清水真人のレビュー一覧
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大蔵省、財務省が、その時々の政権と、どのように関わってきたのかが、重要な改革(省庁再編)から時代を追って書かれています。かつては最強官庁と言われていたものの、政治主導の世論を背に受けた、首相による圧力に翻弄され、苦労する実態を詳細に知ることができることは大きかったと思います。必死になって勝ち取ったものの、実は双方痛み分けという現実がこの世の中には多いのだということ、完璧には物事は決まっていかない、流動的なものであるということ。政治の世界もそうなのだと、その生々しさを読むことで知ることができました。税金をめぐる戦いはまだ続いているということもわかりました。
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大蔵・財務省は「最強官庁」と呼ばれる/呼ばれていた。官房長官を名指して「彼に聞いても何もわかるはずがない」と言い切ったという話だから、確かに彼らはそれほどの権力を持っていたのかもしれない。
ではこの財政状況は、一体どうしたものだろう。もし財務省が本当に「最強」の力を持っていたのだとすれば、GDPの二倍もの借金を背負い込むはずがないではないか……。
という疑問に、当時の政治状況や、政治家や議員、官僚といったプレイヤーの動きを追いながら答えてくれるのがこの本。
ごくごく大雑把に要約すると、財務省は確かに調整能力で他の官庁や政治家よりも優位性を持っていたけれども、小選挙区制以降、相対的に力を弱めてきた、というのが実態。特に小泉/第二次安倍政権では、その力をコントロールしようとする姿勢が伺える(このあたり、メディア戦略とも重なる部分で、両政権はとても似ている)。
余談になるけれども、著者は新聞記者ということで、ニュー・ジャーナリズム的な手法が取られている。 -
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本書は、「55年体制の爛熟期から安倍政権まで、大蔵・財務省と政治の綱引きを追い、それを平成の統治構造改革の潮流にも位置づけて実像を描き出す試み」であると著者は言う。確かに、財務省を軸とした主に1990年代以降の日本政治史としてよくできていると思う。著者はベテランの経済記者だけあって、取材の蓄積に裏付けられた重厚なドキュメンタリーになっている。
「最強官庁」と言われる財務省(大蔵省)だが、90年代以降、政治との関係では苦戦を強いられることが多かったことがよくわかる。大蔵省が最強官庁であるゆえんは、予算編成権というのもあるが、55年体制下の自民党との蜜月関係が大きかったのだと思われる。それが崩れるきっかけとなったのが、非自民連立政権時の自民党の大蔵省への遺恨であり、住専処理を嚆矢とする金融危機だったのである。
そして、財務省と政治との関係をはじめ、「政権交代と首相主導」をもたらす90年代以降の統治構造改革が日本政治に与えたインパクトがいかに大きかったのかということがよくわかった。
「建設国債は容認、赤字国債は回避」の大蔵省路線を揺さぶったのが加藤紘一だったということや、主税局は増税の難しさを知り抜くからこそ消費税増税に前のめりにはならなかったということ、民主党政権の閣僚が財務官僚を個人スタッフに求める傾向が強かったということなど、「へぇ」というような興味深いエピソードもを知ることができた。 -
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ネタバレ政治と財務省の関係を時系列を追って記述し、その立ち位置と絡みの深さを事実として示した2015年の本。元日経記者というだけあって淡々とフラットに書かれている。
自民党長期政権と大蔵省の体制の序章から始まり、バブル崩壊後の新党さきがけへの政権交代、金融危機と大蔵省解体とどんどん進んでいく。
政治や経済に詳しくない自分にとって、「常識やぶりの驚天動地」として書かれていることも今ひとつ分かりづらく、数多く出てくる人名に馴染みもなく、読み進むのに苦労した。記者として中立の立場を維持して書きたいのはわかるが著者は財政規律派だろう。ある程度主張の入った解説を混じえてくれるほうがわかりやすいのにと思う。
しかし、小泉政権のあたりから、知らなかった政治の裏側が覗けたようで面白くなった。財務省と政治のかかわりを書いているのだが、それは政局の最も中心の動きと言えるのだろう。表向きの報道と実際の政治で起こっていることはまったく違うとわかって気が遠くなる。
財務省は、首相はじめ政治の中枢にいる政治家たちに頼られたり嫌われたり避けられたり恫喝されたりしながら提案したり誘導したり調整したりして最後はどうにかまとめて実行する組織である。
政治家は財務省と距離をとって自分の主張を通すため、独自に学者を起用しようとしても、結局は各方面との折衝・調整・実務に長けた財務省に頼らずには立ち行かない。
消費税引き上げの法制化は民主党時代の野田佳彦首相が政治生命を懸けて実現したという。あれ? 自民党じゃなかったのか……と、そら恐ろしくなった。自民党は消費税を上げても「だって民主党が法律で決めたんだから」と責任逃れの言い訳ができるわけだ。
どの政党が政権を取っても、変わらず財務省の思惑どおりだ。財務省最強。
内閣が強権な政治主導となってからは、財務省は内閣と与党の間に立って調整役となる。総括すると著者はそれが財務省の役割としているようだけど、それでいいのかとても疑問が残った。誰が首相になろうとも、財務省は財務省。事務次官になると名前が出てくるけれど、組織として「財務省は」という主体がある。そこで根拠となる経済理論はどうやって選択されているのだろう? 逆に財務省を洗脳しているのは誰なんだろう?
たぶん、財政規律という強い信仰のもとに動いているのだろうけど、その信仰の強さで国民から搾り取ることばかり考えられてはたまらない。
いろいろな力関係や駆け引きがあって政府も与党も官僚も大変なんだな。ご苦労さまだと思うものの、そこに力のない国民のことを考える余地は全くなさそう。
経済活性化のために法人税を引き下げ、消費税は上げる。賃金引き上げを奨励するというけど、それで給料があがるのは大企業だけだし。たぶん、国民の生活は国の存続のため犠牲にすべしくらいに思っているんだろう。
置き去りにされる境遇の者としては、絶望感をおぼえる本であった。本書は足りない財源は消費税引き上げで賄うのが既定路線としている。軽減税率の話すらなく、あまりに能が無いように見えてしまう。 -
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ネタバレフリードマン ドクトリン
自由競争の下でより多くの利潤を挙げる活動を行う
株主は企業を所有
バランスシート=物的資本 人的資本、社会資本、自然資本 は反映せず
競争が持つ重要性は他の要素(協力関係)を犠牲にしてもたらされたもの?
脆弱なインセンティブ メカニズムに依存
価値
会社を構成する要素の頂点に位置付け
生命の進化とは無関係
結果に対する合理的評価を反映
金銭的価値の最大化の機会 ↔ 意識を持った生命体 →拡散 永続性 多様性
株式会社の推移
大航海時代の国王の特許状による商事会社
運河や鉄道を建設するための公的株式会社
19世紀からの準則主義による私的株式会社
イギリス 市場拡大のため株式発行→アウトサイダー拡散→創業家一族所有が消滅
ドイツ 株式は設備投資へ→インサイダー 戦後 大企業が解体されなかった
日本 財閥解体→米国の分散型株式会社へ→銀行とのインサイダー型→崩壊
アメリカ デュアルクラス株式構造で創業家一族所有拡大中
良い行いも悪い行いも成果が得られる=人間の幸福
その尺度は様々 富=物的資本、金融資本 だけではない
人的資本、自然資本、社会資本 国民経済計算に入っていない
自然資本:減価償却なし
GM トーマス・ミジリー 有鉛ガソリン、フロン発明するが有害物質になる
コミットメント
機会の増加
契約やインセンティブではないもの 領域はステークホルダの範囲
ガバナンス
会社の目的を実現するための支配 集団へのコミットメント
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Posted by ブクログ
ネタバレ雑誌か新聞の書評にて紹介されていましたので、手にとってみました。著者は日経新聞の編集委員で、財務省と政治の関わりを長年に亘って取材してきました。その大成が本書です。
官庁の中の官庁として、戦後55年体制の中で行政の中核的役割を果たしてきた大蔵省が、93年の自民党下野、バブル崩壊による金融危機、そして小選挙区制への移行に伴う内閣主導の政治体制への流れの中で、財務省と金融庁に分割されます。そして、官邸との調整や間合いの取り方が重要になって来ている現状を活写しています。
バブル後の税収の減少と高齢化による社会保障費の増大で、悪化する一方の国家財政の再建について、そして安倍内閣が推進するアベノミクスについて、普段見聞きするニュースや新聞記事とは違う長期的時間軸での見方が得られるのは、大変参考になります。終章にて、財務省が海外の投資家へのIR活動を強化し、日本の財政への理解を得る努力をしていることが印象に残りました。