大野左紀子のレビュー一覧
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本を読む前は、なんとなく「芸術に携わる人って、カッコいいな」と
良いイメージを抱いていました。
昔から絵を描くのが好きで、芸術分野の学校へ進もうか悩んだ時期もありました。
この頃から、芸術に身をおく人は特別、という先入観があったのかもしれません。
しかし、思春期の心に抱いた淡い憧れは
「有名になるのはほんのひと握りの世界なんだから、現実的になって。」という
親の一言で呆気なく散ってしまいます。
たまに、このことを思い出しては、
「あの時親の反対を押し切って芸術系に進んでいたら今頃は・・」と
空想に耽る時があるのですが、
この本を読んで、いかに自分が「アーティスト症候群」に陥っているか
思い知 -
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高学歴女子の貧困 女子は学歴で「幸せ」になれるか? (光文社新書) 新書 – 2014/2/18
君の実家が自営業なら、院に進んでより深い知識を学んでもいい。でもそうでなければ、諦めて就職しなさい
2015年12月27日記述
大理 奈穂子氏、栗田 隆子氏、大野 左紀子氏
水月昭道氏監修の本である。
大学院生、非常勤講師、大学非正規職員の理不尽さは
昔に比べれば多少は世の中に浸透したように思う。
ただ大理氏の指摘するようにその中でも女性はより不遇に使われている。
企業内においても女性の役員数は日本は世界に比べ圧倒的に低い。
企業だけでなくやはりアカデミックの世界でもそうだったのだ。
本書 -
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【制度に乗れたか否か】
高学歴貧困女子とそうでない人の違いは何か。「制度」に乗れたか否か、この一点だ、と。乗った人は、それがコネであったとしても自分の実力と考え、乗れなかった人は仕方がない理由をこじつけられる。
何も女子に限ったことではないのでは、とも思うのだが、しかし女子教育という制度がまた、女子をある枠に当てはめようとする。高学歴はあるとき場違いにもなり、ますます居場所が狭くなっていく。
高学歴貧困になるかもしれない娘を持つ身としては、冒頭からしばらく続く愚痴というか弱音というか、喜べないそれにジットリとした気持ちで読み進める。
救いがない。
最後の「アート系高学歴女子のなれの果て」 -
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ネタバレ「高学歴ワーキングプア」の作者監修の高学歴シリーズ第2弾。
非正規(非常勤講師)となってしまい不安定極まりない環境におかれ、研究上、職務環境上、生活上問題を抱える女性高学歴研究者の内状が大変勉強になった。
私も女性ではないが、元高学歴ワーキングプア状態を5~6年経験したものから言わせていただくと
「事実は、ご縁とタイミングが良かっただけある。しかし、専任教員になった人間は決してこのことを認めたらがない。」(p43)
これに関しては同意できませんね。特に私のまわりにいる人々(研究者)は不遇の期間が長かろうが短かろうが皆さん同じように「ご縁(運)とタイミングだよね!」って言ってます。
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女で未だテニュアのないPDの研究者(のたまご)である私は、まだ「実力があればテニュアは得ることができる」という理想世界を信じている方です。
でもたとえ今後テニュアという特権を得たとしても、それを自分の実力のおかげだと正当化して得られなかった人を仕方ないと考えるような、排除の論理を振りかざさないようにしたいと改めて思いました。
あと、今のように私が非常勤の立場を楽しめるのも、今は一時的に学振のおかげ、そしてそれが切れたあとも楽しめるとしたら、旦那や比較的余裕のある実家の存在や自分が女であることの「おかげ」であり、それは裏返せば自分の首を絞める甘い蜜であることを再確認しました。 -
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あるなぁ~と思う。
呼び方なんてどうでもいい、とも思うが、
違和感を感じることがあるのも事実。
呼び方(呼ばれ方)は、特に自称の場合、自意識の根幹のようなものだから、
たかが名称、されど名称だ。
僕の周りには、アーティストは少ないけれど、
クリエーターならたくさんいる。
Webデザイナーもクリエーターと呼ばれることもあるし、
エンジニアもディレクターもカメラマンもライターも、
大雑把にクリエーターとして括られる場合もある。
若手起業家とかITベンチャー経営者なども似たようなところがあると思うが、
そういうちょっとカッコいい名称って、自意識の衣なのだ。
だから冷静に見ると恥ずかしい。 -
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ネタバレあとがきが一番面白かった。かも。
結論 「セルフブランディング」のために「アート」という表現を手段として使っている人をアーティスト症候群というのかなと。
どういうことかと言うと。 極端なことを言えばただ好きなものを作りたい、もしくは作るのが好きなだけならば公の場に出す必要はない。
何か公の場で表現するということは、少なくとも伝えたい「事」があり、伝えたい「人」が存在するはずである。
にも関わらず、コンセプトを伝えきれない。何か言われればそれが「自分のこだわり」だとか「分かる人に分かればいい」とか開き直る。
「分かってもらう」ことがゴールでないにしろ、
公に発表するということは、表現のコ -
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■経緯
デザイナーの端くれとして、アーティストとクリエイターの違いには興味があったので購読。
■感想
女であることを当たり前に肌に纏える人とそうでない人がいて、後者で男と同じ土俵に立とうと肩肘張るのはしんどそうだな、という印象を著者にもった。
書いてあることは納得なのだけど、感情的な否定が見受けられる。
いろいろなアーティストが引用されていて、どんな作品だったのか画像検索しながら読みすすめるのは楽しかったです。
■共感
・なんちゃらアーティストという肩書きが巷にあふれでて、もはや何がアートなのかの定義が曖昧になっている。
・職人=物作りのプロ、アーティスト=発想のプロ。作らなくても指示すれ -
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アーティスト崩れが書いた本。
ドクター崩れの塾講師が、自分は学者になれなかったんじゃなくてならなかったんだ、学者なんてならない方がいい、と何も知らない受験生たちに吹き込むように授業をする感じとそっくりで、アーティストで居続けられなかった著者が、やろうと思えば続けられたけど、アートじゃだめだったんだ、てゆうか今「アーティスト」って呼ばれている人、全然アーティストじゃないしwwwみたいな感じで語っていくので、なるほど確かに、とは思いながらも、いやーな気持ちになりながら読んでいた。
後半はそれなりに考察が加えられていた気がするけど、全体的に横たわっている「崩れ感」(なれなかったものへの羨望と嫉妬が入