藤木久志のレビュー一覧
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豊臣秀吉の刀狩り、明治の廃刀令、マッカーサーの刀狩り。
日本では大きく、三つの刀狩りがあったと。
まず、この刀狩りの歴史についての文献や研究がほとんどないということに驚いた。著者も記しているが、私自身も刀狩りすなわち民衆の武器剥奪だと思い込んでいた。
個人的には明治の廃刀令をきっかけに商売替えをしていった職人たちに言及した著書を読んでみたい。
刀を作ることをやめたものたちが、ボタン作りや、宝飾品作りにかわっていった歴史を。
日本人と刀の歴史は古く、なぜ日本刀が魂なのかということがよく分かる。『菊と刀』で描かれる日本人の精神性に情報が補強されました。
戦前までの日本には、平均すると三世帯に一世帯が刀を所有していた計算になることにも驚きを隠せない。 -
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戦国期における、村に生活する人々をテーマにした研究書。
戦国期、足軽・雑兵に代表される一般兵士の集団線が主役となった。
それは、鎌倉武士が戦う前に行っていた、大将同士の詞戦から、雑兵同士の詞戦の変遷をたどることからもわかる。
この「詞戦」が、敵の士気を削ぎ、味方の士気を鼓舞する重要な戦であった。
常に戦の主役であった「村」という共同体は、領主の統治機構の一部を担っている自負もあり、服従一辺倒ではなかった。
領主が村への干渉を強めると、村を預かる庄屋は、百姓たちの先頭に立って逃散(逃亡を促す)をかけて領主に抵抗し、年貢帳簿の提出を拒んで、庄内への直接介入を許さなかった。
本書は、こういった庶民(この頃が庶民の萌芽だと個人的には考えている)のたくましさをまとめた内容になっている。
本旨からは外れるが、戦国の村の掟についても様々な解説をしており、スケープゴートの役割として、流れ者や乞食を雇っていたという。
村同士の争いが起こった際、その発端となった下手人は処刑の対象となる。しかし実際処刑されるのは、雇った浪人ものや乞食であったことなど、当時の村の運営について興味深い解説をしている。 -
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戦国時代、都市や村が戦火に巻き込まれそうになったとき、民衆は大きく2つの対抗策があった。
1.領主の城に行き、篭城する。
2.近くの山野に身を隠す。
1に関しては、映画やテレビ・小説などでおなじみなので、説明は不要だと思います。
2に関しては、生命・財産を守るための知恵が必要でした。
本書は、乱世を生きる民衆が生き残るために、とった様々な手段を解説しております。
・生命・財産を守るために地下シェルターを作って隠れる。
・戦国時代の貸金庫ともいうべき、土蔵に財産を預ける。
・戦後、預けた財産をスムーズに引き渡すためのルールを明確化する。
・戦火を避けるために、攻め寄せる軍勢に賄賂を贈る。
などなど、当時の民衆の逞しさを語るエピーソードを数多く掲載しています。
また、当時の文書も例としていくつかあげられています。
特に16世紀の関東弁丸出しの文書などからは、当時の話し言葉の一端を垣間みることができました。
また、戦国時代の民衆の文章表現も多彩で、戦が迫ってくる事を、
「乱が行く」と表現したりします。
台風や旱魃のように、天災的な印象さえします。
当時の民衆の心情にある無力感を垣間みれて、興味深かったです。 -
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ラジオ深夜便2009年7月16日放送分で、この本の著者、藤木久志氏が「村に戦争が来る 戦国時代の危機管理」というタイトルで話をされていた。それが非常に面白かったのでこの本を読んでみたのだが、いささかこの本は手強かった。
上目次に掲げたようなテーマについて丹念に古文書を挙げいく。解説付きの読みやすく整形した文とは言え、原典がかなり載っているので、きちんと読み進めようとするとかなり集中力がいる。私なんかでは読んでいるうちにボーッとしてしまったり、テーマが何の文を読んでいるのか忘れてしまったり。面白おかしく結論だけ書いてある新書本なんかをイメージして購入すると挫折することになりそうだ。一方で、興味あるテーマの古文書ともなると、読んでいて非常に面白い。中世にの人間の息づかいが感じられる(ような気がする)瞬間がある。 -
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秀吉の刀狩り、明治維新後の廃刀令、そして第二次世界大戦後の占領軍による民間の武装解除を「3つの刀狩り」として、その内実を探ることで新たな日本の民衆像を検証する。
中世までの日本では、村民は治安維持のために武装し、自力で問題解決にあたっていた。その中で無秩序な暴力を回避するための暗黙のルールが生まれ、青年した男性のシンボルとしての刀を重要視する、武士道の原型ともいえる精神性は戦国以前では農民にも浸透していた。
現に秀吉の刀狩りが行われたあとも村々にはなお夥しい数の武器が保管されていたという。徳川の世になって引き継がれた刀狩りも、徹底的に村に残る武器を撤廃したという形跡はなかった。そこには、刀には神秘な心情がこめられていたということを踏まえたうえで、物理的な武装解除よりも、帯刀を許可制にすることによる徹底的な身分の色分けを最重要としていたことがうかがえる。
江戸時代を通じてかなりの頻度で行われたと思われる一揆を鎮圧するにあたり、農民が鋤や鍬などの農具以外の武器をもって蜂起した例はなく、また領主側が農民に向けて発砲などの攻撃を加えたという例も皆無だという。(幕末の動乱時には2、3の記録があるらしいが)日本国内の農村の津々浦々にまで武器が現存しているにもかかわらず、200年以上にもわたりそれを自ら「封印」し続けたのは奇跡に近い。支配者の権力による抑制のみならず、被支配者層も自発的に秩序を保とうと努力するメカニズムが働いていたといえる。
著者はあとがきで「一般市民のコンセンサスに支持されてきた歴史が、個人から国家のレベルにいたるまで崩壊に瀕している」という。現在の日本は過去の歴史上例を見ない特殊な状況におかれているから、国家レベルでのコンセンサスの崩壊(著者は憲法の改正を指している)という点では単純に語れない部分があると私は思うが、歴史の中で日本人が育んできた誇るべき高い精神性は崩壊させてはいけないと強く思った。 -
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後世の史料ばかり
戦国時代の村ではない自力救済のため民衆は戦になると村の城と呼ばれるいわば施設に避難して生命維持装置を繋いでいたと言われる論考も懐疑的である。