木下古栗のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『急接近の気配がして目の前の光沢液晶画面に人影が映り込んだ。振り返ると米原が立っている。「おい鈴木、米原正和を捜しに行くぞ」とその米原正和が言った』
理屈で何かを理解しようとすることを木下古栗は猛烈に拒否する。とは言え、全ては単なる言葉遊びのように並べられはするが、その一つ一つにどこかで聞いたフレーズが、皮肉な響きを伴いながら木霊する。その元のフレーズの意味を手繰り寄せてから次の言葉へ進むべきなのか? 愚かにもそんなことを思いつくが、その答えは直感的には否である。たが、ピンチョンの「重力の虹」のように夥しい脚注が、後世出版されるであろう木下古栗全集の中に挿入されることがないとは言い切れない。その時になって、分かっていたのに、と叫んでも始まらない。cautiously optimisticに読み飛ばす、それが精々出来ること。
それにしてもこの作家は何かに憤っているのだろうか? だとしたら何に?
現代社会全般に対するもどかしさ。日々目にする理不尽さ。公共交通機関の中で起きるちっぽけな無言の小競り合い。なんだか知らない内に自分たちの身の回りは小さな諍いだらけになって、それをやり過ごす内に何かがすり減っていく。そんなことに対する憤り。
ナンセンスな文章の中に秘めた毒性。これを面白がれなければイケてないことになり、単純に面白がれば皮相的な笑いとなる。木下古栗は悩ましい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ強烈!
先日「群像」で、「わかるだろう? 云々なやつは云々されて然るべきだ」という唐突な展開にくらくらさせられて気にかかっていた著者。
この本でも、くっだらないことくっだらないことを積み上げて積み上げてガラガラと崩落させる!
「IT業界 心の闇」
「Tシャツ」
「金を払うから素手で殴らせてくれないか?」
どれにも社会情勢への怒りという観点をほのかにただよわせながら、実はそんなんどうでもいいというあっけらかんさ。
どこからどうしてこんな作者が生まれてくるものやら。
たぶんよく言われるように中原昌也の系列。文体は筒井康孝か。
しかしもっと突き抜けた感触もあって、帯で岸本佐知子のいうとおり、パースペウティヴの狂いが変な読後感をもたらす。 -
Posted by ブクログ
大変賛否ありそうな本。多分ソローキンの某作を下敷きにされていると思うのだが、漂って充満するのは紛い物な筒井康隆の匂い。筒井を読めばいいじゃんって人もいるであろうし、いいぞもっとやれとよだれを垂らす人もいるだろうし、金払ったんだから殴らせろと怒る読者もいるだろう
「Tシャツ」という作品が入っている。この作品を読めたというだけで僕は満足している。
読めばきっと、まち子という名前が脳裏に焼き付けられる
僕はこの本を読む。僕はこの本を捲る。僕は文字を追いかける。僕は喉が渇く。僕は立つ。僕は冷蔵庫へ向かう。僕は冷蔵庫を開ける。僕は中を覗く。僕はビールを探す。僕は酒がないと気付く。僕はソファーへ戻る。僕はこの本を読む。僕はこの本を捲る。僕は文字を追いかける。僕は喉が渇く。僕は立つ。僕は冷蔵庫へ向かう。僕は冷凍室を開ける。僕は氷を出す。僕は棚からTHERMOSカップを出す。僕は氷を入れる。僕はチューハイを作る事にする。僕はウィルキンソンで割る。僕はレモンを切ろうとする。僕は包丁を出す。僕はレモンを半分にする。僕は絞る。僕はご満悦になる。僕はコップを持ってソファーへ戻る。すると声をかけられる
レモン、明日使うんだけど という本だ(謎)