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Posted by ブクログ
何でこの本を買ったのか忘れてしまったけど、しばらく小説が続いていたので、バランスを取るために積んでおいたビジネス書を読みました。10年前の本ですが、今も状況は変わっておらず大変勉強になりました。
大きな主張の主旨は、日本の電機業界は第二次世界大戦の敗戦、アメリカによる日本経済への関与、電電公社と電力ファミリーの下請け構造、といった経緯や構造により、競争力を失い今に至るというもの。個人的に視野が広がり、大変勉強になりました。
・東芝の家電を買収した美的集団は東芝より何倍も規模の大きい会社だった。2014年度東芝本体の売上は6.6兆円(白物家電は2.2千億円)に対し、美的集団は白物家電だけで2.7兆円。10倍以上の差があった。世界の売れ筋は5000円の電子レンジや1000円の炊飯器が主流だが、東芝の主力炊飯器は2万円〜最上位18万円とガラパゴス化していた。
・2016年に3800億円でシャープを買収した台湾ホンハイの当時の売上は16兆円とやはり規模が違う。実は極めて順当な買収だった。
・日本が半導体で諸外国に負けたのは、日本のメーカーにとって半導体が本業ではなかったからと分析。TSMCもインテルも半導体に特化しているのでこの事業の敗退は倒産につながるため、生き残りに必死だった。
・電電ファミリー。1985年まで、電話は電電公社独占で、開発の下請けとしてNEC、富士通、日立、東芝、沖電気がいた。競争がないため、原価をそのまま電話利用者に転嫁、利益を下請けと分け合う構造。各社はその後のNTTやドコモの言うことを聞いていればよく、結果、技術要素は揃っていたのにスマホ開発に出遅れ、携帯開発は崩壊した。
・電力ファミリーも同じ構造。利用者の電気料金を背景に、三菱重工などのファミリーが設備投資を請け負い、利益を分け合った。
・政官と結びついたこの構造は、戦後共産主義と戦うために日本の国力を増加したいアメリカも容認し、むしろ積極的に日本からの輸入を受け入れた。
・状況が変わったのは冷戦の終結。日本を通常の競争相手とみなし始めたアメリカは、自由競争を日本に促すようになり、これまでの構造は崩壊した。リーマンショックや東日本大震災のら原発事故がそれに追い討ちをかけた。
Posted by ブクログ
著者は日経新聞から独立した方。東芝3分割というニュースを聞いて読んだが、電機業界の構造や動向が詳しく解説されている。
日本の通信市場は、1985年の通信自由化まで日本電信電話公社の独占で、国民から集められた電話料金は設備投資の形で、電電ファミリー(NEC、富士通、日立、東芝、沖電気)に流れた。
NTTドコモは、第3世代携帯電話(3G)の国際的な通信規格が出来上がる前にFOMAのサービスを国内で始めたが、欧州、アジアでは2Gと兼用のデュアルタイプを選んだため、日本のメーカーは海外から撤退することになった。2007年にiPhoneが登場した後も、ドコモはiモードを存続させる姿勢を続けたが、2008年にソフトバンクがiPhoneを発売すると、ドコモは海外メーカーのスマートフォンを売り始めた。
電力業界が集めた電気料金も、設備投資の形で東芝、日立、三菱重工などの電力ファミリーに流れた。経団連の要職も電力ファミリーでたらい回しにしてきた。
戦後の日本では多くの労働組合が立ち上がっていたことから、日本の共産主義化を恐れたアメリカは、半導体などの先端技術の移転や製品の輸入によって日本の経済発展を後押しした。しかし、冷戦が終わると、日米構造協議で電力と通信の自由化を迫った。電力10社と通信事業者の設備投資は、1990年代半ばの9兆円から、2000年代初めには4兆円に激減した。
東芝は、アメリカの原発子会社ウェスチングハウスが倒産して1兆円の損失を出したため、2016年に医療事業をキャノンに、白物家電事業を中国の美的集団に、半導体メモリ事業も米投資ファンドが率いる日米韓連合に売却した(2018年)。
NECは日本電信電話公社に通信機器を納入することで成長した会社で、電電ファミリーの長兄。1980年代に半導体、パソコン、ディスプレイなどの事業を広げ、半導体の売上で世界一となった。アメリカは通商法301条違反の疑いで提訴し、1986年の日米半導体協定でアメリカ製半導体の輸入拡大を約束させられた。協定が切れた1996年以降は、サムスンや台湾のTSMCが猛攻を開始した。1999年にDRAM事業を分社化して日立のメモリー事業と統合(日本政策投資銀行が出資してエルピーダメモリ)。2002年には、LSI事業も分社化して日立、三菱電機と統合した(産業革新機構が出資してルネサスエレクトロニクス)。2011年には、レノボとの合弁会社を設立してパソコン事業を譲り渡した。ビッグローブも2014年に日本産業パートナーズへ売却した。残っているのは、システム構築事業とテレコムキャリア事業のみ。
東芝、日立、ソニーの中小型液晶事業についても、産業革新機構が出資してジャパンディスプレイとして2012年に統合された。
東電と電電公社の「製造部門」とされた日立は、日本のGNPと同一のカーブを描いた。1999年からROEを経営指標の中心に据えて、半導体メモリー(DRAM)、産業機械、ロジック半導体、携帯電話、小型モーターを次々に売却した。一方で、IBMハードディスク事業を買収したが、事業再建に多額の費用を投じたものの、それに見合う利益を出すことができず、2012年にウエスタンデジタルに売却した。2014年、三菱重工と火力発電設備事業を統合したが、主導権は三菱重工が握る。
松下電器は、研究開発に意欲的なソニー、シャープ、三洋電機などの動きを見て、売れると判断したものを大量生産して最強の販売網で売りさばいた。日立や東芝がそれに続くのが日本の電機産業のパターンだった。ビデオレコーダーでは、松下がVHSを選んだことで、それが世界標準になった。液晶テレビでも、シャープの後を追った。2009年にパナソニック電工と三洋電機を買収。三洋電機の洗濯機・冷蔵庫事業はハイアールに、半導体事業はオン・セミコンダクターに売却され、10万人いた従業員のうち、9000人しか残っていない。現在は車載電池と住宅を成長分野として掲げている。
富士通の前身は、シーメンスと古川電機工業の合弁会社である富士電機の電話部門。コンピューターを主軸に置いたため、NTTとの結びつきは弱い。1990年代のダウンサイジングの流れに対応できず、インターネット普及後のクラウドコンピューティングの時代にも乗り遅れた。ニフティの個人向け事業はノジマに売却した。
Posted by ブクログ
かつて世界の半導体市場を席捲し、家電と言えば日本製が一番と謳われた日本の電機メーカー。それが現在では見る影もなく存在感が薄れています。東芝、シャープは最近の新聞報道でも様々な情報が出ていますが、ソニー、パナソニック、富士通、NEC、三菱電機、日立などの企業についてはあまり情報を目にすることがありません。しかし、20年前と比較すると程度の差はあれどのメーカーも躓きを経験しています。成功体験にしがみついたり、企業トップの人事をめぐる内紛だったり、消費者のニーズを無視した開発を押し進めたりと、原因は様々です。しかしその失敗を無駄にしないためにも、また同じ轍を踏まないようにするためにも「どこで道を誤ったのか」をきちんと整理する上で、本書は各メーカーが陥った失敗をわかりやすく説明しています。電機業界の情報に通じていなくても普通に新聞やテレビのニュースに接している人なら読み通すのに苦労しないと思います。
本書を読んで興味が持てれば、各メーカーについてより詳しく取り上げている他の本を読んでみるのもいいでしょう。
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