坂井克之のレビュー一覧
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網膜地図
ものの認識とは別に、顔の認識だけに関係した当別の顔領域がある
序盤、脳が見たものをどう認識しているかという話。脳は、顔、建物なのど何を見ているかによって活発に活動する部分が変わる。
私たちは目からの視覚情報、体性感覚、位置感覚、平衡感覚情報を統合することによって、自我の存在する位置を決めている。
「見える」ということは外界の中から一部の情報を選択してこれを意識という表舞台に上げることである。
海馬は、情報を結びつけて記憶し、結びつけた状態で再生させる役割。海馬が働かないとストーリー性を持たせられない。
指を動かそうとする8秒も前から前頭葉は活動する!右手を動かそうと思うよりもはやく脳内に情報が表現される
心の理論
相手の気持ちや意図を察して自身の行動を決定する働き。
自閉症は、心の理論がうまく働かず、相手の意図や感情を推察できない。ミラーニューロンがある脳の部位の活動が低下している。
遺伝子によって特定の脳領域の形態や働きに差がある
盲目の人が点字をなぞっているときは視覚野が活動する。目の見える人が点字をなぞっても視覚野は活動しない。(ただし生まれてすぐに視覚を失った人のみ)
好みのタイプの顔を見ることだけでも、脳にとっては報酬になる -
Posted by ブクログ
2000年代の研究を中心にまとめられた入門書。真面目に書かれているのは分かりますが,脳科学においては何ができたらメカニズムが分かったと言えるのだろうか。例えば,まえがきに次のように書かれている。
ですが,私たちがこのようなことを感じ,考え,行動しているときに脳の土の部分が働いている,という実験結果は単なる豆知識に過ぎません。脳研究が本当に目指しているのは,脳がこのような仕組みになっているから私たちはこのように感じ,考え,行動するのだ,というメカニズムを明らかにすることです。このためには私たちの心の動きの結果として脳活動があるのではなく,脳活動の結果として心が生まれてくるのだということを明確に意識する必要があります。(p.ii)
この観点には同意するが,最新データで構成されているとは言え,神経相関をなかなか抜け出せないでいるという印象です。相変わらずの疑問はこの本でも解けない。志はしっかりした著者であることは間違いないが,検証に偏った科学論がちらほらと見受けられるので,“そこから脱却する道を考える”という道も必要だと思います。ところで,僕的に面白かったのは,
PETと比べて,[fMRIは]放射性物質を使わないでも脳活動を測定できることから,被験者も集めやすく,医師以外の基礎研究者も脳活動測定実験に参加するようになりました。特に,心の働きの仕組みを行動からしか評価できずに欲求不満に陥っていた心理学の研究者が,この研究を進展させる強力な原動力となりました。(pp.19-20)
というところです。神経相関で心理学者の欲求不満が解消されたのであれば,本当の欲求不満ではなかったのではなかろうか,と思いました。 -
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世は「脳科学」ブームだが、一般にもてはやされる脳科学と実際の脳研究がいかに違うか、一見わかりやすい話がいかに科学的でないかを述べつつ、あらさがしに留まらず、「脳科学」がなぜお茶の間でもてはやされるのかを考察しようとした本。
「科学っぽく」わかりやすいストーリー(脳に関する「仮説」)に異を唱え、一方で、それを糾弾するだけではなく、なぜ巷で「脳ブーム」とも言える様相を呈しているのかを考えようとした姿勢は、単に「トンデモ科学」を糾弾する本とは一線を画すものだと思う。
また、実際に脳研究に携わる立場から、脳の画像解析の実情を語る部分はおもしろく読めた。特に、1)ある場合に脳のある部分が活動していたとしても、それが原因なのか結果なのか、また本当に因果関係があるのかは判別がつかないということ、2)脳活動とは血流を測定したものであり、信号の変化は統計値であること、また信号変化はほとんどが2%未満であること、の2点は非常に興味深かった。
難点は2点。1点目は、冒頭に挙げられている「脳トレ」や「ゲーム脳」の話題は、もはや旧聞に属す事柄になりつつあるのではないかということ。そして2点目は、おそらく著者が語ろうとした大きなテーマと思われる「『脳科学』がなぜお茶の間でもてはやされるのか」に関する考察がどうにもすっきりしないこと。わかりやすいお話が受け入れられやすいのはその通りとして、なぜサイエンスの他の分野ではなく「脳科学」が特に注目されがちなのか、というのがこの本を読んでも何だか腑に落ちなかった。
著者は「現在進行中の研究状況を一般の人に伝えていくこと」が大切と結んでいる。わかりやすすぎるストーリーでない、研究室からの地道な発信を楽しみに待ちたい。 -
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今、心の中で「右手を動かそう」と考えて実際に右手を動かす。実はこの瞬間の8秒(!)も前に、右手を動かすための情報が脳内で表現されているらしい。では「わたし」に向かって「『右手を動かそう』と考えろ」と命令しているのはいったい誰なのか?またある実験では、画面の右あるいは左だけに一瞬だけヌード写真を提示し、その直後の判断の反応速度を調べている。すると意識には関知できないほどの短時間であるにも関わらず、ヌード写真を提示した側の反応が早いことがわかっている。ではヌード写真を「見た」のは誰なのか?この本を読むとこの「わたし」の意識は、臓器である脳の物理的情報処理による仮象的現象であることがよくわかる。著者はこれを「『わたし』が脳の持ち主なのではなく、『わたし』の持ち主が脳である」と表現している。人間にとって最大の関心事は、経済でも宇宙でもなく「わたしとは何か」であり、宗教や芸術はその謎に迫る一つの方法である。脳科学は、これらとはちょうど反対側の方向からこの謎に対するスリリングな視点を提供してくれているように思う。(菅)