坂井孝一のレビュー一覧
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ネタバレ承久の乱が後鳥羽上皇の倒幕運動ではなく、北条義時の追討をし、幕府をコントロール下に置こうとする意図だったのを、北条義時側は幕府に対する攻撃と捉え直すところが面白い。
源実朝という若い朝廷と融和した将軍が失われたことで、幕府と朝廷との間にヒビが入っていき、巨人後鳥羽院が動き出す様が、抗うことができない歴史の流れを強く感じた。
歴史学では、当り前なのかもしれないが、『平家物語』の印象的な場面、宇治川の先陣争いなどが、『吾妻鏡』の記事を基に作られているとあった時に、確かに文学と史書、時代の前後関係から考えると宜なるかなと納得した次第。 -
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日本史に詳しくないので、最後まで読み通せるか不安だったけど、読みやすくて通読できた。
面白かった。
平安時代(末期でいいのかな?)に成立した院政の解説から始まり、後鳥羽院の人物像、鎌倉幕府三代将軍の源実朝の惨殺、そして、承久の乱の具体的な経過、乱後の幕府の体制へと話題が進む。
承久の乱における朝廷と幕府の関係を「後鳥羽ワンマンチーム」対「チーム鎌倉」との言い表しているのが言い得て妙。
後鳥羽院による「北条義時追討」の院宣や官宣旨が発しられてから鎌倉方が入京して京方を制圧する迄の期間が約1カ月。こんなにあっさりと方がついてしまったとは知らなかった。
源実朝の死後、北条家による執権政治で幕府が治められていたのは以前から知っていたけど、源頼朝の直系が不在になってしまって将軍職は誰が継いでいたのだろう、という疑問も本書を読んで解消。将軍職は京都の摂関家の人間が派遣されていたのですね。
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実朝の夢見た東国王権。それは父頼朝が晩年に皇家との婚姻によって出来た子を将軍に迎える構想を引き継いだものだった。このできなかった実朝は後鳥羽院を主と仰ぎ、その血筋の皇子を自身の次の将軍にしようとした。後鳥羽院もそれを支持して頼朝を越える異例の官位上昇で実朝を支える。母政子や北条義時達もその意向に沿って動き、実現するかに思われたが、公暁によってころされる。歴史のもう一つの大きな可能性があった。また繊細な万葉調の天才歌人という実朝像を、和歌を読んだ背景や政治状況などを照らし合わせることで否定。遊び心あるそしてどちらかといえば古今や新古今和歌集に学んだ歌が多い。
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800年来の誤解をいま解く!というキャッチコピー。正岡子規、小林秀雄、斎藤茂吉といった錚々たる面々による、天才詩人であるが文弱な悲劇の将軍という評価に対し、歴史学と文学の両面より実朝の真実に迫る。
ということなのだが、本書の論旨は実は自分にはあまり意外性は感じられなかった。もとより右大臣正二位にまで達する職位は幕府内そして朝廷での安定した地位確立のためのはずだし、そもそも後鳥羽への接近は雅な世界の憧れはあるにせよ、むしろ幕府の相対化をもたらし、従属的であるにせよ東西2極化をさらに推進するものと考えるからだ。(後鳥羽にしてみれば権門体制への一層の取り込みかもしれないが・・・。)将軍親裁指向と執権北条義時ら北条勢力とのせめぎ合いもこの文脈の背景として首肯できるものだろう。将軍としては孤独だったかもしれないが、実際、幕府内での主導権・権威確立を考えた場合、実朝のとるべき道であったといえる。
一方、父・頼朝の構想を引き継ぎ、実朝や政子、そして義時、大江広元らをはじめとした幕府首脳が一丸となって、鎌倉に後鳥羽の皇子を迎え入れようとしていた事実は、ことここに至っては「幕府」にとって「源氏」の「血」もそれほど重要なものでなかったともいえる。官位の急激な上昇は、親王補佐の役割を目指した後鳥羽側からの家格上昇策と著者は考えるが、何よりも著者も触れるように幕府に対しての何の実績もない実朝にしてみても、「源氏」の貴種性を上げるための家格上昇は当然の選択であったことだろう。
そのような中で『金塊和歌集』に向けて没頭していく姿は、ある意味、趣味と実益を両立するものだったのではないだろうか。(笑)著者は特に『金塊和歌集』での様々な和歌を通じて実朝の心情を読み解いていくのだが、歴史的背景に対してパラレルに跡付ける新味があってなかなか興味深かった。
次にお約束の実朝暗殺についてだが、自分も従来の有力説通り三浦義村黒幕説を単純に思っていたが、確かに経緯を考えると直接的には公暁の妄念のみが生んだ犯行であったかもしれない。実際はどうであるにせよ現時点でそこに黒幕を考えるには、少々ミステリーチックに過ぎるのかもしれない。また、事件後に阿野全成の息子どもや頼家の息子が次々と殺されている事実は、「源氏」の「血」は「御輿」にはなり得る存在だが、今となっては幕府首脳にはその「血」自体、邪魔なものでしかなく、「幕府」存在としても必須のものでもなかったということなのだろう。何よりその後の摂家将軍・親王将軍がそれを証明しており、対朝廷対策という意味において頼朝時代から断続的に要請されてきたという親王下向の願いは、後世の「幕府」条件を考えると歴史の皮肉ともいえる。
さて、実朝の死で後鳥羽の構想も頓挫したわけだが、幕府首脳の「源氏」断絶策はむしろチャンスでもあったはずなのだが、その後の流れはパワーバランスを見誤ったというほかはない。実朝喪失は後鳥羽の王権をも大きく覆すこととなりこれも歴史の皮肉であったともいえる。
かように存在自体が微妙なバランスを取り持っていた実朝であるが、今回著者は「たくましい」政治家としての側面をも併せ持つ新実朝像を提示したのだと思うが、ひたむきな将軍親裁といい、後鳥羽、そして和歌への傾倒といい、かなり純真で孤独な人物だったのだろうという基本イメージそのものは未だ変わらないといっても良いのではないか。
文学の素材を何とか使えないものかと自分ももったいなく感じていたので(笑)、今後も著者には、文学面などのアプローチから人物の心情面にまで踏み込んだ歴史論述を行い、歴史学に新風を吹かし続けてもらいたい。 -
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大河ドラマ『鎌倉殿の13人』も残すところあと2話! -12/8(木)現在
初回から見ていたが、相関図をHPでチェックする程度でこれまで関連本は読んでいなかった。
史実に基づいているとは言え、脚本家の豊かな想像力が張り巡らされた一つのドラマである。史実のイメージに仕上がった人物と目の前の役者さんを重ねるのも辛いので、一ドラマと認識して見ていた。
しかし…
先週の視聴を終えて暫くしてから、「このまま、なあなあの状態で終えても良いのか」と何の前触れもなく思い立った。そして思い立ったが吉日、本書を取り寄せたのである。
この思いつきが何かの天啓だとしたら、自分も”天命に逆らわずに”(知る人ぞ知るドラマネタ笑)読み切り、視聴者なりのレビューを残そうと思う。
著者は日本中世史専門の歴史家で『鎌倉殿の13人』の時代考証も担当されている。
本書でも源頼朝の戦いや北条氏の動向を北条時政・政子・義時視点で考察されているので、まさにドラマと同じ見方が可能!結果的にドラマのおさらい・予習になったし、著者の見解がそのままセリフになっていることにも気づいた笑(刊行されたのは昨年2021年9月)
ドラマ同様、本書も頼朝の流人時代で幕を開ける。
『鎌倉殿の13人』は歴史書『吾妻鏡』をベースにストーリーが構成されているが、本書では貴重な流人時代の頼朝について詳細に記された真名本(漢字だけで書かれた本のこと)『曽我物語』(本書と同じく以下、「真名本」と略記)を多く用いている。
そのため視聴時に抱いたのとは少し違った視点も得ることになった。
例えば、義時はいつから「時政子息」から一人前の御家人として認可されるようになったのか。
劇中”イベント事”が多すぎるせいで思い出せずにいたが、正確には開府後に頼朝が、「警護の任に適し、かつ心の許せる信頼に足る者」の一人として彼を側に置いた頃から…との事。
実父 時政以上に信頼された事は彼にとって誉れ高かっただろうし、終生頼朝の思想に固執していたのもより頷ける。
一方で色々やらかし気味の印象だった時政も実は上昇志向・京都志向が強く、人脈も広かったという。その中で後妻 牧の方を迎え入れ、2人の間に出来た娘たちを京へ嫁がせたと言うのだから、まぁ出来る男だったのではなかろうか…
『吾妻鏡』や『愚管抄』からの引用もちらほら。
特に3代目将軍 実朝の暗殺事件はサスペンス小説並みに精細な描写であった。将軍の死を悼んで80-100名もの御家人が出家したというのも初耳過ぎたが、頼朝とはまた違ったかたちで慕われていたのだろうかと想像は尽きない。
本当に、サスペンス並みに”イベント事”が相次いだんだな。今までに無い展開の早さにみんな息巻いていたのか。
「史実は小説よりも奇なり」。
脚本家の豊かな想像力と、今度は新たに知見を得た自分の想像力も織り交ぜながら残り2話を迎え撃ちます。 -
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「鎌倉殿の13人」をきっかけに鎌倉時代のお勉強をしよう第2弾がこちら
ちなみに同じタイトル「承久の乱」でTVでお馴染みの本郷和人氏も出版しておられる
比較すると面白いだろうなぁ
本書は「承久の乱」とタイトルがあるものの、中世の始まりからきちんと筋立てて進められるので時系列的にもわかりやすい
その後に、後鳥羽上皇と源実朝について説明があり、いよいよ承久の乱…という親切な流れである
まずは後鳥羽と源実朝の人物像
後鳥羽
正統なる王を目指し、三種の神器にこだわっていた(平家のせいで手元になかった)
祖父の後白河と似ている点が多くあり、その一部が好奇心旺盛、既成概念にとらわれない自由さと遊び心がある…あたりらしい
歌、琵琶、蹴鞠など芸術面もスポーツマン
さらには太刀の制作までしたというまさに多芸多才の極地
また宮廷儀礼の猛勉強をし復興を果たす
バイタリティ溢れる人物であるが、周りが振り回されて大変だったようである
一方の源実朝
源頼朝と北条政子の次男
北条氏が乳母夫
(兄の源頼家は比企氏が乳母夫 ここで北条との確執が生まれる)
将軍でありながら和歌や蹴鞠にふけ、朝廷と幕府、源氏と北条氏の狭間で苦悩し、若くして甥に殺された悲劇の貴公子…というイメージだが、最近の研究では違うようである
北条義時の要求にに対し毅然とした態度をとり、自立し出す
また統治者としていくつかの政策を打ち出し成果を上げている
唐の「貞観政要」も学んだらしい
また朝廷・後鳥羽とも良好な関係を築き上げ、支援を取り付けwin-winの関係に
ただ、実朝は実子がおらず、側室ももたなかったようで(ん?)、将軍継承問題がはらんでいた
しかし実朝並びに幕府首脳らは後鳥羽の皇子を…と交渉
これも朝廷側にも幕府を抑え込められメリットがある
いずれにせよ後鳥羽朝廷と実朝幕府はバランス良く保たれていた
とうとう右大臣にまで昇り詰めた実朝だが、その右大臣拝賀の日、兄頼家の息子公暁に自身が別当を務める鶴岡八幡宮で暗殺される
著者は北条義時黒幕説、三浦義村黒幕説は否定
源頼朝以上の位を得、朝廷と良好な関係性を築き上げた実朝の死が後鳥羽と幕府に影を落とす
幕府は九条道家の子三寅を将軍予定者にし、北条政子・義時姉弟を中心とした新たな体制を築いた
一方、京都では、源頼茂の謀叛によって大内裏が焼失し後鳥羽にストレスがかかり出す
幕府内の権力闘争が都に持ち込まれたと後鳥羽は苛立ち、幕府のコントロールが効かなくなったと考え、その元凶の北条義時を排除しようとしたことがきっかけで承久の乱が勃発する
ここから大政奉還までは武家の優位性を公家に渡すことはなかった
そういった意味でも歴史の転換点といえる
また承久の乱勝敗の要因は以下のように分析される
チーム鎌倉vs後鳥羽ワンマンチーム
適材適所に活躍し、強固な結束力と高い総合力を誇る鎌倉方
一方のマルチな後鳥羽は全てを一人でこなそうとする独断専行の京方
ここが勝敗を分けたポイント
武家は闘いのプロだ
その辺りの後鳥羽の認識の甘さが敗因では…
治天の君が幕府よって流罪に処されると言う前例のない異常事態が起きた
後鳥羽の流人生活は約19年に及び享年60歳で没した
読みやすく順序よくまとめられているので、知識が浅くても読みやすい
様々な参考文献と著者の解釈で進行し、非常に丁寧に描かれている
しかしやはり途中から、誰が誰やらわからなくなってくる
トホホ
まぁまぁ、完璧を求めず少しずつ層を厚くしていければ…
それにしてもやはりまだ北条義時の凄さがピンと来ないんだよなぁ
どうしても北条政子が目立つ
北条義時の凄さがわかる読み物を探してみなくては…
しばらく鎌倉時代が継続しそうである