と。



    またこの本は、ツァラトゥストラという人物がニーチェに代わり、ニーチェの思想を説いていきます。

    なぜそういう形を取ったのでしょうか…?
    あくまで個人的な勝手な想像ですが、
    ニーチェは超人になれと言いますが、ニーチェ自身は自分は超人ではない、まだその域ではない、という自覚があったからではないのかなと思います。
    カントなどは自らの理論をコペルニクス的転回と自画自賛していましたが、ニーチェは違ったのではないかなと思いました。
    (あ、でもカントの超越論的主観性の発見も面白いと思いました。)


    そんなニーチェの言う超人とは、
    *勇気を持って現在の迷いの中にある自分自身を乗り越えていく、そんなポジティブで、積極的で、肯定的な強い精神力を持った人間。
    *自分で目的地とそこへ至る道を探して、単独者として進んでいく強さを持ち、戦いを挑み、敗れてもまた立ち上がり、倒れてはまた立ち上がる人間。
    *自分の決断というものに責任を持って、自分自身の人生を作っていく人間。
    *3ステップ(ラクダ→獅子→幼子)を実行し超人になれと言いました。

    ずっと読んでいると、
    ニーチェはただ、外的なものすべてに対して、これでもかというくらいひたすら否定しているように感じてしまいますが…
    そうではなくて、
    彼が言いたかったことは、内的なもの=自分自身に対する肯定の大切さを伝えたかったのだと思います。

    そして「永劫回帰」。
    彼のいう超人には並大抵の努力ではなれません。
    何度失敗しても、決して諦めないこと、そうやって人は強くなれる。

    自分なりの解釈ができたとき、とても感銘を受けました。

    またニーチェの言葉がわかりやすいのは、彼が「アフォリズム」という短い言葉で本質をつかまえることを目指していたからです。
    短い言葉で本質を伝えようとすると、ごまかしがききません。

    そういう真っ正面からのメッセージはとても強くてカッコいいです。


    また、最近あるアメリカの学者の動画を見たのですが、
    "頑張れば/成功したら、幸せになれる"という考え方は間違いで、
    私たちは一般的に言われている、幸福と成功の法則を反転させる必要があります。

    現状へのポジティブの度合いを引き上げることで、その人の脳は「幸福優位性」を発揮し始めます。

    つまりポジティブな脳は、ネガティブな脳やストレス下の脳よりもずっとよく機能し、知能が上がり、創造性が高まり、活力が増大することが研究結果でわかりました。

    現状に対してポジティブになることさえできれば、脳はより熱心に速く知的に働き、その結果としてより成功するようになるとのことです。

    長期的な幸福について予測できるのは10%くらいで、
    あとの90%は周囲の環境ではなく、
    脳が周囲の環境をどう処理するかにかかっているとのことです。
    ストレスを脅威ではなく挑戦と受け取る能力に掛かっています。

    個人的には、ニーチェの考え方に対する科学的な証明かなと思いました。

    人により解釈は違うと思いますが、個人的には色々と学べた本です。

    そして、

    Let's 自己責任での覚悟を持ち自由であれ!
    Let's エンドレスチャレンジング!
    Let's ポジティブシンキング!

    を心掛けたいと思いました。

    《2/1追記》
    こちらの感想文をニーチェに詳しい方に読んでいただいたところ、「ニーチェの意図を汲み取らないにも程があるけどそこが逆にニーチェ的だ」と言われました(特に永劫回帰のところ)…。


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    2018年02月02日
  • 善悪の彼岸

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    「人間万事塞翁が馬」

    真理には善も悪もない。

    哲学を超えた視点から言えば、分別心や分離感が悪、愛や慈悲が善と言えないこともないかもしれないがどうなんでしょう。

    哲学者が思考で奮闘し導き出した答えは果たして説得力があるのだろうか。

    自分は仏教とか禅に影響を受けたから、その辺を気にしてしまう。

    西洋のニーチェが東洋のお釈迦様や老子とかの覚者と対峙したらどんな展開が待っているかと妄想が勝手に膨らみますね。

    自分は坐禅や瞑想を始めてからは、哲学的なことは有限な思考のお遊びで時間の無駄のように思ったりもしましたが、最近は哲学にも有益な部分がありなかなかおもしろいと思うようになってきました。

    たまには思考を使わないと左脳が鈍りますしね。

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    2025年11月21日
  • ツァラトゥストラはこう言った

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    難しい!ChatGPTに説明してもらった。

    ツァラトゥストラは、人間を超えようとする人間、人間の限界を超えようとする思想家、「これまでの価値観にしばられず、自分自身の意味と生き方を創り出す人間」を目指してる

    ⚡️「ツァラトゥストラ」は、ニーチェがなりたい“声”(神の代わり)
    ⚡️「私」は、ニーチェが実際に生きている“苦しむ声”

    以下一部引用

    民族が困難だと見なすものこそ、称賛すべきものなのである。なくてはならぬものであり、かつ困難なもの、それが善と呼ばれる。そして、どんな苦難からも解放してくれるもの、稀なもの、最も困難なもの、それが聖なるものとして讃えられる。
    良心にやましいところがないのが畜群だと言うことである以上、良心にやましいところがあるのは自我だと言うことにならざるを得ない

    すべての神々は死んだ。今や我々は、超人が生まれることを欲する。

    ★
    以下ネットの解説で読んだ情報

    神が死んだとは、今までの価値観が無くなる、
    では、なぜ生きているのか?に答えが無くなる、
    そんな問いが無意味となる=ニヒリズム

    意味が無い同じことを繰り返す、永遠回帰、から逃げず、ありのままの世界を肯定しろ
    ★

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    2025年11月18日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    ネタバレ

    ニーチェがいろいろな本で言った言葉をまとめた本。
    良いことや人生の指標になるような言葉があるが、こういうのは実際に自分で考え抜かないと身になりにくい。

    ・自分の理想や夢を捨てたら、嫉妬や妬みなどで自分が汚れていくので常に理想を置い続ける
    ・知識でものを見て感じるのではなく、自分の目で見て自分でものを感じる
    ・とりあえず今を楽しもう
    ・はじめの一歩は自分への尊敬から
    └自分を尊敬すれば悪いことなどできなくなり、生き方が変わってくる
    ・人間の組織やグループで「批判」という風が吹き込まない閉鎖的なところは、堕落や腐敗が生まれる
    ・借りたものはたっぷりと返す

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    2025年08月19日
  • ツァラトゥストラかく語りき

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    力をもらおうと思って読んでみた。あまりニーチェ哲学「神は死んだ」「ニヒリズム」「永劫回帰」を意識しすぎて読むのもつまらないと思い直し、ツァラトゥストラという変人(いや超人か)が山の中から出てきた物語としてそのまま読んだ。まあ読み応えはある。ツァラトゥストラが市場に演説しに行って綱渡り舞踏家の亡骸と帰ってくるあたりの序盤は動きがあって良いのに、中盤以降はひたすら語ってばかりなのが物足りない。もっと彼の主張を実践する具体的な行動やストーリー展開を組み込めばよかったのでは。物語をおもしろくするためにも、哲学の理解を深めるためにも。

    翻訳が良いからか言葉に力があって読んでいて楽しい。注釈が一切無いのは構わないが、翻訳者の佐々木中という人の巻末解説があればより良かった。
     
    気に入ったフレーズは、

    「この巨大な龍の名は『汝なすべし』だ。だが獅子となった精神は『われ欲す』と言う。」 p40

    「すべて偉大なものは市場と名声から去って行く。昔から、新たな価値を創造する者たちは市場と名声から離れて住んでいた。わが友よ。逃れよ、君の孤独のなかへ。」 p88

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    2024年01月03日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    ネタバレ

    哲学というと実に難解なイメージがあります。
    小難しい言葉遣いで滔々と私たちをまくしたて、なんなら分からないこちらが悪者であるとのたまう、そんな謎な高圧的キャラを想像してしまう程。

    ・・・
    その晦渋さにあって、ニーチェ、です。
    私には、とっつきづらい、体系化していない、断片的、だけれども美しいアフォリズム、というイメージがありました。要は敬遠していました。だから、これまで読んだニーチェ作品は僅か一冊。しかもつい昨年のこと。

    ・・・
    で、恐る恐る本作を読みました。ん? 意外や意外、何だかイイ奴な感じ。めっちゃポジティブ。あれ?ニーチェってこんなんだったっけ?っと首を傾げる。
    噂では、とんがった感じの取っつきづらい奴、ということだったのに、話してみたら、意外といい奴だった、そんな感じです。

    ・・・
    何でだろう? 考えたのですが、きっとその理由は本の構成にあります。

    本作はニーチェの作品、「人間的な、あまりに人間的な」「曙光」「力への意志」「悦ばしき知識」「偶像の黄昏」「ショウペンハウアー」「善悪の彼岸」「さまざまな意見と箴言」「漂泊者とその陰」「ツァラトゥストラはかく語りき」等々を網羅したうえ、これを以下の項目に再構成しているのです。

    「己について」「喜について」「生について」「心について」「友について」「世について」「人について」「愛について」「知について」「美について」

    当然の事ながら項目に合致した箴言・アフォリズムのみを集めた作品になっています。しかも、エッセンシャル版ということで、元作品からさらに厳選し、まとめているということになります。

    ・・・
    うーむ。

    ない物ねだりばかリで申し訳ないが、どうも野趣が損なわれた精白糖のような読み応えです。個人的には、癖も雑味もある黒糖からその個性・強さを感じたかった。矛盾する箴言を呻吟しながら読み、そのなかに才気溢れる美しい表現を見出したかった、とか言ったら怒られますかね笑 だって、なんか毒気が抜かれた感があるんですよ。

    ただ、訳者的には面白かったんじゃないかなと思います。

    一般に哲学は難しいというイメージがある中、ニーチェをこんなにもポジティブに再構築し、新たな一面を打ち出すことが出来たのですから。

    あるいは、表紙のドイツ語Die Weltlich Weisheit。ここにヒントがありますかね。「世俗の知恵」、みたいに訳すのでしょうか。つまり、彼岸の世界とか、真理みたいな話ではなく、あくまで世俗の生き方に限定してお送りしてます、みたいな選別をしたのかもしれません。ならばこの物分かりの良さもわかる気もします。

    ・・・
    ということで明るいニーチェ再構築版抄、とでもいった作品でした。

    この作品はどういう方にお勧めできるんでしょう? ポジティブな作品なので、単純に落ち込んでいる人には良いのでしょうが、それで「哲学者の本を読んでみた」というと大分ミスリーディングな気がします。

    むしろ思想系の研究者や文章家がもって、気になる項目に関する気の利いた箴言を探す、みたいな使い方はできるのかな、と思いました。

    あと、ドイツ語学習者は翻訳の参考に使えるのかな。というのは、訳者の日本語はマジで読みやすいんです。私も学生時代に、ハイデガーやガダマー、カントなどを原書で読まされましたが、関係節がだらだらだらだら続くドイツ語をどう訳出すればよいのかと辟易したものです。タイトルも「超訳」と銘打っていますが、まさに訳のヒントが隠されているかもしれませんね。

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    2023年04月29日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    ネタバレ

    ・疲れた時、何もかも面倒な時、何をしてもくたびれて仕方ない時は、ギャンブルでもなく宗教でもなく飲酒でもなく、食事をして休んでたっぷり眠ること。起きた時に新しい力が漲る自分になっている。SPF面倒い時とか、麻雀とか酒とか飲みがちだけど寝たほうがいいっぽい。
    ・自分の一芸に気付け
    ・自分のなぜ(なぜそれをやりたいのか、なぜそれを望むのか、なぜそうなりたいのか、なぜその道をいきたいのか)が掴めてれば、後はどのようにやるかの道を歩くだけ。他人のやり方が自分に合わないことは不思議なことではない。
    これはまじでそう思う。ここがふわふわしてる人が沢山いるし、自分もそう。これをはっきりさせることで、どうすればそれが達成できるかというステップに行ける。
    ・人間は常に新しくなる。自分の現状を疑問視する、人の意見を聞いてみることは自分の脱皮をうながすことにもなる。
    新しくなろう。
    ・自分に甘く、他人に厳しいひとは、自分を見る時にあまりに近い距離で見すぎている。その距離を逆に、すなわち自分を遠くから見てあげると、自分はそれほど許容すべき存在ではないことに気づく。
    これは、すごい。遠くから1人間としての自分を見ると、足りないところとか、直したほうがいいところはめちゃくちゃ見えるとおもた。

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    2021年05月11日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    初見でグッと来る言葉もあったが、またこの次に読んだその時の精神状態によって、グッと来る言葉が変わって来るんだろうなぁと思った。

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    2021年01月14日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    表紙がすごくかっこいい!

    勇気付けられたり、考えさせられたり。
    「友について」辺りが特に好きです。

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    2020年04月02日
  • 超訳 ニーチェの言葉 エッセンシャル版

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    正論すぎてよく耳にする言葉、共感する言葉、ごく当たり前の言葉、抽象的過ぎてよくわからないことばもある。
    このような本はたまに反復するように読むといいてすね。
    生き方に悩んでいる場面には良い励ましになりそうです。

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    2019年04月24日
  • ツァラトゥストラかく語りき

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    物語調かつ一話が短いので読みやすい。一方で例えなのか詩なのか、結局何が言いたいかまったくよくわからない。超人とか永劫回帰とか事前に知っていた事柄も、え、こんな程度?というくらいにしか出てこない。わかる人だけにわかるということなんだろうか。

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    2019年01月22日
  • ツァラトゥストラかく語りき

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    今まで読んだ中でもトップレベルに難解な本。
    でもところどころ、なるほどとわかって納得する箇所もありました。また、ところどころ、映画を見たいな場面もあって(綱渡り舞踊家のシーンや、貴人たちと次々で会う場面とかなどなど)、そういう光景を想像しつつなんとか読み終わることができました。

    一体どうして不平を言う豚になったのか。誰も思うように媚びてくれなかったからだ。―だから汚物の中に座り込んだ。豚のように不平を言う理由に事欠かないために。

    この一節がとっても印象的でした、自分たちに言われているような気がします。

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    2015年11月23日