山崎章郎のレビュー一覧

  • 病院で死ぬということ

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    病院で治療し尽くしてもう治せない患者がどうなるのかについて、現実を教えてくれる本です。今から30年以上前の本ですのでがんに対する告知の考え方が今となっては少し古くなっている感じもしました。

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    2026年01月03日
  • 続 病院で死ぬということ そして今、僕はホスピスに

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    前作の病院で死ぬということの内容がやっぱりこんな最後なんだなと暗い気持ちのまま読み終えたので、続きが気になっていてようやく読めました。
    今回はホスピスのお話になっていて希望のもてる内容になっていました。そして作者の事が気になり調べてみたらご本人も今は闘病中?であり、その人柄に惹かれました。
    他の作品も出版されているので読んでみようと思います。
    作者は医師で立派な人だなと思いましたが、いつかは必ず最後を迎える患者側にもその準備が必要なのだなと考えさせられる内容でした。

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    2025年12月21日
  • 病院で死ぬということ

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    ネタバレ

    (事実だとしても)あまりにも作為的で読んでいて恥ずかしくなる「息子へ」章を除けば、星5つレベルの名著でした。現役医師が書いた本ですが、とにかく文章が素晴らしい。病院関係者はもちろん、一人でも多くの人に読んでほしい作品です。
    さて、本書のメインテーマは末期ガン告知についてです。実態として、多くの医療者も家族も、患者に真実を伝えることがタブーとなっており、たとえ確実に死が近い状況でも、闇雲に励まし、とにかく患者の命を1分1秒でも延ばすことが最優先されています。その弊害は、患者が死を受け入れる為に必要な準備期間を奪い、患者自身の置かれている体の状態と医者の説明とのギャップを埋められない不安や疑問と、そこから派生する医者や家族への不信感が募ることです。その結果、患者は闘病に加えて、得体のしれない別のモノとの闘いも強いられます。
    そして、何十人もの患者の死に立ち会った著者はこう考えるようになります。
    「明らかに死期の迫った患者への蘇生術は、患者が安らぎの世界に入ることを強引に妨げているだけかもしれない。それら蘇生術のほとんどが医療側の一方的な自己満足だったのではないか。病気に対する最後の抵抗を示すことで、患者へではなく、家族へのせめてもの誠意を見せようとする見せかけの行為なのではないか。主役は死んでいく患者で、それを見守るのは家族や親しい者たちであるべきなのに、医療者は、患者とその家族にとってもっとも厳粛で人間的であるべき最後の別れの場に、三文役者のように我が物顔で登場し、大切な家族の時間の大半を、蘇生術で奪っているのではないか。」
    こうした医療関係者の真摯な言葉を聞くと(既に四人に一人ががんで亡くなっている現況下で)、果たしてがん告知をためらうことで、正常な意識のうちに家族と向き合う機会を先送りしたり、意識のない状態での延命処置自体が本当に患者の為になっているのだろうか、という疑問は湧いてくる。
    ちなみに、海外での告知問題はどうなっているのだろう?
    例えば、訴訟大国アメリカで、逆に真実を告知しないことで奪われる自己決定権という人権侵害の可能性もありそうだし。
    結論的には、日頃から家族間でこうした点を率直に話し合って置くべきというあたりに落ち着くのかな。

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    2024年09月07日
  • ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み(新潮選書)

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    未来への希望を残して、この本は終わっている。いろいろ考えてくれている医師がいることがわかって、がん治療の未来も暗くないな、と思えた。

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    2023年10月22日
  • 病院で死ぬということ

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    題名だけは知っていたけれど避けていた本。
    読み始めてやっぱりな、でした。
    病院って、人の最後はこうだよね、と。
    読み進めていくうちに希望が持てるようになりますが、実際には金銭的な事、家族の負担を考えるとと思ってしまいます。
    自分には何が出来るか、自分の最後には他にも選択肢はないのかなど色々と考えてしまいました。

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    2023年01月31日
  • 病院で死ぬということ

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    ネタバレ

    病院で死ぬのではなく、ホスピスに入りたい、最期は自宅で死にたいという思いを改めて強く思った。今はこの本が出た当時より告知をするようになっているのでは?とは思うけど、私の場合は、やはり周囲からたとえ心からの善意であっても本当の病名や余命について隠されるのはかえって辛い。

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    2020年07月06日
  • 病院で死ぬということ

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    20年ぶりくらいで再読しました。
    当時と比べると、癌は治癒することも珍しいことではないものになり、告知も当たり前となりました。
    意外と告知への移行はスムーズに進んだ気がします。

    終末期をどのように生きるかということは、まさにその人の生き様を表現することになる。
    さて、どう生ききるか。

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    2019年12月16日
  • 続 病院で死ぬということ そして今、僕はホスピスに

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    内容は前作と概ね同じなのだが、副題にある通りホスピス(終末医療)での話が中心になっている。

    ホスピスでは治療は行わない。最後の時までを如何に安らかに過ごすかに重点が置かれているが、その方法は千差万別。そんな中での活動を通じて死について考えさせる内容。

    ホスピスの施設は設備は当然、数自体が少ないそうだ。
    福祉福祉だと叫ばれることの多くなった昨今、誰しもに訪れる死について考える機会が社会的に広がってほしいと思うようになった。

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    2014年07月27日
  • 病院で死ぬということ

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    数多くの患者を見とってきた医者による死に方に関する考察本。

    100%死ぬ。死から逃れることができる人類は居ない、死は誰にも訪れる。
    医療等が進み病院のベットで死ぬ人が増えた昨今。病院で死ぬということはどういうことかを看取ってきた患者の例とともに考えていく。

    この手の話に「正解」はあるわけないが、死、それも病院で死ぬ場合即死はあまりない。つまり死ぬまでに猶予があることになる。それがどういうことか、自分だけでなく身内等にいざその時が来た時に慌てないためにも考えておきたいと思う。

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    2014年07月27日
  • 病院で死ぬということ

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    医師と患者の葛藤(前半)
    著者の体験・実践(成功例)
    医師と患者の間に、人間としての信頼関係があるならば、やすらかな死を迎えられると思える。
    そんな思いが、著者の終末期への考え⇒ホスピスへつながって行くと思える。


    雑記
    病院で死ぬということ

    18
    書き方表現方法が、本人の心情はわからないがマイナス。事実のみを記す?著者の心情は表現記載の
    32
    臨床患者に対する蘇生術。医療者の義務と考えている。救急と末期では違う。死に行く人に対する、優しさも、畏敬の念も、哀悼も無い。延命至上主義の医学教育、人間の尊厳を冒す行為。
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    脅迫
    実話なのか?
    日野原医師の病理解剖、82%、すごい!
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    解剖⇒移植へ話を変えたか。
    66
    主治医と患者。痛みに関する、心理の脚色のしbyすぎではないか?家族への影はないなあ。
    68
    徐痛方法を知らない。時代背景がありそうだ。物語から、麻薬系鎮痛薬、1ショットだろうか?疼痛管理の現状では、知らないということはありえない。また、大学病院で末期、これも無いのではないか?とともに、心理的な影響から、量が減る例は、自身でも聞いたことあり。
    82
    長期入院では、家族の(心が)疲労する。自分を理解できないという表現は、適切なのだろうか?
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    治療法の問題があったのか、システムに問題があったのか、(家族との)コミュニケーションが問題か、エピソードの意味は理解に苦しむ。(押入れでの死、年金を受取る見舞い)
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    病院での個人の死、医療システムの中に埋没してしまう。
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    死ぬ瞬間
    キューブラロス
    97
    医師は一般人と考えが違う
    99
    医師の義務とは。蘇生術を行うことなのだ。(当時は)
    100
    臨終という戦場。
    蘇生術。
    そして、戦う相手が違うということ。
    103
    患者の=死への尊厳はあるのか?
    112
    その人固有の人間としての存在が尊重される。
    126
    現実にあるかと驚く。意志は生命を輝かせる、気力、根気、つきた。価値ある時間。夫の病状はどうなったかも気になる。
    174
    臨終間際は入院は、家族のエゴでは無いだろうか?ホスピスの前進と教えた。
    206
    「息子へ」
    家族の信頼、医師と患者の信頼、素晴らしくも、美しくもあり、清く尊いと感じた。妻の看護も献身的であったのだろうが、遺書を渡されたのが娘ということで、16歳、重圧ではなかったのか?と思えた。しかし、それを乗り越えてられた程に、愛があったのだろう。泣けました。
    220
    宗教観、著者は良く見て、真情を捉えている。ホスピス⇒行き着くところなのか?という想いである。これが病院ではないところの、著者なりの回答なのだろう。

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    2014年06月19日
  • 病院で死ぬということ

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    かなり昔の本なので、告知に対する考え方は当時と今ではかなり違うと思うが、病院かホスピスか、自宅か....。今もなお論じられるところだと思う。

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    2012年07月12日
  • 病院で死ぬということ

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    初めてこの本に触れたのは受験勉強をしていた時で、先生が小論文の練習として読ませてくれた。今看護学生になって、また読む機会があり、その時読んだのは一部で続きが気になったので、読んでみることに。
    たった20年前でありながらも、医療の在り方についての考えが今とは大いに異なる。少しでも長く生きられるように、それだけであって生命の質が見えていない。その時代にあった悲しみが、事例を通して伝わってくる。患者の目線でものを見ることの大切さを感じた。

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    2012年01月28日
  • 病院で死ぬということ

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    ネタバレ

    医師が、死を迎えた人に対し、どう対応すべきか、家族はどうすべきか。
    できるだけ無駄な延命を行わないこと、穏やかな最後を迎えること。
    そのためには、ホスピスを。

    ということを事例を交えながら書いてある。
    前半の事例は、そうはなりたくない事例。
    後半の事例は、参考にしたい例。

    事例は、末期がんであった人々であるため、告知が重要なキーになっている。

    以前は、告知はして欲しいと思っていた。
    告知されると、否が応でも体調を気にしなければいけない。
    そう気がついてから、告知はしてくれなくていい。と考えを変えていた。
    これを読んだら、さて、どうするかなぁとまた考えることになった。

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    2011年11月27日
  • 病院で死ぬということ

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    中学の時に読みました。
    号泣し、翌日は目が腫れて大変でした。自分が死ぬとき、どれだけの人が泣いてくれるだろうか・・・。

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    2009年10月04日
  • 病院で死ぬということ

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    高校時代、この本に出逢いました。ホスピスで働く医師の記録です。今思えば、当時のsakiの教科書のような、そんな大きな影響を与えてくれた本でした。

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    2009年10月04日
  • 続 病院で死ぬということ そして今、僕はホスピスに

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    この本のひとつのエピソードはテレビで放映された。役所宏司と大竹しのぶのキャストで…人生の最期を迎える場所がいつもの生活の延長の空間、空気になるように奮闘する医師。

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    2009年10月04日
  • 病院で死ぬということ

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    とにかく重い。ただ必要なこと、医療系の学校に通っている自分には目を瞑っては行けない問題がそこにはノンフィクションで書かれていた。
    読むたびこの本から逃げたい。はやく違う本を読んで楽になりたい。でも逃げちゃいけない、そう思いで読み切り終末期医療の現場、命の尊さ、人権とは?考えさせれあっという間に過ぎていく時間や人、色んな事象を受け止めもっと深く考えなくてはいけないのだと考えさせられる作品であった。
    医療人になる方はぜひ読むべきものであると思います。

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    2025年04月17日
  • ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み(新潮選書)

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    著者の山崎章郎先生が運営されていたケアタウン小平の在宅医療で母の看取りをしていただき、その後遺族会に入会し、今もケアタウン小平とのお付き合いは続いている。
    母はケアタウン小平での在宅医療に切り替えてから2週間余りで他界したが、ちょうどその時山崎先生は大腸がんステージ4の診断を受け、患者数を抑えながら在宅医療を続けられていた時期であったことをこの本を読んで初めてしった。
    今振り返ると山崎先生の夜勤は少なく、ほかのA先生とI先生がよく診療に来ていただいた。最後の死亡診断書もA先生に書いていただいた。山崎先生の病状を考えほかの2人の医師が一生懸命フォローしていたのだ。母の場合は希少癌で効果的に効く抗がん剤はない上に、気づいた時はもう治療の施しようがなかったため、最初から緩和ケアを勧められ、母もそれに応じたため、標準的な抗がん剤治療はやらぬまま緩和ケアに入ったが、山崎先生が既存のがん食事療法の組み合わせを考案されたケトン体やクエン酸等の食事療法、少量抗がん剤治療の組み合わせ治療を教えていただければ私も母にその食事を作ってみたかった。
    ただ、正直緩和ケア医である山崎先生のような方でもご自分ががんにり患し、ステージ4ともなると標準治療以外の方法に縋り付きたくなるのかということに少なからず衝撃を受けたとともに、標準的な抗がん剤治療の過酷さを思い知らされ、一度はあきらめたがん保険加入検討が再び再浮上してきた。ケアタウン小平を創業された山崎先生は自分の命は自分だけのものではないことを知った。と書かれていたがまさに同感。ケアタウン小平の灯を消さないためにも、ほかの病院に経営母体を移されたのも賢明だし、山崎先生には最後のライフワークとしてステージ4レベルの患者でもがんと共存できる治療法の探求は頑張りつづけて一つの治療法として確立させてほしい。

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    2022年10月23日
  • 病院で死ぬということ

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    令和の時代になり少しは変わったのであろうか

    前半は読み進めるのも辛いものがあった

    同じ死を迎えるのでも壮絶な最期なのか静かにその時を迎えるのか、全く違うものになる

    自宅で自然に亡くなることが本当に難しい世の中になった

    家族にしても苦しそうにしているのは黙って見ていられるはずはなく、症状によっても限られるのではないか

    主治医と本人、またその家族との信頼関係がないことにはお話にならない

    静かな死を迎えたいものである

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    2022年05月12日
  • 病院で死ぬということ

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    ちょっと古めだからか、医療従事予定者としては違和感を覚えた。
    最近のDrは「死」について様々な教育を受けている。状況はずいぶん変わっていると思う。
    ただし、教育を受けたからどうなるものでもないのは承知している。
    考えても考えすぎることのない領域だ。
    医療従事者として、人として、常に考えていきたいと強く思った。

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    2009年10月04日