坂井孝一のレビュー一覧
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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の時代考証チーフが、その時代の
人物たちについてと出来事の背景等を、考証を交え考察し、語る。
第一部 人物考証編
I 源家の人びと II 北条家の人びと
III 東国の有力御家人たち IV 時代を騒がせた女性たち
V 法皇・上皇と都の権力者
第二部 歴史教養編・・・時代の背景と基礎情報を提示。
主要参考文献有り。
平安時代末期から鎌倉時代の初期に亘る時代の変遷の中で、
主要人物たちと出来事、当時の時代背景等を、コンパクトに、
かつ丁寧に考証と考察を交え、分かり易く語っている。
考証をする側からの視点もあり、各種史料や最新研究をも
盛り込んでいて、例えば、八重姫の伝承から幾つかの状況証拠を
掲げて、八重は泰時の母ではないかとの仮説に至る経緯も、
分かり易く提示している。
また、文書発給の変遷、官職や位階の種類、追討の命令書、
『吾妻鏡』の空白の記事は「書かない嘘」、
学問・音楽・和歌は政「まつりごと」のツール、
女性の実名について、曾我事件の推理等、
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の補完になる内容が
盛り込まれているのも興味深い。
ドラマ内のセリフやシチュエーションはこれか~と、
チェックするのも面白いし、人物像の元になってる記述も。
「二次元」の世界を、人物が生き生きと活動する「三次元」の
世界としてイメージし、再度文章の「二次元」に変換したと
書かれていますが、どうも私の脳裏には、想像の人物のイメージ
ではなく、ドラマの人物たちが浮かび上がってしまっています。 -
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ネタバレ鎌倉幕府が続いていたのは知っているけれど、実朝が倒れた後の将軍が誰なのかは正直よく知らなった。
ならば何故源氏将軍は三代で断絶してしまったのか。
吾妻鏡をベースに愚管抄やその他の資料から読み解く源氏三代の歴史。頼家と実朝の治世も改めて振り返る。
20歳前後で後継を決める時代、後鳥羽上皇の従妹である御台所との間に子供が恵まれず、幕府は後鳥羽の息子を将軍として迎える打診をする。
実朝と後鳥羽の信頼関係。北条との格の違い。
親王将軍候補はどちらも20歳前後。
至高の血統となれば源氏に戻すことなどありえず、事実上の源氏将軍断絶。それは実朝も承知のことだった、というのが驚きだった。
もし親王を迎えた後に御台所との間に子供を授かったらどうするつもりだったのだろう。
後世の人間が知っている歴史も、当事者たちには未知の未来なのである。 -
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「鎌倉殿の13人」の中で中心となる人物たち(義時・時政・政子)の側から書かれているだけあって、ドラマを想像しながら読むことができました。
公式サイトの人物相関図を脇に置いて読めばきっと面白いと思います。
序盤に登場する伊東祐親や工藤祐経についても詳しく書かれており、ドラマでは描ききれないであろうバックグラウンドが分かりました。
ただ、この人物はこのくらいの年齢だろう、とか、このあたりは誇張されているだろう、など史料を結構細かく考察していっているので、読み慣れていない方には若干読みづらいかもしれません。
先に「頼朝の武士団」(細川重男/朝日新書)あたりを読むのをおすすめします。
実は本書は三部作と坂井氏が言う一冊で、他に「源氏将軍断絶 なぜ頼朝血は三代で途絶えたか」(PHP新書)、「承久の乱」(中公新書)もあります。
「源氏将軍〜」は頼朝などの源氏の側から、「承久の乱」は後鳥羽上皇側から書かれているそうなので、こちらも引き続き読んでいこうと思います。 -
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本郷和人氏の『承久の乱』と比較すると、こちらは後鳥羽院の巨人ぶりが際立つ。文化発展に寄与した側面だ。帝王としてのコンプレックス(三種の神器を継承していない)からそうした帝王らしさを追求したとの見立てだ。
また「鎌倉幕府」の存在感も強調されている点は、本郷本との大きな違い。本郷氏は鎌倉幕府というよりも、「北条義時とその仲間たち」という側面を強調。一方、坂井氏本では「チーム鎌倉」の意義を強調しつつも、義時の存在感は左程強くない。後鳥羽院の義時追討の院宣を、鎌倉幕府は幕府への攻撃と見て、一枚岩になれたのが、後鳥羽院のワンマンチームであった朝廷側に大勝利した原因と捉える。
本郷本は実朝暗殺の黒幕は義時とするが、坂井本はこれを真っ向から否定し、公暁単独犯説を取る。そのため、「承久の乱」勃発そのものには偶発的な要素を多く認める叙述となっている。本郷本は在地領主の経済的利害とそれに基づく国家構想と朝廷のそれらとのせめぎ合いが乱の大きな見取り図を提供しているのに対し、坂井本は後鳥羽院のキャラ要素が際立っているように思う。
後鳥羽院が、実朝暗殺を許した挙げ句に権力闘争を京に持ち込む“怪しからぬ”幕府の真の実力者を義時と見て、その義時を排除し、幕府を朝廷のコントロール下に置こうとしたのは確かだろうが、問題は義時がそれを含んで挑発行為を企図していたかどうかだと思う。乱の終結後、幕府が速やかに三上皇を厳しく処断し、かつ朝廷を実質支配下に置いたことは、たまたま乱に勝利したからではなく、最初から意図的に乱を起こさせたという側面が強いように思う。
いずれにせよ「承久の乱」以降、建武の新政を挟むものの、650年にわたる武士の時代が成立していったのである。 -
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ネタバレ#鎌倉殿の13人 #ラスボス
#後鳥羽上皇
貴族の政治とは儀礼
衰退した宮廷儀礼を立て直す
=あるべき貴族社会を上皇が再建!
1.習礼→諸家の日記提出し研究
台記:藤原頼長日
玉葉:九条兼実
2.公事堅義→学んだ儀礼の口頭試験
3.成果→故実諸「世俗浅深秘抄」
4.実践→直後に節会習礼
内弁役の九条道家を上皇は見事と褒めた
※内弁 大極殿等儀式の主会場の最高責任者
一之上卿(一上)=筆頭公卿が務める
作法知識必要=家に伝わる日記が重要
(清盛は役不足で太政大臣の時もしてない)
子の順徳天皇も故実書「禁秘抄」著した
有職故実と帝王学
※禁中並公家諸法度第1条→禁秘抄コピペ -
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ネタバレ一二一九年、鎌倉幕府三代将軍・源実朝が暗殺された。朝廷との協調に努めた実朝の死により公武関係は動揺。二年後、承久の乱が勃発する。朝廷に君臨する後鳥羽上皇が、執権北条義時を討つべく兵を挙げたのだ。だが、義時の嫡男泰時率いる幕府の大軍は京都へ攻め上り、朝廷方の軍勢を圧倒。後鳥羽ら三上皇は流罪となり、六波羅探題が設置された。公武の力関係を劇的に変え、中世社会のあり方を決定づけた大事件を読み解く。
序章:中世の幕開け
第1章:後鳥羽の朝廷
第2章:実朝の幕府
第3章:乱への道程
第4章:承久の乱勃発
第5章:大乱決着
第6章:乱後の世界
終章:帝王たちと承久の乱
承久の乱が、武士の世を決定づけたことは間違いない。
しかし、歴史の授業で習った承久の乱像を捨てる必要がある。
後鳥羽上皇は優秀な人であったし、当初は鎌倉と対立するつもりもなかった。
実朝亡き後の鎌倉幕府が一丸となって戦ったのに対し、
後鳥羽上皇側の読みの甘さやチーム力の弱さが際立っていた。
乱に至る経緯や細かな内容まで求めていない人は、
「承久の乱」日本史のターニングポイント (文春新書) 本郷和人氏の著作で十分だろう。 -
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ネタバレ流石中公新書の乱シリーズ、コンパクト且つきめ細やかな記述で分かりやすく著者の説がよく提示されている。
はじめにで史料について丁寧に解説してくれるのがうれしい。
坂井さんの実朝評価はあらためて勉強になっていて、武士として将軍として堂々とふるまおうとしたことがよくわかる。また、和田合戦が初期鎌倉時代における重要な合戦であったことが分かった。そして、実朝謀殺の背景については、公暁単独犯行説をとられている。
後鳥羽については万能の王だが、部下からは研修ばかりやりたがるめんどくさい会長くらいだったのではないかと、現代風に解説していて面白い。
承久の乱の経緯については、チーム鎌倉の結束が、北条政子のたくみな演説によって達成されたことが分かった。
それにたいして、ワンマン後鳥羽、三浦氏を抱き込むのに失敗して大敗である。北条泰時が一時死地に赴いたのは知らなかった。