平野恵理子のレビュー一覧
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昭和の時代、主に戦後以降当時の社会を支えるためにあった仕事だが、今では無くなってしまった仕事を集めた書籍。イラストがついているので、どんな仕事だったのか想像しやすくなっている。当時の価格帯も掲載されているが、当時の経済状況の知識が無いので、冒頭に記載がある簡単な賃金・物価の変遷表から想像するか、本格的に調べてみるしかない。これもまた楽しいのですが・・
消えてしまった仕事についても、一つ一つ考察することも楽しいと思った。いろんな妄想をするのが、楽しいのだ。
例えば、なぜ、その仕事が消えてしまったのか?もし、その仕事が現在の進歩したインフラやテクノロジーを使えたとしたら、今でも仕事として存在できるか?
当時の消費者と現在の消費者のニーズの変化はどのようなものか?
などなど、消えた仕事から、現在にふさわしい新しい仕事が生まれるかもしれないという視点で繰り広げる妄想が楽しかった。 -
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平野恵理子『五十八歳、山の家で猫と暮らす』文春文庫。
横浜から両親の残した八ヶ岳山麓の小淵沢の山荘に移り住んだイラストレーターによるエッセイ集。カラーイラストも多数収録。
五十八歳、山の家、猫と気になるワードが3つも並べば読まずにはいれないでしょう。
自分は還暦を過ぎて、再雇用が決まったのを機会に田舎のポツンと一軒家に移り住み、その半年後には全身真っ黒の迷い猫を保護し、飼い始めた。
著者も書いているが、山の家となると家の中に色んなムシが現れる。ゲジゲジやカマドウマ、カメムシなどは著者の家と同じだ。風呂場でカマドウマに遭遇すると驚くのは解る。
冬への備えや雪との格闘も山の家ならではだろう。自分は北国の盛岡出身で、54歳まで岩手に暮らしていたので、多少の雪や寒さには動じない。しかし、福島で8年以上過ごすと、雪道の運転は未だに衰えてはいないのだが、身体が寒さには耐えられない南国仕様に変化してしまった。
今住んでいる地域は雪は然程ではないが、竹林が多く、雪が降ると雪の重みで竹が撓み、道路を塞ぐという竹問題に苦労する。
著者の飼い猫は朝、起こしに来ないようだが、我が家の猫は程良い時間に起こしに来てくれる。今朝も自分が何時も5時半にセットする目覚まし時計を間違って停めてしまったにも関わらず、5時32分に部屋の前でニャオニャオ鳴いて起こしてくれた。
飼い猫は良い。帰宅すれば、ニャオニャオとまとわりつき、尻尾を足に付けて歓迎してくれる。びろ〜んと伸びて、尻尾を振りながら寛いでいる猫を見ると気持ちが和む。寒い時期は抱っこをせがみ、抱きながら尻を叩いてあげると、お礼にと顔を舐めてくれる。
我が家の猫は何時もご機嫌で、随分と愛想が良いなと思っていたら、たまにペットホテル代わりに預かってもらう動物病院でも看護師のお姉さん方にも、愛想が良くて可愛いと溺愛されているようだった。先日も爪を切ってもらいに行ったら、泊まっていってと誘われていた。因みに我が家の猫は爪切りの時に全く騒がず、言われるままに手足を差し出している。
都会の生活も便利には思うが、自然に囲まれた環境でゆっくりと静かに暮らすのも悪くはない。特に隣近所への気遣いの要らないポツンと一軒家は本当にストレスが無い。
本体価格850円
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ここに114種の「昭和の仕事」が取り上げられ紹介されているのだが、昭和半ば生まれの自分でも、その多くは直接には知らない。あるときには相応に必要とされる仕事であっても、時代が移り行き、機械化が進んだり生活環境が変わっていくと、少しずつ廃れてしまったり、場合によってはなくなってしまう。
取り上げられている職種では、身体を使った労働が多いが、それだけ「働く」ことには苦労が多かったし、その働く姿が生々しく人の目に見えていたのだろうなと思う。正に生業(なりわい)の世界。各解説はコンパクトにまとめられていて、社会の片隅で黙々と働いていた人たちの姿が浮かんでくる。
それぞれの職種に平野恵理子さんのイラストが載せられており、具体的なイメージを持つことができて大変ありがたく、ノスタルジーをかき立てられた。 -
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『五十八歳、山の家で猫と暮らす』の平野恵理子さんによる歳時記。
立春には手書きのお札、夏至にはアジサイの花を電灯の上に吊るす、大暑には麻布で布団皮を縫う、などなど、二十四節気ごとに手づくりで季節を味わうアイデアをイラストで紹介。
マッチ箱に紙を貼るだけとか手軽な感じがいいですね。ゆるいイラストもかわいい。というかこっちが恵理子さんの本業なのか。
冬になったらあたたかいものを作る機会が増えるので土鍋を食器棚の手前に出すとか、小さなことでも季節を感じられるんだな。
もともとは『暦生活』の連載記事だったそうで、私が恵理子さんを知ったのもここの記事だったと思います。
2月なのに春みたいな気温が続いたり、異常気象が当たり前で、春夏秋冬の変化を感じにくくなっていますが、むしろ二十四節気のほうが季節を反映してるんじゃないかという気がしてます。
七十二候の「魚上氷(うおこおりをいずる)」とかも好きなんですよね。
二十四節気は載っていても七十二候が記載されている日めくりというのがあまりなくて今年は暦生活の日めくりを使っています。これで少しでも季節のうつろいを楽しめればと思います。
以下、引用。
74
七夕の日の水で水浴びをすると一年風邪をひかない、髪を洗うと汚れがよく落ちるといわれたそうです。
120
家でもあたたかいものをつくることが多くなりそう。小さな土鍋をすぐ出せるように、食器棚の手前に移動しました。
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『五十八歳、山の家で猫と暮らす』に続く、平野恵理子さんの山暮らしエッセイ。
この第二弾のタイトルに勝手に親近感を抱いていましたが、免許をめぐるあれこれは本当に親近感。
やる気満々で問い合わせたら「今は学生の予約でいっぱいだから4月まで待て」と言われたとか、最初のうちはミラーを見る余裕なんてないから見るふりしているだけだったとか、若い人に「運転怖くないですか」と聞いたら「全然」と即答されたとか、今まで行った一番遠いところはディーラーだとか、ああ、よくわかる。
「どこかで自分が車を運転していることに、いまだに確信を持てていないようなところがある」というのも共感。
ローカルな地名がいっぱいでてきて、20号線から見える崖が「七里岩」だと初めて知りました。
あの高台を列車が走っているので、どこへ行くにも登りと下りが発生するんですが、韮崎を先端とする台地だったと地形図を見て納得。
こういうのって道路を意識するようになって初めて気がつくんですよね。
お節をきっちり手作りしたり、アバラが痛むのに書き初めをするほどお正月教に入信しているのは笑ってしまったが、恵理子さんは結構ちゃんと「ていねいな暮らし」をしている。ご本人にその気負いがないのか、「やってます」感があまりないのがいい。
小淵沢の山村でのひとり暮らしは楽なことではないはずなので、これくらいのマイペースがちょうどいいと思われる。
高原ホテルのヨゲンノトリ甘納豆や、高原スキー場のハーブ市は私も行ってみたい。
以下、引用。
33
今日は若い女性と帰りに送ってもらう車で乗り合いになった。
「運転怖くないですか?」
ときいたら、
「いえ、全然」
と即答されて、さすが若い人は違うなあと思った。彼女が先に降りてから、送迎の運転手さんは、
「でも、多少怖いと思って気をつけて運転していた方が安全ですから」
と慰めてくれたのだった。
36
路上教習に出るとき、先生によっては、
「じゃあドライブに行きましょうか」
と言って出発する。それがこちらの緊張した気持ちを少し和らげてもくれて、ありがたい。とはいえ、そのドライブを楽しむ余裕はこちらには全くないのだが。
62
こんなふうに自分が使っている燃料のことを考えるのも悪くないな、と思うのだ。逆にいえば、いかにこれまで電気ガス水道を、それこそ湯水のように使っていたかということでもある。
76
山の家に住むようになってから、東京に出かけることを「上京」と表現するようになった。実際そんな気分なのだ。緑濃い山村からビルの林立する大都会へ出かけるとなると、前日から「明日は東京だぞ」と少しだけ緊張する。日帰りとはいえ、やはりそこは小旅行なのだ。
109
『ストレイト・ストーリー』、デヴィット・リンチ監督による一九九九年の映画だ。
この映画を見た当時は自分で車の運転をするとは思っていなかったし、ましてや鹿の出るような山の中の道など、と他人事で終わらせていたが、どうして、鹿の闊歩する山村の道を自分の運転する車で走る身の上になろうとは。
110
「シカさん、シカさん、こっちにおいでよ~」
真っ白い世界に凛と立っている鹿は、神々しかった。よかったらうちに来てお茶でも飲んでいってもらいたい気持ちだったが、やはり鹿にも都合があるらしい。
151
こんな年齢になってから免許を取ったので、どこか自分が車を運転していることに、いまだに確信を持てていないようなところはある。こんな自分が運転しているなんてすみません、という気持ちがあるのだ。
183
列車、中央本線で山の家に通っていたころは、韮崎から小淵沢に向かう途中に長く続く岩壁を見るのが楽しみだった。なかなかに迫力のある景観に、「韮崎グランキャニオン」と勝手に名付けて、韮崎駅を過ぎると必ず北側の車窓を熱心に眺めた。本家本元のアメリカはアリゾナ州にある「グランドキャニオン」に遠慮して、「ド」抜きでグランキャニオン。
これは、八ヶ岳から流れてきた岩屑なだれがつくった台地なのだそう。小淵沢のあたりから韮崎まで続くその細長い台地は、韮崎辺で細くなり終わっている。その細く尖った形がニラの葉っぱの先に似ているので、「韮崎」の地名の由来になったのだとか。
その「グランキャニオン」は「七里岩」という名であったことを、道路地図を見るようになってようやく知った。七里岩ラインは、そのグランキャニオンの上をひたすら走る県道一七号線だ。
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家族そろってのお正月が何よりも幸せだったが、気がつけば一人で年迎えするようになって早や十年。で、一人になってもまだみっちりお正月はしたいと思っている。なにしろお正月教に一人入信しているので。