ビブリアの栞子さんが好きな本だと作中で知り、書店で取り寄せてもらった。受け取りに行った日に偶然、同じ作家の随筆集「珈琲挽き」を書棚で見つけた。今度もう一度あの店で探して、また見つけたら今度は買って読もうと思う。
硝子の向こうにある、絶妙にレトロな空気。「真逆」「茲」といった、今はもう使わない漢字が
...続きを読む心地良く響く。登場人物名のカタカナ表記も。
これは大正の懐かしさではなく、現代に微妙に接する昭和初期の空気だと感じた。豊かさの中にいると信じた善良でおっとりした人たちが、やがて来る戦争の破滅を知ることもなく生きている日々。何も知らないままに、気高く無垢に生きる女性たちが愛おしい。
事件や事件とも呼べないささやかな謎を解いてゆく主人公のニシ。彼女は基本的に犯人たちを許す。時に許さないこともあるが、それは法に照らした罪の軽重ではなく、彼女の中に醸成された価値観によるのだろう。さらっと上品に、許されてもよい人たちを見逃してくれる。ほんのわずかな時間で軽やかな謎解きを見せられて、とても心地良い。文体は古風なのに古びてもいない。ユーモアすらカビ臭くなっていない。
こんな作家、知らなかった。井伏鱒二のお弟子さんだというが、彼のような深刻さもない。この人の作品は何冊も手元に置いておきたい。
ふわふわした読後感。いい本に出会ったなあ。