河合敦のレビュー一覧

  • 日本人は世界をいかにみてきたか

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    古代から近代まで、海外に渡った日本人や、海外から来た外国人に対して日本人がどう見てたかを記した一冊。

    切り口は面白いけど、時代がばらばらで統一感がないのが残念。

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    2018年05月20日
  • 異説で読み解く明治維新 「あの謎」がすっきり解ける10の物語

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    江戸に逃げ戻った慶喜は勝海舟に新政府との交渉を一任。海舟は西郷隆盛と会談し、江戸城開城により江戸を戦火から守った、と教科書には書かれているが、ここに至るまではかなりの紆余曲折があり、江戸城無血開城の後も様々なすったもんだが展開されている。海舟の知られざる交渉術、西郷の変節などなど、明治維新に抱いていたイメージは一新。同時に、もやもやしていた謎が、かなりの部分で雲散霧消。明治維新の地平がぐんと拡がった。

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    2018年05月04日
  • 日本史は逆から学べ~近現代から原始・古代まで「どうしてそうなった?」でさかのぼる~

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    新幹線からおりてオフィスに向かう途中、品川駅の構内にある本屋さんで見つけた本です。有名で誰でも知っている現代の事件から始まって、そうなった背景はその前の時代のシステムや考え方にあることを解説しながら、古代まで遡ることで歴史を解説している本です。

    逆説の日本史シリーズで有名な、井沢氏が以前、このような書き方をしている本を出していて、歴史って面白いな、と感じたことがあります。同じコンセプトで、この本の著者である河合氏も本を書いてくれて嬉しく思います。歴史を試験のためにではなく、自分の趣味のために触れ合うことは楽しいことですね。

    以下は気になったポイントです。

    ・600万人もいた日本軍は、武装解除されて復員となり、急速に消滅した(p32)1945年10月のGHQ5大改革指令とは、婦人の解放・労働組合の結成・教育の自由主義化・圧政的諸制度の撤廃・経済の民主化、であった(p32)

    ・1947年には、独占的巨大企業を分割する、過度経済力集中排除法が制定されて、分割対象として325社が指定されたが、冷戦激化による対日政策の転換により、実際に分割されたのは、日本製鉄、三菱重工などの11社にとどまった、農地改革により自作地が生まれ、半分を占めていた小作地も1割に減った(p33)

    ・アメリカに単独統治された理由として、日本は戦闘を、アメリカ・イギリス・オランダ・中国・ソ連の5か国および、その植民地の人々と交えたが、敗れたのはアメリカのみ。イギリス、オランダは緒戦で撃退、中国とは終戦まで優勢、ソ連とは中立条約を締結(p35)

    ・列強強国は様々なルート(援蒋ルート)を通じて、蒋介石の国民政府に食料、武器を支援したので、日本軍はいくら戦いにかっても戦争は終結できなかった(p40)

    ・フランスがドイツの支援下におかれたので、同国の植民地であったインドシナが空白状態となり、1940年日本軍は資源豊富なインドシナ北部に進駐した(p41)

    ・満州の、奉天・吉林・黒竜江省を占領、1932年3月、3省を中国から切り離して、満州国を樹立させた、さらに隣接の華北5省(河北、山東、山西、スイエン、チヤハル省)を勢力下におこうとした(p44、46)

    ・第一次世界大戦の戦争景気により、1914年には11億円あった国家債務は解消、6年後には27億円以上の債権国となった(p52)

    ・1930年、金解禁を断行、1917年から廃止していた金本位制を復活、100円=75グラム=50ドルとしていたのを、円の価値が下がっていたにも関わらず、浜口内閣は同ルートで断行、円の価値は高くなった。輸出は不利だが、不良企業を淘汰しようとした(p53)

    ・王政復古の大号令により、三職(総裁、議定、参与=新政府の実権保有)が、薩摩・尾張・越前・芸州・土佐から選ばれた、長州がいないのは、1864年の禁門の変で朝敵となっていたから(p61、86)

    ・陸軍は長州閥、海軍は薩摩閥が支配した、警察組織も薩摩藩出身が多かった、高級官僚の多くは、薩長閥であった(p63)

    ・天保時代に諸藩はさまざまな藩政政策を行った、成功したのは、薩摩・長州・肥前・越前藩であった、肥前藩の改革では、均田制度が実施された、大半を小作人に分与して本百姓が創出された、太平洋戦争後の農地改革のようであった(p65、67)

    ・1843年、忠邦は、江戸・大阪10里四方を幕府の直轄地にする、上知令を発した。収益の高い地を幕領にして、増収をはかるとともに、江戸と大阪周辺を幕府が支配することで、戦時に即応できる防衛態勢を構築しようとした、しかし強い反発があり、家慶の名において、正式に撤回、忠邦も罷免された(p105)

    ・天保の飢饉(1833-1840)はひどく、特に1835年には、春から夏までまったく気温が上がらず雨が続き、稲刈りの時期には台風、低温による霜の被害により稲の収穫は壊滅的であった(p108)

    ・大塩平八郎の乱(1837.2.19)は1日で鎮圧されたが、各地で幕府に対する挑戦状が奉行所に行き、署名入りの幕政批判の張り紙や落とし文が見られた。彼に感銘を受けて、4月に備後国三原、5月に播磨の国加東郡、6月越後国柏崎、7月摂津の国能勢、で一気が発生している(p111)

    ・蝦夷地開発計画をたて、1785年の探検隊によると、580万石の収穫が期待できる(幕僚450万石)とした(p124)

    ・年貢は個人ではなく、村全体として一括納入させた、事情があって払えない農民がいても、連帯責任でほかの村人が不足分を足して払った(p132)

    ・秀吉は、検地帳をつくり、年貢を村単位かける(村請制)とし、これは江戸時代に踏襲された、土地の生産力の計算方法を、銭に換算した「貫高制」から、石高制に変えた河石高におうじて軍役を負担、大名の石高が可視化されたので、他の土地に大名を移すことが可能となった(p134)

    ・刀狩の真の目的は、農民一揆の防止、耕作に専念させること、そのうえで、人掃令、身分統制令を発した(p135)

    ・1616年に、中国船以外の貿易船の寄港地を、平戸・長崎に限定、1622年に長崎でキリシタン、宣教師を処刑、1624年スペイン船の来航禁止、1635年日本人の海外渡航、帰国を全面禁止、1639年にポルトガル船の来航禁止(p150)

    ・江戸時代の海外との交流は、長崎・対馬・薩摩・松前の4か所があった。長崎が唯一の国際港として、オランダと中国に開かれていた。対馬の宗氏は、朝鮮から輸入、東南アジアへ輸出、薩摩藩は琉球国に中国との朝貢貿易をさせた、松前氏はアイヌとの独占交易権を保証された(p133)

    ・幕府は北朝を奉じて南朝と戦ってきたが、足利義満は、弱体化した南朝の後亀山天皇に働きかけ、南北朝統一を承諾させた、1392年南朝の後亀山天皇が、北朝の後小松天皇に神器を譲る形で、朝廷は一つになった(p178)

    ・1350年当時は、単独相続性が進み、兄弟の家督争いが激化、互いに南朝や北朝を後ろ盾にして争うケースが激増した(p185)

    ・院政の全盛期は100年続き、結果的に朝廷における藤原氏(摂関家)の影響力を削いでいくことになった(p214)

    ・摂関職の地位につけるかは、天皇の外戚(母方の親戚)になることが絶対条件であった(p232)

    ・氏とは、血縁集団を表す、姓とは、家柄や職務に応じて、地位や身分を示すものを、大王からもらったもの(p259)

    2018年2月12日作成

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    2018年02月12日
  • 日本史は逆から学べ~近現代から原始・古代まで「どうしてそうなった?」でさかのぼる~

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    歴史は繰り返される。とか、先代の人の知恵に学べ。と言われるけど、日本史の教科書を引っ張り出して、読み気にはなれない。一つ一つの歴史的重大事項と、その因果関係を分かりやすく書いてるので、歴史をマクロで捉えるのに良いと思います。なんでもいいので、少しでも自分の生活にフィードバック出来ればいいな。

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    2017年10月07日
  • 都立中高一貫校10校の真実 白鴎/両国/小石川/桜修館/武蔵/立川国際/富士/大泉/南多摩/三鷹/区立九段

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    中高一貫の特色、利点、弊害が分かりやすくまとまっている。かつ私立や他の公立との比較も多く、納得のできる内容である。今後、子供の進路を考えていく際には重宝する情報だ。
    早期に選別し、長期的・継続的に、限定された環境で子供を育てることには大いに違和感を感じている。
    確かにその方法で私自身が育っていたらより学歴のよい人間になっていたかもしれない、だがそれだけではなかろうか。あの大学入学前の3年間は高校時代を無為に過ごしてしまった私を一気に変えたとても意味のある時間だった。

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    2015年05月05日
  • 岩崎弥太郎と三菱四代

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    岩崎弥太郎周辺の情報は読む本によって悉く異なる。この本はダイジェストとしては良いが一つ一つの情報は甚だ薄く、他の本で勉強済みであれば理解できるが、これだけでは全く了解できないのではなかろうか。
    独自の教訓がチラホラと。

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    2015年09月01日
  • 戦国合戦・15のウラ物語

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    とかくスポットが当たりがちではない戦国時代の合戦について記述した一冊。

    今まで知らなかった合戦を知ることができたのは良かった。

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    2014年04月22日
  • 岩崎弥太郎と三菱四代

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    三菱財閥の成り上がりが分かる一冊。岩崎弥太郎が一代で基盤から繁栄まで行ったものだとばかり思っていたが、4代の性格の異なる経営者が揃ったことで拡大したことが分かる。

    カリスマ性としては弥太郎、経営者としては弥之助と言えるのではないか。

    時折、文中に筆者の講釈を垂れることがあるのが少し気になるところではあるが...

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    2014年02月21日
  • 世界一おもしろい江戸の授業

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    色々な新説を語ってくれているけど、そこにそんなに魅力はない。やっぱり昔ながらの話には魅力があるよな。新たな発見は時として、残酷である。

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    2014年01月11日
  • 世界一おもしろい戦国の授業

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    色々な新説を語ってくれているけど、そこにそんなに魅力はない。やっぱり昔ながらの話には魅力があるよな。新たな発見は時として、残酷である。

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    2014年01月11日
  • 都立中高一貫校10校の真実 白鴎/両国/小石川/桜修館/武蔵/立川国際/富士/大泉/南多摩/三鷹/区立九段

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    都立高校改革の中で、目玉の一つであった都立中高一貫校。内部の人間であった作者が、経験を踏まえて書いている。私のところにも漏れ聞こえてくる噂があるが、ほぼその通り。教員の勤務状況は過酷だということらしい。ただ、生徒・保護者の側から見れば、質の高い教育サービスが受けられるということも意味しており、都民のニーズには合致しているのであろう。都内は私立中高一貫校の数も多く、その役割分担をどこで線引きするのかという問題は、ますます難しくなってきている。教育内容なのか、進学指導なのか、それとも・・・!?

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    2013年12月19日
  • 都立中高一貫校10校の真実 白鴎/両国/小石川/桜修館/武蔵/立川国際/富士/大泉/南多摩/三鷹/区立九段

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    ≪目次≫
    第1章  都立中高一貫校の構想
    第2章  都立中高一貫校の誕生
    第3章  10校の都立中高一貫校と九段中等教育学校
    第4章  都立中高一貫校の現実とその矛盾

    ≪内容≫
    中高一貫校の様子を知りたくて購入。ただ、前半は役に立たないかな、と思ったら予想通り。まとめてくれているが、都が外部に見せている資料を並べている。一部内部的な感想も盛り込まれているが、著者が当初からここに関わったわけではないので(適性検査の作問もしていない模様)、部内の関係ない人の感想程度。4章は問題点を提示しているが、都立の場合かな?という部分と、中高一貫校でなくでも、現在の高校内部は同じだなという、安心感(?)を感じただけ。
    著者が先生を止めていたことと、九段校が「千代田区立」だったことが驚き。

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    2013年12月05日
  • 岩崎弥太郎と三菱四代

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    三菱の実に興味深い事が多く書かれている。
    幕末から終戦後まで世の中の流れに乗って拡大をしていく姿がわかる。

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    2013年06月04日
  • 子供に自慢できる 日本史話のネタ帳

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    ネタバレ

    チェック項目3箇所。奈良時代のはじめ、和同開珎一枚で一升の米が買えたといいます、一升は1、5キロです、現在、15キロの米はおよそ5000円くらいですから、今のお金にして和同開珎は500円程度だといえるのです。江戸時代の医者は、全員無免許でした、現在のように難しい試験を受けて国家資格を取得する必要がなかったため、誰でも名乗りさえすれば医者になることができたのです、「医者には男の屑がなる」といわれたように、他に仕事がないのでやむなく医者の看板をかかげる者も多かったといいます、ただ、病を治せなくては患者は集まってきませんから、藪医者はすぐに淘汰されました。江戸の長屋には風呂やトイレは付いていません、風呂は相当な豪商でも、火を出して厳罰に処されるのを嫌い、つくらないのが普通でした、部屋にトイレがないので、排泄は外の共同便所でしますが、排泄物は近郊の農家が引き取りにきました。

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    2013年01月15日
  • 後白河法皇 平家を滅亡させた黒幕

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    2012/12/11
    歴史をなぞってるだけといえばそれだけなのだけど、興味のある人物だったから面白かった。
    大河ドラマも評判が良くないけど、面白いのになぁ。

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    2012年12月11日
  • 子供に自慢できる 日本史話のネタ帳

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    テレビでおなじみ河合先生の本。「和同開珎は今のお金の価値に合わせると一枚いくら?」とか、「鎌倉幕府の成立年代は?」など、教科書レベルの日本史から出る疑問に回答している本。文章は平易でわかりやすいです。

    特に目新しい情報はなかったので、どちらかというと、日本史好きな人よりも、大河ドラマや映画などから一時的に興味を抱いた人におすすめ。

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    2012年07月29日
  • 後白河法皇 平家を滅亡させた黒幕

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    大河ドラマ「平清盛」がオンエアーされているので、その時代背景をしるために読んでみた。この時代、政治の実権は天皇ではなく、上皇にあり、清盛の父である白河上皇から、鳥羽上皇、そして後白河上皇と続いていく。清盛は、この3代の上皇と折り合いをつけながら政治の表舞台に上がる訳だが、後白河という「妖怪」とは運命的な関係にあるようだ。

    しかし、この頃の政治は、結婚・出産・姻戚関係が全面に出てきて、面白みがない。

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    2012年07月23日
  • 岩崎弥太郎と三菱四代

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    旧岩崎邸に行ったのをきっかけに三菱四代に興味を持ち、最初の一冊として読んでみました。
    単なる伝記ではないあたりが面白いです。
    史実を示しながら、著者の見解が述べられていたり、現代におきかえて考えてみていたり。
    弥太郎はもちろんだけど、弥之助もすごいのねーと感心しました。

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    2012年05月17日
  • 江戸のお裁き 驚きの法律と裁判

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    大岡越前は名裁きをしていなかった。鼠小僧次郎吉は盗んだ金は全部、飲む打つ買うに使ってた。銭形平次や半七などの岡っ引きは悪党だった。お白州で遠山の金さんが「一同、引き回しの上打首獄門!」と沙汰を下すことはなかった。などなど、「通説と史実とは、全く違うのである。」 
    まあ、TV時代劇や時代小説は殆ど嘘(フィクション)だと分かっていて楽しめば、それでいいのかも。

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    2012年02月18日
  • 二代将軍・徳川秀忠 忍耐する“凡人”の成功哲学

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    徳川秀忠が織田信長を尊敬してたっぽいというのは意外な話です。
    冷酷非情な小心者とも捉えられなくもないイメージがありますが自分の失敗を15年かけて挽回しようとした意気込みは非凡。

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    2011年09月10日